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引き続き、
第5章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
模擬試合が終わった後、朝食まで時間があったため、キムボールはアキラに型の幾つかを学んでいた。ゆっくりと教えられた剣筋をなぞるキムボールに、アキラはこの世界での鍛錬方法を尋ねていた。
すると驚いた事に、この世界ではほとんどがかかり稽古や地稽古であり、型は行わずに、一人の時は、ただ素振りを行う程度だというのだ。
「たまに、相手を想定して剣を一人で振るかな」
最後とばかりに振り切ったキムボールは、両手持ち剣を鞘に納めて答えた。
「そうなのか。いや、俺って他を知らないからな。勉強になる」
「いやいや、俺も今日、この型っていうのを教えてもらって、やってみて、なるほどと思った」
アキラは、草むらの上に置いてあったタオルをキムボールに渡し、そろそろ朝食へ行こうかと誘った。
「朝もツキが作るのかい?」
「そうだな、朝は大抵ツキが一人で作るかな。あっ、でも最近はライラやスノウも手伝ってるみたいだが」
人狼の姉妹は、巫女姫に雑事をさせるのが、未だ心苦しいようで、よくリーネやツキの手伝いをしていた。特に、サインが持ち込んでくる醤油や味噌などの、ツキが今まで使ったことのない調味料を教えることに喜びを見いだしている節もあった。
汗を拭いながら、並んで歩くキムボールへチラリと視線を送ったアキラは、からかうように声をかけた。
「やっぱり、ツキの手料理を食べたいか?」
「そりゃ、そうだろう。綺麗な姉さんの手料理が良いだろう」
「ライラやスノウも綺麗だと思うけど」
そのアキラの言葉を聞いて、慌てるキムボール。
もちろん人狼姉妹が綺麗ではないと、言うつもりはない。容姿端麗であり、姉のライラは拳聖であり、妹のスノウは頭脳明晰で一流の魔術師である。しかも、姉妹は筆頭族長の娘でもあり、姫としての教育を受けており、雅を理解する。
「あの姉妹は、どこに出しても立派に通用するさ」
「ふーん、政略結婚の相手としては?」
「本気で言ってる?」
どこまでも、真剣な表情でアキラを見るキムボール。
これはしまったと思うアキラは言いすぎたと謝ることにする。
「言い過ぎたな。すまん。忘れてくれ」
「……とは言っても、冗談ごとでもないんだよ」
キムボールは王子と呼ばれてはいるが、後継者である証の立太子の儀を済ませている、立派な次期国王なのだ。王国内部から嫁を取らないとなると、他国の姫が視野に入ってくる。そうなると、ライラあたりは立派な候補となりそうなものだが、人と獣人では子が作れない。しかし、過去に例が無いわけではないそうだ。ただし、そうなれば、これ以上ないくらい見え透いた政略結婚となってしまうのだが。
「ディーネがあっさりと送り出したのも、その辺の事情が絡んでいるとみたね、俺は」
その言葉に、アキラは首を捻り、恐らく多分、何も考えないと思うぞと内心で答えつつ、食堂へと入った。
以前において朝の食事の時間は、その日の作業の段取りや人員の割り振りの相談をしていたのだが、水晶関連以外の作業が一段落したこともあって、のんびりとした空気が漂っていた。
その中で、リーネが地中の結界について心配だと言い出していた。
前は、透明のお椀を伏せたように結界を張っていたが、今は、地中を含めて球形の結界を張っている。もちろん、地中から侵入してくる三本足対策であったが。
地上の結界であれば、リーネやスノウが直接目視や行動で確認できるのだが、地中の結界は見ることが出来ないために、どうしても精霊に頼むことしか出来ず、確認をとるのが難しいとリーネが全員に告げていた。
「だから、結界を過信せず、注意はしてほしいの」
そう言ってリーネは締めくくった。ただ、リーネも手をこまねいているわけではなく、アキラがソナーの概念を教えると、なんとか魔術で出来ないものかと、精霊と色々と工夫をしているようだ。パッシブは簡単に再現できたようだが、アクティブがなかなか難しく、ディアナを巻き込んで、いろいろと試しているようだ。
ちなみに、リーネに前にいた世界の事を教えているのを伝え聞いたのか、ディアナが興味を示しているのだが、先にレインを戻して欲しいとアキラが伝えると、それもそうかと頷いてくれた。
ついでとばかりに、アキラはディアナばかりでなく、ペノンズやキムボールを巻き込んで、規格統一の話しを触りだけを聞かせた。
現在、鍛冶師が用いるネジなどの部品、そして意外にも度量が厳密に統一されていないのだ。さすがに農作物や油、酒などは国家により厳密に法によって定められているが、鍛冶師が作るもの、つまり工業的な製品は作り手によって様々なものが用いられているのだ。
「ふむ、興味深い話しじゃな。ネジなどの融通の効くものは一度に大量に作り、値を下げると共に、鍛冶師も品質の安定した安価な有り物を使う事によって、手間が省け、更には量産が容易くなるというわけじゃな」
さすがに優秀なペノンズは、アキラの言いたいことをすぐに理解したが、癖のある鍛冶師が協力するかなと、疑問を呈した。
「だから、キムボールがいる場で話したんじゃないか」
「ほう、そうじゃそうじゃ。次期国王の協力があれば、別じゃな」
顎髭をなでつつ、ペノンズがキムボールに笑いかける。ツキ特製のベーコンにかぶりついていたキムボールが、咀嚼しながら俺かいと自分を指差す。
「農業については、サイン達が頑張るとして、そうなると将来人や獣人が増えるはずだ」
人や獣人が増えると、物も必要になるが、それ以上に労働力も増え、工業化の流れが生まれる。ただ、現在のように手工業に頼っていては限界がある。水力、蒸気エネルギーや魔術の利用はもちろんだが、一気に事を進めるためにアキラは規格の統一という概念を広めておきたかったのだ。
「時間のかかることだから、先ずは王国と協同国あたりに概念は広めておきたい。実践はここ、守護地で行う」
「それじゃー、穴を開けてーネジを作るんじゃーなくて、使うネジをー決めてから、穴を開けましょーか」
なるほどと、上手いたとえだとディアナに笑いかけるアキラ。
とりあえずは、守護地内で使うネジは、石貨を作る時の要領で大量に作るように、ローダンに提案する事にした。
そこまで話しを進めた時、リーネからちぎったパンを咥えさせて貰っていたブルーの耳が大きく震えた。
「また侵入者か?」
アキラの問いかけに、ブルーが首を振る。
「いや、数が違う。恐らくは師団規模だな」
朝食の席に緊張が走った。
帝国の侵攻が本格的に始まったのだ。
人狼姉:「パスで」
人狼妹:「同じくパスで」
ばか王子:「えっ!」
無理だろう。
次回、明日中の投稿になります。




