許し合う
王都から、あの搭から転移石でやって来た場所は何処か分からない森の中。
目の前にはもう陛下の姿はなくて、それには安心したんだけど、お父さんから貰った左腕はなくて、取り返せずに陛下に奪われたままなのが悲しくて……
リーンは優しくて、何度も
「もう大丈夫だ。気にしなくて良い」
って言ってくれて、背中や頭を宥めるようにずっと撫でてくれていた。
その気持ちが嬉しくて、だけど申し訳なくて、私は何度も謝りながらリーンの腕の中で泣いてしまった。
「ごめんなさい、リーン……」
「もういいんだ。ジルに、父さんと母さんは優しかったか?」
「うん……お母さんがね、この服を作ったの。リーンが成人した時に渡そうと思ったって。でも侯爵家に受け取って貰えなかったって。これはリーンの成人祝いの服だったの。それを私が貰うことになって……」
「そうか。そうだったんだな。ジルに着て貰えて、母さんは喜んだろうな」
「私に合うように調整してくれて……だからこれは本当はリーンの服で……」
「母さんの気持ちが分かって良かったよ。そんな風に俺を思ってくれてたんだな」
「うん。リーンの事、ずっと気にかけてたよ? 優しかったの……動けない私に食事を食べさせてくれたり、体を拭いてくれたりして……いつもお母さんは優しかったの……!」
「そうなんだな」
「お父さんはね、私に腕と脚をくれたの。初めて立って歩けた時はね、お母さんとお父さんと抱き合って3人で泣いちゃったの」
「父さんもきっと嬉しかったんだろうな」
「うん……! 出来ることが増えていくと凄く喜んでくれて……ベランダでね、3人でお茶を飲むのが楽しかったの。嬉しかったの」
「そうか……そうか……」
「幸せだったの……お父さんとお母さんと一緒にいられて、私幸せだったの……」
「ジル……」
「娘だって言ってくれたの。喉に呪いをかけられて声が出せくなってたけど、何とか魔力を這わせて声を出した時もね、凄く喜んでくれて嬉しそうに泣いてくれて……」
「喉……やっぱりそうだったんだな……」
「私が関わると良くない事が起こるの……リーンにもしもの事があったら……!」
「それはジルのせいじゃない。ジルが何か悪い事をした訳じゃない。そうだろう? ジルは国を、この世界を守ってきたんだ。敬われ尊敬される立場であるはずなのに、こんな扱いをされてきた事が間違っているんだ」
「リーン……」
「もうそうやって泣かなくていい。一人で泣く必要なんてない。これからは一緒にいよう? ずっと一緒にいよう?」
「良いの……?」
「俺がそう望んでいる。嫌か?」
「嫌な訳ない……っ!」
そう言うとリーンは嬉しそうにニッコリと笑った。それから顔を近づけてきて、私の唇にリーンの唇を重ねてきた。
驚いてビクッてしてしまって、そんな私を見てリーンが不思議そうな顔をする。
「どうした? 嫌だったか……?」
「あ、の……! えっと、な、なんでそうするのかな、と思って!」
「ジルが好きだからだ」
「好き……」
「ジルは俺が嫌いか?」
「嫌いじゃない! そんなの、あり得ない!」
「なら好きか?」
「う、ん……好き……」
言うなり、またリーンは唇を合わせてきた。なんかこれってすごい……柔らかい感触があって、胸がドキドキして何だか気持ちがフワフワする……
リーンの顔がすぐ近くにあるから、恥ずかしくなってギュッて目を閉じたら何も見えなくなって、頭が痺れたような感覚になっていく。なんだろう、これ……
そっと唇を離された。ゆっくり目を開けると、リーンが抱き寄せてきた。それから私を見つめて苦しそうな顔をした。言わなければならない事を思い出したような……
「ごめんな、ジル……俺、今まで何も知らなくて……ジルがこんな酷い目に合ってるって知らなくて……!」
「私が言わなかったもの……リーンが知るはずなかったんだよ……」
「それでも……! 俺がジルの魔力に気づいたから! 俺がアイツ等にジルを引き渡したから!」
「リーンはこうやっていつも私を助けてくれる。それだけで良いの。充分なの。私の方こそ謝らなきゃいけないのに……」
「いや、そんな事は!」
「もう充分だよ。リーン、本当にそれは気にしないで?」
「……じゃあ、もうお互い謝るのはよそう? な?」
「うん……」
リーンが私をギュッて抱きしめる。それが凄く嬉しい。私もそうしたい。けど、力加減が分からない。それに今は右腕しかない……
戸惑うようにしている私の様子を見て、リーンが
「どうした?」
って聞いてくる。
「私もリーンをギュッてしたい……でも出来なくて……」
「俺がする。ジルの分まで俺が抱きしめる」
「うん……ありがとう……ねぇリーン……さっきの、もう一回して……?」
「さっきの?」
「うん、えっと……唇を合わせるの……」
少し驚いた顔をしてからリーンは優しく微笑んで、また私の唇に唇を合わせてくれた。
抱きしめられて、唇を啄むようにして合わせていく。あれ……なんで……舌……
そうされても、ビックリしたけれど嫌な気持ちにはならなくて、ちょっと体は強張ってしまったけれど、やっぱり頭はなんかフワフワして、なんだか変な気持ちになっちゃう……
唇を離したリーンを、ボーッとした感じで見つめてしまう。どうして離しちゃったのかな……
「ダメだ……これ以上はヤバい……!」
「え……? なにが……? 私が何かヤバいの?」
「いや……それはこっちの問題だ……と、とにかく、ここから離れよう。ここはヴァルカテノ国の近くの森なんだ。何処に行くかは決めてなかったが、ヴァルカテノ国に行ってみないか?」
「ヴァルカテノ……うん、リーンと一緒なら何処だっていい」
「そうか。なら行こう」
「うん」
やっとリーンとこうやってまた二人で旅ができる。きっともう嫌な事は起こらないよね。今度はもう離れないよね。
もうずっと一緒……だよね……?




