傍にいたい
シルヴェストル陛下と二人……いや、侍従や執事は控えているが、まぁ、実質俺と二人で話すと言った状況だ。
高級そうなワインが置かれ、給仕人がグラスに注いでくれる。
シルヴェストル陛下はそれを一気に呷って、早々に二杯目を注がせていた。
「今日は良き日だ。この国に聖女が戻った。いや、そんな事よりも、念願であった娘に会えた。それが何よりぞ」
「そうですね……」
「ところでリーンハルトよ。ジュディスの事をもう少し詳しく教えては貰えぬか? ジュディスは……腹立たしい事だが、腕と脚を切断され、フェルテナヴァルが有利になるように交渉材料として献上されていたのだろう? だが腕も脚今はある状態だ。どうなってそうなったのか」
「それは私にも分かりません。あの時……ヴィヴィが処刑されそうになった時までは、ジルは自分の腕や脚ではなく、私の父が作った義手と義足を装着していました。それが何故か突然ジル自身が光り輝いて……」
「うむ。あれには驚いた。余が近づくと、突然ジュディスが輝いたからな。それまでは……髪も長くは無かったか……」
「そうです。ジルは髪も短く、そして義手と義足でした。ジルが光り輝いてから、その光りが消えた時には、もう前のジルとは違っていました」
「そうか……」
「その時気づいたんですが、ジルがいつもつけていた首飾りが弾け飛んだんです。それが何らかの原因なのかも知れません」
「首飾り?」
「えぇ。ジルは母親につけて貰ったと言ってました」
「メイヴィスからか?!」
「恐らくはそうかと」
「その首飾りが弾けとんだ……」
「あの時ジルが光ったのは、それが何か関係しているのではと思うのですが……」
「そうかも知れぬな。明日にでもジュディスに聞いてみる事にしよう。して、ジュディスはここで暮らすつもりはありそうか?」
「それはまだ何とも……」
「そうか……すぐに受け入れるのも難しいだろうが……余はもう、ジュディスと離れたくはないのだ」
「それはそうでしょう……ですが、先ほどジルは、ここは自分がいるべき場所ではないような気がすると言っていました」
「そんな事を?」
「はい。しかし、行くあてがあった訳ではありませんし、私たちはフェルテナヴァルから逃げてきた身です。ここにいるのが安全だと言うことはジルも分かっているとは思いますし、私もそう思っております」
「そうだ、な。余はジュディスを必ず守る。もうあの時のような思いはしたくないのだ。これ以上愚かでありたくはないのだ。しかし、ジュディスがどうしてもここで暮らしたくないと申すのならば、縛り付ける事はしたくない。ジュディスの思うように、自由にさせてやりたいと思っておる」
「それは私も同じように考えております」
それからシルヴェストル陛下はジルの事を詳しく教えてほしいと、更に色々と聞いてきた。
さっき話した時は状況を簡単に説明するのみだったから、俺は以前ジルと旅をしていた時の事を話して聞かせた。
それはまだ俺がジルを男だと思っていた時で、ジルの事を何も知らなかった頃の事を詳しく話していった。
それからジルがフェルテナヴァルで聖女として虐げられていて、そこから助け出し自分の両親と共に住まわせていた事等も詳しく話した。
時折目に涙を浮かべて聞き入っていたシルヴェストル陛下だったが、ジルの事は何でも知りたいとばかりに、俺の話をしっかりと聞いていた。
夜も更け、やっと解放されて俺が寝る部屋へと案内された先は、ジルの部屋からは少し離れた場所だった。一旦部屋に入ったが、ジルの事が気になって、あてがわれた部屋を出てジルが眠る部屋の前まで赴いた。
部屋の前には護衛の騎士が二人立っていたが、そこにはシルヴェストル陛下もいた。やはり俺と同じように気になったんだろう。
目が合うと、口角を上げてお互いが笑い、何も言わずに暫く二人、その場で佇んで扉を見ていたが、諦めるようにシルヴェストル陛下は俺を見た。
「もう遅い。護衛がいるからジュディスは問題ない。結界も張っておるし、騎士達はこの国最強とNo.2だ。心配は無用ぞ。お主も寝にゆくがよい」
「分かっております。しかしここにいさせては貰えませんか? 部屋の前にいるだけで結構ですので」
「夜這いに行くつもりではないだろうな?」
「ハハハ、私はまだ死にたくはありませんよ」
「では何がそんなに気になる……」
その時、部屋からジルの叫び声が聞こえてきた。中では侍女もいたのだろう。ジルを落ち着かせるような声が聞こえてくる。
シルヴェストル陛下は何事かと驚いて、すぐに部屋の結界を破り、騎士と共に部屋の中へと入って行った。それに俺も続く。
ジルはベッドで上体を起こして、薄暗い部屋の中で恐怖におののいて叫んでいたのだ。
「いやぁぁぁっ! 助けてっ! 助けて、リーンっ! リーンっ!!」
「ジルっ!!」
ジルが俺の名を呼んでいる。すぐに駆け付けて、泣いて震えているジルを抱きしめて、背中を何度も優しく撫でる。
「もう大丈夫だ。俺が傍にいる。ここにはアイツ等はいない。もう誰もジルを傷付ける奴はいない」
「リーン……リーン……暗いの……怖い……怖いよ……」
「あぁ、そうだな。暗いな。怖かったな」
すぐに照明を点けて貰い、怖がるジルに笑顔で
「ほら、大丈夫だろ?」
と言うと、少しずつジルの震えがおさまってきた。
ゆっくりベッドに寝かせると、目に涙を浮かべながら、俺の手を離さずにジルは目を閉じて眠りについた。
その様子を見ていたシルヴェストル陛下は、ベッドの傍でジルの手を握っている俺のそばまで来て、つらそうな顔をしてジルの頭を撫でた。
そして小声で、俺にそっと聞いてきた。
「ジュディスは……いつもこうなるのか?」
「いつもではありません。今は三、四日に一度程でしょうか……今の状態でなくても、夢でよくうなされています。怖い夢を見ているんでしょうね……」
「そうか……だからお主はジュディスが心配だったのだな……」
「ジルの身に起きたこれまでの事は、普通では考えられない程に酷い事です。それでもジルはいつも笑ってくれています。ただ、やはり心はそう簡単には治らないのでしょう。だからこうやってジルの傍にいてやりたいのです」
「そうだったのだな……」
「しかし、ジルはこの事を覚えていません。今の事は、ジルには何も聞かないでいて貰えますか?」
「そうか……分かった」
シルヴェストル陛下はそれからは何も言わず、部屋を出ていった。俺はジルの手を握ったまま、暫くはそのままでいた。
こんなふうになるジルは、最近になって漸く俺に助けを求めるように名前を呼んでくれるようになった。
初めの頃は、叫んで泣いて震えて、それからはずっと耐えるように、声を出さないように泣き続けてるだけだった。
そんな状態のジルを抱きしめ、何度も慰めていると、やっと俺の名前を呼んでくれるようになったのだ。
それが嬉しかった。俺がジルの役に立てている事が堪らなく嬉しかった。
ジルの穏やかな寝顔を見ながら、いつしか俺もその場で眠ってしまったのだった。




