それは脆く
リーンのお父さんとお母さんと共に過ごせた日々は本当に幸せで、毎日が充実していて楽しかった。
義手と義足を動かすのに毎日魔力を多く使うからか、凄くお腹がすいてしまう。それにはお母さんが何故か喜んで、毎日いっぱいの食べ物を用意してくれた。まだフォークを握ることも難しいから時間はかかってしまうけど、二人は私を暖かい目で見守ってくれていたんだ。
そんな時リーンのお母さんが、私に申し訳無さそうに言ってきた。
「あのね? その……この服を着てみて貰えないかしら……」
そう言ってオズオズと見せた服は、上品さが伺えるシャツにズボンにブーツ、それに肩当て胸当てと外套だった。
不思議そうに見ていると、気まずいのか謝りながらどういう事か話してくれた。
それは、リーンが15歳になって成人を迎えた時の祝いにプレゼントしようと思っていた服だったそうで、リーンのお母さんが上質の布と革で丁寧に作り上げた物だった。
それを持ってリーンが成人した日に侯爵家に行ったけれど、会わせて貰うどころか贈り物も受け付けて貰えなかったそうだ。
息子の成人の祝いにと、何とか無理をして高級な素材を購入し、一つ一つリーンを思って丁寧に仕上げたけれど、結局それは全て無駄になってしまった。
それを渡す事も出来ず、想いのこもった物だから誰かに売る事も出来ずに、ずっとクローゼットに仕舞ったままになっていたそうだ。
今は冒険者用の防御に特化した服を作ることをメインに働いているリーンのお母さんは、日の目を見れない服を憐れに思ってしまったと悲しそうに言っていた。
だからそんな事くらい何て事はないとばかりに私は微笑み、頷いた。そんな私を見て、リーンのお母さんは凄く喜んでくれた。
リーンのお母さんに着せ替えさせて貰って、所々詰めたり裾あげしたりしながら調整して貰った。ボタンだと脱ぎにくいだろうからと、服の中に薄い磁石を縫い付けてくれ、全てを脱ぎ着しやすいように、私にピッタリ馴染むように仕上げなおしてくれた。
「ごめんなさいね。こんな男の子みたいな服。リーンは幼い頃ね、大きくなったら冒険者になりたいって言ってたのよ。もうそれは叶える事は出来ないかも知れないけれど、だからこそ私達がこの服を贈ってあげたくて……でも、男の子みたいなこんな格好、やっぱり嫌よね……?」
「ん"ー……ん"」
「ううんって言ってくれてるの? ありがとうね。あの子の為に作った物だからこそ、貴女に着て欲しいって思ったの……あ、でも今度は貴女用に可愛らしいドレスを作るわ! 約束ね!」
「ん"……あ"りあ"、と……お、がぁ、さ……」
「え……今……私の事、お母さんって言ってくれたの……?」
「ん"……!」
私が微笑んで頷くと、お母さんは嬉しそうに笑って抱き締めてくれた。リーンのお母さんとお父さんだけど、この人達は私のお父さんとお母さんでもあるって、そう思っても良いよね?
「嬉しいわ! こんな可愛い娘にそう呼んで貰えて! 髪はまだ不揃いだけど、もう少し伸びたら私が丁寧にカットしてあげるわね! そうしたら貴女はもっと素敵になるわ! こんなに綺麗な顔をした子はなかなかいないもの! うちのリーンのお嫁さんになって欲しいくらいよ!」
「え"……?」
「ふふ……冗談よ! あ、でも本心よ?」
嬉しそうに言うお母さんと笑い合っていたその時、いきなりバァンっ! って勢いよく扉が開いて、血相を変えたシルヴォが飛び込むように入ってきた。
ビックリして何事かと思って、そのまま動けずにその場にいたけれど……
「今すぐ逃げろ! ここにお前がいる事がバレたんだ!」
「なんですって?!」
「どうした!? 何があった?!」
その音を聞き付けたのか、奥からお父さんも慌ててやって来てどういう事かを問い詰めるけれど、そんな時間は無いとばかりにシルヴォは私を抱き上げ、肩に担いだ。
「とにかく、この子はここにいては危険だ! 俺が連れて行くから、アンタ達も逃げてくれ!」
「どういう事か分からんが、とにかく、逃げろって事だな!」
「頼む! 急いでくれ! そして無事でいてくれ!」
そう言ってシルヴォは私を担いだまま、その場を全速力で走り去った。
突然別れる事になってしまって、小さくなっていくお父さんとお母さんの姿を見ながら思わず手を伸ばしてしまう。
やっと優しい人達に会えたのに……
やっとお母さんって言えたのに……
まだお父さんと呼べていないのに……
どうして? どうしてこうなっちゃうの……?
見えなくなっても、いつまでもいつまでも私はお父さんとお母さんの姿を求めて目を凝らした。
シルヴォは王都を飛び出し、森へと向かう。
私を追って来ているのは、私から何もかも奪っていったあの人達……?
これ以上何を奪うの? まだ足りないの?
今度は目? 耳? それとも命?
お父さんに義手と義足を貰って、やっと少しだけど自分で動けるようになってきたのに……
お母さん達に優しさを貰って、笑うことができるようになってきたのに……
お父さん、お母さん、どうか無事でいますように……
あの優しい人達に酷いことが起こりませんように……
ただそう願うだけで、私は何もできないでシルヴォに身を任せるだけだった。
木々が生い茂る獣道を何時間も進んで行き、少し拓けた場所で漸くシルヴォは私を肩から下ろした。
不安そうな顔をしてシルヴォを見詰めていると、その視線に気づいたシルヴォは荒くなった呼吸を整えてから私をしっかり見詰めかえしてきた。
「アンタは……アンタこそが聖女だったんだな?」
「……っ!」
「俺はなんでアンタがそんな目にあっていたのか探っていたんだ。あまりに酷い状態だったからな。いたぶるだけなら、長く生かせておかなくても良い。こう言っちゃなんだが、罪人をいたぶる事もストレス発散にされてきた事だからな。代わりなんかいくらでもいるからな」
「…………」
「だからアンタを助け出しても、そんなに大事にはならないだろうと思っていた。けどそうじゃなかった。アンタがいなくなった後、それは王城と大神殿は大慌てだったぞ。牢獄の警備に就いていた兵士は……処刑だ。あんなに警備が薄かった癖にな。責任は命をもって償わせていた」
「……っ! なん"、で……」
「え?! アンタ喋れるようになったのか?!」
「ずご、し……だ、け"……」
「魔力の流れを感じるな。そうか。喉に魔力を這わせたか。だが無理に話さなくて良い。それはきっと喉と魔力に負担が掛かる筈だ」
「…………」
「アンタがそんな重要人物だとは思っていなかったからな。じゃなきゃ王都にいるリーンの両親に預けるなんて事はしなかったんだ。迂闊だった」
「リ"ーン、わ"……?」
「リーンか? アイツは今旅に出てる。だから助かった。けど、アイツの両親の家にアンタがいた事がバレたから、アイツも捕まってしまうかも知れない」
「っ!」
「まぁ、簡単に捕まる奴じゃないから安心しろ。問題は両親の方か……あ、いや、きっと大丈夫だ! だからそんな泣きそうな顔をするな」
私のせいで、お父さんとお母さんと、それにリーンにも被害が及ぶかも知れない。
そう思うと、どうしようもなく恐ろしくなってきた……




