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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
リストに従い、見本を持ってきた店員が内容を説明し、ローダンが補足する。見本を手にとって確認するのはツキの役割だった。
アキラはひたすらローダンの抱き枕となっており、ブルーはひたすらエールを呷り、リーネはひたすら茶と菓子のおかわりを求め続けた。
最初は皆に意見を求めていたツキだが、「ああ」とか、「うん」とか、「そう」としか返ってこないため、諦めてすべて自分の判断で捌いていく。
合間に挟まれる、金額に関してのやりとりは、さすがにローダンも真剣に受け答えはしていたものの、腕はアキラを抱きしめたままだ。
リストに書かれた内容の確認も終わり、今度はローダンが商品を勧める番となったとき、店の入り口で騒ぎが起こった。
発端は、鞘に納められた細身の剣を杖代わりにして立つ初老の男。
身なりも立派で、この世界に詳しくないアキラにも、貴族であろう思わせる。
音も高く、鞘の先が床に打ち付けられた。
「どういうことだ。やってきてみれば、本日は貸し切りとは!」
ローダンが手近にいた店員に耳打ちする。
「今日の約束は、すべてキャンセルしたはずよ」
「いえ、それが飛び入りで来られたようで」
どうやら騒いでいる男の正体を知っているようだが、困るような様子もなく、ローダンは「帰ってもらって」とそっけなく告げた。
一礼した店員が、男へと向かい、主の言葉を丁寧に翻訳して告げる。
それを聞いた男は激怒する。
「馬鹿を申すな!お忍びがために、名を明かすことは出来ぬが、高貴なる方の、我こそ伯爵たるヘルマス・カロニアが先触れぞ!至急、大至急に席を用意せよ!」
様子をうかがっていたローダン。
ため息をつく。
「そうよね、カロニア伯爵本人がいきなり来るのも、おかしな話よね」
貴族の来訪ともなれば、下人を走らせて先触れするのが当然。それが伯爵本人が先触れと名乗っている。
自分が出るしかないかと、ローダンは立ち上がり、カロニア伯爵の許へと歩み寄る。
「会頭!先客とやら、追い出せ!」
「伯爵、貴なる方の先触れ、感謝申し上げます。ただ、ただいまのお客様も、当方に取りましては大事な方。後日にお埋め合わせいたしますので、お許し願えませんか」
丁寧ではあっても、拒絶の言葉に、カロニア伯爵はじろりとアキラ達をにらむ。
ふんっと、軽蔑した鼻息一つ。
「あのような身なりの者どもが大事とな。安くなったものよなローダン商会も」
「いえいえ、私どもは身なりでは判断いたしません」
ローダンの言葉に、最初に出迎えた若い店員が、床に倒れ伏さんばかりに悶絶していた。
もちろん、大精霊であるローダンはブルー達の正体を知っている。口は閉ざしているものの、店員達も薄々では、やんごとない一行だと考えている様子。
ブルーなどは、一国の国主ですら、比べられないほど恐ろしい存在。
ドラゴン一行であることを明かすことも出来ないローダン。笑顔であっても、どうしてくれようかと苦慮している様子。カロニア伯爵だけならば、店から叩き出しているのだが。
助け船を出したのツキだった。
「会頭、明日の午前に改めてお伺いします」
「あら、夕食の予約してあるのに」
「それは申し訳ありません、また後日に」
ツキの言葉を合図に、アキラ達は立ち上がり、全員で入り口へと向かう。
途中、カロニア伯爵が剣でその道を遮った。
憎々しげな表情を浮かべ、
「……何者だ、貴様ら」
「只のお上りさんだよ」
ひょいと、ブルーが剣を手で払う。
伯爵か、国を会社に例えるなら、最低でも取締役、常務か専務かなと考えるアキラは、身に染みついた癖で、ぺこぺこと頭を下げつつブルーの後を追った。
カロニア伯爵を置き去りにして、見送るためについて来たローダン。
「ごめんね、気を悪くしないで」
そんな言葉を口にするローダンだが、背を向けているため、カロニア伯爵から見えないことを良いことに、戯けて舌を出していた。
「いいの、いいの。明日また来るね」
どこまでも気易いリーネに、「それじゃ、明日のお昼を一緒にしましょ」と返すローダン。笑い返すリーネはバイバイと大きく手を振った。
最後になったツキが、一礼の後に外へと出た。
外へ出たツキが見たのは、店先でブルーが一人の男と対峙している現場。アキラは戸惑ったように、ブルーの背後でおどおどしていた。
男は洗いざらしのシャツに、ヨレヨレのズボン。ただし、手には大きな剣、いわゆる両手持ち剣を鞘の半ばで持ってぶら下げていた。
男は若く、顔には開けっぴろげな笑みを浮かべており、剣呑な様子ではない。ただ、道を阻むように立っているだけだ。
「どうやら、カロニア伯爵が迷惑かけたようだな」
その言葉に、カロニア伯爵が言っていた高貴な者が、この若者であると知れた。
「良いさ。俺たちも別の店に行くつもりだったしな。でっかい剣だが、精霊への奉納か?」
「いいや、俺の普段差しさ」
そのデカさで、振れるのかと、少し馬鹿にしたようなブルーの言葉にも、若者は怒る様子もなかった。
ふむとばかりに頷いたブルーは、若者の横を通り過ぎていく。アキラは会釈を一つ残し、リーネはまじまじと若者を見て続く。
長さが、若者の身長と同じ程度の剣に視線を送るツキ。
「俺の剣が気になるかい、お姉さん」
「そうですね。抜刀時に注意してください」
何か心当たりがあるのか、若者の表情が変わった。
「ご忠告ありがとう、素敵なお姉さん」
その若者の言葉に会釈を返して、ツキは皆の後を追った。それを見送る若者が、軽く手を上げる。
どこに居たのか、目立たぬ姿の男が一人現れ、若者のそばに立った。
「二班で見張れ。ばらけるようなら、一人あたりに班単位で増やしていけ」
「あの背の高い女性と先頭の男ですか?」
「いや、全員だ」
若者の言葉に首を傾げる男。確かにブルーとツキは目立つ存在だが、若い女性のなりをしているリーネと、へこへことしていたアキラは、どう見ても注意する存在ではなかった。
しかし、反論する事も、たずね返すこともなかった。
「……分かりました。すぐに」
言葉を残し、その立ち去る男を見送った若者がつぶやく。
「怖い奴らがいたもんだ」
その手と背中には、じっとり汗がにじんでいた。
一方、ローダン商会の店先から立ち去ったブルーに、アキラがたずねる。
「なんだったんでしょう」
にやりと笑い返すブルー。
そして、意外な者から答えが返ってきた。
「あの人は、この国の王子、キムボール・ブセファランドラだよ。次の王様、第一王子だね」
「えっ、知ってるの」
思わぬリーネの言葉に、アキラが驚く。
「知らない。だけど、見て分かったのよね」
振り返ったリーネがツキに同意を求める。
「伯爵ほどの人物が、先触れを務める、高貴な人物。見た目の年齢からも、すぐに分かりました」
ツキの返答に、リーネは「そうじゃないけど、そうだね」と何やら意味不明の言葉をつぶやく。
「まぁ、気を取り直して次だ」
先ほどの出来事はここまでとばかりに話題を打ち切ったブルー。次の目的地へと向かって歩みを進めていた。
次回、今日は夕方には投稿予定です。