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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
始まりの場所
まずは、ここはどこだと考えた。
ゆっくりと周囲を見回す。
「うん、どう見たって森だね」
天動明は自身が置かれている場所を確認するかのようにつぶやいた。
首を傾げて記憶を探ってみる。ただいまの言葉とともに玄関を開けたのは間違いはない。ただ、いつもと違ったのは、普段住むアパートではなく、それが実家の玄関であったことだが、現在の状況から考えるに些細なことであろう。
後ろを振り返る。
そこに玄関はなく、見わたす限り森が広がっていた。
40歳半ばにして惚けたかと思わないでもないが。
「落ち着け、落ち着け。まずは確実なことから……」
左手にはソフト生地のアタッシュケース。中には書類などの仕事関係のものと、ポケットに収まらなかったものが入っているはず。右手に持つのは頑丈なスーツケースと、くくり付けられた機内持ち込み用の旅行鞄。
海外からの出張帰りに相応しい身の回りだ。
「赴任先のアパートに、じいさんからの連絡で、慌てて帰国準備、ビジネスチケットしかとれなかったのは痛かったけど、快適なフライトが出来たし、入国審査終わったら夜だったし、本社に寄らず、まっすぐ実家に来てみたのはいいけど……」
で、なぜ森の中にいるのだ、しかもさっきまで夜だったのに、木々の隙間からは太陽の光が見えていた。
明は想像を絶する異常に巻き込まれていると判断、いや、本人は認めたくないのか、ゆっくりと首を左右に振っている。
「……現場に到着したら、何も届いてなかったよりもマシかな」
現在の状況と、通常業務とを比較して判定する、なかなか肝が据わっていると言えよう。しかし、自分は正常な感性を有した常識人だとは、今は言えなかった。
なんか、こんなに落ち着いているのはなぜだと、明は自問する。
このまま留まり続けるのもどうかと、地面が舗装されていないので、スーツケースを抱え上げながら歩き始めたとたん、葉擦れの音を耳にした。時折、鳥とおぼしき鳴き声は聞いていたが、とりあえずは無視してもよかろうと思っていたのだが。
「犬、じゃないよな。オオカミ?」
背後の濃い草むらの間から現れた、超大型犬とも言える存在は、牙を剥きだし、威嚇の様子。
「って、角……。オオカミに角は無かったよな?」
未知の生物が、じりじりと距離を詰めてくる。
「襲う気まんまんかよ!」
両手を塞いでいた荷物を手放し、とりあえず逃げ出してみたものの、未知とはいえ、明らかに自分より足が早そうな生物が追いかけてくる。
足場は悪く、木々が邪魔でまっすぐには走れない。
幸い、追ってくるオオカミ?も、木々が邪魔なのか飛びかかってくることはない。
「木に登って……、いやいや、止まった瞬間に終わりだろ」
枝にでも手をかけた瞬間、距離を詰められ、鋭い牙が自身をかみ砕くことを想像して、息も絶え絶えに駆け続けるしかない。しかも後ろを振り返る余裕さえない。
枝が、顔を、腕を打つ。当然痛い。
だが、それも気にかけている暇などなかった。とにかく駆ける。
「ジョギングくらい、やっときゃよかったな!」
40歳半ばの体力が恨めしい。
必死だったからだろうか、普段よりも身体は軽く動いてくれてはいたが、やがて肺が酸素を求めてあえぐ。足がズキズキと痛む。だが、止まる訳にはいかない。多分だが、その瞬間に人生が終わる、気がした。
目前の木々の様子が変わった。さえぎるものがないのか、木々の隙間から日の光が差していた。
森が途切れる!いや、もしかしたら、追いかけてくる獣も、自らのテリトリーを出たがために足を止めるかもしれない。
一瞬の歓喜、明の足が速まった。
「なんだ、こりゃ!」
森を抜け、たどり着いたのは小さな広場。確かに森は途絶えたと言えよう。
だが、広場の先には垂直の崖が立ちはだかっていた。
「くそっ!」
一見して、高さは明の身長の三から四倍程度。木以上に登れそうにない。
足を止める訳にもいかず、とにかく崖へと駆け寄った明は、壁となった崖に拳を叩きつける。
背中からの気配に素早く振り返ると、獣たちも森から出て足を止めていた。
本当はあり得ないのだろうが、明には獣たちがニヤニヤと笑っているように見えた。
これから食事の時間だと言うように。
視線を巡らし、改めて逃げ場のないことを確認した明は、決意を固めるように、足下に落ちていた太い木の枝を拾い上げ下段に構えた。相手は人ではないため、下手に青眼に構えるよりかは、素早く対応できると思えたからだ。
隙をうかがう獣たちに対し、足場を確かめるよう、腰を落とし、すり足でじりじりと横へと動く明。
わずかにうなり声を上げる獣たち。
張り詰めた空気の中を、獣たちが弾けるように地を蹴って、飛びかかる。
二頭、左右からの同時。明はすくい上げるように一頭を撲ち、伸び上がった姿勢から返すようにもう一頭を振り下ろして撲った。
悲鳴を上げて、二頭の獣は下がった。
初手はしのいだ。
だが、明の顔に喜びはない。手にしていた枝は無残にも手元から折れていた。
更なる武器を求めて視線を走らせるが、そう都合よく枝は落ちてはいない。
せめてもの脅しに、手元に残った枝を獣に向かって投げ捨て、両の拳を握る。
森から出て、姿を見せているのは四頭。
「せめてこいつらだけでも」
たとえ、この四頭を運良く退けたとしても、森の方からは更なる気配があり、森から飛び出る機会をうかがっている様子。
ギリギリと歯を食いしばって、両の拳を打ち付け合う。
すべてを倒しきるのは無理だとして、狩りの対象にするには分に合わないと思わせれば明の勝ちだ。集中力を高めていく。明の耳には獣のうなり声だけが聞こえていた。
そこへ、あり得ないことが。
「これ、使っていいからねー」
崖の上から、かわいらしい声が降ってくるとともに、何かが明の目前を落ちて通り過ぎようとしていた。ほとんど反射的にそれをつかんだ明は、物も確認せずに正しく操った。
持ち慣れた感覚。
体が自然と動く。
広場に鈴の音が鳴り響く。
一斉に飛びかかってきた、四頭の獣たちから血煙が舞い、すべてが二つに切断され、重い音を立てて地へと叩きつけられた。
動かない獣を見つつ、明は手にした物を一振りして血を払った。ほとんど無意識だ。
森からの気配は消えており、ほっと一息ついた明は、自分の手にしていたものを改めて確認した。
「えーと、なんで日本刀?」
左手には鞘、右手には抜き身の刀。
「それはぁー、私が上から投げたからでーす」
頭上からの言葉に、明が視線を向けると、そこには、水色のワンピースの裾をひらひらさせ、ゆっくりと舞い降りてくる女の子。
彼女は音もなく、地に足をつけ、視線を巡らせた。
「あなた、すごいのね。一瞬だったねー」
凄惨な光景だが、恐ろしくはないようだ。
手を背中に回して組み、腰を折って地面の獣たちを見ながら、「後で解体してもらをーね」「せーぞんきょーそーだから、負けたらおしまいだからねー」とか言葉をかけてくるのだが、明は聞いてはいなかった。
「……翼がある」
「んー、あるねー」
パタパタと翼を動かし、腰まで届きそうな長い黒髪をなびかせ、どこまでも深い黒色の目で見上げて、視線を合わせてきた少女。
「天使が舞い降りてきた……。黒い、コウモリの翼の天使」
少女は花咲くように、笑った。
明は、本当に天使って舞い降りてくるんだと思った。
次は、明日か明後日になりそうです。