8-11
引き続き、
第8章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
モス帝国 砂漠境界
エリオットの命令はすぐさま実行された。
砂漠に面した境界に沿って、距離を開けて魔術師が配置された。
配置されたその内の一人の魔術師が、遠見の魔術で砂漠の彼方を見回している。
命じられたのは、隠蔽された魔王の船団を発見して後方へと知らせること。報告後は接触交戦は避けて、状況把握に努めて派遣されてくる伝令を利用して報告を行う。
後方では帝国軍と近衛軍がすぐにでも動けるように準備を終えていることを、その魔術師は知っており、続けて送る報告が迎撃に向かってくる軍の死命を制することも。
左右に遠見の魔術で視線を動かしていた。手伝う精霊は最小限に抑えており、魔術の行使は極めて捉えにくくなっているはずだ。
地平線の一部が、僅かに揺らぐのを魔術師は見つけた。砂漠でよく発生する蜃気楼にも似ているが、熟達の魔術師である彼は、それが隠蔽の魔術の痕跡であることを知っていた。
魔術師の手に魔方陣が浮かび上がり、細い火箭が空へと向かって打ち上げられた。
最初の役目を終えたその魔術師は、自分の存在が敵に知られたと判断して、すぐさま位置を変えるために駆け始めた。続けて後方に控えている軍に報告を行うために。
しかし、その魔術師は知らなかった。
その合図が軍へ向けたものではなく、帝国に住む大精霊シルフィードに向けたものである事を。
魔王艦隊 旗艦トロイア艦橋
「火箭目視しました。方角……」
見張りに立っていた者達から、同じ内容の報告が一斉に行われて、魔王オベロンが座乗する旗艦トロイアの艦橋は慌ただしくなった。
艦橋に詰めていたオベロンと副官であるフレイは、報告のあった方角に視線を送る。そこには細くたなびく、火箭が空に向けて打ち上げられた跡があった。
「発見されたのは確実です」
「想定通りとは言え、あまり気分の良いものではないな」
フレイの決まり切った報告に、顔をしかめたオベロン。それを聞き流しつつ、フレイは測定はまだかと督促を行う。
目視で照準が行われる限り、地平線が一つの境となる。敵がこちらを見つけたと言うのであれば、攻撃が可能なのだ。もちろん距離が近づくに従って命中率は上がる。
「いや、攻撃は控えろ。どうせ魔術師が一人程度だろう。攻撃は無駄だ。それより、目標の都市に向かえ、大分流されているぞ」
「目標を目視できしだい、進路変更いたします」
天測をしながら進路をとっていたものの、流砂によって流されてしまう場合が多く、実際の目標を目視してから、厳密に進路を向け直す。航法があまり発達しておらず、また、これほどの戦闘艦の船団が一塊になって行動することも、ほとんど初めてであるため、単純な縦陣であっても精密な連携はとれておらず、乱れがちであった。
どうしても艦隊としての行き足は遅くなり、方向を変えるのにも手間がかかっている。
「艦隊としての行動が、これほど難しいとは。想定が甘かったか」
そう言い、オベロンの歯がぎりりと鳴った。
訓練不足を言い訳にするのは簡単だが、商船であってもコンボイを組んで行動する場合があるため、容易いと高をくくっていたことが災いした。
オベロンは開戦の火蓋が開かれるのはまだ先かと考えていた。
モス帝国 砂漠境界
薄衣と背中の羽をたなびかせ、シルは目を細めて地平線を見つめていた。
ぽつんと浮かぶ蜃気楼のような揺らぎは隠蔽の痕跡であり、大精霊であるシルはすでに隠蔽を透視して、魔王の艦隊の姿を見ていた。
「戦闘専用の船が五隻……」
魔王が率いていると思しきそれらの船は外装が鋼鉄であり、一般の砂漠船とは一線を画し、攻撃を防ぐための処理がされている。たとえ魔術のシールドが破られてもその鋼鉄で耐えられるよう、シルの目には見て取れた。
その鋼鉄が構造材であるのか、それとも貼り付けただけのものであるかは、見ただけでは判断出来ない。もっともシルであっても知識がないために、判断のしようがないのだが。
シルは隠蔽を透視する魔術の精度を更に上げる。あまり詳しく見ようとすると、どうしても魔力の消費量が多くなって気づかれる恐れがあったため、絞りに絞っていたのだ。 一際大きな船の甲板に作られた、強固であることが見て取れる船橋の内部にシルはオベロンの姿を見つけた。その後方には副官のフレイと、メイド服を着たディーチウが控えており、周囲には更に幾人かが立って周囲に指示を出している。
オベロン達がいるのは、船橋の最上階であり、シルが想像するにはそこで全体の指揮を執っているのであろう。
オベロンの場所をシルは記憶した。
隠蔽の魔術には、もちろん物理的な防御であるシールドが重ね掛けがされている。
しかし、転移を妨げる魔術はない。
次の瞬間、シルの姿はオベロンの脇にあった。
「お久しぶりですわ」
「ふむ、どこか雰囲気が変わったな。憑き物でも落ちたか?」
「そんなところです」
周囲が慌てふためく中、シルとオベロンは何事もなかったかのように会話を交わす。
フレイが、恐らくは船内で扱う事を考慮してある刀身の短いレイピアを抜き放ち、素早くシルを突いた。だが、その切っ先はシルが生み出した光刃の腹で受け止められる。
更に気配を感じて、レイピアを弾いたシルは、ディーチウが放った幾つもの土の弾丸をすべて自分に届く前に斬って捨てた。
それはすべて光刃の残像が消えぬ間に行われた、一瞬の攻防であった。しかも、シルはこの部屋内部に防御のシールドを張り孤立化させていた。警備を呼ぶ声に反応はない。
「剣術でアキラに負けたそうだな。魔術で粉砕すれば良かったものの」
オベロンの言葉には嘲りはなく、ただ、戦いの結果を評する平板なものであった。
「砂漠を新たに生むつもりはなかったわ」
「ふん、それほどか?」
「あの場にはリーネとツキノナミダもいたのよ。下手に魔力でぶつかり合えば、あの一帯は砂漠どころか虚無地が生まれていたかもしれないわ」
それを聞いたオベロンの一方の口角が上がる。
「仕上がってきているようだな」
そのオベロンの言葉を聞いて、シルの顔が苦しげに歪み、すぐに表情が消えた。
「私は盟約に従っただけ」
「ニアも回りくどい」
その言葉と共に、オベロンの手に金色の光刃が生まれる。刀身は長い。大太刀ツキノナミダを上回る長さであり刃も幅広だ。この狭い空間で扱えるのかと疑問に思えるほどであったが、オベロンは器用に刃を水平に寝かして上段に掲げ、天井に光刃を触れさせることなく振り下ろした。
短いままの光刃では弾かれると、シルは自分の光刃を日本刀並に伸ばして、打ち下ろされる金色の光刃を受け止めた。
金色と虹が交差する。
ぎりぎりときしむ音が鳴り、刃が削れてエーテルの香りが周囲に漂った。
一見、シルは片手でオベロンの光刃を軽々と受け止めているようだ。
「人にしては、重い剣圧ね」
「人なんてもんは、惚れた女に捨てさせられたさ」
金色の光刃を操る二の腕が膨れ上がると、虹色の光刃にかかる圧が増した。
たまらず、シルは光刃を傾けて力を逃すと、虹色の上を金色が走る。エーテルが激しく削れて火花の如くに光のシャワーをまき散らす。一回り小さな体型のシルは、その光のシャワーを浴びつつ、虹色の光刃の切っ先にたどり着き、勢い余って床に打ち付けられる金色の光刃もそのままにして、上段にあった刃を袈裟に斬りつける。
虹色の光刃は、正確にオベロンの肩口と首の間に打ち込まれていく。だが、それを許すオベロンではない。狙われた肩を引いて半身の姿勢になる。空を斬る光刃だが、それでも切っ先がオベロンの魔力に触れて、僅かに削れるが、それには意を介さずに下方からオベロンはすくい上げるように金色を薙いだ。
しかし、それを読んでいたのか、踏み込み前に流れた身体をそのままに、シルは身体を魔術で浮かせて後方へ。
ここまで瞬き一つ。フレイや周囲にいた人達の目には何が起こったのか理解出来ず、シルとオベロンの身体が揺らぎ、エーテルの光がまき散らされるのを見ただけであった。だが、ディーチウは違う。正確にシルの動きを捉えており、着地する時を狙って弾丸を撃ち込んだ。
くるりと虹色が円を描き、半分になった弾丸数発が床に転がった。
お互いの間合いから外れ、金色の光刃を担いだオベロンが笑う。光刃を突き出すように半身になっているシルは苦い表情だ。
「やっかいな男ね」
「そうかい?それほどでもねーと思うけどよ」オベロンの身体に力がみなぎる「仕上がった坊主に比べるとよ」
次の瞬間、オベロンの背に金色の羽根が生まれ、光刃の輝きが増した。
破裂するような魔力の奔流が、オベロンからシルへと向かって弾けた。
シルはそれをかろうじてシールドを展開して防ぐ。
「馬鹿げてる!単純に魔力を放つだけで!」
「ちょっと消えてろ」
更にはオベロンが間合いを一足で詰め、金色の光刃が振るわれる。シルは自分の光刃で受け止めようとするが、虹と金が交差した瞬間、虹が吹き飛んだ。
光刃が破壊された影響で、周囲にエーテルの光が満ちたが消えた時にはシルの姿はなかった。
「シルフィード様は?」
真っ先に声をあげたのはフレイだった。それに応えたのはディーチウ。
「逃げられました」
「ああ、手応えがなかった。あいつ、読んでやがったな」
そう言って、オベロンが周囲を見回した。魔力の放出によって、部屋の中に設置してあった機材は破壊され、艦橋の壁の一部に穴が開いていた。
「これを片付けたら、魔術師の配置だ」
フレイが了解の声を上げて、無事だったラッパの形をした伝声管にとりついた。
今回、小話はございません。
すいません。
年末進行中なもので……
次回、明日中の投稿になります。
申し訳ございません。
8-12の投稿ほミスしてしまいました。
1日遅れになりまして申し訳ございません。




