陽の光と共に
もう涙を拭う事もできない。
歩く事も何かを掴む事もできなくなった。
声が出せない。助けを呼ぶ事もできない。
でも声が出ても、きっと誰も助けてくれない。
涙が流れて、横たわったまま拭えずに放置するしかないから、髪が涙で濡れて、そうしたら髪が顔に張り付いて、それに違和感があって髪を整えたいんだけどそれすらもできなくて……
どうにかしたいけど、どうにもできない状態。
そうやって蠢くしかできなくなった私の元に、経過観察にいつもの人がやって来た。その人は私を汚物を見るような視線で見下す。
「無様だな。まぁ仕方がない。これが己の運命だと思え。ほら、食事だ」
「…………」
「腕が無くても食べられるだろう? ハハ、そうだ、犬みたいにな。ハハハ、汚いな。顔中にそんなにつけて。憐れだな。あ、こっち来るなよ? 汚れが移ってしまう」
「…………」
「お前の右腕は西にある国との交渉で使われた。左腕はまだこの国にあるが、交渉に難航しているようでな。だがいずれは使われる事になるだろう。良かったな」
「…………」
「さぁ、次は何処かな? 耳か、目か。まぁ、お前にとっては耳が良いかもな。試しに髪も切ってやるか。これでも瘴気が祓えるかも知れんしな」
そう蔑むように言い放ち、髪をガシッと掴み上げ、持っていたナイフで根元からザクザク切っていく。
「ハハハハっ! やっぱりこの髪にも力を感じるぞ!」
と嬉しそうに言い、私の髪を手にしたその人は笑いながら去っていった。
髪も持っていかれてしまった。それでもまだ奪って行くんだろうか。ここにいたら、そうやって私は人でいられなくなっていく。だけど逃げる事はできない。
次はいつなのか、何処を奪われるのか、毎日毎日そんな絶望がやってこない事を願いながら、それでも生き続けるしか出来なかったある日、檻の外からバタバタといつもは聞かない音が聞こえたと思ったら、見た事がない人が目の前に現れた。
その人がシルヴォだった。
だけどその時は何も分からずにいて、また何かされるのかと思うと怖くって、私は泣きながら頭を左右に振る事しかできなくて、できうる限りの拒絶を体で示し続けた。
シルヴォは私を見て驚いて、それから悲しそうな顔をした。
「なぜこんな所に入れられている? そんな体にされて……! すぐに助けてやるからな!」
「…………」
「声も出せないのか? そうされたのか?」
口をパクパクさせて何か言いたげなのに何も言えないのを察してか、シルヴォはそう問いかけてきた。それに頭を上下にして意思表示をする。この人は私を助けると言った。だけどそれは本当なのか、すぐには信じる事ができなかった。
鍵をガチャガチャと開けて、シルヴォは中に入ってきた。寝床にあった布団で私の体を優しく包み込んでから労るように抱き上げてくれた。そんな風に優しくされた事にもの凄く驚いた。
もう一人、シルヴォの仲間のイザイアが、周囲を確認しながら現れた兵士を気絶させていき、その場から急ぎ抜け出すようにして、漸く私は地下から出る事ができたのだ。
何年かぶりに見る明るい空が眩しくて、思わず目をギュッて閉じる。
ゆっくりと恐る恐る目を開けると、そこには見覚えのある人がいた。
それは記憶にあった頃より大人で素敵になったリーンだった。
驚きと嬉しさと、こんな自分を見られたくないという思いとが合わさって複雑な気持ちでいると、リーンが私の頭を優しく撫でた。その顔は困惑したような感じで、リーンも私を汚いと思ったのだろうかと、なんだか申し訳なくなってしまう。
「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だからな」
そう言ってリーンは優しく微笑んだ。その言葉を聞いて、堪らずにまた涙が溢れて止まらなくなった。嬉しくても涙が出る事を、私はこの時初めて知ったんだ。
流れた涙を優しく拭ってくれる。リーンはやっぱり優しい。こうやって私をまた助けてくれた。
リーンと外の景色が綺麗で眩しくて、しっかり見たいのに涙でボヤけてちゃんと見えなくて、何度も音にならない声で
『リーン! 会いたかった!』
って言うけれど、やっぱりそれが伝わる事はなかった。
その後すぐにリーンは何処かに行ってしまった。まだそばにいて欲しいのに。もう離れたくないのに。
だけど、リーンの姿は見えなくなって、私は別の場所へと連れて行かれた。
着いた所は武器なんかを売っているお店のようだった。
そこはリーンの両親が営むお店だったようで、シルヴォは私をその人達に引き渡した。
優しそうなリーンのお父さんとお母さんがいて、リーンが自分達を頼ってくれたのが嬉しいと、私の事を二人は歓迎してくれたのだ。
こんな、手足がなくなって、自分では何もできなくなった私に、二人はとても優しくしてくれた。
「可哀想に……こんなにされて……痛かったわね……辛かったわね……怖かったわね……悔しかったわよね……」
「もう大丈夫だ。安心して良いからな! 俺達が嬢ちゃんを守ってやる! 息子には何もしてやれなかったから、その分までな!」
「…………っ!」
リーンのお母さんは私の為に泣いてくれて、それが嬉しくて嬉しくて、私も涙が止まらなかった。そんな私の涙を優しく拭って、リーンのお母さんは温かい食べ物を食べさせてくれた。
温かい物を食べたのは記憶の中になくって、とても美味しくて優しい味がした。
私に微笑みかけて優しくしてくれるこの二人が、私にとって神様みたいに思えてならなかった。
眠る時は柔らかいくて暖かいベッドで眠った。体が何処も痛くならなくて、こんな寝心地の良い事に驚くしかなくて、私の荒れていた心が癒されていくようだった。
こんな暖かな人達を親にもつリーンが優しいのは当然だと感じた。
いつになるか、そうできるかは分からないけれど、この二人には必ず恩返しがしたいと、私は強く思ったんだ。




