支えになる
ジルを見て、俺はその場で立ち尽くしてしまった。そんな俺の様子を見て、ジルは更に困惑したような表情をした。
「あ、の……リーン……?」
「…………」
「あ、そう、だよね……やっぱりこんな姿見たら……気持ち良くはならないよね……ごめん、もう大丈夫だよ。自分でなんとかするから……」
ジルが申し訳なさそうに言う。
腕と脚を奪われたと聞いた。だから分かっていた。けれど、それを目の当たりにしたら、言葉が出てこなくなってしまった。
こんな状態にされていたのか……
その上、眼まで奪われようとしてたのか……?
まだジルは少女だ。そんな女の子から何もかも奪うようなこんな酷い事……
この状態を見ても、まだ奪おうと思えるのか……っ?!
そう思えば思うほど憤りが胸に湧き、そしてジルの体にあった筈のモノが無くなっていることに悲しさと虚しさとが合わさって、俺はその場で動く事すら忘れたように佇んでしまったのだ。
気づいたら涙が流れていた。
それにはジルが戸惑った。
「リーン? えっと……」
「ジル……ごめん……」
「あ、うん、分かってる。こんなの、見たくないよね? 気持ち悪いよね?」
そう言ってなんとか微笑んだジルは下を向いた。その姿が小さくて、頼りなげで、これまでずっとここまでの事を一人で耐えてきたのかと思ったら切なくなってきて、俺はジルを抱き寄せた。
「え……リーン?」
「俺、分かってるようで分かってなかった……ジルがこんなに辛い目に合ってたって……! こうやって見るまで……!」
「それはそうだよ……」
恥ずかしげもなく、流れる涙を拭うことも出来ずに、俺はジルの左腕にそっと触れる。そうされてジルは驚いたようだ。
細い腕……
腕は肘の上辺りから、脚は膝上辺りから切断されているが、脚も太さは感じられない。ちゃんと食事はできていたのか? ジルは大食いだったはずだろ?
心ではそんなふうに思っていても、言葉には出せなくて、切断された部分をそっと触れるしかできなかった。
「リーン……? 泣かないで……」
「あぁ……辛かったのはジルなのにな……」
「私の事で泣かなくても良いんだよ?」
「そんな事、言わないでくれ」
「うん……」
ジルを困らせないように、涙をグシッと拭ってからニッコリ笑う。新しい左腕の義手を装着するように腕にあてがう。今までの物とは装着部分が少し違うようで、ジルはそれに手こずっていたようだった。
付け方を見て確認し、義足も装着していく。それはジルが自分で付けた。
全て付け終えて、ジルは指を動かして様子を確認している。
「どうだ? 動かしづらくないか?」
「すごい……前のより軽いし、魔力の調整がしやすい! 装着部分も擦れないし、違和感があまりない!」
「そうか。良かったな」
「うん……っ! やっぱりお父さんはすごいっ!」
「ハハ、そうだな。俺の……俺達の自慢の父さんだ」
「うん! お母さんも! 料理が上手くて優しくて、服を作るの凄く上手くって!」
「本当だな。自慢の母さんだ」
「うんっ!」
ニッコリ笑うジルが可愛くて愛しくて、だけどこれまで何も出来なかった事が悔しくて申し訳なくて、俺は複雑な感情のままジルをただ抱きしめた。
そっと俺の背中に手を置いて、ジルは優しく撫でてくれる。なんだか俺の方が慰められているようだ。
ジルは優しくて強い。俺はジルを見習わなくてはいけないな。
土魔法で作った家から出て、しっかり気分を引き締めて行く事にする。作った家はジルがすくにただの土に返していた。
ヴァルカテノ国へ向かうべく歩いていく。
ジルの様子を伺いながら、あまり速く歩かないようにして進んでいく。時々ジルの方を見ると、やっぱりジルは笑ってくれる。そうだ、俺が求めてたのは、ジルのこんな笑顔なんだ。
もう絶対離さない。いや、離せない。俺にはジルが必要なんだ。
「リーン?」
「え?」
「どうしたの?」
「え? 何がだ?」
「ずっと私を見てるから」
「あぁ……悪い、無意識だ。やっとジルとこうやって一緒にいられるからな。嬉しくて見てしまってたんだろうな」
「うん……それは私も嬉しい……でも……」
「ん? どうした?」
「私が今こうやってリーンといられるのはエルマのお陰だけど……エルマは大丈夫かなって思って……」
「エルマ……ジルの侍女だな」
「うん。エルマに私凄く助けられの。あの塔で陛下に色々……その……実験とかされて……怖くて悲しかったんだけどね、エルマがいつも動けなくなった私の手助けをしてくれて……」
「そうだな。俺の元へ来て、塔でのジルの様子を教えてくれたのはエルマだった。彼女がいなければ、俺は今ジルとこうやって歩けていなかっただろうな」
「うん……エルマとね、塔で働いていた人達にリーンに渡した首飾りと同じように付与した首飾りを渡して貰ったの。だから大丈夫だとは思うけど、陛下はあの時凄く怒ってたから……」
「なぜ陛下はいたんだ? 陛下が来るのは明日だったんじゃないのか?」
「それは……三日の猶予を与えたのは、私に恐怖心を与える為で……逃げ出す動きをしたところを捕らえて、私を絶望させたかったみたいで……」
「なんだそれは……!」
「いつも嬉しそうに……私に攻撃を……」
「……っ!」
ジルは思い出したようにガタガタと震えだした。
いくらすぐに傷が治ると言っても、心の傷は簡単には治らない。ジルはいつも笑ってくれるけど、それに安心していてはいけない。俺がジルを支えていってやらなければ……!
ジルを抱き寄せて、宥めるように優しく頭を撫でる。そうすると少しずつジルの震えは無くなっていった。良かった。
「すぐには無理だろうけど、陛下や神官達にされた事を忘れられるようにしていこう。俺が力になる。ジルの傍で支えになる」
「リーン……」
「あの塔で働く人達もどうなったか、また調べさせる。きっと大丈夫だ」
「うん……!」
頷いて笑ったジルの額に口付けを落とす。そうされて嬉しそうにする顔がまた可愛いらしい。
この笑顔を守りたい。
いや、必ず守っていこう。
ジルが傍で笑ってくれるのなら、俺は他に何もいらないのだから。




