実験
その後私が連れて行かれた場所は、高い所に小さな窓が一つだけある広々とした場所だった。外の明るさとかが分かる所で良かったと思った。外の世界に触れてから、それに焦がれる気持ちになるから、少し様子が分かるだけでも嬉しいと感じたんだ。
そこには色んな道具が置いてあって、本もいっぱいあった。
10人程の人達が既にいて、私を何やら神妙な面持ちで見ていた。
「この子が聖女……ですか?」
「そのようだ。胸に文献で記されてあった痣がしっかりとある。間違いないだろう」
「しかし報告では、この者は犯罪者の隠れ蓑となっていた村の者らしいのです」
「では、卑しい者の血が流れておると言うことなのだな……ただでさえ平民をこの城に入れること自体が不快でならんと言うのに……なぜこんな者が聖女なのか……?!」
「神の戯れだとしか思えませんが、これは事実です。受け止めなければなりません」
「どういう経緯で聖女が生まれるかは分かっていませんからね。仕方がないんでしょうが……」
「とにかく、陛下より徹底的に調べるように賜っておる。聖女の力を我が国のモノにできれば、この国が他国に脅かされる事はない。それどころか優位に立つ事も可能となる筈だ」
「そうですね。人々から悪事を働いて搾取した物で育てられたこの娘に、思い存分償わせてやりましょう」
何を話しているのかさっぱり分からなかったけれど、ここにいる人達は私に笑顔どころか、あの子供達のように何故か、睨み付け蔑むような目を向けてきた。
それが凄く怖いと感じて、凄く嫌な感じがして、思わずその場所から逃げ出そうと扉へ向かって走り出した。けれど扉には既に鍵がしっかり掛けられてあって、私は閉じ込められた状態となっていた。
それから、実験と称して様々な事が行われた。
魔力鑑定の道具と言われた水晶は触る度に粉々に割れた。それが希少だったみたいで、そうなる度に鞭で打たれた。
今度は強化させたからと言われて触っても壊れるばかりで、何度も何度も鞭で打たれた。
けれど鞭で打たれても、暫くすれば私の傷跡は綺麗に無くなる。それにはすごく驚かれた。どうやらその現象は私だけに起こる事だったようだ。
それが分かってからと言うもの、更に強く打たれ、切りつけられ、どの場所の怪我がどれくらいの速さで治っていくのか等も実験された。
身に付けていた首飾りと腕輪を外そうとされたけれど、それを触った人は何故か急に意識を失ってしまう。だから誰もそれに触れることは出来なかったようだ。
魔力が測れないほどに多いのに、なぜ微量な魔力しか感じられないのかと、その人達は不思議そうにしていたけれど、それは私が知るはずもない。
その理由は首飾りと腕輪を着けているからだと、何故かそう言う結論となったようだ。
実験の集計が終わってから次の実験として、捕らえられた魔物の檻に入れられてしまった事があった。
自分よりも何倍も大きな魔物が恐ろしくて、ガタガタ震えて動けなくなって、だけど誰も助けてくれなくて、ただ涙を流すしかできなくて……
歯を剥き出しにして襲いかかってきた魔物に思わず
「来ないで!」
って叫んだら、魔物は突然ピタリと動きを止めた。
それには流石に見ていた人達は驚いた声を上げたけど、助けてくれようとはしなかった。
フルフル震えて、何かに抗うようにしてまた動きだそうとした魔物に、
「止めて! 向こうへ行って!」
って手をつき出したら、そこから勢いよく炎が出て魔物は瞬く間に炎に包まれて燃え上がった。
火はあちこちに飛び火して、研究室と呼ばれた場所は一気に炎にのまれていく。
檻が崩れてきて、やっとそこから出ることができたけれど、自分の服にも炎が移って、私自身が炎に包まれてしまった。
熱くて痛くて息が出来なくて、
「誰か助けてっ!」
って思ったら、天井から水が降り注いできた。
それでやっと全ての炎は消えたけれど、研究室は焼けて無茶苦茶な状態となった。
その炎で亡くなってしまった人もいた。
私は大きな火傷を全身に負ったけれど、2日程するとそれは綺麗に治った。
しかし亡くなった同僚の無念を晴らすように、私はそれまで以上に痛め付けられて傷つけられてしまう事になる。よほどの事がない限り死にはしないだろうと思われたのもあったからだ。
そして纏めてあった研究レポートも希少な道具も全てが燃えてしまい、その責任は全て私のせいにされた。
その事があってから、私は地下へと場所を移されてしまった。
地下だから窓なんてあるわけなくて、そこは牢獄と呼ばれている場所だった。唯一の楽しみであった、外の様子を伺い知る事ができる、明るさが分かる窓がない薄暗いこの場所は、かつて私がいた部屋と同じだと思った。
それでもあそこには本があった。今はそれもない。
研究室では、隣にある小部屋で寝泊まりしていたけれど、ここは壁も地面も石で、寝る場所には板があるだけだった。
鉄柵から差し入れるように僅かばかりの食事を与えられ、何とかそれで生きながらえているような状態。
そこに実験と言われて魔物を放り込まれる。ここなら炎を出しても実害がないとばかりに、私を連れてきた人達は牢の外側から私がどう立ち向かうか、どんな魔法を使うかを確認し、書面に記していっていた。
何度も魔物を投入されて、その度に傷つき死にかける程の怪我を負うけれど、その怪我は次の日には綺麗に無くなっている事が殆どだった。
徐々に魔物を倒す術も覚えていき、ある程度の魔物であれば難なく倒せる程となっていた。
それでも怪我は痛いし、魔物はいつだって怖いし、勝手に傷は治っていくんだけれど、もしこれで死んでしまったらどうしようって思ったら、私はいつもその恐怖に震えながらやり過ごすしかなかったのだ。
時々箱に入った物を渡される。
その箱の中には、禍々しいモノが入れられていた。それは野菜だったり、石だったり、木の枝だったりしたけれど、それらは瘴気と呼ばれる穢れたモノにまみれていた。
私がそれを手に取ると、澱んでいたモノが消えるように無くなっていく。特に何かするわけではないけれど、触れるだけでそうなっていく。それを見た人達は、凄く驚いたようだった。
それはそんな毎日を繰り返し、ここに来てからどれ程の時が経ったのか分からない程の年月が過ぎ去った頃の事だった。




