それは約束
ジルは俺の方を見て、うーん……って感じでいる。
「ジル、防音の結界って張れるか?」
「え? あ、うん」
ジルに防音の結界を張って貰う。アデラは前に出るような人じゃない。余計な事も言わないだろうし、他言する事もないだろう。聞かなければ、さっきのような事も言わなかっただろうが、やはり筒抜けなのは気が引ける。
慣れ親しんだ者であればそうじゃないかも知れないが、まだそこまで関係は構築されていないからな。
「防音の結界、張ったよ? どうしたの?」
「あぁ。その……俺はジルとこの先もずっといたいと思っている」
「うん! それは私もだよ!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。さっき、アデラも言ってただろう? 俺たちが一緒にいるには、陛下の許可が必要だって」
「うん。そう言ってたね。なんでかよく分からないけど……」
「父親ってのは、自分の子供、特に娘はとても大切に思うものなんだ。だから、幸せになって欲しいんだよ」
「そうなんだね。でも、私はリーンといると幸せだよ?」
「ジルがそう思ってくれるのは俺も嬉しいし、俺だってジルといると幸せだ。だけど、父親の考える幸せと俺たちの考える幸せが違う場合がある」
「幸せが違う?」
「あぁ。父親は最愛の娘に苦労させたくはないんだよ。だから金銭的にも人格的にも優れた者を望むんだ」
「でも、どうしてそこまで口出しされちゃうの? 私はリーンと一緒にいる方が長いもの。父上とは会ったばかりで、父親って言われても実感湧かないよ」
「そうだろうけどな。加えてジルは王女で聖女だ。敬われる存在なんだ。国民が俺を見定めるんだ」
「国民が……」
「だからせめて父親には……陛下には味方になって貰った方が良いだろう? 俺は陛下に俺たちの味方になって貰いたいと思っているが、ジルもそれで構わないか?」
「良いに決まってるよ!」
「ありがとう。ジルは……俺を特別な存在としてくれるか?」
「特別な存在……?」
「あぁ。家族はまた別だが、俺以外の男の人には容易く触れたりしちゃいけなくて、俺だけに触れる事を許してくれると言う感じになる」
「そんなの、当然だよ? 私、リーンの他に触れたい人っていないし、私が触れて欲しいのはリーンだけだもん」
「そうか。良かった。それをな、交際するって言うんだ。これで二人は恋人同士になったんだ」
「恋人同士……」
「今までも似たようなものだと思っていたが、ちゃんと言葉にしてなかったからな。俺はこの先もずっと一緒に過ごしたいと思っている。その先には結婚と言うのがあるのだが……」
「結婚……」
「夫婦になるんだ。そうだな、家族になるって事だな」
「家族……」
「あぁ。ずっと一緒にいるっていうのはそう言う事なんだ」
「家族って、リーンのお父さんとお母さんみたいに?」
「そうだよ」
「じゃあ、子供も?」
「まぁ……その……ゆくゆくは、な?」
「リーンと家族……」
「そうだ。その約束をするのが結婚なんだ。その前に婚約をする必要がある。その許可を陛下に貰わないといけないんだ」
「婚約?」
「結婚するって言う約束だ」
「約束が多いんだね?」
「そうだな。結婚は、この人だと決めた人をずっと愛するって約束だ。で、婚約はこの人と結婚しますって約束だな」
「色々しないといけないんだね……」
「まぁな。ここにいるならそうしないといけないんだ。ジルは俺と……いや、とにかく、陛下に許可を取りに行く。許可が出たら、俺たちは婚約者同士になれる」
「婚約者同士……」
「今は恋人同士だ。それは一人の人を特別に好きだって言う事だ」
「うん、恋人同士……なんか、嬉しい……」
「あぁ。俺もだ」
これで結婚がどう言うことか分かってくれたかな?
さっきジルは俺と結婚する意思はあるのか? と聞きかけたが、それは今聞かない事にしよう。プロポーズは改めてきちんとしたいからな。
二人で笑い合ってお茶を啜る。穏やかだな。こんなふうに、ずっと二人で笑っていられたらいい。それ以外は何も求めない。だが、この笑顔を守る為には、俺はもっと強くならなければ。
その後、俺はシルヴェストル陛下に呼び出された。ジルもついて来そうだったけれど、今回は俺はのみの呼び出しと言うことで、ジルはアデラと共にいることになった。
呼び出された場所は執務室だった。デスクには大量の書類が山積みになっている。本当に忙しいんだろうな。
促されて俺はソファーに座る。
「先程言っていた計画を部下とも話し合ってな。まだ全ては決まってはおらぬが、ジュディスの力を借りるのは決定だ。そこで、リーンハルト殿の力が如何程なのかを知りたくてな」
「私のですか?」
「あぁ。これまで見てきて分かった事だが、ジュディスはリーンハルト殿と離れようとしないだろう。だからこの計画に巻き込む事になる」
「えぇ。それは勿論です。私も離れたくはありません」
「ふむ。ならば、どこまで出来る者なのか、どこまで任せられるか知らなくてはならぬ。明日、その力を確認する為に騎士舎に行ってもらえぬか。そこで模擬戦を行い、力を判定したいのだ」
「分かりました」
「魔法は使えるのか?」
「はい、微力ですが」
「そうか。ならそれも見てみよう。他国……しかも我が国から遠い国であるフェルテナヴァルで魔力保持者となれば、期待はできそうだな」
「それはどう言うことです?」
「何故か分からぬが、他国の魔力保持者は、この国に来ると魔力が上がる傾向にある。リーンハルト殿も気づいたのではないか? この国に来てから魔力が上がったのを」
「はい、それは自分でも気づいております」
「やはりな。我が国から遠くなる国であればある程、力の増幅は高いのだ。フェルテナヴァル国は遠国だ。その国では魔力保持者は少なくなかったか?」
「そうですね。魔力を持っていると分かると、平民でも貴族に抱え込まれます。私も元は平民でしたが、魔力を持っているからとほぼ強制的に侯爵家の養子となりました」
「成る程な。これも何故だか分からぬが、我が国から遠ざかる程に、魔力保持者は少なくなる。しかも魔力は多くない」
「不思議ですね……」
「それは余も思っている。では鍛えれば、更に魔力が向上するかも知れぬな。それも踏まえて明日確認する事にしよう」
「はい」
どういう訳か、この国に来た他国の魔力保持者は力が向上する傾向にあるらしい。
それは俺自身が感じていた。全く、不思議な国だな。これも聖女の恩恵か? 神聖なる村の恩恵か?
いずれにせよ、これは願ってもない事だ。ジルを守る為に、俺はもっと強くならなければならない。
その機会を与えてくれるシルヴェストル陛下には感謝しかない。
その後シルヴェストル陛下は、大まかな計画を話してくれた。シルヴォはこの国の暗部として雇い入れるそうだ。
それからヴィヴィの処分が決まったと教えられたのだった。




