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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
翌日、まずは一軒の商店で商談を済ませた後、一行はローダン商会を再び訪れていた。
昨日に果たされなかった、ローダンが薦める商品の説明を聞くためだ。いろいろと便宜を図ってもらっている以上、お薦めからも、何点か購入するのが礼儀であろう。
いくつか、良さげなものを、ツキが選んで購入していく。アキラとリーネ、ブルーは蚊帳の外だ。ブルーに至っては、やはりエールを飲んでいたが。ローダンは昨日同様、アキラの腕を抱きしめて密着したままで、リーネは頬を膨らませている。
「さて、商談も終わったことだし、時も良し。お昼にしましょう」
ローダンの言葉を合図に、全員が立ち上がった。
束縛から解放されたアキラが、ほっとしたため息をつくとき、ローダンがリーネに耳打ちしていた。
「ありがとう、リーネちゃん」
「……いいよ、気にしないで」
さらに言葉を二三交わすが、それは二人だけにしか届かないものだった。
明るくなった表情のリーネがアキラの腕に抱きつく。
その様子に満足げな様子で、ローダンが先に立って店の奥へと全員を案内した。
途中でアキラは手洗いへと寄り、皆からは遅れて部屋へと入る。
通された部屋は、会議室の体裁を取っていたが、内装や調度品は豪華なものだった。恐らくは、店先で出来ない商談、しかも上流階級が客の時に使っているのだろう。
テーブルには、すでに食器類が並べられており、後は料理を待つばかりとなっていた。
特に指定される事はなかったが、短辺にローダン一人が座り、彼女の左手にはブルー、ツキの、右手の方にはアキラ、リーネの順に席を取る。
何かの合図があったのか、すぐに食事は運ばれてきた。昨晩の宿での夕食とは違って、一品ずつ運ばれて来るコース形式となっていた。慣れない様子のアキラが、ナイフやフォークの配置をじっと眺めている。やはり、使う順番などがあるのだろうか。
アキラの様子に、ローダンがわざとテーブルに肘をつき、両手を組んで笑いかけた。
「マナーなんて気にする必要ないのよ。おいしく、好きに食べてくれたら」
「不快にならない程度には」
「ええ、それでいいの、それが嬉しいわ」
温かいまなざしと言葉。アキラの緊張もほぐれていく。
一品目の配膳が終わった。
アキラやツキは、給仕をする者からワインを勧められたが、断って水だけを頼んだ。ブルーは相変わらずエールで、これは頼みもしないのに、似つかわしくもないジョッキになみなみと注がれてすでにある。
ローダンの前には、ワインが用意される。
特に乾杯もなく、「さぁ、食べて」とのローダンの言葉に、昼食が開始された。
当初は近況の報告などがされていた。主にブルーが行った改装の説明だったが、ローダンはログハウスへ訪問したことがあるのか、的確な相づちと質問を行う。
「そういえば、うちと契約している星見の者が、守護地に星が落ちたと報告してきたけど」
何が落ちてきたのと、ローダンがたずねるが、一瞬自分の転移の件かと思い、アキラが首をすくめた。とくに、転移したことを説明はしていないが、精霊であるローダンが知っていてもおかしくはない。
「……忘れてた。精霊が何か落ちてきたって言ってたな」
呆れたことに、ブルーは忘れていたようで、逆にアキラは自分のことではないと知り、安心していた。
守護地は南北に延びる、いびつな楕円に近い形であり、北には帝国、東に財団、西には王国と境界を接している。その西の境界、王国から守護地に入った近辺で、何かが宙から落下してきたのを、星見の者が観察していたのだ。
星見の者とは、宙を観察して、世界で起こる事を予測するといった作業をしている。いわゆる占星術師に近いが占いではなく、多分に非科学的な想像が混じってはいても、天文学者に近い。
落下したのが、王国から守護地に入った近辺とあっては、調査にも行けず、何の予兆かと星見の者達が騒いでいるのだと。
「帰りにでも寄るか」
同意を求めて、ブルーが視線をツキに送る。
一瞬考え込んだ様子だが、ツキは頷き返した。
「境界と言えば、帝国と財団が揉めているようね」
ローダンが思い出したように口にした。
帝国はその領土の南方にて、守護地ばかりでなく、財団と王国とも国境があった。財団と王国は、守護地を挟んでいるため、国境は接していない。
基本的に、国境を接する国家は、外交上あまり仲良くはない事が多い。逆に緩衝地帯があれば、冷静な外交が行われる場合が多いため、財団と王国は比較的、友好な外交関係にあった。軍事についても協力態勢にある。
しかし、守護地を中心とした三カ国では、帝国が突出した国力を有しており、守護地、いや個体一つで国家を上回る力を持つブルーという、対応の読めない存在がなければ、財団と王国は制覇あるいは属国化されていても、おかしくはないほどの開きがあった。
財団と王国は巧みな外交政策で、時には守護地という空間を利用して、時には手を携えて対抗してきたのだ。
その対策の中には、帝国の要求に従い、人質を送るという手段も含まれている。
人質というとあからさまであるため、要求する帝国は、自国を知ってもらうために、そして、将来にわたって近隣諸国と友好を結ぶために、王族、特に国主の直系の留学を求めていた。
国力の差からも、屈辱を感じながらも他国は受け入れるしかなく、途切れる事なく留学という名目の許で、人質の差し出しは行われていた。
ただし、これは帝国ばかりに利があるのではなく、最高学府への留学であるため、進んだ帝国の文化や技術を、将来の指導者達が学べることは差し出す側の利でもあった。
さらには、帝国の最高学府で、最高権力者の子弟が、一緒に机を並べて学んでいるのだ。もちろん留学であるため、学業ばかりでなく、スポーツや遊びでの交流も行われる。
最終的に、外交とは国家間の交渉であっても、人とのつながりが武器となる場合が多いのだ。
そして現在、未だ表立ってはいないものの、水面下で帝国と財団が揉めているというのだ。
「領土的なものではなくて、食料の価格や輸出に関する事よ」
実は、帝国は領土的な野心はないといった態度を示し続けているが、政治や経済に深く関わるものは、国力の伸張と防衛的な見方から、いつかは近隣を支配しなければ停滞に陥る事を知っていた。
過去、帝国は財団や王国と国境を接していたわけではない。間にあった諸国を帝国が武力や外交で合併した結果だ。
その合併した領土も落ち着き、帝国本土と同等の統治を受け入れるほどには同化し、時代を経ている。
帝国は、その領地中核の安全を守るために、自国領土で戦う事を嫌う。外部への侵略行動が基本にならざるを得ない体制なのだ。帝国が帝国たる所以だ。決して、国境線が防衛線ではないのだ。常に国境線の外での戦いを望む。
「経済で揉めているのなら、静観でよろしいでしょう」
「そういうことだな。財団と仲良しの王国がどう出るかだが、俺には関係ない」
ツキの指摘にブルーが応える。武力が絡むのではなければ、当面は守護地には影響がないと判断していた。逆を言えば、武力行使で守護地に影響あれば、対応すると言うことだ。
「気まぐれ起こしては駄目よ」
クギを刺すローダン。ブルーの気まぐれ一つで、国家に滅亡も含めた影響があるようだ。
食事も終わり、給仕がデザートと食後の飲み物の注文を取って回っていた。
「えっ、アイスクリームあるの!私それにする!種類?全部に決まってるよね!」
リーネのはしゃいだ声が大きく響く。
あるのか、アイスクリーム。
減温と保冷に科学反応とか機械は使ってないんだろうな。魔術の力業で解決しているのだろうと、アキラは魔術師と手伝う精霊を気の毒に思う。しかし、思うだけで、しっかりと頼みはしたのだが。
さすがにリーネのように、全種類制覇は無理だ。アキラは腹の具合を考え、プレーンなものを一種類に止めておいた。
アキラの皿に一つしか盛られていないアイスクリームを見たリーネ。山盛りのアイスクリームにスプーンを差しながら、こてんと頭を傾げる。
「アイスクリームだよ、アイスクリーム!一種類で大丈夫?」
「いや、リーネこそ、後で腹を壊すぞ」
「大丈夫!」
何が根拠か、えらく確信している様子。
「別腹だものね!」
それが根拠か。いや、リーネには別腹が存在するのか。なんと言っても異世界の住人だ。
とりあえず、めったに食べられるものではないようで、アキラはそれ以上突っ込まなかったが。
「あら坊や、一つでいいの?」
見れば、ローダンの皿もアイスクリームがてんこ盛りになっていた。
まぁ、精霊だから大丈夫なんだろうと、まさしく異世界の住人だし。
騒がしくも昼食を終え、ローダンは商会の出口まで見送りについて来た。
「何人かしら?」
「十六程度か」
ブルーが応えると、ツキもそれに頷く。
「この国の暗部だと、二班ね。様子からして、保護ではなく、監視。何かしでかす訳でもないのに」
それとも、何かしでかすのかと、からかうようにローダンは続けるが、ふんっと鼻息一つで返事するブルー。
どこまでも丁寧なツキが頭を下げる。
「お世話になりました」
「いえいえ、良いお客様への対応として、当然よ」
「また、参ります。そのときは……」
首を左右に振るローダン。
「私も、大丈夫よ」
無言で改めて頭を下げるツキ。
それを最後にして、一行は商会を離れていく。その背後を見送るローダンが、こぼれるようにつぶやく。
「大丈夫よ」
次回、本日の夕方くらいに投稿いたします。