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引き続き、
第6章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
モス帝国 アヌビアス族長協同国前線指揮所
すでに、国境付近に設けた指揮所を閉じ、フォイルは帝国領土内部に、前線指揮所を移していた。草木で偽装された天幕の中で、腕を組んだフォイルはじっと前線を押し上げていく兵達を見ていた。
フォイルの脇には、サインが椅子に座っているが、時折心配そうにフォイルを見上げていた。恐らく、侵攻速度が早く、獣人兵達に被害がでないかと心配しているのだ。
「大丈夫です。前進が困難な抵抗に出くわした場合は、下がる様に命じてあります」
そう語るフォイルを見つめるサインの視線を受けて、フォイルは精一杯の優しさを込めて微笑みを返した。
周囲でか細い悲鳴が上がっていたが、サインには伝わったようだ。安心したかのように、こくりと頷き、視線を戦線へと戻した。
その時、遠見の魔術師が声を上げた。
「財団と帝国の検問所にて、バス司令参上との文字を確認。繰り返します。バス司令参上」
報告を聞いたフォイルはにやりと笑うのだった。
「よーし、続けて検問所の監視を続けろ」
了解の返事を受けて、フォイルはサインに再び視線を向けた。
「アキラ殿にご連絡を。手はず通りと」
「分かった」
その言葉を残して、サインは姿を消した。そして、戦線に背を向け、幕僚に向かい合ったフォイルが声を上げた。
「準備しろ。そして、皆に伝えろ。今回は名を捨てて、命を惜しめと」
それは、いつもの戦場に赴く際とは真逆の指示であった。
「今から、帝都へと向かって侵攻する。他をすべて捨てて、ただ帝都へ向かって駆けろ」
そのフォイルの命令に、獣人達は応と答えるのだった。
モス帝国=財団国境 検問指揮所
次々と到着する騎馬部隊に、指揮所周辺は慌ただしい状況になっていた。
そんな中を、同行してきた騎馬部隊を前にしたバス司令が、整列した部隊を見回していた。
「さて、商都の方針はこの度は静観としている」
そして、バス司令は一枚の書類を皆の前に掲げた。
「だが、それも先ほどまで。たった今、方針は変更された。そして、我々への命令が新たに下された」
言葉を切って、周囲を見るが、馬の脇に控える騎兵達はこれからの言葉を予測出来ているのか、緊張した面持ちだ。
「イフリータ様からの願いだ。帝都を突けと」
騎兵達がそれを聞いて、手にしていた馬上槍の石突きで地面を叩いた。周囲に響く誓約の鬨。
傭兵の集まりであっても、信奉する大精霊の願い、必ずかなえると。
協同国にあって、筆頭族長のサイモンが当初、動きが鈍かったのは、どこまでドラゴンを支える事が出来るか、その自信のなさからであった。
そのため、ツキが一計を案じて財団を動かして、帝都を獣人兵と財団の傭兵達が突く動きを見せれば、シルが動揺する可能性があると伝えたのだ。
人狐の族長であるミッチェルが財団を訪問したのも、戦争準備の釈明だけではなく、リータを動かすためでもあったのだ。
しかし、財団がドラゴン支持と表明すれば、モス帝国は必ず国境を固める。そのため表向きは静観を表明していたのだ。
帝都に一撃を加えたとして、その時に国家を事実上運営しているエリオットが不在であれば、帝王を始めとした首脳部は必ず狼狽し、帝都を守ろうとするであろう。上手くすれば、シルを呼び戻すかもしれない。
ましてや、帝都を一時的に占拠出来たり、出来ずとも帝都を戦場にしたならば帝国の民はシルに不信の目を向けるであろう。
「騎乗!」
その命に従い、財団の騎馬部隊が行動を開始した。
蒼龍の守護地 中心地
サインが姿を現したのは、アキラとライラが帝国兵を蹴散らすその真ん中であった。
その姿を認めたアキラが、慌てて殺到する槍を捌いて、サインを自分の背に回し、ライラと二人で守る形をとった。
「急に現れてどうした」
大太刀を操って帝国兵を弾き上げつつアキラが尋ねると、サインが申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん」
どうやら、アキラの側目がけて転移をしたのは良いが、混戦の最中とは思わなかったようだ。
「フォイルから伝言か?」
「手はず通り、だって」
「分かった。サインはフォイルの側に戻れ」
こくんと頷いたサインの姿が消える。アキラの指示通りにフォイルの側へと戻ったのだろう。
「ライラ、一気にやれ」
アキラはライラの返事を待たずに、自らも全力で大太刀ツキノナミダを振るう。
刃と拳の奔流が、帝国兵の方陣に襲いかかる。巻き起こる暴虐が宙へと帝国兵を舞い上げ、瞬く間にアキラとライラの周囲に空白を作り上げた。
その中心で、ライラを従えたアキラが大太刀ツキノナミダを切っ先をシルに向かって突きつける。
「帝都はもらった!」
真空に囲まれたアキラの代わりとなって、ライラが叫ぶ。アキラの視線が射貫くようにシルへと向けられていた。
ライラの宣言を聞いたシルは、帝都に向けて攻撃が仕向けられたことを悟った。今すぐ攻められるはずはないが、国境を越えた獣人兵が矢の如く帝都へと駆け抜けていく様が、簡単に想像出来た。
「いいか、獣人兵ばかりでないぞ、財団の傭兵騎馬部隊もだ!」
ノーミーは自らの魔術を解除し、そのため再び動きが鈍っているが周囲に空気を取り戻したアキラが、ライラの言葉を補足した。
「まさか……」
「さあ、俺はこのまま続けてもいいんだぜ」
先は魔力内部の空気に頼るしかなかったが、今は行動を制限されながらも、空気の供給は再開され、アキラは文字通り一息着けているのだ。
アキラとライラの異様な迫力に、囲んでいる帝国兵達も、攻撃を再開していいものか、迷いが生じていた。
それはシルとて同じ事。
確かにこのまま続けていても、帝国兵が蹂躙されるばかりで、決め手にかける。ならば、この機を利用して、一旦引くべきと判断したシルが命じる。
「後退しよう」
後方に設けた陣までと。
その言葉に、側に控えていた帝国兵司令が牽制のために、森に隠れていた弓兵に矢を射かける事を命じ、続けざまにアキラ達を囲んでいた兵へ後退するように命じた。
射かけられた矢で遮られ、アキラとライラはそれを捌くために、後退する帝国兵達に追撃を仕掛ける事が出来ない。
波が引くかの如く、方陣を解いた帝国兵達は、森の中へと入っていく。その時には、すでに矢は射かけられておらず、ただ、アキラとライラはそれを見送るだけであった。
そんなアキラとライラの姿をシルは一瞥の後、姿を消した。
結局シルはアキラ達にダメージを与えることが出来ず、アキラ達はシルの手の内を知ることが出来た。かろうじて、アキラ達の判定勝ちと言えよう。
地面には矢が突き刺さり、折れた槍や割れた盾が散乱しているが、守護地の中心は平常に戻ったと言えよう。
アキラとライラに駆け寄るリーネとノーミー、そしてスノウ。アキラの腕にすがりつくリーネとノーミー。そして、スノウはライラの胸に飛び込んだ。
腕のリーネとノーミーをそのままに、アキラは地面へと座り込んだ。
「ギリギリだったな。サインが来てくれなきゃ危なかった」
どうやら、シルに見せた強気の姿勢は、空気がつきる直前のはったりだったようだ。
「でも、これでシルが精霊を消せることが分かったよ」
「そうだ。今回の成果だな」
恐らくだが、アキラはサインの島で三本足に襲撃された際に、突然精霊が消えたのもシルのためではないかと考えていた。そして、それを思うと、リーネを危険にさらしたシルを許せないと。
ぎりりとアキラの歯が鳴る。それを聞いたリーネも、その時を思い出したのか、怯えるように強く腕を抱きしめた。それに気づいたツキが、大太刀を離れて実体となると、その背を撫でてやる。
「どうやって、精霊を消した、いや他へと移動させたのか?」
「あーしが思うに、始原の精霊、特にシルだけが持つ性質じゃないかなー」
始原の精霊の中でも、特にシルはこの世界で最初に生まれた精霊だとノーミーが説明を続けた。つまり、精霊、特に大精霊の中でも特殊な存在であった。
「他の精霊とは違うのか?」
「うーん、どう言ったらいいのかなー。お母さん、あっと、星の精霊のことね。初めての事をするわけで、いろいろ試したのかもしれない。あれもこれもって」
「精霊の試作体っていうことか」
ノーミーが言うことが事実であるならば、シルは星の精霊が思いつくすべての能力を詰め込まれた、もしかすると精霊の頂点としての存在で、つまり、精霊にその場から去ることを命じることも可能なのかもしれなかった。
「今まで、シルが精霊に何かを命じたことなんか、あったのか」
「ないよ。嫌じゃん、そんなの」
そうすると、アキラの考えが正しければ、シルはこれまで避けていたことをしてまでアキラとブルーを殺しにかかっている。
アキラの背に冷や汗が流れる。
「そこまでして、俺とブルーを殺したいのか」
何故だと、アキラは沈痛な面持ちでつぶやいた。それを、いつの間にか側に来ていたブルーが苦々しげに見つめている。戦いの最中に見せていたのんびりした様子などは、すべて消え失せている。
何かを告げようと、一瞬アキラを見つめ、口を開きかけたブルーは、それを途中で止め、首を振りつつその場から歩み去って行った。
脳筋虎:「(ニッコリ)」
無口娘:パチパチ「可愛い」
幼女もどき:「えっ!」
わんわん:「えっ!」
大太刀:「えっ!」
社畜男:「犬が笑うよりマシだろう」
可愛いんだよ!
次回、明日中の投稿になります。




