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ただ一つだけ  作者: レクフル


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侍女の告白


 あの時……


 ユスティーナがジルを刺した時。


 その隙を伺っていたのはこの侍女だった。


 侍女はユスティーナが憐れで仕方なくて、ずっと心を痛めていたそうだ。

 日に日に元気を無くし、笑顔は消え、痩せていくユスティーナが憐れで可哀想で仕方がなかった。

 幼い頃より王妃となるべく厳しい教育を受け、誰よりもシルヴェストル陛下を敬い愛したのはユスティーナだと、侍女は涙ながらに話し出した。


 ユスティーナは初めてシルヴェストル陛下と会った頃より心から慕っていた。それは初めての恋だった。

 会える日は侍女を巻き込み美しく着飾り、出過ぎないよう、支えるべく人物となるよう、慎ましい女性であろうと勤めた。


 シルヴェストル陛下はユスティーナと同じようには見ていない事は分かっていたが、それでも大切に思ってくれている事が分かっているからこそ、これで良いと思っていた。共に生活するうちに、それは愛に変わってくれるだろうと、確信に近い思いを持っていたそうだ。


 しかし一人の女が現れた事により、それは儚くも崩れ去った。


 どんなにユスティーナが寄り添い、王妃として求められる人物になろうとも、シルヴェストル陛下の心がユスティーナに向くことはなかった。

 そして日々、ユスティーナを避けるようになるシルヴェストル陛下の変化に気づかない筈もなく……


 それを暗部である侍女を使って調べさせたのは仕方のない事だったのだろう。全てを知っても尚、ユスティーナの気持ちは変わらなかった。自分以外が王妃となれる筈がないと分かっていたし、誰よりもシルヴェストル陛下を愛していたからだ。


 だが婚姻を結び、王太子妃となったのにも関わらず、ユスティーナを顧みる事のないシルヴェストル陛下。王太子と王太子妃としての二人は完璧であり、誰が見てもおしどり夫婦と見られたであろう。

 しかし、二人きりになる事は殆どなく、話す事は仕事のことばかり。自分は女性として見られていない、見られる事はない、そんなふうに悟ったユスティーナは日に日に元気を無くしていった。


 夫婦なのに触れられる事もない。だから世継ぎを授かる筈もない。どちらかが不能であると噂されているのも知っている。

 しかしそれは違うと言える筈もなく。ユスティーナは更に孤立していく。


 そんな時、シルヴェストル陛下が側室を迎えると言う話を聞いた。それがメイヴィスだと言うことに、憤りを覚えるのは当然の事。しかも、細やかではあるが公に婚姻の儀を行うと言うのだ。


 ここまで蔑ろにされた事に、今まで感じた事のない悪しき感情が芽生える。この時、ユスティーナは初めて人を憎んだと言う。

 それはシルヴェストル陛下ではなく、愛する人をたぶらかし、奪ったメイヴィスに向かう。


 しかしメイヴィスは聡かった。だから執務もシルヴェストル陛下と共に行う事が多く、常に二人は一緒にいたのだ。

 それは朝も昼も夜も……


 メイヴィスを愛おしそうに見つめるシルヴェストル陛下のそんな顔を、ユスティーナは向けられた事はない。自分が、自分こそが次期王妃であり、全ての女性の憧れとなる筈だったのだ。その為に今までどんなに厳しい王妃教育であろうと我慢してきたのだ。


 極めつけはメイヴィスの妊娠。それはメイヴィスが側室となって、僅か2ヶ月という短期間での事だった。


 毎日毎夜、シルヴェストル陛下がメイヴィスを求めているという話は何処からともなく耳に入ってきた。それがこの結果だ。

 自分には一度も触れない。抱き寄せられる事も、愛おしい目を向けられる事もない。

 ユスティーナの心は段々と崩壊していった。


 そうしてユスティーナは子を成せない、王妃として最も求められる役割が出来ない女となったのだ。


 それからだ。ユスティーナはメイヴィスを陥れる様々な事を秘密裏に行っていった。

 それは悉く失敗に終わっていく。

 何かに守られているのか、メイヴィス自身が強い力を持っていたのか、それは分からなかったがメイヴィスに宿った子はこの世に生まれる事となってしまったのだ。


 この国全体が祝福し、これでこの国も安泰だと浮かれる中、ユスティーナだけが地獄に突き落とされたようになる。

 自分を取り巻く全てのものが敵であり、誰もが自分を蔑む。

 

 もう耐えられなかった。心が壊れそうな程に、ユスティーナの悪しき心は増長していった。いや、いっそ心が壊れた方が幸せだったのかも知れない。こんな状況になっても、ユスティーナはシルヴェストル陛下を慕う想いは変わらず、憎むべき相手はメイヴィスとその娘、ジルのみだと冷静に思えたのだ。


 そうしてあの事件は起こった。


 メイヴィスがほんの少し、幼いジルから目を離した時を見計らって、ユスティーナは侍女と共に部屋に侵入し、穏やかに寝ているジルを短剣で刺したのだ。


 この時侍女は、ユスティーナがジルを殺そうとしているとは思っていなかった。

 拐ってから、何処かに行って殺して捨てようかと考えて部屋に立ち入った。ユスティーナが最後に赤子を見ておきたいと言ったから、一緒に部屋に入ったに過ぎなかった。


 しかし、何故か突然泣き出した赤子に苛立ったのか、止める間もなくユスティーナは凶行に及んでしまった。

 

 侍女も突然の事に戸惑った。まだ赤子を笑いながら刺す手を止めないユスティーナは、駆けつけた誰もが目にする事となってしまった。仕方なく侍女は気配を消した。だから駆けつけた者達は、その侍女の存在には気づかなかった。

 そして、ジルを泣きながら抱くメイヴィスを、転移石にて共に遠くへと飛ばしたのだ。


 飛ばされた先はヴァルカテノ国から遠く離れた国、フェルテナヴァル国の国境近く。この国とは国交はなく、遠国であるから簡単には見つからない、との事だった。

 それに、侍女の親戚がいる国でもあったのだ。


 この時、侍女はジルが既に死んだと思っていた。しかし、ジルはまだ弱々しくも生きていた。


 何処か知らない場所に連れて来られた事を知ったメイヴィスは、その場から逃げ出す。しかし、侍女がメイヴィスを逃す筈はない。メイヴィスとジルを殺さなければならないのだ。そうしなければユスティーナは正常ではいられない。ユスティーナの心を守る為には、メイヴィスとジルを殺さなければならない。


 本当なら、自分がジルを殺すつもりだった。だけど、そうするより前に、ユスティーナが手を下してしまったのだ。ユスティーナの手を汚させてしまった事に、侍女は申し訳なく思っていた。

 だからこそ、今度は自分がメイヴィスとジルの息の根を止めなければ。


 そうは思っても、メイヴィスを殺したくないと感じてしまう。親愛なるユスティーナを窮地に陥れた憎き存在であるはずのメイヴィスを、自分は殺したくないと思ってしまうのだ。


 それが不思議でならなかった。


 その迷う心の隙をついて、メイヴィスは逃げ出したのだ。


 ハッと気づいた時にはメイヴィスの姿は見えなくなっていた。


 焦った侍女はメイヴィスを探す。


 しかし見つけたメイヴィスを見て、侍女は不可解な現象に悩むことになったのだ。



 


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