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ただ一つだけ  作者: レクフル


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戦争後


 俺を助けてくれたジル。


 暗闇の中に落ちていく俺を救いだしてくれたジルは、そのまま俺の変わりとでも言うように眠りに落ちていったようだった。


 あれから幾日過ぎても、ジルは目を覚まさない。


 俺はどうすればいいか分からずに、ただジルの傍に居続けている。


 眠り続けているから、食事も摂れていない。だけどジルは痩せ衰える事なく、眠り続けた当初と変わらずに美しいままだ。


 そして時々(うな)される。その時はすぐにジルを抱き締めて

「大丈夫だよ。俺がここにいるから」

と優しく言うと、少ししてまた穏やかに眠り続ける。


 魘されている時じゃなくても、俺はジルに話しかけている。少しでも俺の声が届けば良いのだが……



「リーンハルト様、お食事の用意をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、アデラ。頼むよ」


「承知致しました」



 食事も寝室に運んでもらう。元は側室であったジルの母親メイヴィスの部屋だから、寝室とは言えここは広々としている。

 

 この寝室で俺は仕事をしている。何もせずにいるのも気が引けるので、何か出来ないかをシルヴェストル陛下に言ったところ、書類整理を任されたのだ。

 上がってきた書類がどの担当部署に回すのかをチェックして区分けする作業なのだが、かなり量が多いし担当部署も多いのでなかなかに大変なのだ。それに細部まで読まなければ、どの担当に回して良いのかも分からない物もある。

 そしてこの業務には、重要書類も希に含まれている。それを俺にチェックさせると言うのは、かなり信頼されているんだなと思わされた。


 他にも、騎士団の訓練内容の改善や指南書作りも頼まれていて、何かとやることがあるのだ。

 座ってばかりだと体が鈍りそうなので、結界を張って剣で素振りの練習や、魔法の構築を最適化する練習をしたりもしている。


 俺はほぼこの部屋から出ないで、眠るジルの傍にいる。早く目覚めて欲しいと願いながら……


 アデラや給仕係が寝室に昼食の準備をしていた。ふと見ると用意されている食事は二人分だった。これはシルヴェストル陛下の分だな。

 シルヴェストル陛下はこうやって、来れるときはここに来てジルの様子を伺っている。ここで二人で食事をするのもよくある事だった。


 少ししてシルヴェストル陛下が来たので、一緒に食事を摂る。



「しかし、ジュディスは食事も摂らずとも変わりないとは……霞でも食っておのかも知れぬな」

 

「仙人じゃあるまいし……ですが似たようなものも知れませんね。ジルは聖女ですから、自然に存在する何かから得ているのかも知れないです」


「そう考えるのが妥当か……まだ魘されているのか?」


「えぇ……ですが、そうやって反応があると安心します。ジルは常に何かと戦っているんでしょうが……」


「そうだな。それは余も同じだ。しかし、外に出られぬのは辛くないか?」


「平気です。私がいない間にジルに何かあるかもと考えながら外出等できません。私がジルの傍にいたいのです」


「そうか……そうだ、フェルテナヴァル国に関しての事だがな。リーンハルト殿にも報告しておこう」


「はい。どうなりましたか?」


「国民に大きな混乱は無いようだ。皆、変わり行く国の意向に困惑しておったようでな。ジュディスが力を取り戻してからのフェルテナヴァル国は他国との戦争に備え、軍事に費用を大きく割く事になって税金を上げたのだ。只でさえ高い税金に、国民の生活は圧迫されたようでな。生活困窮者も多数出たようなのだ」


「だから反乱軍が生まれたのですね」


「召集令状が出たそうだ。15歳から60歳までの男に、国の為に軍事に加われとな。これは強制だ。逆らう事は許されなかった」


「税金が上がり生活が苦しいのに、希少な働き手を奪うとは……」


「だから早々に攻め込まれて、逆に安心したようだ。これ以上搾取されずに済むとな。だから暴動等は起きていない。皆大人しくしているそうだ」


「そうですか。それは良かった。……あの……ヴィヴィはどうなりましたか?」


「うむ。あの者が聖女でなかった事を公表させたのだ。フェルテナヴァル国が制圧された事を王都の広場で反乱軍のリーダーが告げた時にだ。今回の戦争に聖女の存在は大きく関わっていたからな。その名を語り、聖女としての栄光を欲しいままにしていたと糾弾したのだ」


「それでヴィヴィはどうされました?!」


「まだ自分が聖女だと言い張っておったそうだ。自分がこの世界を浄化させたのだとな。全く、呆れて物が言えんわ」


「ヴィヴィらしいと言うか何と言うか……恐らくヴィヴィは本気でそう思っているんでしょう。ヴァルカテノ国では他に聖女がいたようだが、自分はフェルテナヴァル国の聖女だと信じていたんでしょうね」


「この世には二人と聖女は存在せぬ。聖女だったメイヴィスが殺されそうになった時に、その権利をジュディスに譲渡したように、聖女は一人しか存在せぬものなのだ。それも分からずに……」


「ではヴィヴィは……極刑に処されたのでしょうか……?」


「いや、そうではない。あの者の訴えに、心を動かされた者が多くいてな。幼い頃より塔に幽閉され、自由がなく、虐げられていたと悲しそうに訴え、同情を買ったのだ。国の為に言われるがままにしてきたのに、こんな事をされるのが悲しいとな」


「ヴィヴィはあの塔で優雅に暮らしていたのに? 時々外に出ては散財していたとも聞きました。虐げられていたのはジルの方なのに……」


「あの者の発言力は高かったようだな。それには反乱軍のリーダーも驚いたそうだ。国民の反応を見て刑を決めようとしていたのだから、それに戸惑ったらしい。で、結局あの者は市井に下る事になったのだ。とは言え、暫くは強制労働となるのだがな」


「強制労働? どこかの鉱山とかでしょうか?」


「いや……娼館だ」


「娼館……ですか……」


「それはあの者が決めたのだ。はじめはリーンハルト殿が言うように、鉱山で働かせようとしたのだ。過酷な環境に身をおかせて反省させる為にもな。しかし、あの者がそれを拒否してな。それなら娼婦になった方がマシだと言い放ったそうなのだ」


「自分からですか?!」


「リーンハルト殿もあの者に迫られ、媚薬として薬を盛られたのだったな。元々そういう資質があったのだろうな。これでは罰かどうか分からんが、結局はそういう事になった」


「そうですか……それはヴィヴィらしいと言えば良いのか……ですがこれで良かったのかも知れませんね」


「全く、逞しい女だ。ある意味尊敬に値する」


「ハハハ、分かります。そうなりたいとは思いませんが。あ、エルマとイザイアはどうなりましたか? ジルに付いていた侍女と暗部の者ですが……」


「安心せよ。それはシルヴォがキチンと確保しておったわ。此方が戦争を仕掛ける前にな。今は我が国におるぞ。ジュディスに感謝しておった。エルマという侍女は、ジュディスを逃がした罪で一家ごと爵位剥奪となっていてな。家族と共に牢獄に入れられておったのだ。殺されてなくて良かった」


「ありがとうございます! 本当に良かった……」


「処刑待ちの状態だったのだ。処刑される者が多くてな。あの国は人を殺しすぎていた。全く、命をなんだと思っていたのか……!」


「本当に……滅ぼせて良かったです」


「新たに王を立てる事はしないようだ。近隣国の者達も、復興に手助けはするが我が領としないそうだ。それを決めるのに、また戦争になりそうだったらしいからな」


「ではフェルテナヴァル国はどうなるのですか?」


「民主国家となるようだ。反乱軍のリーダーが、今はフェルテナヴァル国の代表となっている。これからは国の代表を国民に決めてもらうのだそうだ。だから王政は廃止となった」


「そうなんですね。しかしそれは凄い……絶対王政だったあの国が、国民の意思で動く国となるんですね」


「問題は山積みだろうがな。他国からも政治に関わる者もいる。我が国からもだ。これは国を建て直したいと善意で立った者達だ。あの小国をどうこうしようと企んでいる者達ではない。余も勉強してこいと快く送り出してやったわ」


「フェルテナヴァル国は変わって行くんですね……」


「うむ。だからもう何も気に病む事はない」


「はい。ありがとうございます」


「リーンハルト殿の力も大きかった。礼をいうのは此方だ。それはジュディスにも、か……」


「そうですね……」



 ジル、君のお陰で国は良い方向へと向かっているよ。エルマもイザイアも無事だ。早くそれを伝えたい。


 早く君の笑顔が見たい。


 ジル……目を覚ましてくれないだろうか……


 目覚めたら結婚式をあげよう。もうシルヴェストル陛下に許可は取ったんだ。婚約からあまり日をおいていないけれど、ジルが望むならそうしても良いと言ってくれたんだ。

 

 だから早く目覚めて欲しい。


 俺たちは家族になれるんだから……





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