ただ一つだけの恋ーエピローグー
今回で完結です。
神聖なる村に行った事を、シルヴェストル陛下に話して聞かせた。
メイヴィスの生い立ちとその母親のこと、首飾りと腕輪のこと、そして、聖女であるジルは神聖なる村に留まる方がいい事を告げられたと話した。
シルヴェストル陛下は終始何も言わずに、ただ俺たちの話に聞き入っていて、時々涙ぐんではジルを愛しそうに見つめていた。恐らく、ジルを見てメイヴィスを思い出しているんだろうな。
一通り話したところで、シルヴェストル陛下は上を向いて大きくため息をついた。
「そうか……そうか……」
「その……ジルはどうすれば良いのか悩んでいるようです。あの村は聖女にとって、最適だと思える場所でした。ですが、私はジルの意見を優先したいと思っています」
「……ジュディスはどうしたいのだ?」
「私は……まだよく分かってないんです……自分がどうしたいのか……どうすれば良いのか……」
「余は……いや、言わないでおこう。ジュディスの決めた事に異存は言わぬ。余は……余は……」
「父上、泣いちゃダメですよ」
「泣いておらぬ! 余は平気ぞ!」
「陛下……」
言いたい事はよく分かる。シルヴェストル陛下はジルと離れたくはないんだろう。長年離れて暮らしていて、なんなら死んだと思われていて、やっと会えた最愛の人との間に生まれた娘を手離すなんて、考えたくはないんだろうな。
だけど、シルヴェストル陛下はジルの気持ちを優先させようとしている。ジルを思えばこそなんだろうけど、行って欲しくない気持ちと合わさって、凄く複雑なのだろう。
お気持ち、察しますよ。シルヴェストル陛下!
「あのね、私、また悪い感情に振り回されたりするの、嫌だなって思うの。だからあの村で住んだ方が良いのかなって考えちゃうんだけど……」
「ジュディス……っ!」
「でもね、王城に住めなくなるのも寂しいなって。やっと父上にも慣れてきたし……」
「な、慣れて……あ、いや、そうか、そうだな、ジュディスの住みやすいように、家具も変えるし欲しい物は何でも用意するぞ?!」
「うん、ありがとうございます。でも、リーンと旅をしたいって思う気持ちもあるんです。二人で旅をしていた頃は凄く楽しかったから」
「そうだな。楽しかったよな」
「ではどうするのだ? ジュディスはどうしたいのだ?!」
「陛下、落ち着いてください。だからジルは悩んでいるんです」
「あ、あぁ、そうだな。すまぬ」
「陛下がそうなるのは仕方がありません。お気持ちは分かるつもりです。ジル、俺はジルが何処にいこうとずっと傍にいるよ。ジルと離れる事はない」
「うん。ありがとう、リーン」
「今まで辛い思いをしてきたんだ。これからはジルが思うようにすればいい。誰の為とか、国がどうとか、そんな事は考えなくてもいいんだよ」
「リーン……」
「そうだな。リーンハルト殿の言う通りだ。ジュディスはこれまで耐え忍ぶ生活をさせられてきたのだ。だからこれからは何にも囚われず、好きにすればよいのだぞ」
「父上……」
ジルはそれから何かを考えるように下を向いた。また眠るのか? と思ったけど、御神木に浄化されたようだったから、ジルの中の悪しき心がなくなって眠ることはなくなったんだったな。
そう考えると俗世に身を置くのは、やはりジルの為にならないのかも知れない。
俺は正直言うと、ジルとまた旅をしながら冒険者の真似事をしたいと思っている。しかし、世界が瘴気から解放されて、今魔物は存在していないそうなのだ。だからか、冒険者は仕事量がかなり減っている。
そんな昨今の事情の中、冒険者の仕事がしたいとは到底言えない。
「ねぇ、リーン……」
「ん? どうした? ジル?」
「これって、一つに決めなきゃいけない事なのかな?」
「それはどういう事なんだ?」
「うん。私、王城の皆も好きなの。まだ聖女様って言われるのに慣れなくて戸惑ってばかりいるけれど、皆良い人ばかりだし、父上もいるし」
「そうだな! ジュディス! そうだ、王城には余もいるし、住まうのは良き人物ばかりなのだ!」
「そうですね。だから王城に住みたいとも思います」
「ん? とも?」
「うん。でも、旅にも出たい。リーンと野宿したりするのも楽しかったもの」
「あぁ、野宿で一緒に料理を作ったりもしたよな」
「殆どがリーンが作ってくれていたけどね」
「旅にも出たい、と申すか……」
「はい。そして、あの村にも行きたいって思います。御神木の力って凄いんです。神様の力って感じで、聖女の力なんてちっぽけなんだって思い知らされました」
「そんな事はなかろう?! ジュディスの聖女としての力は歴代のそれと比べるものにはならぬ程に強いのだぞ?!」
「そうかも知れません。でも私、分かったんです。聖女はただの器だって」
「器? ジル、それはどういう事なんだ?」
「うん。あの村は神様のいる世界と人の世界の架け橋みたいな存在だと思ったの。そして、聖女は神様から力を頂いて、それを人の世界に届けるの。きっと聖女は媒介みたいなもんなんだよ」
「聖女がただの器……」
「だから、私は特別なんかじゃないの。特別なのは神様の力なの」
「いや、そうかも知れないけど、その力を受け止める存在である聖女は、やっぱり凄いと俺は思うよ」
「余もそう思う。しかし、ジュディスの言うことも分かる。成る程、そう言うことかと理解できたぞ」
「だからね、あの村に帰ることも必要だと思うの。でも、ずっとじゃなくても良いんじゃないかなって。だって、お母さんは長年あの村に帰らなかったもの。だから問題無いんじゃないかな?」
「そうかも知れぬな。余はジュディスの望むとおりに、とは思っていたが、やはり王城で共に暮らしたいとの希望はある。しかし、ジュディスが旅をしたり、神聖なる村に行くことを止めはせぬ。父親とは、愛する我が子の行く末を見守る立場なのだからな」
「そうだな。何も一つに決めなくても良いよな。拠点を王城にして、二人で各地を巡るのも悪くない。そして神聖なる村で御神木の力を得る事も必要だから、時々行けば良いんじゃないかな」
「うん、そうしたい。父上、それで良い、かな……」
「二度と会えなくなるのは耐えられそうになかったが、拠点を王城としてくれるのであれば、申し分等ないぞ!」
「ありがとうございます!」
ジルに笑顔が戻った。やっぱりジルには笑顔でいてほしい。
それから用意された食事を笑い合いながら摂る事ができて、それがまた楽しかった。
こうやって笑い合える日々を守っていきたいと、俺はそう思ったんだ。
ジルは知っている場所であれば、何処にでも空間を移動する事ができる。だから別荘にもこの森にも、またすぐに来ることができるのだが、念の為ここに転移石を設置しておく事にした。これでいつでもこの場所に来ることができる。
媒介となる木には互いに波長が合う周期があり、その時期がずれると何らかの不具合が起こるらしい。ジルはそれを察知していたのか、森に行く日を調整していたようだった。
メイヴィスがあの村からこの森に来た時、その周期を完全に無視したらしく、だから声が出なくなってしまったのではないかと、ジルは言っていた。
ならどうしてその周期を無視したのかと言うと、それはシルヴェストル陛下が近くにいることが分かったからだと言っていた。
聖女のただ一つだけの恋。
恋をする相手が近くに来ると、本能的に分かるとジルは言っていた。
「俺もそうだったのか?」
と聞くと、少し照れながらも
「うん、そうだよ」
って頬を赤らめて言ってくれていた。可愛すぎて抱きしめたのは言うまでもない。
因みに、聖女の力を娘に譲渡する方法は至って簡単なんだそうだ。どこでもいいから体の一部をくっ付けて、この力を譲ると念じるだけで良いんだとジルは言っていた。
簡単な方法だが、それを行うのはかなりの思いがあるのは容易に想像できる。聖女の力を引き継ぐ娘の事を思うと、それが良いのか悪いのかは悩ましいところだから、自分の時はしっかり見極めたいとジルは言っていた。
その後、王城へ戻った俺たちは今後の事を話し合った。
ジルと俺は旅にも出たいと言っていたのをシルヴェストル陛下は考えてくれていて、それを仕事としてくれたのだ。
その仕事とは、二人で各地を巡り街や村の調査をする、と言った事だった。
今もなお、貧困に喘ぐ街や村がある。領主の横暴な領地経営で立ち行かない場所があるかも知れないと、シルヴェストル陛下は調査書を見せてくれた。
もちろん分かった時点でテコ入れはするらしいが、まだ知られていない場所は存在するだろうと踏んでいるようで、その調査を頼みたいと言ってくれたのだ。
当然、俺とジルはその申し出を快諾した。
そうして俺たちは旅をする事になった。ジルの容姿は何処に行ってもすぐにバレるのでは? と思ったが、それは魔法で変装する事であっさり回避できた。
旅に出ても、ジルの力と転移石のお陰ですぐに王城まで戻ってくる事ができるから、以前のように野宿をする必要はなくなった。それでもたまには野宿したいとジルが言うので、シルヴェストル陛下に許可を取って野宿をする日もあった。
訪れた街や村で調査の一環として宿泊する事もあるから王城に帰らない日もあるが、その日々のお陰で少しずつシルヴェストル陛下も子離れしてきたようだった。
因みにシルヴォとイザイアは、ヴァルカテノ国でシルヴェストル陛下の暗部として働いている。彼らの能力は高かったようで、今や暗部では上官の位置にいるらしい。
エマは王城で侍女として働いている。フェルテナヴァル国と待遇が雲泥の差だと、とても喜んで働いてるそうだ。
そうやってフェルテナヴァル国からヴァルカテノ国に流れてきた者もいて、快く働いてくれているとの報告が上がってきているそうだ。本当に良かった。
神聖なる村にも度々行くことがある。その度にかなり歓迎される。そこに住まない事を告げた時は、イゴルだけじゃなく村人全員が嘆いていたが、聖女であるジルの意向を尊重してくれた。
村に行く度にジルは御神木と向き合って癒されるように浄化され、神様からの力を受けとる。いつ見てもそれは神秘的に見えて、そしてその美しい姿に俺は見惚れ続ける。
あの美しい人が自分の妻なのかと、毎日のように信じられない思いを感じる日々だ。
そして婚約から一年経った頃、俺とジルは婚姻式を挙げた。
ヴァルカテノ国にある大神殿で、俺たちは夫婦になると神に誓ったのだ。その時、淡いピンクの光の粒が大神殿中に降り注いだ。それは広がっていき、王都中にまで淡いピンクの光の粒が降り注いだのだ。
その粒を受けた人々は、今までにない幸福感を得られたのだと言う。
大神殿から出た俺たちを、集まった人々皆が祝福してくれた。
それにはジルが恥ずかしげにしながらも終始嬉しそうにしていて、その笑顔を見た人たちは勝手に
「自分は聖女様に忠誠を誓う!」
と流行り文句のように言い合っていたそうだ。
首飾りが無くなり、腕輪は何の効果もない状態であったが、ジルはそれを母親の形見として常にその手首につけ続けている。
本来であればそれを受けとる筈の俺は、聖女のサポートをする立場となる筈なのだが、それが出来ないと言うことになる。
だがジルは、聖女の加護がその代わりとなる事を教えてくれた。
首飾りと腕輪についていた石は、御神木から託される物だからだそうだ。
ジルの力は強いが為、また御神木からそれを受け取らなくても問題はないとイゴルも言っていた。何より、無理に腕輪をつけて俺が命の危険に晒される事が耐えられないとジルは言ってくれる。
だからジルは力を調整して、俺に加護を与えるのだそうだ。やっぱりジルは凄いと、この時また思ったのだった。
そうして俺たちは今日も旅に出る。
「リーン、今日もしようね」
「あ、あぁ、そう、だな」
「早く娘も欲しいし……」
「俺はまだ少しジルと二人でいたいかな」
「そうなの?」
「ジルを独占できるだろ?」
「私はいつでもリーンだけだよ?」
「分かってる。だけど、娘ができたらそうじゃないかも知れないからな」
「娘にまで嫉妬するなんて、父親としてどうなのかな?」
「それだけジルを愛してるってことだ」
「うん、私も。リーン、愛してる」
互いに愛を確認しながら、口づけを交わす。
前にイゴルが俺にこっそり教えてくれた。聖女は子を産むまでは本能なのか、性欲は高いのだという。しかし、子をなせば途端にそれは減少してしまうんだそうだ。それはそれで悲しいし嫌だ。だからもう少し子供は後でいいと考えてしまう。
俺を見てジルはニッコリと微笑む。その笑顔はやっぱり可愛くて美しい。
虐げられていたジルは、誰からも愛される人となった。いや、元々そういう人なのだ。だけど、ジルは悲しい生い立ちであったからこそ、辛い思いをしている人の気持ちが分かると言って微笑んだ。強い人だな、と思った。
これからは平和に時は流れていくだろう。
なぜなら、この世界唯一無二の存在の聖女が幸せなのだから。
<完>
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
ジルとリーンを温かく見守ってくださり、感謝致します。
よろしければ評価をして頂けると嬉しいです。
ジルは悲しい思いをいっぱいしたから、これからは楽しく幸せに暮らしてほしいと願っています。
本当にありがとうございました!
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.




