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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第8章 I Still Haven't Found What I'm Looking For
146/219

8-2

引き続き、

第8章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

モス帝国 王都ロンデニオン 王宮 第三王子執務室

 エリオットの執務室は、いつも以上に人の出入りが激しかった。普段であれば官僚、文官の類いが多く出入りしているのだが、今はそれに加えて近衛、国軍の両方からも書類を抱えた人が出入りしていた。

 一時、軍への指揮権を取り上げられていたエリオットだが、ドラゴン討伐を失敗として、改めて共存を目指すと宣言したシルが、帝王に命じて指揮権をエリオットに戻させたのだ。

 当然、帝王を代表して帝室は不満を現し、貴族達も朝令暮改であると騒ぎ立てた。主立った貴族を集めて、真相を説明しようとするシルをエリオットは止めていた。

 恐らくは、大精霊であるシルは嘘偽りなくすべてを語って聞かせるであろう。しかし、ドラゴン討伐の実際はシルがアキラを狙ったためと説明を受けて、納得出来るものではない。

 いかにドラゴンの縁者であるとしてもアキラはただの人である。それをシルは国を挙げて殺そうとしたのだから、帝室や貴族は疑問を持つだろう。

 そして、それには盟約に縛られたシルは答えることが出来ない。

 当然揉めに揉めるであろうことは、エリオットには予測出来た。

 だから、敢えて何も説明せず、帝室や貴族には疑心暗鬼に陥ってもらうと。

 執務室に現れたシルを見て、エリオットは休憩と称して人払いをした。茶を用意したメイドも外へと出してソファでエリオットはシルと向き合う。

「軍の再編成がそろそろ終わる。組織として動く訓練をする時間はとれないだろうな」

 エリオットはそう言ってカップに口を付けた。王国は元の筆頭騎士であるバスが復帰して、キムボールのもとで指揮を執ると聞いている。協同国は人虎の族長であるフォイルが派遣軍を作り、帝国へと来る予定だと、急ぎ全権大使の資格を得てやって来た人狐の族長であるミッチェルが入国許可を求めてきた。

 共和国と財団(ファウンデーション)は参戦の旨を伝えてきてはいたが、その手段や軍の規模などは伝えてきてはいない。

 砂漠に面している共和国は、直接に魔王の攻撃を受ける恐れがあるため、猛将と名高いシオダが先頭に立ち、国内での準備を進めていると聞いているが、緩衝地を多く持つ財団(ファウンデーション)の動きは未だ伝わって来ていない。

 財団(ファウンデーション)を除き、各国には仕事を預けられる人材がいるようで、第三王子であるエリオットは自身が陣頭指揮をとる帝国の現状を憂う。

 テーブルにカップを戻すと共に、エリオットはため息を漏らすが、それを見たシルが口を開いた。

「帝国の運営に夢中で、人を見いだし育てなかったあなたの責任でしょう?」

 どうやら、シルにはエリオットのため息の原因がお見通しのようだ。

 シルに言われるまでもなく、エリオットは自覚していた。官僚や文官など、それに貴族連中の中には補佐足る人物が埋もれているかもしれないのだ。文武で秀でているエリオットらしい悩みであった。なまじ何でも出来てしまうために、人に任せず自分で処理してしまうのは良くなかった。

「せめて、軍を預けられるだけの人材がいればな」

「一時でも、行政や政治を他に預けてはどうかしら?」

 そのシルの言葉を聞いて、帝王や兄二人の顔を脳裏に浮かべるエリオットだが、彼らに国を預けて自身は前線に集中する事を夢想してみた。

 もちろんエリオットが申し入れれば、喜んで引き受けてくれるであろうが、それによって起こる惨状しか思い浮かばない。

「無理だな。せめてシル様が引き受けてくれるなら」

 真剣な眼差しでシルを見つめるエリオットだが、シルは何も表情を変えずに、手にしていたカップをソーサーに乗せてテーブルへと戻した。

 両手を自分の下腹部前でシルは組み、エリオットに視線を返す。

「エンから連絡がありました。魔王の船が帝国に向かっていると」

 その規模は隠蔽されているために掴めていないが、その痕跡から推定するに、帝国を真っ直ぐ目指していると。よほど隠蔽に自信があるのか、欺瞞の動きは今のところ見受けられず、帝国に向かっているのは確実だとシルはエリオットに伝えた。

 慌てる様子がないシルの様子に、まだ時間はあるのだとエリオットは判断した。

「取り急ぎ、帝国軍を砂漠に向かわせよう。問題は近衛の投入だな」

 地図を思い浮かべて、エリオットは下す命令を考え始めた。

 ドラゴンとの戦いの様に、逐次投入をして無様を晒すつもりはないエリオットは、再編成した帝国軍を一気に砂漠へと向かわせ、魔王の向き先が正確に掴めたその段階で、そこに近衛を投入しようと考えた。

 魔王が帝国のどこに現れるのかがはっきりしない以上、水際、いやこの場合は砂際での阻止は捨てていた。帝国軍が魔王の足を止めている間に、近衛を動かして一気に攻める、万一近衛が加わってすら苦戦したとしても、協同国と王国の支援が期待できた。敵方に先手を取られる苦しい方針を組上げたエリオットは、命令書をしたためるために立ち上がろうとした。

 だが、それをシルは引き留める。

「魔術師の部隊を先に配置してくれるかしら」

 シルが言うには、魔術師を薄く広げて砂漠に面する場所に配置し、魔王の軍を警戒して欲しいのだと。そして、魔王の軍を見つけた時に、合図、光球でも火球でなんでも良いので打ち上げて、シル自身に知らせるようにと告げた。

「まさか、シル様だけで戦うつもりか」

「出来ればそうしたいのですが、無理ですわ」

 魔王の力の一端をシルは知っている。人の身でありながら、精霊と同様に魔術を発動出来ること、その恐ろしさを。

「何とか足止めをしますから、帝国軍と近衛を集めて、一気に投入出来る体勢を整えてください」

 シルだけで、魔王の軍を押さえ込むと言うのだ。だが、それは魔王の軍の規模が判明していないため非常に危険であった。規模だけではない、魔王に加えて、少なくとも一体の大精霊がいるのだ。

「反対だ。国軍はもちろん、近衛はこの国を守るために身命を投げ出す覚悟は出来ている。だから必ずや足止めて、戦力が整う時間を稼いでくれる」

 言葉を切ってエリオットは中腰だった姿勢から、しっかりと床を踏みしめて立ち上がった。テーブルを回り込み、シルの座る椅子の脇に膝を突いて、組んでいた手をエリオットは両手で包み込んで引き寄せた。

「だが、シル様はこの帝国に住まうたった一体の大精霊だ。死ぬことはなくとも、エーテルに還元されれば復活までに時間がかかる。それは国民を悲しませる事になるぞ」

 御身を大事にしてくれと、エリオットは両手で包んだシルの手を、自分の額に押し当てた。

 そっと、シルは片手だけを抜き出して、エリオットの頬に添えた。

 肌のぬくもりではなく、大精霊の芯から発せられる熱が、エリオットの頬を温める。懐かしきぬくもりだ。幼い時から幾度と感じてきた。

「国民はシル様不在が悲しいのではない。帝国を守ってその身が隠れる事が悲しいのだ」

「帝国の民すべては、私の愛し子です。ですから、皆を守るのは義務ではなく、私が持つ、数少ない権利であるはず」

 信奉する大精霊に、いや、もう一人の育て親にそこまで言われれば、エリオットとて反対の言葉もなかった。

「アキラは戦う前に、無理はするなと徹底していたそうだ」

「坊やらしい言葉。でも、知っておきなさい。多分一番無理をするのは、この星最強、いいえ星系最強と言える坊や、そして側に仕える二人」

「そうだろうな」

 言葉を交わし合い、大精霊と帝国の第三王子は視線を合わせて、微笑みを交わした。


相変わらず、

主人公不在で申し訳ございません。


次回、明日中の投稿になります。

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