失ったモノ
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。(*- -)(*_ _)ペコリ
ある程度実験が終わった頃、それでも生態を観察するように牢獄にやってくる人はいつも大体同じ人で、優しくはなかったけれど、その人と話が出来ることが私にとって秘かな楽しみとなっていた。
それでも殆どが蔑み、罵るような事で、けれど機嫌の良い日なんかは外の様子や最近の王城であった事も話してくれる。
何も道楽がないこの場所では、話してくれる内容だけが外との繋がりのように思えていた。
「ほら、今日は私が食事を持ってきてやったぞ。有り難く思うがいい」
「ありがとうございます」
「しかしお前の能力は凄いな」
「そう……ですか……」
「聖女とは凄いんだな。全てが人間離れしていて、毎回驚かされる事ばかりだ。それでもお前を敬うなんて出来ないがな」
「…………」
「試しにお前の身に付けた衣服を瘴気にあてたら、その瘴気はアッサリ消えたんだ。ハハ、服だけで瘴気を祓うって、本当にお前は凄いよ。お前が来てからはこの王都は浄化されたのか、空気が澄んで綺麗になったしな」
「は、い……」
「けどな。そんな凄い力を持っていても、本来罪人となるお前なんかを聖女として公に出す事はできないんだ。お前は犯罪者集団の村の出身だろう? 元が卑しい身分だ。こうやって生きていられるだけでも幸せだと思え」
「それは……」
「だからな。代わりに聖女を用意したんだ。お前とあの村から連れてこられた子だ。見目が良かったからな」
「え……」
「まぁ、陛下の愛娼となってるみたいだけどな。囲われて贅沢させて貰ってるようだ。外に自由には出られんがな」
「…………」
「お前の親達の犠牲になった子だ。代わりに聖女を名乗ってくれてる彼女の幸せを願ってやるんだな」
言ってる事が分からない所もあったけれど、私の代わりになった子がいるらしい。それは私と一緒に助け出された子だった。
「他の子達は……?」
「え? お前と一緒に村から来た子か? 一人は娼館に売られた。で、二人は別々の商人に買われていった。奴隷とかじゃないが、まぁ身寄りがない田舎者なんてそうなるのも仕方がないだろう?」
「え……でも……」
「その子等の幸せも願ってやるがいい。これも全てお前のいた村の者達がした結果だ。お前がこれからも大人しく言う事を聞いていれば、あの子達をこれ以上酷い事にならないようにしてやる。今度はお前があの子達を守ってやるんだな」
「守る?」
「そうだ。それが聖女の役目だろう?」
「守る……」
「あぁ、そういえばお前には名前がなかったな。これからはジゼルと名乗るがいい。『人質』と言う意味だ」
「ジゼル……」
「お前の行動一つで不幸になる人がいると思え。分かったな」
「守る……」
その日から私はジゼルと呼ばれるようになった。私は名前がなかった訳じゃない。だけど私を名前で呼んでいた人はもういなくって、それは随分と昔の事で、だから自分の名前が何だったのかを自分自身が忘れてしまっていたんだ。
『人質』と言う意味の名前。
ジゼル
意味は嫌な感じがしたけれど、呼んで貰える名前があると言う事が私には嬉しく感じられたんだ。
私の身に付けた物でも瘴気を祓えると言う実験結果から、私の身には様々な物がつけられるようになった。
装飾の綺麗な腕輪や指輪、足輪等が至る所に何重にも。服も何枚も着せられ初めは毎日のように着せ変えられたが、長く身に付けている物の方が効果は大きく長く使えると分かってからは、何日も同じ物を身に付ける事になった。
その頃には浄化が出来るようになっていたから、私自身は汚れると言う事が無くなった。
そんなある日、最近には珍しく多くの人達が私のいる牢獄までやって来た。それには凄く嫌な予感がした。
「これは仕方のない事でな。他国に優位に立つ為にしなければならんのだ。でないと、この国はいつまでも他国に舐められてしまう。だからこれは国を守る為なのだ」
「え……?」
そう言うと私は何人にも取り押さえられた。
何が起こるか分からなくて、凄く怖くなって、でも逃げることも出来なくなって、ただ何度も大声で
「止めて! お願い! 止めて!」
と叫ぶしかできなかった。
そう叫んだら私を取り押さえていた人から力がなくなり、ガタリとその場に崩れ落ちてしまった。
それを見た人達は驚愕の表情をし、それから何やら呪文を唱え出した。
その呪文を聞いていると段々と眠くなってきて、目の前が暗くなったと思ったらそのまま眠ってしまったようだった。
しかし眠っていたのは束の間で、突然走ったあまりの激痛に一瞬で目覚めてしまった。
全身に痛みが駆け走るようで、でも一番痛いのは太股辺りで、私はその痛みに耐えられなくてまた大声で叫んでしまう。
だけど声は出なかった。
喉から空気が出ていくだけで、言葉としては何も発する事ができなくなっていた。
何が起きたのか、どうなったのか分からなくて、ただ恐怖と痛みに耐えるしか出来なかった。
ふと見ると、一人の、いつも大司教と呼ばれていた人がその手に何かを持っていた。
それは血にまみれた私の足だった。
「すぐに血は止まるだろう。また足が生えてくれば良いのだが。そんな奇怪な事になれば、コイツはもはや人ではない、か」
「流石にそれは無理なのでは? しかし、喉を潰して良かったです。これで叫ばれずにすみました」
「呪術で喉を潰したから回復はせんのだな?」
「はい。大丈夫です」
「うむ。それなら問題ない。ジゼルよ。お前は身をもってこの国を救う事ができるのだ。それは名誉な事なのだぞ? 嬉しく思うが良い」
そう言って高らかに笑いながら、男達は去っていった。
なんでそうされたのか、自分から切り離された足をどうされるのか分からなくて、まだ激痛は足に、そして全身に響くように残っていて、あったものが無くなると言う事が悲しくて虚しくて怖くて、ただ私は涙を流し、声にならない思いを口にするしかできなかった。
そうしても、私の声はもう誰にも、自分自身にも聞こえる事はなかった。




