5-11
引き続き、
第5章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
翌朝、酩酊とは無縁なドラゴン二体が、自分達の守護地に向かって戻っていった。
それを見送るアキラが、横に座ったブルーに尋ねた。
「結局、犬になったブルーを見に来ただけか?」
「そうだよ」
あいつらがリセットした時には、思いっきりからかってやるとブルーが続けた。
「シルと帝国が殺しに来るって言うのに、気楽なもんだ」
「お前も一緒じゃないか」
「まぁー、そうなんだけど、現実味がないっていうのかな?」
一人と一頭で、朝食を取るためにテーブルへと向かう。途中、アキラは手を洗おうと、ブルーも一緒にどうだと誘った。
「朝、ちょっとレインを見に行きたいんだが」
「引っ越しはやっておく。変なものテントに置いてないだろうな」
「あったら、リーネとツキにしばかれてる」
それもそうかと、ブルーが笑い、お互い水を出し合って手と前脚を洗った。その時、ブルーの耳がピクリと震えた。
「侵入者か?」
「そうだな。一名か二名。俺に対して悪意がなければ、侵入は可能だからな」
ドラゴンを偵察しろとは命じられておらず、ただ、守護地の調査に赴いた意識になっているのだろう。精霊も侵入者ありとしかブルーには伝えていないようだ。
「その程度の人数だと、偵察と言うよりも地形の把握のためか?」
「さあな、人の戦い方など知らんからな」
それもそうかと、アキラはブルーの言葉に頷き返した。アキラも軍人の経験があるわけではなく、せいぜい歴史の授業で学ぶか、歴史小説で読んだ程度の知識しかないのだ。人や獣人と比べて性能が上過ぎるドラゴンに取っては、戦略や戦術論などは無意味であろう。
「それじゃ、放置ということで」
「行くのも面倒だ」
この犬の姿では、一っ飛びというわけにはいかないからなとブルーがぼやく。
シルと帝国が攻めてくるとなると、守護地の広さ、境界の長さが問題になってくる。移動や通信の手段が限られているために、大精霊を例外として、要所に誰かを配置する訳にはいかなかった。一時、サインかノーミーを帝国との境界に張り付かせる案が出たが、その意味を問われて立ち消えになっている。
打つ手もないため、アキラとブルーは朝食を摂るために、テーブルへと向かうのだった。
モス帝国 蒼龍の守護地 境界
首尾良く、守護地に侵入する事が出来た帝国兵二名は、周囲を伺いつつ胸をなで下ろしていた。
いかに、事前にドラゴンへの悪意がなければ、侵入は可能だと教えられていても、本当に自分自身に悪意がないとは確信できなかったからだ。
「王国と財団は、伝書使というもので情報のやりとりに守護地を通過させているそうだが?」
「我が帝国では、そんな必要はないからな」
帝国は守護地と面してはいるが、他国とも直接面しているために、守護地に侵入する必要を感じず、その内部についての情報を一切持たなかった。
エリオットが守護地を帝国領土にしようとしていたが、守護地内部の地形については、境界を軍が越えてから調査すれば良いと考えていた。
しかし、今回は結界を張られたこともあって、境界内部の地形や状況を事前に調査して、どれほどの陣が張れるのかを把握しておこうと考えられたのだ。
帝国兵達は、周囲の様子をうかがう。いかに、侵入はそれがなされた時点でばれており、二人程度の兵では、放置されるであろうと教えられても、軍人の性として、周囲の警戒を怠るわけにはいかなかった。
「しかし、森が濃いな」
「人が入ることがないからだろうな」
「馬は使えないか。兵站は大丈夫か?」
馬が使えないとなると、当然馬車も使えないことになる。そうなると、食料などは人力で移動させなくてはならない。
陣を構築出来たとして、それが維持できるのかと不安がよぎる。
「道が存在するとは聞いたことがある。まずは、この場所を起点に探すとしよう」
「魔術で印を付けておくか」
一人の兵が、精霊に働きかけるが、戸惑うような表情を浮かべた。
「どうした、早くしろ」
「いや、精霊の数は多いんだが……。応える精霊がとんでもなく少ない」
何とか呼びかけに応えた精霊によって、侵入した場所が遠くからでも分かるように印を付けたのだが、帝国領土で行使する魔術よりも大幅に威力が落ちていた。
「……精霊はドラゴンに味方するか?」
「どうだろう?この土地独自の反応かもしれんぞ」
魔術を行使した兵が首を捻るが、もう一方の兵は土地による影響だと言い放つ。
結局は考えても無駄であり、兵士たちは森へと分け入っていくのだった。
そんな帝国兵達を二つの影が、遠見の魔術で見守っていた。
一体は帝国のシル。
もう一人は謎の賢者とアキラ達から呼ばれる存在。
実は、一体と一人が同じ場所にいるわけではなく、シルは帝国兵だけを見ていたが、謎の賢者はさらに距離をおき、守護地内部の兵達を見ると共に、シルの背も見ていた。
「あの大精霊、自国の兵達を見守っているだけか?」
偵察に送り込んだ兵二名を、ここまで出向いて見守るほど、気にかける必要があるのかと、謎の賢者が首を捻る。
隠蔽の魔術はしっかりと効いているようで、シルが謎の賢者に気づく様子はない。そのため、しっかりとシルを観察する事が出来るのだが、その意図が読めなかった。
しばらくシルは守護地に視線を送っていたが、見るべきものは見たのか、やがてその姿が消えた。
「何かを確認?ならばそれは何だ?」
そう呟いた謎の賢者は、帝国兵達の動きを監視することに専念を始めた。
しかし、背後に感じた気配に、慌てて振り返ると、右手から光刃を伸ばし首筋に突きつけているシルの姿があった。
「うまく隠れてはいるようだったな」
「……隠蔽は完璧だったはずだ」
「ああ、完璧だったさ。だけど、視線は感じられるものなんだよ」
そう言って、シルはにやりと笑った。
何か、逃れる方策はないかと、謎の賢者は目玉を左右に動かして、周囲を伺うが、何の手立てもなさそうだ。
一戦交えるしかないかと、謎の賢者が心を決めかけたとき、シルは右の光刃を消し去った。
「お互いやりあっても、似たような性能だ。消滅還元はしたくないだろう?」
大きく息をついた謎の賢者は、両腕を胸元まで上げて降参との仕草をシルに見せつけた。
「いいのか、不倶戴天の俺を見逃しても?」
「いいさ、あなた達の相手は私だけじゃない。もうしばらく待ってなさい、この星系の最強戦力が相手してあげるから」
「……まさか?」
「教えてあげない」
一方の口角を上げて不敵に微笑むシルと、苦々しげな表情の謎の賢者がにらみ合う。
ゆっくりと、シルを刺激せぬように立ち上がる謎の賢者。
「偽りの竜を倒そうとしているお前が、それを言うか?」
その言葉に、なんだそれはと言わんばかりの表情のシル。
「お前の言う最強戦力とは、偽りの竜であろうが」
突然笑い出すシル。さも可笑しげに腹と口に手を当て、顎をのけぞらして笑い上げる。その様に謎の賢者は、戸惑いの表情を浮かべている。
「あー可笑しい」シルは目元の涙を拭い、「ドラゴンが最強?確かにそうだろう、あれは制限さえなければ、この星系でも最強最高だ。だけど、私は言ったはずだ。この星系の最強戦力だと」
それだけを言うと、背中の羽をマントのように翻して、シルは謎の賢者に背を向けた。
「待て、まだ話しは……」
「もうないよ。色々聞きたいこともあったけど、あなたの認識が分かったからそれはいいさ。舐められたものだ、お前をエーテルに還元してやりたい気分だ」
まったくと、シルは両手を大きく広げて姿を消した。
それを呆然と見送った謎の賢者。
「何を言っていたのだ。最高戦力?単体ではないと言うことか……。まさか!いやそんな……」
そう謎の賢者は一人呟くと、姿を消すのだった。
わんわん:「なあ、疑問なんだが」
社畜男:「何だよ?」
わんわん:「前脚洗っても、歩くと汚れるんだが」
社畜男:「後ろ脚だけで歩けば?」
わんわん:「…………」
無理でした。
わんわん:「うがー!」
次回、明日中の投稿になります。




