貴族の事情
模擬戦を終えてから、皆の俺を見る目が変わったようだ。
それはジルの交際相手としてと、模擬戦である程度の結果を出したと言う事での変化だろうと考えられる。
翌日俺はシルヴェストル陛下に呼び出された。執務室に赴くと、シルヴェストル陛下はペンを持つ手を止めて俺をソファーに促し、自身も対面にあるソファーへ腰掛けた。
相変わらず机には書類の山がいくつもあって、忙しそうだと見てとれる。
「昨日の模擬戦の結果を確認した。とは言っても、余もここで観ておったのだがな」
「そうなのですか?」
「ここにある水晶に魔力を通してやると、壁に映写されるようになっているのだ。本当はジュディスと共に実際に観たかったのだがな。やることが貯まっていて行かせて貰えなかった……」
「そうなんですね……」
威厳ある国王だと言うのに、我が儘を通す事はしないらしい。良き王なのだな、と感じた。
「しかし、あそこまで戦えるとは思ってもみなかった。特に武術に長けておるのだな」
「いえ……あれは模擬戦だったので、相手の方が手を抜いてくださったからでしょう」
「いや、そんな事はさせて等いない。それに、上級の相手は騎士団一の剣術を誇る者だ。手を抜く等断じてさせてはおらぬ」
「そうなのですか?!」
「魔術も思ったより使えておるな。瞬時の判断が早い。実践に長けていると考えられるな」
「そうですね。ここより遠いフェルテナヴァル国は瘴気が濃く、高位レベルの魔物の出没も多かったので、力を付けざるを得ない状況でしたから」
「そうだったのだな。適性も多いが、鍛練すれば更に高みにいけようぞ。それに最後の試合では巧みな身体強化と剣に魔力を付与させて戦う技術に、対戦した相手もかなり驚いておった。あれも我が国一の魔法剣士だったのでな。危うく一位の座を奪われるところだったと笑っておったぞ」
「恐れ多くも、そう言って頂けて感謝致します。しかし、自分ではまだまだと思っております。特に魔術に関してはもっと自分を磨きたく思っております」
「うむ。では明日より講師をつけよう。恐らくジュディスが誰よりも一番魔術に長けているとは思うのだが、教えるとなれば話は別なのでな。それで構わぬか?」
「充分すぎるご配慮です。ありがとうございます」
「それで……ジュディスとの関係が皆に知れてしまったのだな?」
「えっ?! あ、はい、そう、です……」
「ジュディスは思った事を何でも口にしてしまうようだな。困ったものだ」
「今までの環境で教えられると言う事をされてこなかったのです。普通に育つ上で得る情報を一切得られなかったので、何が良くて悪いか分かってはいないのです。彼女は何も悪くありません」
「そうだな。余もジュディスを窘める気はない。空気を読むと言う事も分からぬのだろう」
「はい。本当に無垢な存在です」
「美しく成長したが、中身は何も分からぬ子供のようだ。いや……痛みは知っておるな……悲しみも苦しみも……だからあまり苦言を呈したくはないのだ」
「はい。同感です。これからは誰よりも幸せに……もう辛い思いをして欲しくはないのです」
「うむ……そのジュディスの幸せにはリーンハルト殿は欠かせぬようだ。……養子先が見つかった。アンスラン公爵家に入って貰う事になった」
「アンスラン公爵家……っ?! ユスティーナ元王妃殿下のご実家のですか?!」
「そうだ。嫌か?」
「いえ、そんな事は……ですが……」
「言いたいことは分かる。しかしこれは、ユスティーナを援護する為のものではない。この国にある公爵家の均衡を保つ為なのだ」
「そうなのですか?」
「ユスティーナが正気であり、その侍女のシーラがメイヴィスを殺害したのはユスティーナが指示をしたからだと判明した。シーラは頑なにれを否定しているが、証言を得られずともそうであると確定されておる。それにより、ユスティーナの実家であるアンスラン公爵家の持ち直していた名誉は、またさらに落ち込んでしまったのだ」
「それはそうでしょうけど……」
「アンスラン公爵家と張り合っていグリニャール公爵家は余の派閥でな。あとこの国には二つ公爵家があるのだが、これが先王の王弟の息子、余の従兄弟となるのだが、その従兄弟の息子が現在の王太子なのだ。余に跡継ぎがいなかったのでな。後の二つの公爵家は、この王太子の派閥なのだ」
「そうなんですね」
「余に跡継ぎがいないとなると、養子を迎える事になるか娘を探し出すか……だったのだが、王族の血を持たぬ者を次期国王には出来ぬと、王太子の派閥は申しておってな。まだこの国は女王を認めておらぬから、娘を探し出しても王太子の地位は揺るがぬと思われておったのだ」
「はい」
「しかしジュディスが聖女であったのが皆に知れ渡ったが為に、前列はないがジュディスを女王に担ぎ上げようという声が上がってきたのだ」
「ジルを女王に?!」
「そうだ。しかし、余はジュディスを女王等にするつもりはない。恐らく、ジュディスも女王等に興味はないだろうからな」
「そうですね。ジルは平穏を望みます。ただ普通に生活できれば……それがジルが望む幸せだと思うのですが……」
「そうだな。余もそう感じておる」
「では、なぜ私がアンスラン公爵家に入る事になるんですか? それでは逆効果なのでは?」
「そうではないのだ。現在、四大公爵家は王太子派と国王派に分かれておる。アンスラン公爵家とグリニャール公爵家が国王派になる。それが、今回の事でかなり力を失いつつあってな。それを聖女であるジュディスを表に出す事で盛り上げようとしているのだ」
「それほど力に差があるのですか?」
「今はな。降爵せよとの声も上がっておってな。だから公爵家自体に力をつけたいのだ。余はジュディスを祭り上げよう等とは思ってはおらぬからな」
「是非そうして頂きたいです」
「昨日の模擬戦をアンスラン公爵家も見ていたのだ。それで是非にと言ってきた。元より打診はしていたのだが、アンスラン公爵家も乗り気になった」
「全て見られていたと言う訳ですね」
「うむ。だからジュディスとの仲も知っておる。アンスラン公爵家はユスティーナの上に姉が一人おってな。その姉君の婿に公爵家を継いで貰う予定だったのだ。しかし婚姻も間近となった頃に事故で亡くなってしまってな。愛し合っておったようだから、気持ちの整理がつかなかったようで、なかなか次が見つからなかった。やっと心が落ち着いて、婿を迎えようとした頃にユスティーナの事件があってな。それからはあの家と婚姻を結ぼうとする者はいなくなった」
「では、私はその姉君と婚姻を結ばねばならないのですか?!」
「いや、そうではない。ユスティーナの姉君の幼馴染みだった伯爵令息が、常に彼女の傍で友人として支えておったようでな。時間は掛かったが、姉君も尽くしてくれた伯爵令息に心を開きかけた頃にユスティーナの事件があり、それがあってから伯爵令息は姉君から離れて行ったのだ」
「それは……」
「あわよくば自分が公爵家に入り込めると考えての行動だったのだろう。心から姉君を慕っていたわけではなかったのだろうな。ユスティーナの事もあり、姉君は未来に絶望したのかも知れぬ。……自害してしまったのだ」
「そんな……っ!」
「それからはアンスラン公爵家は衰退する一方でな。だが、領地の鉱山でミスリルが採れた事により、経済的に盛り返したのだ。経済的に力を持つと言う事は大きな事でな。徐々に名誉も回復させていたのだが、今回の事でまた立場を悪くしたのだ」
「そうでしたか……それで私を養子に?」
「そうだ。リーンハルト殿の事はフェルテナヴァル国の侯爵家出身と告げておる。ジュディスと駆け落ちしてヴァルカテノ国まで来たと説明した」
「え?! 駆け落ちですか?!」
「似たようなものだろう? アンスラン公爵家はリーンハルト殿を養子に迎える事を快く思ってくれておるぞ」
「それは……有難い話です……」
なんか、貴族社会の歯車に組み込まれてしまったような感じになってしまっているな……
でも仕方がない。もうフェルテナヴァル国に帰ることもないし、この国ので……ジルの故郷であるヴァルカテノ国で生きていくのに悔いなどない。
ジルと共にあれるならば、俺はどんな事でも受け入れよう。




