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引き続き、
第5章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
モス帝国 蒼龍の守護地 境界
帝国と守護地を隔てる境界まで僅かな距離、その場所に帝国の本陣が設けられていた。
事前に準備がされていたわけではなく、進軍する兵達に付き添っていたため、簡素なテントが建てられているだけの本陣ではあったが、内部にて座するのは帝国の第三王子のエリオットと大精霊であるシルフィードであった。
テントの中ばかりでなく、周囲には近衛の兵がしっかりと固めている。
境界を越えていく兵は、少数で小出しにしている。
大勢の兵を動かして、獣人や商人のネットワークに掛かる事を避けたためだ。守護地内での行軍が容易でないと報告があったときから、帝国の指導者達はシルも含めて奇襲を捨てていた。
しかも、リーネが張った結界のおかげで、弾かれる兵達が多かった。
「現在、どの程度の割合で兵が侵入できているか?」
「大体二から三割といった程度でしょうか」
尋ねたエリオットは、返ってきた答えに渋い表情を浮かべた。
侵入を現在試みている部隊には、ドラゴンと戦うな、内部調査に専念せよと、出来るだけブルーに対して悪意を持たぬように命じているが、それでも一部しか兵は侵入できていない。
「予測通りとはいえ、これは厳しいな」
「まあ、そう言うな。とにかく、守護地に侵入した兵達は部隊再編させて、後続を迎える準備をさせよ」
エリオットの言葉に、シルが涼しい顔で応える。
帝国の国力であれば、小部隊ではなく、師団、更には軍団レベルでの派兵は可能なのだが、結界のおかげで篩いにかけたような有様でしか運用できないのだ。
エリオットは、何か結界でも消滅させる手でもあるのかと期待していたため、実際には力押しに近いやり方をシルから命じられ、かなり不機嫌であった。
「巫女姫が予想以上だった。これは私の誤算だ、許せよ」
「……始原の精霊に頭を下げられてはな」
精霊にとって、人や獣人が上であるとか下であるとか、そのような感覚はないため、簡単に頭を下げて詫びたりするのだが、それでも相手が最初期に生み出された大精霊からの謝罪となると、エリオットは受けざるを得なかった。
気持ちを切り替えるためにも、今後についてエリオットはシルに確認することにした。
「突破できた兵が、ある程度の陣をくみ上げる。そこから先は中心に向かって進軍するわけだが、守護地内にはドラゴンを筆頭に大精霊が二体、巫女姫二名の戦力が待ち構えているはずだ」
下手な数の兵数では、簡単に撃退されてしまうため、敵と接触した段階で一旦引いて、後続を待つことと指示はしていた。ただ、エリオットが心配しているのは、守護地内部に侵入できた指揮官が少なかったことだ。どうしても、軍の内部階級が上がるに従って、ドラゴンへの戦意が高くなってしまい、兵に比べて突破出来る割合が少ない傾向にあった。
ただでさえ、持てる戦力の二から三割しか投入出来ないのだ、これでは手足を縛られているのと同義であった。
「守護地内部での進軍が始まるまでに、私も侵入する」
自ら前線に立つと、シルは言う。それは事前にエリオットは聞かされていた。
「だがな、それで大丈夫なのか?大精霊は二体だが、実質はそれに巫女姫の一人が加わると三体を相手することになるぞ」
「心配性だな、エリオットは。確かにサインは始原の精霊だが、巫女姫はかろうじて大精霊並というだけ。あしらってみせるよ」
その言葉にエリオットは眉を潜める。
実は、シルには知らせていないが、先ほど帝都からエリオットに宛てて伝令がやって来ていたのだ。
「共和国のエンか?」
「知っていたのか。悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか」
言い当てられたエリオットが苦笑する。
先の報告をシルに話して聞かせることにした。
どうやら、協同国にて外交を受け持つ人狐ミッチェルが、財団との交渉を終えた後、国へ戻らずに秘密裏にリシア共和国の首都ベアリーンへと移動したと言うのだ。
現状、スカイドラゴンを助けると明確に宣言し動いているのは協同国だけで、守護地を囲む王国、財団、そして共和国は静観する様子。ただ、それも声明を出している訳ではなく、沈黙しているから帝国がそう判断しているにすぎない。
エリオットの考えでは、スカイドラゴンが協同国と共に、帝国へと逆侵攻などしてくれば、先に挙げた国、特に国境を接する王国と財団は喜び勇んで協調して帝国へと侵攻してくるだろう。
特に、王国は王太子であるキムボールが、ディーネの手引きで守護地内部に招かれているとの報告があり、財団の大精霊イフリータはアキラに何かあれば助けると明言していた。
「協同国のゴサイン様、ノーミド様、財団のイフリータ様。それに恐らくは王国のウンディーネ様も加えると四体もの大精霊に好意を向けられるとは。あのアキラという男は何者だ?」
エリオットの愚痴を聞いても、シルは答える事なく、戦闘訓練を受け、最後の盾として側に仕えるメイドに飲み物を用意するように命じていた。
「さらに、共和国まで蠢動を始めたとなると、エン様の動向が気に掛かる。今の頭領はエン様に甘々だと聞くし」
「いざという時に、共和国に下がれるとなると、ブルーは楽だろうね」
硬直した戦線と、後背地を持って柔軟に下がる戦線では、もちろん前者の方が対処は楽だ。普段は文官の仕事ばかりしているが、前線指揮も経験しているエリオットには、戦略、戦術眼が備わっていた。
飲み物を持ってきたメイドに配膳を命じ、エリオットには茶でも口にして落ち着けとシルは言う。
そのように、諭されるようにシルに言われては、エリオットもカップに口をつけないわけにいかない。ため息を一つ、カップを持ち上げた。そのタイミングを見計らうように、境界の際まで進んで指揮を執っていた、この部隊の指揮官、いや最終的には守護地に侵攻した部隊すべての指揮をとる司令がシル達のテントに入ってきた。
もちろん、前線であるために、先触れなど省かれている。
「王子よ、一度目の侵攻は終わった」
結界を越えられなかった兵達は、帝国領土で再編され、改めて命令を与えて境界を越えてみる予定だ。
「そうか、再編が済んだら兵を休ませてくれ。戦いはまだ当分先だ」
「解り申した。それではごめん」
立礼を残して、軍司令はテントを出て行った。
それを見送ったエリオットは、シルの後ろに控えていたメイドを、指先で呼び寄せて、耳を寄越すように命じた。
メイドの耳元で、エリオットはささやく。
「執務は可能か?」
「テントの準備は終わりましたが、暗部がまだ」
それを聞いたエリオットが眉をしかめた。
素早い対処が信条の暗部にしては珍しい。
「シル様、下がりますので、ここをお願いします」
分かったと頷くシルを確認して、エリオットはもう一つの自分専用のテントへと移動した。
そのテントには、エリオットが普段使用している机ほどではないにしても、前線のテントに置くにはかなり大きな机が備え付けられていた。
すで、前線部隊からの、特に軍司令付の参謀からの決済待ちの書類が、山を成していた。しかし、普段から処理している書類の数にすれば、まだ少ないものだ。帝都に戻ったときに、更に大きな山を成しているだろう机の上を思い、ため息つくエリオットであった。
椅子に座ったエリオットは、書類を素早く捌き始めた。
始めてしまえば、集中して時間の流れが分からなくなる。
幾時が過ぎただろうか、テント入り口の布がめくられ、一人の兵が入ってきた。
「状況は?」
「芳しくありません」
机の前で兵は片膝を突こうとするが、エリオットはそれを手で遮った。その者は、兵の身なりをしてはいるが、暗部のものであった。前線で都合の良い服装をしているにすぎない。
報告を続けるように促すエリオット。
「商人をまとめ上げているのはローダン商会です。手の者を潜り込ませようとしましたが、それも阻止されております」
さらには、裏でローダン商会は財団とも太いパイプを築いているのだと。
「ローダン商会はドラゴン御用達だ。我が国の暗部並の組織くらいは持っているだろう」
そのエリオットの言葉に、暗部の男は頷き、更に口を開いた。
「今一度」
「もちろんだ。恐らく、このままでは獣人と人の種族間での戦いになるぞ。その前に手を打つんだ」
現在のままだと、帝国とドラゴンとの戦いであり、ごく限定されたものであるが、時間をかけてしまった場合、人と獣人との間に溝を生んで血みどろの戦い、ひいては相手を滅ぼすための大戦に拡大しかねない。
エリオットはローダン商会の活動を妨害したいのではない。細くとも良いので、獣人とのつながりを作っておこうとしているのだ。
だが、それを公言してローダン商会と接触するわけにはいかない。実力でもってローダン商会内部へ食い込む必要があったのだ。
エリオットの言葉に黙って頷いた男は、テントを出て行くのだった。
社畜男:「えっ、俺の出番は?」
わんわん:「途中で主人公の交代など、よくある話しだ」
社畜男:「いや、ないだろう」
わんわん:「次回からタイトル変更です。1○1匹わんわんが始まります」
社畜男:「伏せ字になってねーし」
うそです。
次回、明日中の投稿になります。




