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引き続き、
第7章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
蒼龍の守護地 中心地
共和国の真意を確認し、さらには帝国のシルと王国のディーネに、各国首脳部へ共闘を働きかけるという約束を取り付けたアキラ達は、私たちの住む場所へと戻っていた。
来たるべき魔王との戦いの準備をすべきであったが、身の回りを整理し、まだどこで魔王を待ち受けるかも決まっていない状況なので、持って行く私物をまとめる程度の事しかできず、田畑の手入れや収穫、ノーミーが暇に飽かせて建てた棟の内装を作ることぐらいしか出来なかった。
しばらく、そんな日常を繰り返していると、人狼の姉妹がやって来て、スノウはノーミーから念話の魔術を教わり始め、アキラはライラと戦いの訓練を始めることになった。もちろん、ツキとは一緒に訓練をしていたが、主に型を行うだけに留めていたのだ。
また、アキラはツキとリーネと一緒に、甘味や料理の試作をしてはいたのだが。
そんなある日、アキラは小会議室でブルーとどこで魔王を待ち受けるべきかと相談をしていたのだが、突然、その場にリータが姿を現した。すでに大精霊が瞬間移動で姿を突然現すのに慣れたアキラは、リータにどうしたと尋ねる。魔王対策で話しがあるのだろうと。
「アキラー、助けて」
がばっと、実体化したリータがアキラに飛びついて身体を抱きしめた。
その尋常でない様子に、アキラ達は慌てた。
「貰ったちゃわんむしのレシピがおかしい」
アキラがリータの身体を引き剥がしてみると、その手には箱があった。リータが開けてみせると、そこには茶碗蒸しの入った椀が幾つか並んでいた。状態維持の魔術でもかけてあるのか、まだ湯気が立っている。無駄な魔術の行使であったが、大精霊ともなると、当たり前かとアキラは肩を落とす。
「それで、何がおかしいんだ」
「さっそく食べたらさー。なんか、これじゃないっていう感じだった」
もちろん、リータは茶碗蒸しを初めて食べたはずであったのに、一口した瞬間に、これじゃないと感じ、慌てて箱に詰めてここにやって来た言うのだ。
なんという行動力、とでも驚くべきか、そんなことを考えながら、アキラはリータから受け取った椀からスプーンで口に運んだ。
「これは……」
「おかしいだろ。なっ、なっ」
一口含んでみて、アキラはリータの言うこれじゃないが分かった。
恐らくレシピ通りではないとは思っていたが、具が完全に違っていたのだ。リータの持参した椀には、塩胡椒と香料で焼いた肉が入っていたのだ。
食べられないわけじゃない。
だが、違うだろうというのが、アキラの感想で、続いて味見をしていたリーネとツキも、同じように、違うだろうという表情を浮かべていた。
そのような訳で、ツキがアキラに教えられた通りのやり方で、茶碗蒸しを作り振る舞う事になった。ちなみに、聞きつけた全員が会議室に集まってきたので、大きい方へと移るはめになってしまったが。
なぜか、ディアナに抱えられてクオーツまでがいた。もちろんペノンズもだが。
ツキが作った茶碗蒸しは好評であった。
「代金は、支店に払ってくれよ」
「もちろんだ。これなら支払うさ」
三杯目の茶碗蒸しを食べながら、リータはスプーンを振り上げてアキラに応えた。よほど気に入ったようだ。
「ふむ、これが茶碗蒸しか。興味深い」
「……何かしゃべった!」
リータがクオーツが話す様子に驚いていた。
そろそろ犬がしゃべったに慣れていたアキラが説明をし、何とかリータの興奮を収めた。
「それで、リータと財団は魔王への対策はどうするんだ」
すでに帝国、王国、協同国、共和国の意志は確認できており、あとは集まって方針を決めようと、各国の外交担当者や大使が忙しく動き回っていた。
アキラとしては、財団へも行くつもりであったが、リータが来てくれて良かったと対応を聞き始めていた。財団ならば、共和国とは違って、首脳部の一角であるミュールとは面識があったからだ。
「戦うよ。ミュールも外交使節を帝国へ送った」
このリータの言葉で、魔王の支配地域近くの国は一枚岩で対する事ができることとなった。
「ただ、シル姉が前に立つっても、揉めるだろうな」
それはシル、ひいては帝国がドラゴン討伐を言い出したためでもあった。シルが前面に立つのは各国共に問題はしないだろう。いわばドラゴン討伐の尻拭いの代わりと、捉えられているからだ。しかし、そのシルが集まった国を指揮するのは難しいであろう。
「予想だけど、帝国のエリオットか王国のキムボールかな。うちのミュールは軍隊向きじゃないし、まっ帝国は外すとして、キムボール王子だろう」
四杯目の茶碗蒸しに手を伸ばしながら、リータは多国籍軍の指揮を誰がするのか予測していた。
「妥当だろうな」
そう言って、アキラはハーブティーの入ったカップを弄びつつ答えるのであった。
リータは珍しく長居して、夕食まで食べていた。
夕食後、とはいってもアキラはまだ夕食中なのだが。クオーツがアキラの居た世界の料理を興味を持ったため、その説明に時間を取られたからだ。
アキラは先に夕食をとるように言ってあったため、必然としてアキラだけが食堂に残っていた。いや、未だリータが食堂に残っていた。ツキに無理を言って作らせたプリンをデザートとして食べているのだ。
普段は豪快なイメージのあるリータが、ちびちびと大事そうにスプーンで小さくすくって舐めている風景が、どこか可愛らしく思うアキラだ。
夕食のシチューに入っていた、最後のニワトリの肉片をアキラは口に放り込んだ。
昼間の茶碗蒸しといい、プリンといい、卵を使った菓子や料理に意外な人気が出たものだとアキラは思い、食器を洗い場で洗い、ハーブティーを入れて食堂に戻った。
未だ、食堂ではリータがプリンを食べていた。
食べ終えたシチューの鶏肉、そしてプリンの卵。思わず元いた世界を思い出していた、アキラが呟いた。
「卵が先か、ニワトリが先か」
どっちが先に生まれたんだろうなと。
「そんなもん、ニワトリが先だろう」
アキラのつぶやきを聞きつけたリータが応える。
「なんで、そう言い切れるんだ?」
「母ちゃんがニワトリを先に作ったからだ」
リータの言う母ちゃんは星の精霊であるティターニアだ。この星に生きる生物や精霊の造物主である。
そう言えばそうだったと、アキラは苦笑いを浮かべる。だが、ふと思う。その思いを口にする。
「人や獣人もか?」
「当たり前だろ」
何を今更と言わんばかりに、食べ終わった皿に、スプーンを置くリータが応えた。自分にもと、リータはハーブティーを要求し、アキラは持ってきていたポットから、空いていた一客に入れ、ソーサーを掴んで差し出してやった。
受け取ったリータは、テーブルに置かず、ソーサーを持ったままカップを持ち上げて、一口含んだ。がさつなイメージが強いリータだが、意外にも似合っていた。
その姿を眺めていたアキラは、ふと元いた世界の進化論を思い出し、この世界との違いを考えていた。
「……人や獣人は今の姿で、この世界に現れた。それじゃ進化はしないのか」
それを聞いたリータは、手にしていたソーサーをテーブルに下ろした。
「それこそ、母ちゃんが望んでいたことだ」
「どういうことだ?」
「生物でも植物でも獣でも、すべては自らを変化させ、より良い存在に変われるはずだ」
その言葉の意味を考えるアキラ。
そしてある答えに至る。
テーブルを叩いて立ち上がるアキラ。
「それじゃ、この世界にあるものはすべて星の精霊の実験対象ということか!」
自らが生みだしたものが、どのように進化していくのか、それを眺めて楽しんでいるのかと。まるで実験の経過を観察するかのように。
突然、激昂したアキラに驚きの目を向けたリータだが、すぐにアキラの言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「それは違うよ。母ちゃんは皆に自分達の力で、星の精霊がいなくても大丈夫なようにより良い存在になってほしいんだ」
「星の精霊がいなくとも?」
「母ちゃんはな、いつも言っていた。『いつ私が消滅しても良いように。私は皆を管理しない。皆が自らの力で生きて欲しい』ってな」
その言葉はおかしい。精霊とは未来永劫存在しているのではないか。一時エーテルに還元されたとしても、時間さえたてば改めて生まれるはずだ。
だが、そんなアキラの考えは無視して、リータは言葉を続ける。
「アキラ、星の精霊はな、一度存在が消えればそれまでなんだよ」
立ち上がったリータが、テーブルを回ってアキラの側にやってくると、そっとその身体を抱きしめた。
「母ちゃんは、この星のすべてを愛してる。好きで好きでたまらないほどなんだ。それだけは覚えていてくれ」
アキラの首筋に顔を埋めたリータは、すぐにぱっと身体を離した。
「母ちゃんは、アキラも愛してるよ」
それだけを言い残して、リータは姿を消した。
リータの最後の言葉に、アキラは苦笑いを浮かべる。
「俺はこの世界の人間では……」
ふと壁の鏡にアキラの目が向く。ツキが身だしなみは大事だと設置した大きな鏡だった。
四十幾つのアキラの、十代半ばの姿がそこにはあった。
「俺は、この世界の……」
アキラの戸惑うつぶやきが、食堂に響いた。
幼女もどき:「茶碗蒸しとプリンはどう違うの?」
社畜男:「茶碗蒸しには出汁、プリンには砂糖が入っているだろう」
大太刀:「茶碗蒸しは食事の時に、プリンは食事後や食間のおやつの時に食べます」
わんわん:「昨日の晩飯の茶碗蒸し、甘かったんだが……」
幼女もどき:「いじめ?」
誰が間違ったんだか。
次回、明日中の投稿になります。




