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ただ一つだけ  作者: レクフル


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ジルの願望


 庭園をゆっくりと歩いた後、東屋でお茶を飲む。


 本来ジルは、こんなふうに穏やかに過ごすべき人だった。なのに何度も殺されかけ、酷い目にあい、虐げられて生きてきた。

 そんな目に合わなければならない人じゃなかった。


 ここが、この場所こそがジルのいるべき場所なんだ……


 そんな事を考えながら不意にジルを見る。テーブルはある程度の大きさはあるのに、ジルは俺の横にピッタリと椅子をくっ付けている。出されたお茶を両手で包むように持ったまま、ジルは何かを考えているようだ。

 それはそうか……母親の事を考えると、気が滅入るのは仕方がない。今はそっとしておいた方が良いのだろうな……



「ジル……大丈夫か? 部屋に戻るか?」


「え? あ、ううん、大丈夫だよ。ここは心地良いし、自然に触れられるし、だからここにいる」


「そうか……ジルのしたいようにすれば良い。俺はジルに付き合うよ」


「リーン……ありがとう」


「礼とかはいいよ。俺がそうしたいんだ。暫くはここでゆっくりしよう。ここは穏やかだし安全だし、だからジルはここで暮らすのが良いんだろうな」


「そうかな……」


「昨日、陛下と話をしたんだ。昨日の事があって……ヴィヴィの処刑の時にジルが聖女って、見ていた人たち皆が思っただろ? あれから王都中が活気づいているようでさ。ジルを聖女として御披露目しようという計画が持ち上がってるらしいんだ」


「え……昨日の今日で、もうそんな話が……」


「ヴィヴィの事もあったし、噂が広がっていくのは早いみたいだな。念願の聖女が戻ってきたって、皆が喜んでいるんだって」


「私はそんなふうにされる人間じゃないよ……」


「そんな事はない。ジルが今までされてきた事の方が可笑しかったんだ」


「でも……」


「ジルの環境は大きく変わった。だからそれに馴染むのは時間が必要だと思う。でも、誰かの為にとか、そうした方が良いとか、そんなふうに思わなくて良いからな。これからはジルがしたいようにすれば良いんだからな」


「私は……リーンさえいてくれたら良い……」


「ジル……」



 ジルはあの環境から抜け出す事しか考えられなかったんだろう。だから今後どうしたいのか、まだ自分で考えられないんだろうな。

 

 ジルはこの国で……いや、この世界でただ一人の聖女だ。だからこれから求められる事が多くなるかも知れない。いや、そうなってしまうだろう。多くの人々から、ジルは敬われ称えられ、そして求められるだろう。それでも、それが嫌なら嫌と突っぱねて良いと、俺は思っている。


 俺の肩に頭を寄せてくるジルに、俺も頭を寄せる。きっとジルは普通でありたいんだろう。特別じゃない、ただの人でありたいんだろう。だけどジルは聖女だ。それが昨日、広く多くの人に知られてしまったのだ。

 またこれからジルは普通である事が出来なくなりそうだ。きっと、それも不安である事の一つなんだろうな。


 暫く二人で寄り添うようにそこにいて、昼食の時間となったので一旦部屋に戻ることにする。


 昼食はやはりシルヴェストル陛下も一緒だった。メイヴィスの死を知ってから、やはりジル同様かそれ以上に落ち込んでいるシルヴェストル陛下だったが、ジルにはそんな顔を見せないようにと努めているのか、何とか笑顔を作り出そうとしていた。


 ジルもそれを気遣ってか、引き連れような笑いを向ける。お互いが気遣っているんだろうけど、何だか微妙な雰囲気だ……



「あの、陛下……」


「ん? どうした? ジュディス」


「その……ごめんなさい……」


「なんだ? どうして謝る?」


「お母さんが殺されたのは……きっと私を庇ったからで……だから……」


「ジュディス……それはジュディスのせいではない。母親であれば我が子を守るのは当然の事だ。むしろ余が謝らねばならぬ。メイヴィスを守ることが出来ず、ジュディスを危険な目に合わせたのは余なのだ。ジュディスは何も悪くはない。一番の被害者はジュディスなのだから」


「それでも……」


「もう気にしないでくれぬか? ジュディスが悲しむと、きっとメイヴィスも悲しむ。もちろん余も悲しくなる。いや、メイヴィスを悼むのは当然だし、そうするべきなのだ。だが、それを自分のせい等とは考えてほしくはないのだ」


「……はい……」


「大々的には出来んが、身内だけで慎ましやかにメイヴィスの葬送の儀を行おうと思っておる。キチンと弔ってやりたいのでな」


「はい。それは是非、お願いします」


「それと……昨日の事があってから、国民が聖女を一目見たいという声が多く上がってきておってな。この国に聖女が戻ってきたと言うことが嬉しくて仕方がないのだろうが、昨日ジュディスを見た者達から聞いた不思議な現象や、それをもたらした聖女の存在を自分も見たい、肖りたいと、王都だけではなく近隣の村や街でも盛り上がっているようなのだ」


「えっと……私は皆の前に出なくちゃいけないって事ですか?」


「ジュディスが嫌なら無理にとは言わぬ。余とて、ジュディスに無理強いしたいと思っているわけではないのでな」


「はい……」


「陛下、それはまた後程、ジルと落ち着いて話をしたく思います」


「うむ……そうだな。あ、それからな、伝えておきたい事がある」


「なんですか?」


「まだ近隣の国からだけで、全てが分かっている訳ではないのだが、報告が上がってきてな。瘴気が綺麗に無くなったらしい。薄くなるとかそういうレベルの話ではなく、完全に無くなり、正常な空気……いや、それ以上に澄んだ清々しい空気に突然変わったとの報告だ」


「そうなんですか?!」


「うむ。恐らく、ジュディスの首飾りが弾け飛び、ジュディスが自分の力を取り戻したからなのだろう」


「そうなんですね……」


「だからあの国……フェルテナヴァルは聖女の力を失った。もう近隣の国が従う必要はない。これからフェルテナヴァルは窮地に追いやられるだろうな。そして聖女奪還に躍起になるやも知れぬ。が、それは必ず退けてみせる。ジュディスはこの国の聖女なのだから」


「陛下……」


「余は許さぬ。ジュディスにあんな酷いことをした国を、余は絶対に許せぬのだ。せめてあの国の王族に償わせぬと気がすまぬ」



 この世界の空気が綺麗になった。


 全てを知ってはいないけれど、ジルが自分の力を取り戻しただけでこんなふうになるのかと、これは聖女を通り越して女神じゃないかと疑ってしまう。


 やはりすごいな、ジルは……


 なら、ジルはもう誰にも、何処にも縛られる事はない。ジルが何処に行っても、清浄な空気がこの世界を覆うのなら何も問題はない。


 しかし理屈ではそうであっても、それを人々が、国が放ってはおかないのだろうな。


 ジルが沈んだ顔をしたので、話を変えようと聞いてみる。



「ジル、何処か行きたい所とかしたい事とかないか?」


「行きたい所……ある……」


「どこだ? ジュディスが行きたい所なら、余が何処でも連れていってやるぞ?」


「えっと……お母さんと陛下が初めて会った場所に行ってみたいです」

 

「余とメイヴィスが初めて会った、あの場所か……」



 突然そんな事を言ったジルに少し驚いた陛下だったが、ジルの願いは何でも叶えてやりたいと心から思っていたのだろう。


 シルヴェストル陛下はそれを快く承諾したのだった。





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