王都へ
聖女が捕られられたとか、帰ってきたと言う話は最近よく聞くようになっていて、それがジルの事を言っているのかと初めは焦ったのだが、どうやら違うらしかった。
もしかしたら、身代わり聖女だったヴィヴィがこの国にいるのかも知れない。
俺はそんな考えに至った。
ある日ヴィヴィは行方不明となったと、イザイアから報告を受けた。気にはなったが、俺が動く事はなかった。それよりもあの時は塔に囚われているジルの方が心配だったからだ。
しかし、もし聖女として捕らえられたのであれば、ヴィヴィはまた身代わり聖女とされているのだろうか。
いや、ヴィヴィに魔力はなかった。だからすぐにバレるのではないか。と言う事は、もうバレているのではないか。
ヴィヴィの事をジルに話し、行く先々の街や村では、捕らわれたと言う聖女の事を積極的に聞くようにした。
しかし決定打には欠け、捕らわれた聖女の行方は分からないままだった。とは言え、聖女が捕らわれたのではれば、王都にある王城なのではないかと想像はできる。
シルヴェストル陛下が、今の聖女は自分の娘だと思っているのなら尚更そうだろう。
そんな事からジルは王都へ向かおうと言ってくるが、俺はなるべく王都には近づかない方が良いと思っている。
ヴィヴィを第一王女と勘違いして、シルヴェストル陛下が自分の娘として王女として扱うのなら、そんな酷い目には合わないのではないかと考えられる。
しかし第一王女、イコール聖女と言う認識なのであれば、魔力が全くないヴィヴィを自分の娘だとシルヴェストル陛下は思わないだろう。
ならヴィヴィはどうなるか……
間違えたとして解放されるのであれば良い。
だが、そうならない可能性は高いのではないだろうか。
ヴィヴィは自分が聖女だと信じて疑わなかった。そう思い込んでいるから、聞かれれば自分こそが聖女だと言うだろう。
だが、本当の聖女の存在を知るこの国の人達であれば、ヴィヴィが聖女ではないと簡単に見破るだろう。
ジルとヴィヴィは全く違う。
魔力の有無は勿論の事、どちらも美しい容姿はしているが、受ける印象は全く異なる。それは恐らく、持って生まれた性質、素質も影響しているのだろう。
こう言ってはなんだが、ヴィヴィは確かに美しい容姿をしているが、それだけだ。
対してジルは、その美しさにも目を惹かれるが、存在自体が尊いと感じてしまうのだ。ジルの笑顔を見てしまったら、誰もがジルを好きになる。
これは言い過ぎではない。行く先々の村や街で、ジルが笑っているのを見た人達は、ジルから離れようとしないのだ。
貢ぎ物のように食べ物や生活必需品を渡そうとしてくる人達も多い。まぁ、そこは遠慮なく頂く事にするが。
そんな事もあってジルには、なるべく俺と二人の時でしか笑わないようにと釘を刺した程だった。
嫉妬深い男のように思われるかも知れないが、それが事実なのだから仕方がない。
だから不意に疑問に思い、聞いた事がある。
「なぁジル。思い出したくないかも知れないが……ジルは神官やヒルデブラント陛下に笑顔を見せた事はないのか?」
「あの人達に? 笑うなんて出来なかったよ! だって初めて会った時からなんか怖かったんだもん。笑うなんで、そんなの無理だったんだよ!」
「そうか……」
神官やヒルデブラント陛下は、初めから威圧的な態度でジルと接していたんだな。
しかしそれが悔やまれる。もし、そうじゃなかったら、ジルはここまで虐げられなかったのかも知れない。それはもう今更な事だが。
だからこそ、次に誰かに何かをされそうになったら、怯えるのではなく微笑むようにとジルに言っておいた。
そうする事で、恐らくある程度の事は回避できるだろうから、と。
ジルは何故なのかと不思議そうな顔をしていたが、俺が間違った事は言わないと思っているようで、理解はしてなさそうだが納得してくれた。
ジルの力を利用しようとする者は多いだろうが、ジルが優しく微笑みさえすればきっと、ジルに悪いことは起こらないと考えられるのだ。
だから王都へ行き、シルヴェストル陛下に会うことになったとしても、ジルは酷い目には合わないと思う。
しかしそうなった場合、俺がジルの傍にいる事は出来なくなるだろう。
敵国のフェルテナヴァル国の元侯爵家の平民等、ジルには相応しくないと誰もが思うだろうからな。俺だって自分をそんな風に感じる事があるくらいだ。
だが、ジルは自分が何処の誰であろうが、この世界唯一無二の存在である聖女であろうが、大国ヴァルカテノ国の第一王女であろうが、今までと何一つ変わる事はなかった。ジルはいつものジルなのだ。
それが更に愛しさを増長させる。そうだ。俺はかなりジルにハマってしまっているのだ。
そんな事から、俺は出来れば王都に行きたくはなかった。しかし、ジルは王都にいるだろう身代わり聖女ヴィヴィを助けようと言うのだ。
それには俺が難色を示すのだが……
「ヴィヴィは私の代わりに捕まったんでしょ? このまま見過ごせないよ」
「それはそうだが……」
「だから王都に行こう。何が出来るか分からないけど、何もせずにはいられないもの」
「けど、王都に行ったらジルが……」
「私はきっと大丈夫。ほら、リーンが言ってくれたでしょ? 私が笑うと皆が穏やかになるって。だからきっと争い事は起きないよ。それに、リーンに何かしようとするなら、それが誰であっても許さない。私が必ずリーンを守るの」
「そ、それは心強いが、そんな事より自分の事を考えてはくれないか? 俺よりジルの方が大切にすべき存在なのだから」
「そんな事ないよ! リーンがいなかったら、私は今もきっと……!」
「あぁ、すまなかった。ジル、頼むからそんな泣きそうな顔をしないでくれ」
今にも涙を零しそうな顔で怒っているジルを優しく抱き寄せる。こんな事を言ってくれるジルが可愛くて仕方がない。
「リーンは大切な人なの。だからリーンの為に出来る事をしたいの」
「俺の為?」
「うん! だからヴィヴィを助けるの!」
それの何が俺の為なのか分からなかったが、微笑むジルに何も言えなくなって、抱きしめる腕に力が入ってしまう。
ジルに危険が及ばない事が前提だ。だからヴィヴィを助け出そうとするジルを何とか止めたいが、それは難しそうだ。
なぜなら、俺はジルにはめっぽう弱くって、ジルの願いは何でも聞いてあげたいと思ってしまうからだ。
だから渋々だが、俺は王都に行くのを了承したのだった。




