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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第7章 Change the world
129/219

7-2

引き続き、

第7章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

リシア共和国 政都ベアリーン 頭領官邸執務室

 エンは、執務室の片隅で、湯をポットに注いでいた。執務室の主である頭領ジェナンに茶を入れているのだ。

 そんな姿を見て、ジェナンは頭領付きのメイドにやらせれば良いのに、とは思うのだが、これがエンにとっては楽しみなのだと知っているので、何も言えなかった。

 プレートに乗せたポットに、温度が下がらぬようにティーコジーを被せ、砂時計をひっくり返したエン。

 準備を整えたエンは、ティーセットを乗せたプレートをジェナンの執務机へと運んだ。

 しばらく無言の時間が過ぎていくが、やがて砂時計の砂がすべて落ちきると、エンはカップに茶を注ぎ入れてジェナンの前に置いた。そばには小麦菓子が乗った皿を添える。

 エンは自分の茶の用意もして、執務机を隔てて座り、カップを取り上げるとその香りを楽しんだ。ジェナンも、天辺だけ禿げ上がった頭をつるりと撫で、エンに倣ってカップをつまみ上げた。

「何か気に食わないことでも?」

 禿げた頭をなで上げるのは、困ったり、苦情を言う前のジェナンの癖だった。

 この共和国のトップである頭領のジェナンはエルフである。細身であるがしっかりとした筋肉がついており、エルフ故に顔のつくりも良かった。それらは選挙で頭領に選ばれる要因の一つであったが、さらに民衆はそんなジェナンの残念な頭部を愛していた。欠けているものほど美しいとは、良く言ったものである。

「魔王ですよ、魔王」

「前から言っておいたでしょう」

「ですから、困っているのです」

 最初、ジェナンが軍備の増強を言い出した時は、民衆はいぶかしがったものであるが、それを説得したのは、普段は民衆の前には出ないエンであった。

 大精霊のエン曰く、これから苦しい時代がやってくる。そのために備えようと。

 崇める大精霊が言うのである。

 幸い、共和国はジェナン達首脳部の奮闘によって、財源にゆとりがあった。精霊工学の先進地である帝国に教えを請い、王国の鍛冶を学び、財団(ファウンデーション)の商人と共同して販路を広げて、ひたすら国を豊かにしてきた成果である。

 その成果を、惜しげもなく軍備につぎ込んだ結果、幸いにして帝国とは接していないが、警戒を抱かせるほどにはなっていた。更には、情報隠蔽の重要さをエンが説いたため、詳しく情報が入手出来なくなり、帝国は猜疑心を募らせていたが。

 魔王の宣言をもっとも早くに知った共和国は、ジェナンを筆頭にして戦いに備えていた。ある程度の魔王とその周辺の情報はエンから入手してはいるが、それも表面的なものだけであった。エンは大精霊であって、諜報員ではなかったためである。

 魔王は砂漠を越えて攻めてくるであろう。

 そのために艦隊を整備したのだから。

「ご老体が、もう少し協力的であれば」

「あらあら、無理を言っては駄目ですよ。技術だけでも入手出来たから、良かったでしょう」

「それは、そうですが」

 先のドラゴン討伐の騒ぎで、帝国は魔王との戦いには先頭に立つしかないだろう。直接戦った王国や財団(ファウンデーション)、それに協同国は直接的に要求はしていないが、無言の圧力は加えている。ある意味、罪滅ぼしの代わりにしてやるからと。

「しかし、魔王の真意がわかりません」

「真意も何も、宣言どおりでしょう」

 ジェナンの疑問に、何を今更という表情を浮かべたエンが応えた。その通りなのだが、と項垂れるジェナン。

 最初、魔王が自分の治める地域を平定した後、周囲に戦いを仕掛けたのは、やはりどの程度人や獣人が戦えるのか、調べる意味があったのだろう。そうでなければ、簡単に兵を引いた意味が分からなくなる。

「ところで、席は空けてくれていますか?」

 その唐突なエンの言葉に、ジェナンは渋い表情を浮かべる。

「言われたとおりにはいたしました。しかし、大丈夫なのですか?」

「さぁ?」

 首を傾げるエンに、ジェナンが慌てる。

「さぁ、って。それでは困ります!」

「あらあら、冗談ですよ。きっと大丈夫です」

 その言葉をジェナンは信ずる事は出来なかった。

 確かに精霊は嘘をつかない、つく必要がないからだ。

 だが、精霊の恐ろしい点は、隠して言わないことがあるからだ。それは、まるで知る必要のない事は、話す必要はないと人々へ情報を制限しているかのように。

 それきり、口を閉ざしたエンをじっとジェナンが見つめていると、ドアを叩く音が響いた。そのノックに、ジェナンは入るように命じた。

 扉から姿を現したのは、メイドであった。エンが手配したのであろう。

 メイドは手にしたプレートから、皿を取ってエンの前に置いた。

 皿の上にはぷるぷると震える物体が乗っており、それをジェナンは不思議そうに眺めていた。

「それは何ですか?」

「ぷりんというもので、レシピをローダン商会から買い取りました。あっ、もちろん私のお小遣いで」

 プリンをスプーンですくったエンは、それを口に運び、嬉しそうに満足げに頬に手をあて、完璧ですとメイドに告げた。

 それを見たジェナンは聞かずいられなかった。

「甘いのですか?」

「ええっ、程よい甘さです」

「私のは?」

 二口目を愛しげに飲み込んだエンが応える。

「私が買ったレシピです」

 自分も買えというのかと、ジェナンは驚愕し落胆した。

 ジェナンが甘党であることは、共和国では有名であった。


社畜男:「俺はいらない子だったんだ~」

幼女もどき:「えっ!」

わんわん:「えっ!」

大太刀:「まさしく」

……ノーコメント。


次回、明日中の投稿になります。

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