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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第5章 St. George And The Dragon
109/219

5-19

引き続き、

第5章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

蒼龍の守護地スカイドラゴンフィールド ログハウス転じて中心地

 一方、初めて両戦力がぶつかり、帝国が静かにざわめき、協同国では喝采が上がる中で、守護地(フィールド)の中心地はのんびりと時間が過ぎていた。いや、ディアナとペノンズの工場を除いてだが。

 アキラとブルーは、わざわざ出向いてまで、帝国と戦うつもりはなかった。一人と一頭は自分達は討伐される対象なのだ、何を好んでまで出向かねばならないといった感情が強い。

 ただし、必要な建物を建ててしまい、田畑も少人数であれば自給できるほどの耕作地の確保が出来ている。

 つまり、守護地(フィールド)内部は結構暇を持て余していた。

 もちろん、朝にはアキラとキムボールが稽古を行い、最近ではライラも加わっており、ツキとリーネは家事にいそしみ、サインとスノウは田畑の管理を行っていた。ちなみに、ノーミーは手すさびのように、倉庫と称して建物を建て続けていたが、コンクリートを乾燥させる期間に、帝国の部隊前方に現れて、蹴散らしていたりする。あまり頻繁になると、帝国兵に変なトラウマを抱えさせてしまうのではないかと、懸念したアキラとブルーが回数を減らすように注意していたが。

 ブルーは、皆から相談をされる時以外は、草地で寝転がっていた。恐らくは、守護地(フィールド)内部で一番暇を楽しんでいるであろう。

 そんなブルーに、リーネと一緒に精霊馬やホーンホースにブラシをかけ終わったアキラが近づいてきた。

「帝国はどれだけ近づいてきてる?」

 尋ねるアキラに、目蓋を開けて頭をもたげ上げたブルーが答えた。

「かなり近くに陣を張ったから、もうすぐ来るんじゃないか。ただ、作った道を片端から精霊が壊しているから、ある程度、食料とかの備蓄をするんじゃねーかな」

 そう答えるブルーの隣に腰を下ろしたアキラが、うんとばかりに背筋を伸ばす。

「大変だよな、たまにノーミーに襲われ、兵站用の道は精霊に壊されてさ」

 完全に他人事のようなアキラだ。討伐対象なのだから、討伐にやってくる者達を気遣う必要もないと考えているからだが。

「覚悟の上で、侵入してきてるんだろ。ほっときゃいいさ。ノーミーの暇つぶしには良い相手だしな」

 そうだなと応えたアキラは、草の上に寝そべった。空は雲一つなく、ただ青い空が広がっていた。

 しばらく、アキラはブルーと一緒に、涼しくなり始めた風に当たって寝転んでいた。

 こんなことではなく、早く商いで各地を回りたいものだと考えながら。

 そんな時、ブルーが顔を上げて、一点を見つめる。アキラも気配を感じて上半身を起き上げて、ブルーの視線の先を見つめる。

 姿を現したのは、アキラが初めて見る大精霊だった。

 細身にたわわ、といった形容が正しく適用できるような体型で、他の大精霊と比べて年かさに見えるが、それは全体に漂う落ち着きがそうさせているのだろう。背にたゆたう羽は、薄い緑色をしていた。

 その姿を見たアキラは、年齢が高く見える大精霊は、薄い衣を好むのかと、シルやリータ、ディーネを思い浮かべて考えていた。年齢が低く見えるサインやノーミーはしっかりと肌が見えない服装だった。ただ、ノーミーの露出癖でもあるのか、良くタオル一枚の姿でうろうろしているが。

 目前の現れた大精霊は、その法則に従うかのように、肌も露わな薄衣を纏っていた。

 ブルーが、あれがリシア共和国に住むエントだとアキラに教える。そのエントはにっこりと微笑むと、アキラとブルーが座る草地へとゆったりとした歩調で近づき、一人と一頭の前に座り込んだ。

「エントです。住まいはリシア共和国に構えておりますわ。お会いするのが遅くなって、申し訳ございません」

 エンとお呼びくださいと続けた。

「アキラです、ご丁寧にありがとうございます」

 ついつい、以前いた世界の癖で、ぺこぺこと頭を下げるアキラを、可笑しげに見つめるエン。卑屈に過ぎたかと、アキラは思ったが、エンは優しげな笑みを浮かべており、気にする様子はなかった。

「それで、このタイミングで顔を出したの、何か理由があってだろ」

 草地に寝転び、前脚に顎を乗せたブルーが尋ねた。

「シル姉様が、古き盟約に従い、動き始めましたのでご挨拶をしておこうかと」

「俺の姿を笑いに来たんじゃないのか?」

「あらあら、そんな事はないですわよ、可愛らしい姿にお成りね」

 いろいろと他のドラゴンや大精霊からいじられて、かなり卑屈というか、被害者意識に染まっていたのだろう、ブルーが拗ねた様子であったが、エンは目を細めて、それを否定する。どうやら、お世辞とかではなく、本心からのようだ。

 そのエンの言葉に気を良くしたのか、ブルーの表情が柔らかくなった。

 アキラは立ち上がって、手空きの者を集めようとしたが、エンがそれを押しとどめた。

「少し、ブルーとあなたの三人で話しをさせてください。別に秘密ではないのですが」

「他に話す前に、俺たちの判断が聞きたい、そういうことだな?」

 ブルーの言葉に、その通りとエンは頷く。

「実は、古き盟約と魔王についてです」

「ほう、あの魔王がシルの言う古き盟約と関係しているのか?」

 そのブルーの言葉に、エンは首を左右に振る。

「それは断言出来ません」

 ブルーが顎を振って先を促すので、エンは話しを続けた。

 魔王と呼ばれる存在が、帝国の西方の砂漠を越えた地域を平定し、力の及ぶ範囲を拡大するために周囲へ戦いを仕掛けていた時があった。砂漠が要害となって帝国とその周辺国家に戦火が及ぶのは先と考えられていたが、対岸の火事として見るのではなく、早期に対応するために、帝国と共和国が中心となって多国籍軍が構成されて、派兵された。

 意外だったが、魔王は多国籍軍が派兵されてくると、早期に兵を引き始めた。その際、引くにあたり魔王の提案によって、魔王と交戦していた地域、国家と会談を開きたいと申し入れてきたのだ。

 もちろん、魔王の提案を一蹴することは簡単だったが、各地域、国家は魔王の真意を知っておく必要があると判断して、会談を受け入れた。

 会談場所は多国籍軍が指定する場所となり、魔王もそれを受け入れ、実際に少数の兵を連れて現れた。

 会談の結果は、大きな成果もなく、ただ魔王が兵を引く事が決められただけであった。賠償を求める国家、地域もあったが、それならば戦闘の継続だの魔王の一言で引っ込められることになった。

 魔王の人となりも記録に残されたが、ただ勇壮の一言だけだ。

「それならば、俺も伝え聞いている。確か、大精霊の参加も呼びかけられ、シルとエンが参加したんだな。でだ、親睦のパーティーで魔王に見初められたシルとエンが……」

「その盛った話しは結構です。ぶん殴りますよ」

 そうにこにこ笑いながらエンはブルーを見て、それにはブルーはすいませんと詫びていた。ただ、法螺だとしても、そんな話しは世間には流布されたようだが。

「魔王とシル姉様が会話をしたのは事実です。ただ、その時の内容は世間には知らされていません。あくまでも個人的な会話とされていたからですが……」

 だから、変な噂みたいなものが流れたのだがと、エンがぼやく。

「でだ、それを隣でエンは聞いていたんだろう?」

 ブルーの質問に、エンはこくりと頷いた。

 その時、魔王がまた会おうとシルに言ったのだが、シルはこう答えたのだ。『古の盟約は乗り越えられます。その時はあなたが死ぬ時ですから、これっきりですね』とはっきりエンは耳にしたと言うのだ。

 それを聞いたブルーがふーむと唸った後に口を開いた。

「ますます、古の盟約の内容が分からなくなったな」

「いえ、その時、魔王の顔は引きつっていました」

「なるほどな、シルは魔王に死亡宣告をしたんだ。古の盟約が実行された時、シル、あるいは俺かアキラによって殺されると」

 魔王も恐らくは古の盟約について、内容を知っているのだろう。だからこそ、それを口にしたシルから聞かされて、表情に反応をだしたのだろうと。

 ブルーの考えを聞いたアキラは、黙って立ち上がった。

 それを見上げるブルーとエン。

「なんだか、現実味がないな。伝説の中に迷い込んだみたいだ」

 そのアキラの言葉を聞き、なぜかブルーとエンは顔を伏せた。アキラはその意味は問わず、喉が渇いたと言い残して、その場から去って行くのだった。

「シル姉様の真意は……」

「ああ、何だか分かってきたぜ」

 良い奴すぎてやるせないなと、ブルーは呟いた。


 エンがやって来て、大精霊達やリーネとツキには久しぶりと、初対面のディアナとペノンズ、人狼姉妹には初めましてと挨拶をして回った。意外だったのは、キムボールとも初めて会うとのことだった。ディーネとの関係から、会ったことはあるだろうとアキラは考えていたからだ。

 聞けば、エンは引きこもりの傾向があるようで、あまり他には姿を見せないそうだ。だから、ブルーがリセットしても、すぐにはやってこなかったのだが。

 リーネとツキはエンの久しぶりの来訪に喜び、ツキはアキラの力を借りずに、プリンパフェを作ってエンをもてなした。

「それで、レシピはローダンから購入すればよろしいですか?」

「それ、ディーネも言ってたぞ」

 アキラがクリームで白くなったブルーの口の周りを拭ってやりながら答えていた。

 モス帝国の戦いが迫る中、守護地(フィールド)の中心は笑いに満ちていた。

 夕方には、エンが「では、また」と言い残して消えていった。それをブルーと並んで見送っていたアキラが口を開いた。

「明日、明後日か?」

「そうだな。陣に動きがある。どうやら、エンはその辺を見極めていたみたいだ」

「それじゃ、早寝するとしますか」

 そう言い残して、アキラは身を翻してその場を去って行く。その背を見送るブルーはさみしそうだった。


 翌日の昼頃、帝国兵の動きを真っ先に感じたのはブルーであった。たまたま新たに建てる倉庫の相談をスノウから受けていたブルーは、スノウに全員を大会議室に集めるように指示した。

 全員が集まるのに、それほど時間は掛からなかった。朝食の時に、帝国兵の動きを皆に伝え、今日明日は簡単な作業に留めておくように指示をしてあったからだ。

 皆の着席を確認すると、ブルーに促されて、アキラが立ち上がった。

 現状、もうしばらくすると、帝国兵が森を抜けて姿を現すことを告げ、ディアナとペノンズは工場に避難、ライラとスノウはその周辺を警戒するようにアキラは頼んだ。残った者で帝国兵とは対峙することになる。

「敵は師団規模。騎兵は存在せず、歩兵だけで構成されている。特に作戦等はないが、攻撃は俺が合図するまで実施しないように。ただ、シールドは対峙してすぐにかけてくれ」

 そのアキラの言葉に、リーネが頷く。ノーミーはシールドなど張らず、攻撃に専念するようだ。

サインには別の役割があった。

 アキラは全員の顔を見回した。

「さて、それでは行こうか」

 その言葉をきっかけとして、椅子から立ち上がった皆は、会議室を後にするのだった。これから師団規模の兵達と対峙するというのに、緊張している者などはいなかった。ただただ皆は落ち着いていたのだ。

 そう、今は。


 森に向かって、アキラは先頭に立っていた。腕を組み、しっかりと両目で森を見据えている。そのすぐ後ろにはリーネとツキが立ち、足下にはブルーが座っている。

 少し距離を置いて、キムボールが立ち、その両脇にはノーミーとサインが立っていた。

 さほど時間もたたずして、森から続々と帝国兵が姿を現し、幾つもの方陣を作っていく。騎馬はおらず、横一線に方陣をどんどん並べていった。

 帝国兵は先頭のアキラではなく、後方に控えるノーミーの姿を見て、僅かに怯えを見せていた。今まで、散々叩かれてきたのだ。逃げずにいる分まだマシだと言えよう。

 反面、アキラ達は落ち着いたものだ。すでにリーネによって幾重にもシールドが張られている。

 方陣を組んだ帝国兵達が、盾と長槍を構える。いわゆるファランクスという隊列方法だが、頭上にまで盾を構えている様子から、ローマ式のテストゥドと呼ばれているものだ。矢や投げられた石にはめっぽう強い隊列であった。

 どうやら、帝国は攻撃よりも守備を優先したようだが、後方の森の中にはきっと弓兵と魔術師が潜んでいることだろう。

 そして、帝国兵の前に、その姿が現れる。

 シルが立っていた。

 そして、アキラを真っ直ぐに見据えると、にやりと笑う。

 次の瞬間、すべてのシールドが霧散した。

これにて、

第5章が終了いたしました。

引き続き、

第6章を投稿いたします。


次回、明日中の投稿になります。

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