計画
ジルの力が暴走した件については、すぐにシルヴェストル陛下の耳に入った。
ジルとソファーでいると、またシルヴェストル陛下が駆け付けてきたのだ。
まぁ、この部屋とシルヴェストル陛下の自室と執務室が近いから、何かあればすぐに飛んでこれるのだろうが。いや、その為にこの距離の部屋にしたんだろうな。
ジルはまたうつらうつらとして、ゆっくりと眠りについてしまった。力を暴走させたからか、疲れたのかも知れない。だが、さっきみたく寝室に一人で寝かせるのには抵抗があった。また怖い夢でも見て、俺が傍にいない間にさっきのような事になるのを止めたかったのだ。俺に止められるかどうかは分からないが、とにかくジルを一人にはできなかったし、したくなかった。
「怖い夢を見て、力を暴走させてしまったのか……」
「はい。ジルはそうしてしまった自分自身に驚いていました」
「どうやっておさまったのか」
「私が駆け付け、なんとかジルを安心させました。そうするとその現象は無くなりました」
「そうか……やはりリーンハルト殿はジュディスにとってはなくてはならない存在なのだろうな」
「私もそうです。ジルと離れられません。今の状態であれば特に……」
「うむ……今はリーンハルト殿に頼るしかないな」
「お願いがあります。夜もジルの傍にいたいのです。一人で不安にさせたくはないのです。許可を頂けますか?」
「そうだな。いや、余が頼むべき事であった。ジュディスの支えになってやってほしい。だが……その、まだ……婚姻を済ませてないので、な……」
「はい、節度は守るつもりです」
「そうしてもらえると安心だ。やはり父親としてはなかなか受け入れられなくてな」
「そうですよね……」
「で、今聖女の事について調べ直しておったのだ。まだ少ししか調べられてはいないのだがな」
「僅かな時間でしたから。何か分かった事はありましたか?」
「うむ……聖女にとって負の感情、とくに怒りという感情は悪しき心へと連動されていくとあった。しかし通常の、一般人が生活する上で持ちうる感情である怒り程度であれば、悪しき心が芽生える事はないらしいのだ」
「では、ジルはそれ以上の怒りを覚えてしまったって事なんですか?」
「そうだと考えられる。余程リーンハルト殿が傷つけられた事が許せなかったのだろう。それに、長年ジュディスは虐げられていた。それも相まっての事だったのかも知れぬ」
「そうですね……あれほどの事を身に受けて、今もまだジルは恐怖に駆られています。彼女の心には大きなトラウマとなって残り、それが基盤となっていた上に今回の怒りが合わさったと考えられますね」
「全く、余計な事しかせんのだな。彼奴等は。しかし、ジュディスがそんな状態ではあの計画も諦めざるを得ないか……」
「あれはジルの能力に頼った計画でしたからね。現状では難しいと思われます」
「うむ……だがこのまま放っておくわけにもいかぬ。恐らく今この時、フェルテナヴァル国の王城は騒ぎになっているだろう。なにせ国王と神官達が何者かに害されたのだからな」
「えぇ。私達が転移石によってあの場所まで移動させられた事が、あの場にいた者以外も知っているのなら戦争となりますね。私達はあの場所から忽然と姿を消したんです。危害を加え、逃げたと思われている筈です。事実ですが」
「仕掛けたのは彼奴等だと言うのに……! しかし、これで早急に手を打たなくてはならなくなった。宣戦布告なしでの攻撃となるが致し方ない」
「はい。向こうから仕掛けてきたのです。やり返すだけのことです」
「そうだな。それにはリーンハルト殿に任せる事も多くなろうが……」
「ジルの事が心配ですが……確かに早急に手を打ちたいところですからね」
「うむ、頼んだ。今後に関してはまた話そう。それと……ジュディスの事も頼んだぞ」
「はい……!」
フェルテナヴァル国に仕掛ける計画……それは、ジルの転移の力を使って王城内部へ次々と部隊を送り込み、鎮圧させるといったものだった。
ジルは行った事のある場所を思い浮かべれば、そこまで瞬時に移動できる能力を持っている。それを利用するのだ。
何人まで移動できるのかを検証した結果、大体10人程であれば難なく移動できる事が分かった。それ以上となれば、取り残されたり、全く違う場所にたどり着いたりと粗が目立った為、10人を限度とした。
もちろんこれに関わった者達は、ジルの力については箝口令はひかれ、口外した場合の処遇についても厳しく取り決められ、誓約書も書かせた程だった。
これはジルが言い出した事だった。フェルテナヴァル国にいる、少ない知人……逃げるのに手を貸してくれた侍女のエルマと暗部のイザイアを助け出したい一心からだった。その意向に、どうせならとシルヴェストル陛下は今回の計画を練ったのだ。
しかしそれが叶わなくなった今、俺が先導する必要がある。
俺はフェルテナヴァル国内に幾つか転移石を設置している。転移石は対になっていて、もう片方を持つ俺が魔力を込めれば、設置されたもう一つの転移石に呼ばれるように飛んでいく事ができる。
今回はこれを頼りにフェルテナヴァル国内へ潜入する事になる。
ジルの能力では、知っているのなら何処でも転移できるのだが、俺の場合は場所が限られている。一番王城に近い場所は、ジルが捕らえられていたあの塔の近くだ。
そこから王城までは徒歩で30分程の時間がかかる。それでもいきなり攻め込まれれば対応は難しいだろうが、転移する場所を特定されれば出現した途端に一斉攻撃される懸念もある。
それに俺が転移できるのはせいぜい5人程だ。
魔力も使うし、ジルに比べると効率は悪いのだが、こうなったら仕方がない。やるしかない。
婚約パーティーの会場に来た神官がどうやって潜り込んだかはまだ不明のようだ。もしかしたらこちら側に転移石を仕込まれている可能性もある。それを探し出す作業もしなくてはならない。
因みにヴィヴィはフェルテナヴァル国に返す事になっている。攻撃を仕掛ける国がどうなるかは分からない。恐らく制圧できるだろうと踏んでいる。
そんな中、聖女と言われていたヴィヴィを返却し、ヴィヴィは聖女でなかったと宣言し、ジルを本来の聖女であると公言する計画があったのだ。
今回の事でジルの手を借りることは出来なくなったから、聖女として公に出すことはしなくなるだろう。
しかし偽りの聖女として、ヴィヴィは断罪されるかも知れない。されないかも知れない。それはフェルテナヴァル国民に任せるのだそうだ。
俺にもたれ掛かって眠っているジルは、今は怖い夢等見ていないようでスヤスヤと寝息を立てている。
そっと頬を撫でてから額に唇を落とす。
ジルを恐怖に陥れた現況であるあの国に制裁を。酬いを。
ジルを笑顔にさせる為ならば、俺はどんな事でもしてやろう。
例え共に戦った騎士団の皆と敵対する事になったとしても……




