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引き続き、
第7章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
リシア共和国 政都ベアリーン 頭領官邸執務室
エンは、執務室の片隅で、湯をポットに注いでいた。執務室の主である頭領ジェナンに茶を入れているのだ。
そんな姿を見て、ジェナンは頭領付きのメイドにやらせれば良いのに、とは思うのだが、これがエンにとっては楽しみなのだと知っているので、何も言えなかった。
プレートに乗せたポットに、温度が下がらぬようにティーコジーを被せ、砂時計をひっくり返したエン。
準備を整えたエンは、ティーセットを乗せたプレートをジェナンの執務机へと運んだ。
しばらく無言の時間が過ぎていくが、やがて砂時計の砂がすべて落ちきると、エンはカップに茶を注ぎ入れてジェナンの前に置いた。そばには小麦菓子が乗った皿を添える。
エンは自分の茶の用意もして、執務机を隔てて座り、カップを取り上げるとその香りを楽しんだ。ジェナンも、天辺だけ禿げ上がった頭をつるりと撫で、エンに倣ってカップをつまみ上げた。
「何か気に食わないことでも?」
禿げた頭をなで上げるのは、困ったり、苦情を言う前のジェナンの癖だった。
この共和国のトップである頭領のジェナンはエルフである。細身であるがしっかりとした筋肉がついており、エルフ故に顔のつくりも良かった。それらは選挙で頭領に選ばれる要因の一つであったが、さらに民衆はそんなジェナンの残念な頭部を愛していた。欠けているものほど美しいとは、良く言ったものである。
「魔王ですよ、魔王」
「前から言っておいたでしょう」
「ですから、困っているのです」
最初、ジェナンが軍備の増強を言い出した時は、民衆はいぶかしがったものであるが、それを説得したのは、普段は民衆の前には出ないエンであった。
大精霊のエン曰く、これから苦しい時代がやってくる。そのために備えようと。
崇める大精霊が言うのである。
幸い、共和国はジェナン達首脳部の奮闘によって、財源にゆとりがあった。精霊工学の先進地である帝国に教えを請い、王国の鍛冶を学び、財団の商人と共同して販路を広げて、ひたすら国を豊かにしてきた成果である。
その成果を、惜しげもなく軍備につぎ込んだ結果、幸いにして帝国とは接していないが、警戒を抱かせるほどにはなっていた。更には、情報隠蔽の重要さをエンが説いたため、詳しく情報が入手出来なくなり、帝国は猜疑心を募らせていたが。
魔王の宣言をもっとも早くに知った共和国は、ジェナンを筆頭にして戦いに備えていた。ある程度の魔王とその周辺の情報はエンから入手してはいるが、それも表面的なものだけであった。エンは大精霊であって、諜報員ではなかったためである。
魔王は砂漠を越えて攻めてくるであろう。
そのために艦隊を整備したのだから。
「ご老体が、もう少し協力的であれば」
「あらあら、無理を言っては駄目ですよ。技術だけでも入手出来たから、良かったでしょう」
「それは、そうですが」
先のドラゴン討伐の騒ぎで、帝国は魔王との戦いには先頭に立つしかないだろう。直接戦った王国や財団、それに協同国は直接的に要求はしていないが、無言の圧力は加えている。ある意味、罪滅ぼしの代わりにしてやるからと。
「しかし、魔王の真意がわかりません」
「真意も何も、宣言どおりでしょう」
ジェナンの疑問に、何を今更という表情を浮かべたエンが応えた。その通りなのだが、と項垂れるジェナン。
最初、魔王が自分の治める地域を平定した後、周囲に戦いを仕掛けたのは、やはりどの程度人や獣人が戦えるのか、調べる意味があったのだろう。そうでなければ、簡単に兵を引いた意味が分からなくなる。
「ところで、席は空けてくれていますか?」
その唐突なエンの言葉に、ジェナンは渋い表情を浮かべる。
「言われたとおりにはいたしました。しかし、大丈夫なのですか?」
「さぁ?」
首を傾げるエンに、ジェナンが慌てる。
「さぁ、って。それでは困ります!」
「あらあら、冗談ですよ。きっと大丈夫です」
その言葉をジェナンは信ずる事は出来なかった。
確かに精霊は嘘をつかない、つく必要がないからだ。
だが、精霊の恐ろしい点は、隠して言わないことがあるからだ。それは、まるで知る必要のない事は、話す必要はないと人々へ情報を制限しているかのように。
それきり、口を閉ざしたエンをじっとジェナンが見つめていると、ドアを叩く音が響いた。そのノックに、ジェナンは入るように命じた。
扉から姿を現したのは、メイドであった。エンが手配したのであろう。
メイドは手にしたプレートから、皿を取ってエンの前に置いた。
皿の上にはぷるぷると震える物体が乗っており、それをジェナンは不思議そうに眺めていた。
「それは何ですか?」
「ぷりんというもので、レシピをローダン商会から買い取りました。あっ、もちろん私のお小遣いで」
プリンをスプーンですくったエンは、それを口に運び、嬉しそうに満足げに頬に手をあて、完璧ですとメイドに告げた。
それを見たジェナンは聞かずいられなかった。
「甘いのですか?」
「ええっ、程よい甘さです」
「私のは?」
二口目を愛しげに飲み込んだエンが応える。
「私が買ったレシピです」
自分も買えというのかと、ジェナンは驚愕し落胆した。
ジェナンが甘党であることは、共和国では有名であった。
社畜男:「俺はいらない子だったんだ~」
幼女もどき:「えっ!」
わんわん:「えっ!」
大太刀:「まさしく」
……ノーコメント。
次回、明日中の投稿になります。




