根付いた恐怖
王城に迎えられた。
誰もが私を敬うように見つめ、目が合うと気まずさから微笑むと、何故かその場で倒れ出す人達もいて……
なんか、こんな対応は初めてで、馬鹿にされたり蔑んだり汚いモノを見るような目付きだったりは慣れていたんだけど、皆が私をキラキラした目で眺めているのが落ち着かない。
普通で良いんだけどな……
シルヴェストル陛下は部下に何かを言って、私は侍女と思われる人達に連れていかれた。
王城にある大きな浴場で湯浴みをするように言われ、数人の侍女さん達に身体を丁寧に洗われる。
次にいい香りの油を塗られ、全身マッサージされた後、着たことの無いような白を基調とした美しいドレスに着えさせられ、軽くメイクを施された。
腕と脚が戻ってきた事に夢中で、やっとさっき髪が長くなっていることに気がついた。
私の髪は腰を過ぎ、お尻が隠れる位まで長くなっていた。
と言うことは、今まで瘴気を祓う為に切って置いてあった場所から私の元に戻ってきた、ってことなのかな。腕や脚、そして髪も。
それは首飾りが外れたからかな……
戻ってきたって事は、置かれてあった場所にはもう私の一部は無くなっている訳で、じゃあ瘴気はどうなったんだろう? って考える。
私の腕や脚があったから、他国でも瘴気が無くなったり薄くなったりしていたみたいだし、なら今はまた瘴気は濃くなっているんじゃないのかな……
自分にあった、奪われた腕や脚が戻ってきた事は単純に嬉しい。また必要だからと言って切り離されたくはない。絶対に……!
だけど、じゃあ国が、街や村が瘴気に侵されても良いのかって言うと、勿論そんなふうには思っていない。
ここは空気が淀んでいない。でも他は? どうなっているのかな?
そんな心配をしていると私の用意が終わったみたいで、侍女さん達に連れていかれた先は、シルヴェストル陛下の待つ豪華な部屋だった。
フェルテナヴァル国でも王城の部屋に入った事があるし、私が囚われていたあの塔の最上階の部屋も高価そうな調度品とかもあって、凄いなって感じたのを覚えているけれど……
ここはフェルテナヴァル国よりもお城の中も豪華な感じがして、なんか格の違いが素人目でも分かっちゃう程、凄いって思っちゃう。
私を見ると、シルヴェストル陛下は嬉しそうな顔をして、また私に抱きつこうとしてきた。
思わずそれを防ぐように両手を前にして拒絶するような格好をしてしまう。
それを見たシルヴェストル陛下は、凄く悲しそうな顔をしたけれど、そんな簡単にすぐに抱きついたりしないで欲しい。
リーンも、好きじゃないとこんな事しちゃダメだって言ってたし。
ソファーに座るように促され、こんな煌びやかな部屋にいて良いのかな、とか思いながらも言われるままに浅く、三人掛けのソファーに腰掛ける。
そうすると、シルヴェストル陛下は私の横に座ってきた。
向かいに座るのかと思っていたから、何だか落ち着かないよ……!
「ジュディス……あぁ、本当にジュディスなのだな……」
「えっと、違います……」
「ではそなたは何処の誰だと言うのだ?」
「私は……」
私は何処の誰なのか……
そう聞かれて、何も言えなくなってしまう……私は何処の誰なのか、それこそ私が聞きたい事で、自分で自分の事は何も分かってなんかない。
私が何も言えないのを見ると、シルヴェストル陛下は優しく頭を撫でてきた。
「言えぬのか?」
「そう言うわけじゃ……」
「では少し見させて貰おう」
「え?」
シルヴェストル陛下は私の頭を撫でていた手を止めた。その手から何かの魔法が発せられたみたいで、でもそれは嫌な感じとかじゃなくて、温かくてなんか心地よかった。
「なん、だ……これは……っ!」
「え? どうしたんですか?」
「こんな……事を……っ!」
「あの……」
どうしたんだろうと思ってシルヴェストル陛下を見ると、何故か眉間にシワを寄せたと思ったら、突然涙を流しだした。
え? なんで? どうしたんだろう?
なんで突然泣き出したのか分からないから、私はオロオロしてドレスのスカートをまくり上げて、それで陛下の涙を拭こうとしたら、それを見た陛下は驚きつつも突然笑いだした。
「ハハハ、そんなモノで涙を拭こうとは!」
「だ、だって、涙を拭かなくちゃ……」
「いや、笑ってすまぬ。そなたは優しいのだな」
「そんな事、ないです……」
「しかし、ドレスは涙を拭くモノではない。淑女は脚を簡単に見せてはならぬ」
「このドレスはスカートのところ、布がいっぱいだから脚は見えないって思って……すみません……」
「謝らなくてもよい。余を思っての事なのだな。こんなに優しくて愛しい我が娘に……あの国の奴等はなんという酷い事を……っ!」
そう言うと、陛下は怒りの形相へとなっていった。どうして怒っているのかな……
私、何か悪いことをしたのかな……
男の人が怒るのは怖い……また私は殴られたり、蹴られたり、斬られたりするのかも知れないって思うから。
脳裏に浮かぶのは、私を蔑むような目をして腕を切り落としていった神官達の顔……
怖くてドキドキして、恐る恐る陛下から離れるようにソファーの隅へ身体を移動させると、それに気づいた陛下は、何かに気づいたように表情を変えた。
「すまぬ、そなたを怖がらせようとした訳ではない!」
「いやっ! 来ないでっ!」
「ジュディス……」
「リーン……リーンっ!」
「リーン……先程の男か……?」
「リーンは、ど、何処で、何処です、か?! リーンっ!」
シルヴェストル陛下に何かされた訳じゃない。だけど、私は男の人にいつも何かしらの攻撃を受けてきた。だから知らない人は怖い。怒った顔をする人は怖い。
身体中ガタガタ震えて止まらない。知らずに涙が溢れてきた。
何もされてないのに。おさえようとしても、震えが止まらないよ……!
そんな私を見かねてか、陛下を見かねてなのか、年輩の侍女と思われる方が陛下と私の間に割って入ってきた。
「シルヴェストル陛下、聖女様を怖がらせてはいけません」
「余は、怖がらせようとしては……!」
「分かっております。でもそんな顔をされていては、陛下の人となりを知らない聖女様は怯えてしまいます」
「そうなのか?! そうか……」
「聖女様、大丈夫でございます。シルヴェストル陛下はこう見えて、実はお優しい方なのです」
「あ、あな、貴女、は……?」
「おや、紹介が遅れましたね。私はシルヴェストル陛下が生まれた頃より仕えさせて頂いております、侍女頭のアデラと申します」
「ア、ア、アデ、ラ……」
「まずはゆっくり息を吸いましょうね。そうそう、それから、ゆっくり息を吐きましょう。ではもう一度……」
アデラはソファーのそばで跪き、私の手を両手で包みながら優しく微笑んでくれる。アデラに促されるように、大きくゆっくり息を吸って吐いてを繰り返す。
そうすると段々落ち着いてきた。
アデラに涙を拭って貰って、背中を撫でて貰うと、涙はいつの間にか止まっていた。
「陛下、焦ってはいけません。怖い顔もダメです。まずはお茶でもいかがですか?」
「そう、だな。そうしよう」
シルヴェストル陛下はアデラに諭されるように、申し訳なさそうな顔をして頭を掻いた。
それはなんだか、怒られた子供みたいに見えて、さっきの怖さはなんだったんだろうって思えてきた。
アデラは素早くお茶の用意をすると、別の侍女さんが軽食を持ってきてくれた。
優しく微笑んでくれるアデラを見ると、なぜだかまた泣きそうになったけれど、それを何とか我慢した。
ここに私を害する人はいない。
そう思って良いのかな……




