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ただ一つだけ  作者: レクフル


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一寸先は闇


 下を向いたまま、ミロスラフは足取り重く進んでいく。


 王城内を進む中、あちらこちらで起こった戦闘の痕が見られる。廊下には壁が壊され調度品等の物が壊れて辺りに散らばり、傍らには倒れて動かない人達が何人もいた。


 俺たちがさっきまで相手していたミロスラフ率いる敵軍は、きっとどこの部隊よりも多勢の精鋭部隊だったのだろう。

 だが他はそうでもなかったようだ。


 倒れている人達の殆どはフェルテナヴァル国の人達だ。それは纏った服や鎧でそれと分かる。

 しかし、少ないと言ってもヴァルカテノ国の人達の亡骸もそこにはあって……


 なるべくなら戦争等ない方がいい。それは誰しも分かっている事だろう。だがせざるを得ない場合もある。

 今回の戦争は必ずしなければならなかったとは言い難いが、それでもこの国をこのままにはしておけなかった。


 足元で骸となっている人達を目に留めながらも俺は先へと進む。


 そうして着いた先は大きな扉の前だった。


 重々しい両開きの扉を兵士が開ける。そこは広々とした場所だった。遠目に見えるのは玉座……ここは玉座の間なのだな。


 天井には煌びやかなシャンデリアがキラキラと灯りを放っている。ここに戦火は届かなかったのだな。重厚感のある敷物はまっすぐに真正面の玉座へと続いており、遠目に見える玉座には誰かが座っていた。


 それは最後に見た時と変わらない状態でいるヒルデブラントだった。


 俺たちは、玉座に座り身動き一つしない老いて朽ちたミイラのようになっているヒルデブラントの前にやって来た。


 

「これがヒルデブラントか……このような状態になっても、まだ玉座からは離れぬとは……憐れよのう」


「父上は誰よりも高貴な方だ! 誰よりも神に近しい人なのだ! 愚弄する事は許さぬ!」


「あれの何処が神に近しいのか。今にも地獄に落ちそうな出で立ちではないか。それが彼奴の受ける罰だったのだ。己がした事が返ってきたに過ぎぬわ」


「貴様……っ!」


「吠えるな。弱い犬程よく吠えるとは正にこの事だな」


「……っ!」



 それでも何か言おうとしていたミロスラフは、猿轡をされてしまった。

 

 きっとミロスラフ自身、自分は代理の国王と思っていたのだろうな。アイツの中では、ヒルデブラントは今もなお尊敬する国王のままなのだ。

 しかし、自分に思考を似せた息子をよくも作り上げたものだ。それには感心させられてしまう。


 玉座は階段を上がった場所にある。そこから動かずに、ヒルデブラントは此方へ目だけを動かし見つめている。肌はくすんだ土気色で、逞しかった体はガリガリになっていたが、そんな姿であるヒルデブラントからは強い威圧が放たれていた。

 腐っても鯛……いや、国王と言ったところか。


 それにはシルヴェストル陛下も眉間にシワを寄せた。思わず剣を抜かれた程だ。

 一歩一歩踏みしめるように階段を上がっていく。

 最愛の娘を長年に渡り、拷問のように虐げていたのは、全てコイツのせいだ。ジルが神殿預かりになったとはいえ、国王至上主義のこの国では、いくら大司祭と言えども逆らえるものではなかった。

 だから元凶は全てこのヒルデブラントなのだ。もちろん神官達も同罪だ。


 シルヴェストル陛下に続き、俺も階段を上がっていく。俺だってコイツを許せないのだ。



「貴様がヒルデブラントなのだな。余はヴァルカテノ国、国王シルヴェストル・メンディリバル・ヴァルカテノと申す。貴様を討ちに参った」


「……ぅ"……ぁぁ"……」


「ほぅ……僅かだが声もまだ出せるのか。それもジュディスの情けと心得よ。お前達が虐げてきた聖女は、余の娘だ」


「ぁ"あ"……ぇ"、う"……」


「貴様の言い分等聞かぬ。まぁ、その状態では何が言いたいのか分からぬがな。貴様は生きるに値せぬ。ジュディスはお前達がいると夜もゆっくり眠れぬようなのでな」


「う"ぐあ"ぁ"っ……! が……あ"っ!」



 シルヴェストル陛下は何か言いたげなヒルデブラントの口に剣先を向けた。きっと、簡単には殺したくはないのだろう。だけどジルの事を思うと、この世に存在させる事を一時も早くに無くさせて、ジルに心からの安心を与えてやりたかったのだろう。


 俺も同じ気持ちだ。諸悪の根源であるヒルデブラントを、これ以上この世に存在させてはならない。

 コイツは生きていて良い奴ではない!



「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーーっ!!」



 今まさにその剣をヒルデブラントの口中に押し込んでやろうとしていたシルヴェストル陛下だったが、ヒルデブラントはそれに逆らう如く、地を這うような声を出した。

 それに思わずビクッとなって、シルヴェストル陛下は手を止めてしまった。


 ヒルデブラントの声に連動するように、その口元から黒い霧のような何かが出てきた。それはすぐに部屋中に広がっていく。


 目の前が闇に包まれていく……


 この現象は最近感じた事がある。これはジルが闇の力に溺れた時と同じだ……


 辺りを見渡しても、何も見えない。何も聞こえない。誰の存在も感じない。俺のすぐそばにはシルヴェストル陛下がいた筈なのに……!


 辺りを探るようにしてシルヴェストル陛下を探る。手に何かが当たった感じがしたから、すぐにそれを引き寄せる。

 すると僅かに声が耳に届いた。



「リーンハルト殿か?! なんだこれは!」


「前にジルが使った闇の力に似ています! 恐らくヒルデブラントは闇の力に取り憑かれていたのかも知れません!」


「ではこれがジュディスの力だったと言うのか……?!」


「それが今考えられる事です……!」


「この闇はどうやって抜け出すと言うのか?!」


「ヒルデブラントを倒す以外に方法を思いつきません!」


「そうしたい所だが、近くにいた筈のヒルデブラントの存在が何処にあるのかが分からぬのだ!」



 暗闇に目が慣れる事はなく、一寸先も見えない状態で無闇に剣を振るう事はできなかった。


 魔力を使って気配を手繰ろうにも、それもできない状態だ。


 ここにきてジルの恩恵……聖女の加護は鳴りを潜めてしまったように、力も魔力も自分の体からは感じられなくなっていた。


 どうする……


 どうすればいい……?


 何か打開策を……!


 目の前は暗闇なのに、俺の頭の中は真っ白になってしまったのだった……






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