自意識過剰
ジルが行きたいと言った場所は、シルヴェストル陛下とメイヴィスが初めて会った場所だった。
突然そんな事を言われたシルヴェストル陛下は驚いたが、ジルの申し出を快諾した。
「しかし、ここからは遠い場所にあるのでな。今すぐにと言うわけにはいかぬ。ある程度業務を片付けたりと、少し日を貰うことになるが……」
「それで良いです。ありがとうございます」
「ジュディス、礼など必要ない。もっとワガママを言っても良いのだぞ? そして良ければ……余を父と呼んで貰えぬだろうか……」
「ちち……?」
「あ、いや、出来れば、父上とかお父様とか……」
「ちちうえ……」
「ジュディス……っ!」
シルヴェストル陛下はジルにそう呼ばれて、嬉しそうに微笑んでから目を潤わせた。つくづく感情豊かな人だなと思う。
対してジルはキョトンとした顔をしていた。もしかして、父上と言う呼び方の意味が分かってなかったのか? もしそうなら、後でちゃんと補足しといてやらなくちゃな。
「あ、そんな事より、聞きたい事があります」
「そ、そんな事……! あ、いや……何かな、ジュディスよ」
「ヴィヴィはどうなりましたか?」
「ヴィヴィ……あぁ、あの偽聖女か。今は牢獄には入れず、客室で体調を整えているようだ。何でも、牢獄に入れられてからはちゃんと眠れなかっただの、食事が質素で体力が無くなっただの、不平不満ばかりを口にしているらしくてな。全く……殺されかけたと言うのに、アヤツはいい根性をしておる」
「そうですか……ねぇ、リーン?」
「ん? どうした?」
「……ヴィヴィに……会いに行く?」
「え……ヴィヴィに……?」
「うん。これからヴィヴィがどうするのかとか、聞いた方が良いと思うの」
「これからどうするのか……ヴィヴィはフェルテナヴァルに帰りたいのかな……そうだな、会って今後どうしたいのかを聞いた方が良さそうだな」
「そうだね……」
「そうか。なら後で従者にヴィヴィの元へ案内させよう」
「ありがとうございます。えっと……ちちうえ……?」
「……っ!」
あぁ、シルヴェストル陛下が喜びに身悶えている……余程嬉しいんだろうな……
昼食が終わって、俺とジルは従者に案内されてヴィヴィの元へ向かった。ジルは俺の腕を抱きしめるようにしてギュッてしてきて、頭を肩に寄せながら歩いている。
いや、嬉しいし可愛いんだけど、腕に胸があたって、俺はさっきからドキドキしたり、気がそっちに集中したりと落ち着かないんだが……!
その様子を時々従者はチラリと見て、何とも言えない顔をしている。ジルはこの国の王女だから、俺みたいな奴にこんな事をするのは、普通で考えればいけない事なのだ。
しかし聖女であるジルに、誰も何も言えないでいるんだろう。いや、言えるのは父親であるシルヴェストル陛下だけか。
きっと、この国では聖女は王族よりも上の立場となるんだろうな。
暫く歩いてたどり着いた部屋は、比較的豪華な部屋なんだろうと思われた。扉も重厚感のあるものだったし、部屋の前は広々としたスペースがあり、そこに置かれているソファーや調度品や絵画は、どれも高級感漂う物だった。大きな窓からは王都が一望できるようになっていて、大切なお客様をもてなそうとする意思が伝わってくる。
部屋の前には護衛の騎士が二人立っていて、ジルを見るとしっかりと敬礼をし、羨望の眼差しで見つめ続けている。
その時、ジルに声をかけてきた人物がいた。
「あら……貴女は聖女様……?」
「え?」
「まぁ、お会いできて嬉しいわ! わたくしはシルヴェストル陛下の妹、フランチェスカと申します。言うなれば……貴女の叔母ね」
「叔母……様……?」
「えぇ、そうよ。本当に貴女はメイヴィス様に似ているのね。ねぇ、今少しお話したいのだけど、良いかしら?」
「え……でも……」
「あら、そちらの方は?」
「私はリーンハルトと申します」
「聖女様の従者かしら? ねぇ、少しお話をしたいだけなの。構わないでしょう?」
「リーンは従者とか、そんなんじゃ……!」
「ジル、良いから。少し話をしたらどうかな? ジルの叔母様なのだし」
「あら、違ったのね。ごめんなさい。わたくし隣国のオーデノア国に嫁いでね。久し振りに帰ってきたのよ。今日オーデノア国に帰る予定だから、あまり時間がなくて……ダメかしら?」
シルヴェストル陛下の妹のフランチェスカと名乗った女性は、ジルに懇願しつつも断りにくくなるように話を持っていった。
こんな所は王族なのだろうな、と俺は感心してしまった。
ジル仕方なく頷いて、窓際に置かれたソファーに座る事にした。二人は親類となるし、護衛の騎士が二人を見続けているし、何も危険なんかないと判断する。
俺はここで待って二人の会話を聞くのもなんだし、先にヴィヴィを訪ねる事にした。
騎士はシルヴェストル陛下から聞いていたようで、すぐに中へ通してくれた。
扉を開けてもらうと、広々とした居間にはセンスの良い家具や調度品が置かれ、居心地の良さそうな空間となっていた。
そこでヴィヴィはソファーに座って、侍女に入れて貰ったであろうお茶を優雅に飲んでいたところだった。
俺をみたヴィヴィは、怪訝そうに俺を見てから、ハッと何かに気づいたような顔をした。
「あ、貴方は……そうだわ、リーンハルトね!」
「ヴィヴィ、無事でなによりだ」
「貴方が私を助けたがっていたと聞いたわ。まぁ、私があんな目に合う事自体が有り得なかったのだけど」
「そう、か……まぁ、ここでは聖女は神聖なる人物だからな。で、これからヴィヴィは……」
「聞いて知ってるのよ。貴方は私を好きなんでしょう?」
「え?!」
「だから助けようとしてくれたのね。嬉しかったわ。あの時、助け出されて本当に良かったわ。じゃなきゃ今頃はあの世行きだったもの。……そうね、貴方にお礼しないとね」
そう言うとヴィヴィは俺に近づいてきて、俺の手首を掴んで歩き出した。
どうするつもりなのかと戸惑いつつ、ヴィヴィは困惑する侍女に
「来てはダメよ」
と告げてから奥にあった扉を開ける。
扉の先にあったのは大きなベッドだった。
俺はヴィヴィの強引さに引き摺られるようにして寝室に連れ込まれたのだ。




