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ただ一つだけ  作者: レクフル


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92/141

その侍女は


 ユスティーナはニッコリと微笑み、ジルを見た。


 ジルはしっかりとユスティーナを見つめている。



「可愛らしいお嬢さんね。わたくしの新しい侍女となる子なのかしら?」


「あ、いえ……」


「ここはね、何もない所だけど悪い所じゃないのよ? こうやって時々陛下も来てくださるし。あ、この前ね、茶会を開いたの。高位貴族の令嬢達がわたくしの開く茶会を楽しみにしてくださっていてね? その時は用意が忙しいと思うわ」


「え……あの……?」


「あぁ、今度舞踏会が開かれるから、そこにも行かなくちゃ。ドレスを新調しないといけないわ。仕立屋を呼ばなくちゃね。その手配もお願いするわね」


「ユスティーナ……」


「その時はエスコートしてくださいましね? シルヴィ様」



 有り得ない事をツラツラと話し出すユスティーナに、シルヴェストル陛下も俺達も戸惑った。

 彼女には何が見えているんだろうか……



「違いますよね……」


「何かしら? ジルさん?」


「貴女はそうじゃないですよね?」


「……? 何を仰っているの?」


「全部分かっていますよね? 今までの事も、現在の事も」


「分かっているって……えぇ、そうよ。わたくしは王妃のユスティーナ・メンディリバル……」


「分かっていらっしゃる筈です! 貴女は気が触れてなんかない!」


「な、なんなのかしら、この子は! シルヴィ様! こんな無礼な子、わたくしには必要ありません! すぐに連れていってくださいませっ!」


「私はっ! 貴女に殺されそうになったんです!」


「え……?」



 ジルがそう言うと金の髪は白銀に、瞳は虹色に輝いた。それを見たユスティーナは、驚愕の表情をし、ガタガタと震え出した。



「な、何故……っ! あ、あなた、が……! ここにいるの?!」


「私は貴女を恨んではいません。でも……真実を話してください! お願いします!」


「何を言ってるの?! わたくしは何も……!」


「ジュディス、これはどういう事だ?」


「陛下……私には人の悪いこと所が見えるんです。怪我や病気をした場所が分かるんです。それは精神的なものも、です。私には癒す力があります。リーンが人前でこの力を使っちゃダメって言ったから使わなかったんですけど……」


「そうなのか?! やはりジュディスは聖女なのだな……!」


「ユスティーナ様には悪い場所は見当たりません。私は……私のせいでユスティーナ様が心が病んでしまったのであれば、それを取り除きたいと思ってたんです。でも……」


「なにが聖女よ! わたくしからシルヴィ様を奪った癖に! わたくしの全てを奪った癖に!!」


「ユスティーナ、それは違う! 私が悪いんだ! 全て私が悪いんだ!」


「やめてください! こんな子を庇うような事は! わたくしが……っ! 余計に惨めになってしまうじゃないですか!」


「ユスティーナ……!」



 シルヴェストル陛下が自分を私と言ってしまう程、ユスティーナの状態に驚いたのだろう。誰しもユスティーナは気が触れてしまったと思っていたのだ。けれど違った。それが違うと、ジルが言い放ったのだ。


 弱々しく泣き崩れるユスティーナに、長年仕えている侍女のみがそばに駆け寄って慰めた。

 その身のこなしを見て、俺が気になった。



「そこの侍女は……暗部の者ですね……」


「なに?」


「リーン、それはどういう事?」


「私は侯爵家で暗部としても仕事をしていました。だから分かります。彼女の身のこなしは暗部のそれです。武器も隠し持っています」


「それは本当か……?!」



 侍女はこの部屋に初めからいた。それはそうだろう。ユスティーナの唯一の味方とも言える存在だ。しかし、その存在を気付かせる事はなく、壁際にヒッソリと佇んでいたのは、暗部特有の気配を消す術だ。

 そうでなければ、ここまで気配を消す必要はない。この術を使うのは、巧みな術の構成が必要だ。無意識に使えるものではない。自分が使えるからこそ分かるものだ。


 もちろんさっきまで、ここに侍女がいた事を俺も気づかなかった。もしかして、俺達が帰る時に一緒について来ようとしていたのかも知れない。そうして何か情報を得ようとしていたのかも知れない。


 だけど、ユスティーナがこんな状態になったのを見過ごせなかったのだろう。だから姿を現した。



「恐らく……彼女は外界の情報をここに持ち込んでいたのでしょうね。時折休暇申請を出すのはその為でしょう」


「そんな事を……」



 シルヴェストル陛下は侍女の元へと近づく。侍女は警戒したが、国王陛下相手に何もする事ができず、表情を強張らせたままその場から動かなかった。


 その侍女の頭にシルヴェストル陛下が手をやり、暫くそこで佇んだ。侍女は冷や汗をこめかみに滲ませながら、ジッとしていた。



「なるほどな。リーンハルト殿の言う事は正しかったようだな」


「シルヴィ様……」


「お前が……メイヴィスを殺したか……っ!」


「え?」


「それも全てユスティーナの指示なのだな?! 気が触れたとは……良き手を思い付いたものだな……!」


「シルヴィ様! ち、違います! わたくしは……っ!」


「あの日、お前にジュディスが刺された時、メイヴィスはジュディスを抱いてここから逃げたと思われていた。だが違ったのだな……この侍女に転移石でどこぞに飛ばされていたのだな! それも全てお前の指示だ!」


「そんな……」



 ジルが驚いたようにユスティーナを見る。ユスティーナはガタガタと震え、その場から動けないでいた。シルヴェストル陛下の威圧感が凄く、それに俺もあてられそうになる。


 

「正直に申せ。全てを見て分かっておるのだ。しかし何故そうなったのかは分からぬところもある。侍女よ。ユスティーナの今後を思うのなら、お前の口から全てを吐き出せ」


「それは……っ!」



 困惑した表情を浮かべながら、踞り未だ震え続けるユスティーナを気遣う侍女は、意を決したように立ち上がる。


 そうしてこれまでの事を話し出した。


 それは今まで語られる事の無かった事で、幼いジルがなぜ匿われた状態であったのかを知ることとなったのだった。






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