父親
聖女だった子を、そうと知らずに当時の王子は連れ去った。
その子を側室にし、そしてその子は身籠った。
その生まれた子が、もしかしたらジルなのかも知れない……
「しかし、それの何がやらかしたと言うんだ? それはいけない事だったのか?」
「まず、神聖なる村から聖女を連れ出したって事が問題なのさ」
「その子は森にいたんだろう?」
「そう聞いてるな。村から抜け出したか、山菜でも取りに来たか……それは分からないが、村に帰る予定だったんだろう。それを王子は拐ったんだよ。聖女を奪われた村は怒っただろうよ。だからか、それからだ。あちこちで瘴気が蔓延るようになったのは」
「そうなのか?!」
「聖女と神聖なる村が瘴気をおさめてたんだろうが、そうする事が出来なくなったか、したくなかったか。どっちか分からんが、王子がその子を連れ去った時から徐々に瘴気は広がっていったのさ」
「連れ去った事が原因とは思わなかったのか?」
「それは分からなかったんじゃないか? 子供を一人王城に連れていっただけだ。それがどうして瘴気と関係すると思う? 誰もその事に気づかなかったよ」
「そうか……」
「でな、その子が大人になり、側室として迎えられ、王子の子を懐妊した。正妻よりも早かったから、そりゃあやっかみから出産に対する妨害を受けただろうな。王子は勿論守っただろうが、その子が嫌気をさすのも分かるわな」
「それからどうしたんだ?! 子供はちゃんと生まれたのか?!」
「あぁ。ちゃんと生まれたさ。女の子だったってさ。けど生まれてすぐに、その子は赤子を連れて王城を出て行った。ようは逃げたのさ」
「逃げたって、どこに?!」
「それは誰にも分からなかった。王子も躍起になって探したさ。なにしろ連れて行った赤子はこの国の第一王女だからな」
「第一王女……」
ジルをチラリと見てみる。ジルは宿屋の主人を見ている。もしかしたら、自分がそうかも知れない、そう悟ったのか、目が離せなくなったようだった。
「それで? それからどうなった?」
「それからは……何もねぇよ。出て行った子も赤子も見つからないままさ。ただ、その子が出ていってから、王城は瘴気に侵されるようになってな」
「瘴気に? それまではそうじゃなかったって事か?」
「あぁ。王城だけじゃなく、王都がな、常に浄化された状態だったんだよ。それに誰もが気づかなかったのさ。で、その子が出ていってから瘴気が王都にも蔓延りだしてな。そうなってやっと気づいたんだ。その子が聖女だったってな」
「そんなことが……」
「それから王子は神聖なる村を探していたらしい。勿論、聖女もだ。だが、聖女は見つからなかった」
「神聖なる村は? 見つかったのか?」
「それはどうかは分からんが。まぁ、瘴気が蔓延っているとはいえ、他国とそう変わらないと知った、この国を見限って出て行った人達も大方帰ってきたし、然程大事にはならなかった。けどな。聖女を王子が拐ったから瘴気に侵された事を知った国民が、王族に不信感を持ったのは確かだ。それに、聖女を虐めた王妃達の事もな。だからか、陛下となった今も子に恵まれなかったんだ」
「ではシルヴェストル陛下の実子は、聖女との子である第一王女のみって事なのか?」
「そうなるな。まぁ、聖女って事よりも、我が子に会いたいと思って探しているのかも知れんが」
「今も探しているのか……」
「多分な。他国で聖女が現れたって知ってるだろ? 何処の国だったか……最近までその聖女の存在はこの国は把握してなかったようだが、だからこの国も動く訳さ」
「しかし、逃げた聖女と他国にいる聖女は無関係だとも考えられないか?」
「それはない。聖女は聖女を生む。そう決まっているからな。逆に言えば、聖女は突然全く関係のない所から現れるなんて事はない。聖女の力も存在も、母親から子供に引き継がれるからさ」
「そうなのか?!」
「そう言われている。俺も真相は分からんが、だから他国にいる聖女はこの国の聖女なんだ。別の国には聖女の持ち物もあるらしいが、それも踏まえて全てこの国の物だと、陛下は思ってるのさ。まぁ、それは俺達もだが」
「そうだったのか……」
それから宿屋の主人と俺達は、当たり障りない話をしてから部屋に戻った。
ジルはこの国の陛下の子……それは確定している訳ではないが、その可能性は高いのではないかと考えられる。
ジルの様子と言えば何かを考えているようで、俯いた状態のままだった。
その場から動く事もしないジルの手を取り、ベッドに座らせるが、それでもジルは俯いたままだった。
俺はジルの足元に跪き、ジルの手を両手で握りしめた。そうされてジルは、やっと俺を見てくれた。
「ジル、ごめんな? 聞きたくなかった事かも知れなかったが、俺はジルを守る為にも本当の事が知りたかったんだ」
「リーン……」
「ジルは……王女様かも知れない」
「そんなの……関係ない……」
「そうだな。ジルはジルだ」
「ん……」
今にも目から涙が零れそうで、俺はそれを防ぐようにゆっくり立ち上がり、ジルの隣に座ってから頬に手を置き、親指で優しく拭う。
「ジル? 何が悲しい?」
「分からない……でも……お母さんは私を守ろうとしてくれたのかな……今どこにいるのかな……」
「きっとジルを想ってた。だからジルは今、俺と供にいられる」
「ん……」
優しくジルはを抱き寄せて、背中を何度も撫でていく。
ジルも俺の背中に手を回して、同じように撫でてくれていた。
こうやって寄り添えるのが良い。ジルが俺を必要としてくれる事も嬉しい。
「ジルは父親と会いたいと思うか?」
「父親……」
「あ、いや……まだそうと決まった訳じゃないが……」
「……いい……私のお父さんは……リーンのお父さんだもの……」
「そうか……そうだな」
ジルが誰だったかなんて関係ない。
ジルの存在がシルヴェストル陛下に知れたら、きっと捕らえられてしまう。そうでなくともジルは聖女なのだ。どこにいても必要とされる存在なのだ。だからこの存在を知られてはいけないのだ。
俺の……俺だけのジルであって欲しい。
そう求めてはいけないだろうか……




