5-15
引き続き、
第5章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
翌朝、アキラは普段よりも早くに部屋を出た。
いつもの崖の上で型を行う。
ゆっくりと、早さではなく正確に振ることを心がける。振る大太刀ツキノナミダはこれ以上なく手になじむ。そればかりか、身体の動きが違った。やはり、レインとどこか同じ感覚があったが、それ以上だ。
関節の可動範囲が広がり、筋肉が柔軟に動く。
だから、早く振るのではなく、正確に剣筋を作る。
自分が上達したのではない。
あくまでも大太刀ツキノナミダの手助けがあるからだと、アキラは自分に言い聞かせる。
気配に、型を途中で止めて振り返ると、近づいてくるキムボールの姿があった。遠くから、アキラの様子でも見ていたのか、側にやってくるなり口を開く。
「珍しい鍛錬方法だな」
「そうか?俺はこの方法しか教えられていない」
大太刀を鞘へと納め、袖で額の汗をアキラは拭った。その姿を眺めていたキムボールが鞘に視線を送った。
「業物だな。遠くから見ていても、雰囲気が違う。抜き身だと恐ろしいまでものオーラがあるが、納めるとそれがピタリとなくなる」
「俺が、未だに刀に頼っている証拠だよ、まだ未熟だ」
抜き身の刀が恐ろしいのは当然、納めた刀で敵を圧倒してこそのもの。
そのアキラの回答に、キムボールは理解出来ないというように、首を左右に振る。
「分からんな。刃は抜いてこそだと思うが」
そう言いながら笑いかけてくるキムボールに、アキラも笑みを返す。
「俺もよく分からんさ」
「そうか、お互いがまだまだと言うことか」
ところで、ただ刀を振るばかりでなく、手順に従い振るのは、どういう鍛錬方法だと、キムボールは型を行う意義を問うてきた。いわゆる相手を設定し、臨機応変に振るシミュレーションではなく、同じ手順を繰り返す意義を不思議に思っているようだ。
「俺のやっている事は、恐らくは実戦には役立たない」
「では、なぜそれをしている?」
真摯にアキラを見つめてくるキムボールの視線には、剣士としての矜持が感じられる。それを受けたアキラは、実家がたまたま道場で、言われたままに剣を振っていることに恥じる気持ちになった。視線を外して、腰にある大太刀の柄に視線を落とす。
「……俺は、型を行うことで剣と一体になれと教えられた」
言葉を切るアキラに、表情で先を促すキムボール。一体となって、何を成すと。
「何かを守れるんじゃないかと、守れたらいいなと思っている」
頭の片隅に、自分の娘をアキラの腕から奪い返し、恐怖を堪えて叫ぶ女性の姿が蘇った。叩きつけられた言葉が耳に蘇る。
脳裏に浮かぶ光景を、しっかりと焼き付けるように、明け始め、赤く染まる空をアキラは見上げた。
「次こそは……」
アキラの思いなど知ることも出来ない。知ろうとも思わないが、キムボールはアキラに頷き、強く肩を叩く。
「そうか。ならば見せてもらおう」気配を断って、草原に寝そべっていたブルーに視線を向けたキムボール「そろそろ始めようか」
むくりとブルーが立ち上がる。その表情は常人には判別が付きにくいだろうが、アキラにははっきりを分かった。
ブルーは心配をしている。
それは、アキラに向けられるものではなく、キムボールへと。
音も立てずに、アキラとキムボールの間に割って入ったブルーが、双方を比べるように見た。
「この場から、十歩下がって構えろ。俺が合図したら始めろ」
その言葉に、お互いが背を向けて、十歩歩いて距離をとる。
距離を開いて、振り返ってお互いが対面して、キムボールが鞘から両手持ち剣をすらりを抜き放ち、中段正眼に構えるが、向き合ったアキラは鞘を片手で持ち、柄頭に手を乗せているだけだ。
目を細めて、アキラの様子を見たキムボールは、鞘から抜く様子がないことから、昔聞いた抜き打ち、立ち居合いかと想像をする。
だが、アキラの立ち姿は、柄を握ってはおらず、全身からは戦意を感じる事が出来なかった。
先のアキラの言葉を思い出す。納めた刀で圧倒するつもりか。しかし、アキラの姿はあまりに自然すぎた。
「今から、言い訳の準備か?」
口合気という言葉があるが、まさしくキムボールが放った言葉がそれに該当する。
それには乗らず、アキラは僅かに肩をすくめて見せるだけ。
準備は整っていると。
昇る太陽が二人を照らし始める中、微かな風が間をすり抜けていく。
「始めろ」
静かにブルーが声を上げた。
アキラが迎え撃つのならば、先に動くのは愚策とキムボールは動かず、じっと様子をうかがう。
アキラの姿が蜃気楼のように霞み、揺らいだ。
来る!
キムボールははっきりと見た。アキラの立っていた場所で爆発するように土煙が上がるのを。
見た、そして構えた、その時にはキムボールは自分を覆っていた魔力がすべて剥がれ落ちており、自分の背後で大太刀を振り切り残心しているアキラを感じた。
アキラが鞘に納める金打音を聞きつつ、キムボールは地面に両膝を着けていた。
両手持ち剣の柄を持ったまま、キムボールは自分の両手を見ていた。
震えている。
心の芯から震えていた。
過去、人であれ、獣人であれ、獣であれ、強い敵と戦ったことなど幾度となくあった。もちろんすべてに勝ちを収めていたわけではない。強者に敗れたこともあったが、この震えは何だとキムボールは自問していた。
ふと、キムボールは目前にブルーがいることに気づいた。
「人の形をした化け物とはどういったものか、分かったか?」
「化け物?」
「ああ、敢えてそう言おう」
震える身体に鞭を打って、キムボールは振り返る。
その目が、陽の光を浴びて立つアキラを見た。
ブルーが化け物と評したその背中は、どこまでも、ただの人にしか見えなかった。怯え、悲しみ、嘆く人の背であった。
しかし、キムボールの目には正しく人の姿であり、たとえ赤く染まっていようとも、陽の光にも負けずに、すべてを美しくも照らし出す光のように見えたのだった。
「だから、守ってやってくれ」
そう言い残して、ブルーはその場から歩み去って行った。
太陽が昇る。
アキラに並んで、それを見ようかと一歩踏み出そうとするキムボールは、ふとそれを止めた。
片膝を地につけ、残った膝を立ててそこに腕を置く。残った手は胸に当て、頭垂れた。
振り返ったアキラが、驚きの表情を浮かべた。
「どうした、王子がそんな格好するのは駄目だろう」
顔を上げたキムボールがにやりと笑う。
「やりたくなった、だからやっている」
それを聞いたアキラは表情を柔らかくして、再び太陽が上がる様を眺める。
「好きにしろ」
「ああ、好きにさせてもらう」
アキラの腰で、凜とした音が響くのだった。
ばか王子:「俺って、何?」
わんわん:「かませ犬とは、本来は闘犬において調教する犬に噛ませて自信を付けさせるためにあてがわれる弱い犬のことである by Wikipedia」
ばか王子:「泣いていいかな?」
ちょっと、違う。
いじめが非道すぎる。
次回、明日中の投稿になります。