そして一人
自分があの家にいた事で、お父さんとお母さん、そしてリーンにも被害が及ぶかも知れない。
あの人達は手段を選ばない。何としても、私を取り戻そうとする。なんでこんな単純な事を考えなかったんだろう?
助かった事が嬉しくて幸せな日々に身を委ねてしまって、現実から目を逸らしてしまった自分が凄く腹ただしい。
「あ"、あ"……っ!」
「どうした?!」
「がえ"、る……い"え"に、が、かえ"る……」
「何だと?! 家に帰るだと?! 何を言ってるんだ?!」
「お"と"ぅ、さ……お"がぁ……さ、ん"……ま"も、る……!」
「お父さんとお母さんを守るだぁ?! そんな事出来るわけ……! まさかアンタ、また捕まるつもりでいるのか?!」
「…………」
「どんな目にあってきたのか、アンタを見れば聞かなくても分かるくらい酷い事をされてきたんだろ! それでもまた戻るって言うのか?!」
「で、も"……」
「いくら罪人の子だからって、ここまでされんのは違うだろ?!」
「ち"、が……ぅ"……」
「何? 違うのか? もしかして、罪人の子と言うのは間違った情報だったのか?」
「ん"……」
「なら尚更だ! ……良いか、よく聞け。この国は腐りきっている。奴隷制度が無いのは他国の情勢に合わせているだけだ。奴隷とは呼ばないが、同じ様な目にあっている奴は五万といる。王族を神のように敬わせ、それに準ずる貴族は高位な存在であり、普通の人とは違うという認識でいるし、させている。リーンもそんな貴族を毛嫌いしているが、大人しく侯爵家の言いなりになっているのは両親が王都にいるからだ。だからアイツは自由に生きられない」
「リ"ーン、が……?」
「あぁ。だからアンタもリーンのように、そんな思いに捕らわれちゃいけないんだ」
「で、も"……しょう"、ぎ、が……」
「瘴気か? アンタの腕はまだ大神殿にあるようだ。調べて分かった事だが……他国との交渉にアンタの体は使われたんだな。ったく、酷い事をする……! だが、だからこそ、まだ王都は今も問題なく空気は浄化されている。まぁ俺から言わせれば、そんな事を気にするなって感じだがな」
「…………」
「アンタは今までよく頑張ってきた。もう犠牲にならなくても良いんだ。リーンの両親は俺に任せて欲しい。何とかしてみる。だから、アンタは戻る必要はない。もう充分だろう? この国に何の恩義も無いのに、ここまでされて貢献してきて……だからもう良いんだよ」
本当に……? 本当に良いの? 私は自由になっても良いの……?
知らずに溢れてきた涙を、シルヴォは拭ってくれた。
優しい手……ここにも優しい手があった……
「リーンの両親には事前に伝えていたが、何かあった時用に用意していた隠し家があるんだ。だからこう言う緊急事態の時はそこに行ってる筈だ。俺は様子を見ながらそこに行ってみる。アンタは……一人で大丈夫か?」
「ん"……」
「研究と称して、魔物討伐もやらされていたらしいな。だから問題ないと思うんだが、どうだ?」
「だい"、じょう"、ぶ……」
「そうか」
そう言ってシルヴォはニッコリ微笑むと、当分の食料を渡してくれた。
それを異空間を作り出して収納すると、シルヴォは凄く驚いていた。
ここから一番近い街では追っ手に見つかるかも知れないから、他の道へ行くように言われ、地図に道順を記した物を手渡してくれた。
「俺の知り合いがいる場所を書き記しておくから、助けがいる場合は頼るように」
とも言ってくれた。
「じゃあな。捕まるなよ。敵だと思ったら人でも遠慮なく攻撃していいんだからな。それ程の力を持っていたアンタなら簡単に人を殺せた筈だからな」
「…………」
「元気でな。あ、そう言えばアンタ、名前はなんて言うんだ?」
「……ジ……ゼ、ル、っで……呼ば、れ"……」
「ジゼル? ……アンタは人質だってか……本当にアイツ等には嫌悪感しか湧かないな……そんなふうに名乗らなくて良い。自分で名前は決めて良いんだからな」
「……ん"……」
私が情けなさそうに頷くと、優しく頭を撫でてくれた。それから踵を返し、シルヴォはその場を去って行った。
私は一人になった。
外はまだ明るくて、陽射しが降り注いで暖かくて、森の中だから土や植物の匂いに溢れていて、優しく頬をかすめる風が心地いい。
前に一人で森を歩いた時は外は真っ暗で、空に浮かぶ月と煌めく星達が美しくて、我を忘れてウキウキしながら歩いたのを覚えている。
だけど今はそんな気持ちになれない。なれる筈がない。
清々しい空気に鳥の鳴き声、木漏れ陽が綺麗に地面に絵を描いてるようで、その一つ一つが全て愛しい存在のように思えるのに……
お父さん、お母さん、それからシルヴォ……
どうか、どうか無事でいて……お願いだから……!
あの暖かい家に帰りたい。お父さんとお母さんの元へ戻りたい。でも帰れない。もう会ってはいけない。
込み上げてくる涙を何とか抑えて、ゆっくりと歩く。
まだ上手く歩けない。歩く度に装着部分に負担が掛かって痛みが走る。でもそんな事を言ってられない。私は常に回復していける。だから少しくらい我慢して歩かなくちゃ。
魔力を左足、次に右足、という感じで足に這わせていく。意識を集中して、足元ばかりを見ないで。
お父さんが作ってくれた義手と義足。これから少しずつ使いやすいように調整していくからなって言ってくれた。
その調整も殆どできなかったから、装着部分に負担が掛かったままの状態だけれど、それでもまた歩く事が出来るのが嬉しくて嬉しくて、よくお母さんに止められるまで歩く練習をしていたな。
魔力を多く使いすぎてフラフラしちゃう私を、よくお父さんは抱き上げてベッドまで連れていってくれた。
優しい人達だった。こんな私を娘だと言ってくれた。
堪えていたけれど、やっぱり涙は勝手に流れていた。
泣いちゃダメだ。全部私のせいなのに。こうなったのは全部私のせいなのに。
笑わなくちゃ。
私にはそうする事しか出来ないのだから。




