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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第1章 天使(エンジェル)
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1-1

誤字脱字、直しつつ始めて行きます。

どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

始まりの場所

 まずは、ここはどこだと考えた。

 ゆっくりと周囲を見回す。

「うん、どう見たって森だね」

 天動明(てんどうあきら)は自身が置かれている場所を確認するかのようにつぶやいた。

 首を傾げて記憶を探ってみる。ただいまの言葉とともに玄関を開けたのは間違いはない。ただ、いつもと違ったのは、普段住むアパートではなく、それが実家の玄関であったことだが、現在の状況から考えるに些細なことであろう。

 後ろを振り返る。

 そこに玄関はなく、見わたす限り森が広がっていた。

 40歳半ばにして()けたかと思わないでもないが。

「落ち着け、落ち着け。まずは確実なことから……」

 左手にはソフト生地のアタッシュケース。中には書類などの仕事関係のものと、ポケットに収まらなかったものが入っているはず。右手に持つのは頑丈なスーツケースと、くくり付けられた機内持ち込み用の旅行鞄。

 海外からの出張帰りに相応しい身の回りだ。

「赴任先のアパートに、じいさんからの連絡で、慌てて帰国準備、ビジネスチケットしかとれなかったのは痛かったけど、快適なフライトが出来たし、入国審査終わったら夜だったし、本社に寄らず、まっすぐ実家に来てみたのはいいけど……」

 で、なぜ森の中にいるのだ、しかもさっきまで夜だったのに、木々の隙間からは太陽の光が見えていた。

 明は想像を絶する異常に巻き込まれていると判断、いや、本人は認めたくないのか、ゆっくりと首を左右に振っている。

「……現場に到着したら、何も届いてなかったよりもマシかな」

 現在の状況と、通常業務とを比較して判定する、なかなか肝が据わっていると言えよう。しかし、自分は正常な感性を有した常識人だとは、今は言えなかった。

 なんか、こんなに落ち着いているのはなぜだと、明は自問する。

 このまま留まり続けるのもどうかと、地面が舗装されていないので、スーツケースを抱え上げながら歩き始めたとたん、葉擦れの音を耳にした。時折、鳥とおぼしき鳴き声は聞いていたが、とりあえずは無視してもよかろうと思っていたのだが。

「犬、じゃないよな。オオカミ?」

 背後の濃い草むらの間から現れた、超大型犬とも言える存在は、牙を剥きだし、威嚇の様子。

「って、角……。オオカミに角は無かったよな?」

 未知の生物が、じりじりと距離を詰めてくる。

「襲う気まんまんかよ!」

 両手を塞いでいた荷物を手放し、とりあえず逃げ出してみたものの、未知とはいえ、明らかに自分より足が早そうな生物が追いかけてくる。

 足場は悪く、木々が邪魔でまっすぐには走れない。

 幸い、追ってくるオオカミ?も、木々が邪魔なのか飛びかかってくることはない。

「木に登って……、いやいや、止まった瞬間に終わりだろ」

 枝にでも手をかけた瞬間、距離を詰められ、鋭い牙が自身をかみ砕くことを想像して、息も絶え絶えに駆け続けるしかない。しかも後ろを振り返る余裕さえない。

 枝が、顔を、腕を打つ。当然痛い。

 だが、それも気にかけている暇などなかった。とにかく駆ける。

「ジョギングくらい、やっときゃよかったな!」

 40歳半ばの体力が恨めしい。

 必死だったからだろうか、普段よりも身体は軽く動いてくれてはいたが、やがて肺が酸素を求めてあえぐ。足がズキズキと痛む。だが、止まる訳にはいかない。多分だが、その瞬間に人生が終わる、気がした。

 目前の木々の様子が変わった。さえぎるものがないのか、木々の隙間から日の光が差していた。

 森が途切れる!いや、もしかしたら、追いかけてくる獣も、自らのテリトリーを出たがために足を止めるかもしれない。

 一瞬の歓喜、明の足が速まった。

「なんだ、こりゃ!」

森を抜け、たどり着いたのは小さな広場。確かに森は途絶えたと言えよう。

だが、広場の先には垂直の崖が立ちはだかっていた。

「くそっ!」

一見して、高さは明の身長の三から四倍程度。木以上に登れそうにない。

 足を止める訳にもいかず、とにかく崖へと駆け寄った明は、壁となった崖に拳を叩きつける。

 背中からの気配に素早く振り返ると、獣たちも森から出て足を止めていた。

 本当はあり得ないのだろうが、明には獣たちがニヤニヤと笑っているように見えた。

 これから食事の時間だと言うように。

 視線を巡らし、改めて逃げ場のないことを確認した明は、決意を固めるように、足下に落ちていた太い木の枝を拾い上げ下段に構えた。相手は人ではないため、下手に青眼に構えるよりかは、素早く対応できると思えたからだ。

 隙をうかがう獣たちに対し、足場を確かめるよう、腰を落とし、すり足でじりじりと横へと動く明。

 わずかにうなり声を上げる獣たち。

 張り詰めた空気の中を、獣たちが弾けるように地を蹴って、飛びかかる。

 二頭、左右からの同時。明はすくい上げるように一頭を撲ち、伸び上がった姿勢から返すようにもう一頭を振り下ろして撲った。

 悲鳴を上げて、二頭の獣は下がった。

 初手はしのいだ。

 だが、明の顔に喜びはない。手にしていた枝は無残にも手元から折れていた。

 更なる武器を求めて視線を走らせるが、そう都合よく枝は落ちてはいない。

 せめてもの脅しに、手元に残った枝を獣に向かって投げ捨て、両の拳を握る。

 森から出て、姿を見せているのは四頭。

「せめてこいつらだけでも」

 たとえ、この四頭を運良く退けたとしても、森の方からは更なる気配があり、森から飛び出る機会をうかがっている様子。

 ギリギリと歯を食いしばって、両の拳を打ち付け合う。

 すべてを倒しきるのは無理だとして、狩りの対象にするには分に合わないと思わせれば明の勝ちだ。集中力を高めていく。明の耳には獣のうなり声だけが聞こえていた。

 そこへ、あり得ないことが。

「これ、使っていいからねー」

 崖の上から、かわいらしい声が降ってくるとともに、何かが明の目前を落ちて通り過ぎようとしていた。ほとんど反射的にそれをつかんだ明は、物も確認せずに正しく操った。

 持ち慣れた感覚。

 体が自然と動く。

 広場に鈴の音が鳴り響く。

 一斉に飛びかかってきた、四頭の獣たちから血煙が舞い、すべてが二つに切断され、重い音を立てて地へと叩きつけられた。

 動かない獣を見つつ、明は手にした物を一振りして血を払った。ほとんど無意識だ。

 森からの気配は消えており、ほっと一息ついた明は、自分の手にしていたものを改めて確認した。

「えーと、なんで日本刀?」

 左手には鞘、右手には抜き身の刀。

「それはぁー、私が上から投げたからでーす」

 頭上からの言葉に、明が視線を向けると、そこには、水色のワンピースの裾をひらひらさせ、ゆっくりと舞い降りてくる女の子。

 彼女は音もなく、地に足をつけ、視線を巡らせた。

「あなた、すごいのね。一瞬だったねー」

 凄惨な光景だが、恐ろしくはないようだ。

 手を背中に回して組み、腰を折って地面の獣たちを見ながら、「後で解体してもらをーね」「せーぞんきょーそーだから、負けたらおしまいだからねー」とか言葉をかけてくるのだが、明は聞いてはいなかった。

「……翼がある」

「んー、あるねー」

 パタパタと翼を動かし、腰まで届きそうな長い黒髪をなびかせ、どこまでも深い黒色の目で見上げて、視線を合わせてきた少女。

「天使が舞い降りてきた……。黒い、コウモリの翼の天使」

 少女は花咲くように、笑った。

 明は、本当に天使って舞い降りてくるんだと思った。

次は、明日か明後日になりそうです。


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