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ただ一つだけ  作者: レクフル


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神殿へ


 翌朝、身支度を整えて部屋を出る。


 いつも宿屋で泊まる時は、ジルとは別の部屋を取ることにしている。あれだけ俺の傍を離れたがらないジルでも、眠る時は一人が良いようだ。


 部屋を出たところで、ジルが俺の部屋の扉の前で踞っている姿が横目に見える。

 ジルはいつもこうやって、俺が部屋から出てくる前に部屋の前で待っているのだ。


 壁に手をつきながらゆっくり立ち上がり、

「リーン、おは、よう」

って微笑む。俺もニッコリ微笑んで

「おはよう」

って答える。うん、今日も朝から良い感じだ。


 宿屋の一階にある食堂で朝食を摂る。


 今日のメニューは野菜と玉子とハムのサンドイッチに暖かいクリームスープだ。ジルは成長盛りの男子のように、いつも食欲旺盛だ。

 しかしやはり手加減が難しいのか、ジルはそのサンドイッチを食べながらボロボロと具を溢す。



「あぁ、そんなに溢して……もう少ししっかり持たないと」


「ん!」


「そんなに力の入れ具合は分からないものなのか?」


「えっと……」


「俺には分からない感覚だからな。俺が持ってやろうか?」


「だ、大、丈夫!」


「ハハハ、そっか! ほら、玉子がついてるぞ?」



 口横についた玉子を指で取って自分の口にポイと入れて食べるのを見たジルは、驚いた顔をしてポカンと俺を見ていた。

 ちょっとはしたなかったかな……


 

「なん、で……」


「え?」


「それ、汚、い……」


「汚い? 何がだ? 口についてた玉子がか?」

 

「ん……」


「何でだ? 何も汚くなんかないだろ?」


「でも……」


「あ、こういうのは嫌だったか?」


「そんな、こと、ないっ!」



 ガタンと椅子が後ろに倒れる程に勢いよく立ち上がってジルは強く否定した。ジルのこんな大声は初めて聞いた。まだ声はガラガラで、発声するのが難しそうな感じがする。それでも伝えたかった事だったのだろうか。

 


「分かった。分かったから落ち着け。な?」


「あ……う、ん……」



 立ち上がってジルの後ろに倒れた椅子を起こして、そこに座るように促す。何かあったのかと他の客がチラチラとこちらを見る視線に気づいたジルは、申し訳なさそうにオズオズと椅子に座った。


 そんな様子のジルの頭をポンポンとして、自分の椅子に座り直す。それからニッコリ笑って自分は気にしていないと言う事を態度で示すと、ジルはホッとしたように表情を緩めた。


 

「俺はガサツだから、気にせずにしてしまう事もある。だから気になる事があれば、遠慮せずに言ってくれて構わないからな」


「ん……」


「さ、早く食べてしまおう。神殿はいつも人が多くなるらしいから」


「ん!」



 そう言うとやっと笑顔を見せたジルに安心した。


 食事を終えたら、早速神殿へと向かう。開場前なのに、神殿前には既に列が出来ていた。

 街中浄化された澄んだ空気だが、ここは一際清々しい。腕輪に肖るよりも、この清々しさに肖りたくなる。並んでいる人々の顔は穏やかで幸せそうに見える。


 しばらくして神殿の扉が開き、並んでいた人々が中へと通されていく。


 この街はこの辺りでは大きくて、神殿もやはり大きな造りをしていた。建物自体がキラキラと輝いているようにも見えて、それだけでも厳かな雰囲気を醸し出している。


 俺も神殿の中へと進んで行こうとしたが、ふと横を見るとジルがいない。不思議に思って後ろを向くと、ジルはその場に立ちすくんだままだった。



「ジル? どうした? いくぞ」


「えっと……ここで、待って、おく」


「え? なんでだ?」


「…………」


「体調が悪いのか?」


「あ……う、ん……」


「そうなのか?」


「ん……だから、ここで、待って、る」


「いや、それなら宿屋へ帰った方が良いだろ? 行こう」


「あ……一人、で、大丈夫」


「本当にか?」


「ん……」


「そうか……じゃあ、腕輪を確認したらすぐに出てくるから、先に一人で宿屋へ帰っておいてくれ」


「リーンは、ゆっくり、で、良い」


「いや、でも……」


「大丈夫」


「……分かったよ。じゃあ、気をつけて帰れよ? な?」


「ん」



 ニッコリ笑って俺に手を振る様子を見ると、そんなに具合は悪くなさそうに見えるが、ジルは我慢をしていたのか?


 仕方なくそこでジルとは別れた。俺にはゆっくりするように言ったジルだったが、やっぱり気になるから腕輪を見れたらすぐに帰ろうと考える。


 神殿の中へ入ると、外よりもやっぱり空気は凄く澄んでいて、ずっとこの場所にいたい、帰りたくないと思ってしまう。それ程にここは心地が良い。

 毎日人々が集まる理由が分かってしまう。ここにいれば全ての悪から守って貰える。包み込んでくれる。安心できる。そんな風に感じて仕方がない。


 これが聖女の成せる技なのか……


 どれ程の力なのかと、考えれば考える程に自分とは釣り合わないであろう存在に遠さを感じてしまう。

 彼女は敬われる存在であり、この世界にはなくてはならない存在である。そんな聖女に焦がれる事自体、烏滸がましい事なのだと思わされる。


 その考えに至って、初めて自分の感情に気がついた。


 そうか……


 俺は聖女を一人の女性として慕っていたのか……




 

 

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