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ただ一つだけ  作者: レクフル


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加護を得る


 翌日、まだ外は薄暗く、陽は地平線にも届かない頃、俺は目を覚ました。


 横にはジルがまだ眠っている。寝顔はあどけなく、その顔を朝から見られるだけで今日一日機嫌良く過ごせそうだ。


 顔にかかっている髪をよけてから頬に触れる。やわらかい……スベスベしていて、ずっと撫でていたくなる。

 髪もサラサラで、指に通すのが気持ちいい。


 そんなふうにジルの寝顔を見ながら触れていると、俺の手に細くやわらかい指が重ねられた。



「あ、すまない、起こしてしまったか?」


「ん……いいの……リーンが撫でてくれるの、気持ち良くて……もっと撫でてほしくて起きちゃった」


「じゃあどこを撫でようか?」


「んーと、胸?」


「起きてすぐそれは……!」


「ふふ……リーンはこう言うといつもそんなふうに可笑しくなっちゃうよね。ふふ……」


「こら、大人をからかっちゃいけないぞ」


「私ももう、大人だもん」


「まだまだ子供っぽいけどな」


「大人だよ!」


「分かったよ。だからそんなふうに拗ねないでくれ。俺の愛しい人」


「い、愛しい人……」


「ジルが大人でも子供でも、どっちでもいい。ジルであればそれでいい」


「リーン……それは私もだよ」


「そうか……良かった」



 優しくジルに口づける。唇に。頬に。額に。

 

 それから額同士をくっ付けて、お互いふふふって微笑み合う。



「おはよう、ジル」


「おはよう、リーン」



 ゆっくり起き上がると、ジルも起き上がろうとする。まだ夜明け前だ。ジルは眠っていた方が良いだろうに。


 そう言っても、ジルは俺と一緒に起きてくる。一人にされるのが寂しいんだな。


 着替えて寝室から出ると、テーブルには朝食の用意が既にされてあって、アデラと他の侍女と給仕が控えていた。こんな早くにここまでしてくれるのが有難いし、申し訳なくも思う。


 二人で朝食を摂っているとシルヴェストル陛下が部屋に来た。一緒に食事を摂りながら、三人で他愛ない話をする。

 とは言え、シルヴェストル陛下から出てくる話題はやっぱり国のことで、去年は災害があったせいで不作で小麦が高騰したが、今年は豊作が見込まれていて良かった、とか、毎年行われる祭りの警備についての話とか、そんな話ばかりだった。


 だけど、シルヴェストル陛下の話は国を考えての事だったから、俺とジルは興味深く聞いたのだった。

 ついそんな話ばかりになりがちだった事をアデラに

「朝はもう少し穏やかなお話がいいのでは?」

とやんわりと注意され、少し反省させられたシルヴェストル陛下だった。


 朝食を済ませ、出掛ける準備をし、

「じゃあ行ってくる」

と部屋を出ようとしたところで、ジルに後ろから抱きつかれた。

 


「リーン、待って。そんな、ちょっと出掛けてくる、みたいな感じで出ていこうとしないで」


「そうか……いや、でも、俺はすぐに帰ってくるつもりでいるけどな」


「ん……」


「心配しなくて良いって言っただろ? きっとすぐに終わる。すぐに帰って来れる。な?」


「心配するよ……」


「まぁ、そうだろうけど。大丈夫だ。ほら、まだ陽も上がってないし、ジルはもう少し眠れば良い。案外起きる頃には終わって帰ってきてるかも知れないぞ?」


「寝るなんてそんな事、できる訳ないよ……」


「俺はそうしていて欲しいって思ってる。それくらい気楽に考えてるって事だよ。じゃあ、行ってくる」



 ジルに向き直って、抱きしめる。気楽になんて考えられる訳がない。だけどジルには少しでも安心して貰いたい。もちろん、帰って来るのは大前提だしな。


 今にも泣き出しそうな顔をしているジルにそっと口づける。唇を離してから、にっこりと微笑む俺に、ジルは俺を見上げて頭をそっと両手で包み込むように添えて額をくっつけてきた。



「貴方に……加護を……」



 途端に俺の身体中から力が溢れそうな程に何かが漲ってくる。自分自身が守られているような、体の外側にも何かが張られてあるのが感じられる。


 驚いてジルを見つめると、泣きそうな顔をしながらも、ジルは優しく微笑んだ。それは慈愛に満ちていた。


 思わず跪いて、ジルの手にそっと口づける。



「貴女に心からの忠誠を……」



 それは無意識に口から出てきた言葉だった。やはりジルは聖女なのだ。誰よりも尊い人なのだ。今またそれを実感させられた。


 名残惜しいが、いつまでもこうしている訳にはいかない。俺はジルの微笑みに見送られながら部屋を出た。


 さぁ、気合いを入れなければ……!


 集合場所に着くと、既に騎士達は準備万端の状態で控えていた。皆が表情を硬くしている。それはそうだ。今から殺し合いの現場に赴くのだ。自分も殺されるかも知れないのだ。


 現在フェルテナヴァル国は王が不在の状態だ。実際はいるのだが、その役目を果たせていない状態だ。

 聖女を失った国に、それまで強気で出ていた国に憤っていた近隣国が黙っている訳もなく、密かに攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっていたようだ。

 

 実は、遠国ヴァルカテノ国がフェルテナヴァル国に侵入する前に、近隣国はフェルテナヴァル国に攻撃を仕掛けていたのだ。


 その話し合いは秘密裏に行われて、まだ正式にはされていないが、臨時に同盟を結ぶ事もできた結果だった。

 しかもそれは、フェルテナヴァル国を囲うように存在する4国から同時に。大きな戦争ではなく、国境の小競り合い程度となっていたが、それでも同時に攻撃を仕掛けられれば、小国であるフェルテナヴァル国はたまったものではない。

 小国にしては武力はあった方だが、それでも4国に対応するには限界がある。


 そうやって戦力を外に向けている間に、俺たちが内部へ侵入し、制圧するのだ。


 なるべく一般人を巻き込みたくはない。だから近隣国には小競り合いに止めて貰っている。戦争が大きくなれば、一般人も兵力として加担させられるからだ。

 だから長引かせたくなかった。国民に非はないからな。


 そんな計画から、今回は勝てる戦争だと予測されている。実際、内部へ潜入する人数は多くないにしても、フェルテナヴァル国の騎士だった俺は、フェルテナヴァル国がどれだけの武力を持っているのかを知っているのだ。これはかなり有利だ。


 これまでの計画を頭の中で整理していると、見知った人物が目に入った。


 ヴィヴィだ。


 後ろ手に拘束され猿轡をされたまま、兵士に無理矢理連れてこられたのだ。

 

 俺に薬さえ盛らなければ、この国でなくても希望する場所で生活できる位の保証をされただろうに。

 

 それもフェルテナヴァル国がヴィヴィに何も教えてこなかったからだ。彼女は無知だ。あの塔で甘やかされ、外の状況を知ることもなく祭り上げられた結果だ。

 ヴィヴィも被害者だ。けれど、それは通用しない。危険薬物を常用している等、世間知らずとは言え許される事ではないのだ。


 ヴィヴィと目が合った。途端に助けを求めるように言葉を発そうとし、こちらに来ようとしているが、それを兵士にとめられていた。

 すまない、ヴィヴィ。俺は君を助けてやれない……

 そんな思いから、俺はヴィヴィから目を逸らすしかできなかった。


 そんな中、シルヴェストル陛下が姿を現した。  

  

 いよいよだ。


 これから生まれ育った国、フェルテナヴァル国を侵略しに行く。


 今国境付近で戦っているであろう、騎士である元戦友達の事は考えないように、俺は意志を強く持つのだった。





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