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ただ一つだけ  作者: レクフル


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匿われた理由


 メイヴィスが連れて来られた場所は、フェルテナヴァル国の西側の国境沿い辺りの森林の中。


 侍女から逃げ出したメイヴィスは、わりと呆気なく侍女に見つかった。

 メイヴィスはジルを木の根に置いて、優しく語りかけているようだった。それを見て侍女は、喋ることができない癖に、と嘲笑った。


 しかしどうしたことか、さっきまでメイヴィスを殺したくないと思っていたのに、侍女はメイヴィスに対してそんな気持ちは薄れていたのだ。それよりも、ジルを殺したくないと思ってしまう自分に、侍女は激しく困惑した。


 見ると死んでいると思ったジルは微かに動きだしていた。そして、弱々しく泣き声をあげたのだ。


 信じられなかった。あれだけの出血量で、絶対に助からないだろうと思われていたのに、その傷をものともしないように泣き続けるジルが怖くなってもきた。


 異常な存在……


 この二人は普通ではない。この時初めて侍女はそう思ったそうだ。


 生かしておくことは出来ない。これはユスティーナの為に。だからメイヴィスを殺した。その胸に、深々と忍ばせていた短剣を突き刺した。


 抱き合うような形になった時、頭の中に声が聞こえた。それは優しく、心が満たされるような慈愛の声のように聞こえた。



『この子を殺してはいけません。この子は次期聖女として、この世界を救う存在なのです』



 そんな声が聞こえたと思った瞬間、メイヴィスはその場に崩れ落ちた。


 さっきの声は頭に、心に根付く。木の根に置かれているジルを見ると、ジルは侍女にニッコリと微笑んだ。その笑顔にあっさりと絆されてしまった侍女は、この愛らしい赤子を殺すなんて出来ないと思った。

 憎い存在だった。ユスティーナの為ならば、人を殺す事も厭わなかった。なのに、この子を殺す事ができなかった。

 戸惑う侍女を見て、さっきまで死にかけていた筈のジルは、キャッキャッと声を出して笑う。そんなジルを、侍女は優しく抱き上げた。


 そしてジルを親戚の家に預ける事にした。その事はユスティーナに言える筈もなく……


 初めてユスティーナを裏切ってしまった侍女は常に後悔の念が付いて回る。 


 預けた親戚の家は侍女の事情を分かってくれた。だから赤子であるジルの世話はすれど、愛する事なく冷遇に処すように心がけたようだ。

 この親戚も、ユスティーナを幼い頃から知っていて、自分を姉のように慕ってくれたユスティーナを可愛く思っていたのだ。


 行商に来た今の旦那となる男と知り合った親戚の女は恋に落ち、身分の差から一緒になれないと泣いていた女に、幼いユスティーナは持ちうる金品を渡してこの国から出て暮らすように進めてくれた。


 だからユスティーナに恩義を感じていて、ユスティーナの為ならばと侍女の頼みを快く引き受けたのだ。


 殺してしまっても構わない。そう言われたが、そこでもジルを殺す事はできなかった。絆されて愛してしまいそうになるのを、なんとか堪えて心を鬼にして突き放したと聞いたそうだ。


 時折、様子を見に侍女は親戚の家に向かう。転移石を使い、自分が殺せるなら殺そうと、ジルの様子を何度もジルに見つからないように伺いに来た。だけど殺せなかった。どうしても殺そうと思えなかった。


 初めはメイヴィスを殺せないと思ったが、自分から逃げ出した僅かな間に、それはジルへの感情となっていた。不思議だが、何故そうなのか分かる事はなかった。


 

「お母さんを……あなたが……」


「貴様……っ! 私のメイヴィスをよくもっ!」


「私にはそうするしか出来ませんでした。如何様にしても頂いて構いません」


「待って……待ってください、シルヴィ様っ! わたくしが! 全てわたくしが指示したのです! シーラはわたくしの指示に従ったまででございます!」


「いえ、違います。私が単独で行ったのです。決してユスティーナ様の指示等ではございません」


「シーラっ!」


「シーラと申したか……貴様の言葉など信用に足りぬ。ユスティーナ……お前もだ!」


「あの、聞きたいんですけど……」


「ジュディス、こんな奴と話すでない! コイツはメイヴィスを……ジュディスの母親を殺したのだぞ?!」


「……分かっています……でも聞きたい事があるんです」


「陛下がお怒りになるのは当然のことです。ですが、ジルに話をさせてあげて貰えませんか? ジルには聞く権利があります」


「……そう、だな……」


「えっと、シーラさん? 私を連れ去る時、私にはもう首飾りと腕輪はついていたのですか? それともその前の、ユスティーナ様が私を刺した時には既についてあったのですか?」


「首飾りと腕輪……それはどうでしたか……あ、いえ……確かにあの時……ジュディス様を連れ去る時にはついていたような……」


「そうですか……あの、それから……貴女の親戚の家に私は匿われていたそうですが、ある日突然家に誰かが来て私は連れ出されました。それは一体誰だったんですか?」


「それは……恐らくユスティーナ様のご実家であるアンスラン公爵家と対立しているグリニャール公爵家の放った者達だと思われます」


「グリニャール公爵……そこにはこの国の裏の部分を取り仕切らせているな。暗部の力は我が国一だ」


「はい。ですから私はつけられ、連れ出した赤子の行方は知られたのでしょう」


「貴様程の力を持ってしても、か……流石と言うか何と言うか……しかしグリニャール公爵は何故余に言わずに、ジュディスをそこから拐うような事をしたのだ?」


「恐らくですが、確証はなかったのでしょう。ユスティーナ様の唯一の侍女である私の不審な行動に疑問を覚え、付け狙うようにした。それで割り出した親戚の家の様子を伺ったのでしょう。しかし、一歩も外に出されない……ジュディス様……を、確認する事は出来なかった筈です」


「それでも強行突破した、か……」


「アンスラン公爵家はあの事件の後、その力を衰えさせていきました。王都から引き上げ、辺境にある領地へと引きこもったアンスラン公爵家でしたが、ミスリルの出る鉱山を見つけた事で領地は活性化し、その地位を以前のように、いえ、それ以上に引き上げました。それがグリニャール公爵家は許せなかったのでしょう」


「元より、余はアンスラン公爵に責任を問うてはおらぬ。ユスティーナは王家の者として扱っておったし、ユスティーナがこうなったのは余のせいだったからな。だが、アンスラン公爵家は責任を感じ、自ら王都を離れた。それが功を奏したのだ。グリニャール公爵家はそれを妬んだのか……」


「ジュディス様を助けだし、功績を上げたとして地位向上を狙ったのでしょう。それは出来なかったようですが……」


「私が逃げ出したから……」


「そういう事か……」



 ジルがなぜ、幼い頃に一人部屋に閉じ込められていたのか、その理由が分かった。

 

 しかしまだ疑問は残る。ジルが気にしていた首飾りと腕輪の事だ。きっとジルもそれを知りたいのだろうけれど、侍女からはこの答えが返ってくる事はなさそうだ。


 なぜ首飾りと腕輪を、メイヴィスはジルに託したのだろうか……


 


 

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