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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第1章 天使(エンジェル)
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1-14

誤字脱字、直しつつ始めて行きます。

どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

財団(ファウンデーション) 商都 リアルト

 商人達の互助を目的として設立された財団(ファウンデーション)。今や領地を有し、国家の(てい)をなしている。

 前代未聞の、小国の国土すべての買収に成功し、商人達は自分たちの楽園作りに邁進していた。道程未だ半ば。野心あふれる国家であった。

 公共事業は存在しない。すべて商人の話し合いで事業は行われていた。軍ですら、傭兵によって構成されている。

 トップは会長と称され、その座する部屋近くにある執務室、会長補佐室と看板があった。部屋は本室と前室に分かれており、前室では一人の女性が机に向かって書類の整理していた。

 突然、本室と前室をつなぐドアが開けられた。慣れているのか、女に驚きはない。

「秘書を一人、お呼びしております。すぐに参りますので、少しお待ち願えますか」

 女はいわゆる秘書長であった。そして本室から姿を現したのは、この部屋の主だ。「いかがなさいますか、リリス会長補佐。この後、リリス会長との面会もございますので、時間の調整をいたしましょうか」

「リリス、リリスと面倒だから、ミュールでいいと言っているだろう」

「かしこまりました、ミュール会長補佐」

 名で分かる通り、この会長補佐は会長の縁者、息子であった。さらには、幾人もいる、後継者候補の一人、しかもその先頭にたつ者であった。

 ミュールは、この秘書長とそれなりに長い期間付き合っていた。優秀であり、だからこそ会長補佐の秘書長を務められているのだが。

 優秀であり、さらに、公平であった。ミュールはそこが気に入っているのだが、今答えたように、名を呼ぶのはこの場限りで、しばらくすると姓で呼ぶことに戻る事を知っていた。公平であるが故、長い付き合いであっても、名を常に呼ぶという、一線を越える行為を好まないのだ。

 長い髪をかき上げるミュール。

「いや、もう行くとしよう」

 言葉を残して、部屋を出ようとするミュール。秘書長が椅子から立ち上がり、続こうとするが、ミュールはそれを押しとどめた。

「一人で行く。君は予定の調整をしておいてくれ」

「……かしこまりました」

 秘書長の美しさの中にも、気品と知性が見える顔がゆがむ。

 一人で行かせる事に不安があったが、この会長補佐に従うことにした秘書長は再び椅子に座る。

 会長補佐室を出たミュールは、足早に廊下を歩いて行く。

 他国の宮殿と呼ばれるものほど大きくはない、ただ官邸とだけ呼ばれる建物の外へ出た。

 官邸には隣接して庭園が設けられていた。誰でもなく、ただ一つの存在のために。

 庭園と名付けられているが、普通の木々や花があるわけではない。いわゆる、火炎樹や火炎花と呼ばれる、火をまとった植物がそこかしこに見受けられた。熱は感じない。それは、この庭園の主がそう命じているからに過ぎない。命を覆せば、このあたりは高熱となり、すべてを焼き尽くすであろう。

 庭園の中心、大きなソファーに寝転ぶ女がいた。

 気づいたのか、頭を上げ頬杖をついて、ミュールを見る女。

「早いな。時間とやらは、まだだぞ」

「ええ、お待たせするのも悪いかと、リータ様」

 女は財団(ファウンデーション)に住まう大精霊イフリータ。崇める者達からは敬意と愛情を込めてリータと呼ばれている。

「いつもながら、良い心がけだな。待たされるのは嫌だ」

 背の炎のごとき翼をゆったり羽ばたかせて、リータは微笑む。

 座れとばかりに、リータは前の席を指さす。ミュールが座るまでの間に、炎を意匠した薄衣を揺らして、身を起こした。

「帝国が演習と称して、国境近くに兵を集めています。事前に連絡がありましたが、いかにもきな臭い」

 リータは前置きを嫌う。いきなり要件を話し始めたミュールだが、一般では失礼だろう。リータとて、特に会話を嫌っている訳ではない。興が乗れば、雑談で時間をつぶすこともある。ただ、前置きのような、無意味な時間を嫌う。そういった意味では、雑談には好ましいものがあるのだろう。

「シル様より、ご連絡はございましたでしょうか」

「シル姉かぁー。ちょっと前に連絡あったけどよ、そんなことは言ってなかったぜ。知らないんじゃないか」

 頭の後ろで手を組み、背をそらして上を見る。

 強調される胸の双丘から、視線を外したミュールが考え込む。

 基本的に精霊は嘘をつかない。それに意味を見いださないからだ。つく必要がないとも言える。ただ、注意が必要なのは、意図的に伝えない場合がある事だ。

 嘘はつかない、ただし、隠し事はする。

 リータの反応から、今回の帝国の行動に、大精霊達は関わっていないと、ミュールは判断した。純粋に外交的な行動だと。

 大精霊を国家が囲い込むのは、民衆の期待に応えるためでもあるが、政治的な意図もあるのだ。精霊達、特に大精霊達は距離があっても思念を交わし合う。いわば、国家間のホットラインの役割も果たすのだ。

 ただし、どの国家にも大精霊が住まう訳ではない。

 帝国ほどの歴史もあり、国力もあれば、当然のことだが大精霊の一体や二体と盟約を結んでいる。歴史であれば、王国はさらに古いのだが。

 小国、特に財団(ファウンデーション)などの新興国であれば、国家をあげて大精霊を探し、領地に住まうことを(こいねが)う。

 大精霊と出会えたからといって、領地に招くことは容易ではない。まず、精霊は金銭や権力に興味を示さない。住まう環境にも意を介さない。環境など、大精霊ともなると、自分で整える事ができるのだから。事実、今この財団(ファウンデーション)官邸の庭園も、リータが自分で造ったものだ。

 精霊が気に入るか。その意思一つで決まるのだ。

 実は、リータを財団(ファウンデーション)に招いたのは、ミュールである。しかもその出会いは、ミュールがまだ年端もいかない幼い頃。

 国家とした体をすでになしていたが、財団(ファウンデーション)も幼いものであった。

 すでに会長として辣腕を振るっていた父親が、商人達を集めた狩猟会でのこと。同行していたミュールは事故に遭う。魔力も剥がれ落ち、一人、野をさまよい歩くミュールが出会ったのがリータだった。

 大けがを負い、息も絶え絶えのミュールを哀れんだのか、リータは手を差し伸べたのだ。家はどこだ、連れて行ってやろうと。

 その結果、リータはこの地に住まうことになる。それを決めたのは、去ろうとするリータの背に、ミュールがかけた言葉からだ。

 盟約は交わされなかった。リータは、ただこの地に住まうだけ。だが、リータを師としてミュールは育つ。そして、今、リータを招いたことも含めて、次期会長の後継候補として先頭に立つことが出来ていた。

「実はな、俺も忙しくなる。手伝ってやれない」

 決して上品とは言えない言葉遣い。だが、ミュールは理解した。リータの優しい心を。

 母とも姉とも呼びたい。育ててくれたのは、実の母でも父でもない、このリータなのだから。だが、それをリータは絶対に許さない。

 リータは、精霊として許される範囲で、ミュールに告げたのだ。厳しくもあり、甘くもあり、いじわるでもあった。そのリータが告げたのだ。

 何か、大精霊達が動くほどの事が起こると。

 視線を下げ、考えにふけっていたミュールは、いつの間にか、自分の前にリータが立っていることに気づいた。

 両膝をつくリータ。

 手がミュールの頭に乗せられる。

 幼き日の記憶がよみがえる。

「何もしてやれない。俺にも大事なものがある。許せ」

「リータ様の御心のままに」

 帝国の行動には裏があると、ミュールは決断した。


次回、本日の夕方には投稿したいと思います。


ミュールの名前が間違っているとご指摘いただき、

修正いたしました。

ご指摘いただきまして、

ありがとうございました。

2021/11/21

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミュールとミュート、どちらが正しい呼び方でしょうか?他の話も大丈夫でしょうか?
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