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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第7章 Change the world
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7-13

引き続き、

第7章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

ブセファランドラ王国 王都パリス郊外 練兵場

 一度は王都に戻ったものの、キムボールは姿をくらましていた。

 姿を消す前には、エールを痛飲し、さんざんディーネに向かって盛大に愚痴をこぼすのを、この練兵場執務室で見られていた。その次の日には姿が見えなかった事から、体調には問題がなかったようだが、何かを思いついたのであろう。

 そして、キムボールは戻ってきた。一人の男を連れて。

「どうだ、懐かしいだろう」

 ホーンホース上で、キムボールは後ろを振り返って声をかけるが、同じくホーンホースに跨がるその男渋い顔であった。

「懐かしいも何も、嫌みか?」

 応えたのは財団(ファウンデーション)で国境警備の司令をしていたバスであった。バスにとって、この練兵場は自身が王国を出奔しており、その苦い思い出しかなかった。

「まぁ、良いじゃないか」

 渋い表情のバスに対して、キムボールは豪快に笑い飛ばす。

 バスの表情は、練兵場を見たのだけが原因ではなかった。

 実は帝国の蠢動を察知していたミュールが、国境警備に関して、優秀な人物はいないかと相談しており、キムボールが白羽の矢を立てたのが自身の師父でもあるバスであった。

 バスとしては、腰を落ち着けるのに良い機会だと、そのキムボールの提案に乗って財団(ファウンデーション)の司令に就いたのだが、こうして、短期間財団(ファウンデーション)に雇われただけで、キムボールに王国へと連れ戻されていた。

 優秀な傭兵を手に入れたと喜んでいたミュールに、辞職することを告げるのは気まずかった。いかに、脇にキムボールが控えていたと言え、ミュールは苦い表情であった。

「いや、ミュールには短期限定って言ってあったぜ」

「私は聞いていなかった」

 どうやら、キムボールは帝国の件が片付くまでの算段であったようだが、それを聞かされていないミュールとバスにとっては、まさに寝耳に水であった。

 辞職を告げた時、ミュールは別室にキムボールを引っ張っていった。

 どうやら、二人で激しくやり合ったようで、戻った二人の着衣が激しく乱れており、ベイタが慌てていた。

「とりあえず、兵舎に入ろう。きっとディーが待ってるぜ」

 それもバスの気まずい気分の原因の一つであった。


 ホーンホースを馬房へ預け、兵舎に入ったキムボールとバスだが、執務室に入れたのはキムボールだけであった。

「あら、バスは?」

 予想していたとおり、執務室ではディーネが待ち構えていた。

「兵舎に入った瞬間に捕まったよ」

 乱暴に、キムボールはディーネの前に腰を下ろした。

 バスは、キムボールの言うように、兵舎に入るなり、その姿を見た兵士だけではなく、近衛にまで囲まれていた。捕まったのは悪い意味ではなく、戻ったことを歓迎されているのだ。

「すぐに来るだろ」

 そのキムボールの言葉通り、執務室のドアが乱暴に開けられ、バスが扉の外に向かって、後にしてくれと叫んでから扉を閉じたのだ。

 扉から振り返ったバスは、すぐさまディーネの姿を見つけ、膝を床につけて頭を垂れた。

「ウンディーネ様、恥ずかしながら戻ってまいりました」

 そのバスの姿に、ディーネは素早く立ち上がり、バスの目前で膝を折り、床に着けていたバスの手をとり、両手で包み込んだ。

「いいえ、戻ってくれてありがとう、本当にありがとう」

 精霊は嘘をつかない。だが、ディーネの言葉はそれ以上に、喜びに溢れていることがバスには読み取れた。心の底から、真実、バスの期間を喜んでおり、それはバスの心を打った。

 一度は国を捨てたと言うのに。この大精霊は、そんな事は気にしないと。

 溢れそうな感情で言葉が出ず、バスはただ頭を更に下げるのだった。

 そんなバスの姿に、ディーネは立ち上がり、バスにも立つようにと手を引いた。大精霊でも女性の形をとっているため、バスは気遣って慌てて立ち上がった。

「こっちに座れよ」

 キムボールが自分の隣の座面をポンポンと叩く。

「お前に言われると、何か腹立つな」

 そう言いながらも、バスはキムボールの隣に腰を下ろすのだった。


 ディーネが自ら茶を用意し、バスは恐縮しきりであったが、キムボールはエールはないのかと文句を言い、バスに後頭部をはたかれていた。

 目の前で、ディーネがカップをソーサーごと持ち上げて、優雅に茶を飲み、隣では、だらしない格好で座ったキムボールが後頭部を撫でさすりながら、ブツブツと文句を言っていた。

 それはバスがかつて見た光景。忘れ、捨てようと思っていた光景であった。再び見られようとは思っていなかった。

「それで、なぜバスを呼び戻したのですか?」

 ようやく、後頭部を撫でることを止めたキムボールが身を乗り出し、両肘を自分の太ももの上に乗せた。

「そろそろ、俺も剣聖になろうかなって」

「そうか、その気になったか」

 バスは大きく頷く。

「なる、とは言いますが、どうやってなるのですか」

 そのディーネの指摘に、その場を沈黙が支配した。

 おずおずと口を開いて、その静けさを破ったのはキムボールだった。

「知ってるか、知ってるだろバス?」

 その言葉に、バスは両手で顔を覆った。

「しまった」

 くぐもったバスの声が、大きな手の指からこぼれた。

 予想外の答えに、普段あまり狼狽えることのないキムボールがディーネとバスの様子を交互に見る。しかし、ディーネは茶を飲むばかりで、のんびりとしており、バスはバスで顔を覆ったままだ。

「……剣聖は剣聖により認められる」

「そうだ、そうだよな」

 ようやくバスが声を上げ、キムボールが喜びの声を上げる。それをすまし顔で躱したディーネが尋ねる。

「それで、その剣聖は?」

「偽りの剣聖の件以来、姿を見せん」

「剣聖が姿を隠してるって?」

 そのキムボールの言葉に、とつとつとバスが答える。

 少し以前、偽りの剣聖が暴れ世間を騒がせた事件があったのだが、その終止符を打った剣聖は、それ以降姿を隠したのだと。年齢から言って、死んでいるのではと剣士の間では噂になっていた。というか、そもそも剣士であるキムボールはそれを知らなかったのかとバスは責める。

「いや、剣聖に認められなくてもいいだろ。実際、ライラは誰かに認められた訳じゃないはず」

「あれは特殊な件だ。生まれながらの拳聖なんて冗談みたいな存在だ」

 そうだったと、キムボールは以前聞いた話を思い出していた。ライラは初めて拳を習うことになった時、その場で師匠となる予定の者を瞬殺していたのだった。

「それじゃ、どうすれば……」

「剣聖を途切れさせるわけにもいかん。ならば、強い剣士と戦い勝って、世界に実力を示して剣聖を名乗るしかないだろう」

「誰と戦う?」

「アキラ殿はどうだ。ドラゴンの縁者であるし、上手くすればドラゴンが立会人になってくれるだろう」

 それを聞いたキムボールの顔が引き締まった。今まで、どこか軽薄な色があった表情からそれが消え、顔を伏せた。

 不審げにバスがそれを見た。ディーネは悲しげであった。

「あれは駄目だ」

「何かあったか」

 そのバスの質問に、キムボールは顔を伏せて左右に振った。

「俺は見た。人の頂にたどり着いたとしても、届かぬ者がいる」

「……それほどか?」

「ドラゴンが言うには『人の形をした化け物』だと」

 それを聞いて、どこかキムボールは納得をする思いであった。実際には見ていないが、エリオットやカロニアからはその凄まじいまでの腕前は聞いていたが、なぜドラゴンが剣聖と名乗らせていないのか。聞けば、ローダン商会所属の商人見習いと名乗っていると。

 馬鹿な話しがあるものだと、バスは考えていた。腰に佩いている大太刀にしても、鞘に納められていながら、剛刀業物世界唯一無二の類いであることが一目で分かる。佩いているからには、扱えるからこそだろう。

 だが、アキラが化け物だとドラゴンはキムボールに言ったと。

 しかし、顔をしかめるバスに、顔を伏せたままのキムボールが言葉を続けた。

「でもな、俺はその化け物を美しいと感じたんだ」顔を上げ、ディーネを見て「ドラゴンは化け物だと言った。そうなのか?」

 今度はディーネが顔を伏せる番だった。

「……そう、化け物よ」

 それを聞いたキムボールが乱暴にテーブルに拳を打ち下ろした。破片が舞い、残骸と成り果てたテーブルに、キムボールが足を踏み乗せた。

「なぜ、その化け物をドラゴンや大精霊は大切にする。守れと言う!」

 それに、ディーネが答えることはなかった。ただ、一つの雫が床にこぼれた。

「俺は、今日から剣聖を名乗る」

 それはキムボールの名乗り上げだった。

 化け物を前にして、恐れながらも心折れなかった男の宣言だった。

 美しさに、膝をつき、頭垂れた男の言葉だった。

 守るのは俺の意志だと。


大太刀:「偽りの剣聖?それって美味しいのですか?」

……、お前が言うな。


次回、明日中の投稿になります。

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