その恩恵は
強固だった結界は、大きく音を立てて崩れ落ちた。
その出来事を信じられない、と言うように見つめていたのは敵ばかりでは無かったようだ。俺への視線は敵からだけではなく、味方からも感じられた。
この湧き出る力はジルの恩恵だ。俺自身の力ではない。しかし、今はそんな事は考えている暇はない。
驚いた顔をしてから、俺を睨み付けるミロスラフ。ジルを虐げてきたヒルデブラントの息子。ミロスラフはジルに何もしていないかも知れない。だが、その顔はヒルデブラントを彷彿させる。
そしてきっと、ミロスラフを培った環境から、ヒルデブラントの意思を受け継いでいると容易に想像できる。それは先程の両陛下同士の話で分かった事だ。
だからお前を討つ。
俺がお前を倒すのだ。
後ろにいる魔術師達は、また結界を張ろうと構築して詠唱を続けている。しかし結界が張られる前に、俺はそれを無効化させていく。
炎の玉が勢いよく飛んでくる。ブーメランのような風の刃があちらこちらから向かってくる。頭上から雷が直撃してくる。進む足元が凍りつく。下から鋭利な土の槍が突出してくる。
俺はそれらの攻撃を、魔力を這わせた剣を薙ぎ払うようにして一切の魔法を無効化させていく。
もちろん近衛隊も駆け寄ってきて剣を振るうが、それも瞬時に薙いでいく。
俺だけがそうしている訳ではない。俺の後ろには騎士達も続いている。しかし攻撃は何故か俺にだけ向けられる。それを難なく俺は捌いていく。
全てがゆっくり見える。俺がしっかりと見極めようとしているからだ。
だから瞬時に対応できる。攻撃魔法を無効化し、向かってくる敵を捌き、詠唱を続けている魔術師に魔法を喰らわせる。
俺が放った雷魔法が体を感電させ、心臓は動きを止める。そして魔術師達はその場に崩れていく。
後から敵の援軍が続々とやってくるけれど、増援してもそれは俺には無意味のように感じられた。
ミロスラフを守るように前に出てくる奴等は全て瞬時に地に伏した。
どれだけ魔力を使おうと、走って剣を振るおうと、体は疲れる事はなかった。
のちにその時の俺の姿が、まるで演舞をしているようだと言ったのは誰だったか。隙なく剣を振るい魔法を放つ姿は、常人とは思えないと言われたものだ。
しかしそうなのだろう。これはいつもの俺の力ではない。ジルの恩恵が……聖女の加護が俺に力を与えてくれたのだ。
そんな聖なる力を、俺は人を斬るために使っている。
身体中返り血にまみれている俺の姿が怖いのか、敵は段々と後退っていく。
ミロスラフがここにいると言うことは、この部隊が最強の者達と言うことだ。
その実力を知っている人達もいたしな。
しかし、その人達は既に血を流して倒れている状態だ。向こうもここまで力の差があるとは思っていなかったのかも知れないな。
これがお前達が虐げてきた聖女の力だ。思い知るが良い。
そうやって次々と蹴散らしていくと、いつの間にか目の前にいるのはミロスラフのみとなっていた。
剣をミロスラフの首筋にあてると、こちらを睨み付けながらも抵抗はしなかった。
すでに自分の部下達は誰も戦える者はなく、盾になるものが無い状態で、降伏するしかなかったのかも知れないが……
加えて、俺たちの別の部隊が後ろから来て挟み撃ちしたのも合わさって、気づけばミロスラフの味方は誰もいなかっのだ。
それでも向かってくると思っていた。剣を携えているのだ。魔力も王族のそれだ。なのにそうしないとはな。人には国の為に死ねと言っておいて、自分は嫌なのか。
そんなミロスラフを俺は軽蔑の眼差しで見つめていた。
ギリッと歯を噛み鳴らし、悔しそうに俺を睨みながらも無抵抗だと示すように両手を上げた。
すぐに跪くようにさせ、後ろ手に両手を拘束されたミロスラフの前に、シルヴェストル陛下がゆっくりと歩いてやって来た。
「抗わねば死者を出す事も無かったのだ。無血開城という手もあったのだぞ? それは考えなかったのか」
「命をこの国に捧げる事が誉と言ったはずだ」
「ならばなぜ貴様は降伏するのだ? 部下には死ねと命じておいて、自分は助かりたいと申すのか?!」
「私の命と他の者の命は同じモノではない! 王族は神より選ばれし者なのだ!」
「同じ命ぞ! 選ばれし等と、恐れ多いわ!」
「貴様らのような稚拙な頭では理解できぬのだろうな」
「理解等したくもないわ! 相手の勢力も推し量れず、最も大切な命を無駄に散らすのを厭わないとは……貴様こそ稚拙ではないか。貴様は王の器ではなかったのだ」
悔しそうにシルヴェストル陛下を睨み付けても、ミロスラフは負けたのだ。戦争では勝者こそが正しいとされるのだ。
「ヒルデブラントは何処にいる? まだ生きているのだろう? 案内せよ」
「父上に何をするつもりだ? 自力で動く事も出来ない状態なのだぞ?! それでも倒そうとするか! 貴様は慈悲の心はないのか!」
「お前達が聖女に何をしてきたからそんな事が言えるのだ……! 腕を切り離され! 脚を奪われ! 何度も死ぬ目に合いながらもこの国に尽くした聖女に、お前達は! 両目さえも差し出せと言ってきたのだぞ!」
「それが我が国を守る為ならば仕方がない事だろう?! 下賤の者だと聞いていた! 罪人ともな! 生かしてやっただけでも有難いと思うべきなのだ!」
「聖女は! ジュディスは余の娘だ! 罪人ではなかったし、例え出自が低かろうがお前達がジュディスにした事は余り有る! 許せる筈がなかろうが!」
あまりの言い種に我慢が出来なかったシルヴェストル陛下は、ミロスラフの顔を思い切り蹴った。
蹴られたミロスラフはその勢いで後ろに弾かれた。
シルヴェストル陛下は無抵抗の者にこんな事をする人じゃない。だが許せなかったのだろう。それは俺も同じだったが。
実際にミロスラフがジルに何かした訳ではないのだろうが、この思考であれば同様の事をしていたのかも知れないし、そうでなくとも同罪だ。
まだ興奮している状態のシルヴェストル陛下だが、何とか耐えているようで拳をきつく握りしめている。
騎士に立たされたミロスラフにヒルデブラントの元まで案内させる。これには従うしか無さそうにしながらも、終始悔しそうに下を向いていた。
この部屋を後にする。そこには何人もの人達の亡骸があった。俺は騎士だった。だがこれまで人を殺した事が無かった。
戦争とは言え、俺はこの手で何人も人を斬ったのだ。
最初に手にかたのがかつての仲間だった人達……
まだだ。まだそんな事を考えるな。俺はその思考から逃れるように頭を振る。
見知った人達の亡骸に一礼し、俺もその場から去って行くのだった。




