危険物
リーンが高熱を出している。
それは媚薬を飲んだから……飲まされたから……?
医師達が出て行って、部屋には私とリーンと侍女がいる。
侍女は私達の方を見ていたので、少しの間だけ後ろを向いてもらう事にする。
その間、リーンに浄化と回復の魔法を施す。リーンは淡い光に包まれて、その光が消えた頃にゆっくりと目を覚ました。
「あ、れ……ジル……」
「リーン! もう大丈夫?! つらくない?!」
「あぁ……問題ない……が、俺はどうしてここに……」
「覚えてない? その、ね……えっと……リーンはね、その、ヴィヴィと、ね……」
「ヴィヴィ……あ……あぁ! ヴィヴィっ! アイツっ!」
そう言うとリーンはガバッて起き上がった。良かった、ちゃんと治ったみたい。
「ねぇ、なにがあったの? ヴィヴィに媚薬を飲まされたの?」
「そうなんだ! 俺はヴィヴィに媚薬を飲まされて! だから、ジル、あれは違うんだ! 俺はヴィヴィと、その、あんな事、したいと思った訳じゃないんだ!」
「でも……リーンはヴィヴィが好きだから、好き同士だったら良いんだよね? えっと、あ、あんな事、しちゃっても……」
「ちょっと待ってくれ。ジル……誰が誰を好きだって?」
「え? だからリーンはヴィヴィを好きなんでしょ? だから私と同じようにしたのかなって……」
「違う! 俺はヴィヴィを好きじゃない!」
「え?!」
「俺が好きなのはジルだけだ!」
「えぇーーーーっ!!」
「なんでそこでそんな驚くんだよ?!」
「だっ、だって! だってだって! リーンが言ったんだよ?! 聖女が好きだって! ヴィヴィがまだあの塔にいた時に! そこで見た聖女が気になってるって!」
「それは……あの時は……!」
「リーンが好きなら、私も好きになるって、聖女の……ヴィヴィの為に頑張るって、私ずっとそう思ってて……!」
「ジル……!」
リーンが眉間にシワを寄せてから、私の腕を掴んで自分に引き寄せた。
私はリーンの胸に飛び込む感じで抱き寄せられた。
「ごめん、ずっとそうやって思ってくれてたんだな。だからヴィヴィと会うように促したのか?」
「だって……私はリーンに助けて貰ってばっかりで、でも何も返せてないって……だからせめてリーンが望む事の手助けがしたくって……」
「バカだな……俺が好きなのはジルだけだ。ジルにしか触れたいと思わない。あの時は、ジルが聖女だって知らなかったんだ。俺のせいで囚われの身となった聖女を憐れに思って……だから気になってはいた。これは本音だ。だけど、本当の聖女がヴィヴィではなくジルだった事で、ヴィヴィの事はそんなふうに思う事はなくなったし……」
「えっと……リーンは私が聖女だったから好きになったって事?」
「そうじゃない! いや、それも踏まえてジルなんだけど、俺はジルが聖女と知る前から……俺の故郷の村に行くまでの旅をしていた時から、きっと気持ちはジルにあったんだ」
「そうなの……?」
「あぁ……俺が好きなのはジルだけだ。ヴィヴィの事は好きでも何でもない」
「本当?」
「本当だ」
「じゃあ、ヴィヴィがフェルテナヴァル国に帰りたいって言っても、一緒について行かない?」
「行くわけない!」
「ヴィヴィが傍にいてって言っても?」
「俺には関係ない」
「じゃあじゃあ……ずっと私と一緒にいてくれる?」
「そう何度も言ったぞ? 俺はジルと離れない。ずっと傍にいる」
「私だけを好き?」
「あぁ、ジルだけが好きだ。ジルしかいらない」
「本当? 嘘じゃない? 本当に……」
まだ聞いてる最中なのに、リーンに唇を塞がれた。それはリーンの唇で……
これは好きな人とじゃないとしちゃダメなんだよね? 触れ合うのもそうなんだよね? だからリーンも私に触れてくれるの? 口付けするの?
やっぱりリーンとこうしているのが好き。安心するし、もっとリーンが好きって思えてくる。
でもすぐにリーンは唇を離した。
「ねぇリーン……もっとしたい……」
「いや、ダメだ。これ以上は……」
「どうして?」
「二人きりじゃないだろ?」
「あ……そうか、人前じゃダメなんだね」
「そこにいる侍女がどうしたらいいか困ってるだろう?」
見ると、後ろを向いたまま、侍女は俯いているようだった。私が後ろを向いてって言ったから、ずっとそうしてくれてたんだ。
でも、話はきっと聞こえていたんだろうな。私は聞かれても何ともないけど、聞いた人がどう感じるとかは分からないし、リーンが言うとおり、やっぱり人前じゃこんな話やこんな事はしちゃダメなんだろうな。
でもここじゃ二人きりになんてなかなかなれない。リーンとこうするのは、今度はいつできるのかなぁ……
って思ってたら、扉がノックされてシルヴェストル陛下とシルヴォがやって来た。
「ジュディス、あの術を容易く使ってはならぬと……口外してはならぬと言ったばかりではないか」
「あ、陛……父上」
「え……シルヴォ、か……?」
「リーン、久しぶりだな」
「シルヴォ! 生きていたのか?!」
「リーンハルト殿と知り合いだったのだな。いや、ジュディスを疑っていた訳ではないのだ。記憶も読ませて貰ったしな」
「はい。彼は私の師匠でした。けど何故ここに?」
「それはまた話そう。ひとまずリーンハルト殿の調子はどうだ? もう問題なさそうに見えるが……」
その時、医師が薬を持ってやって来た。そこでシルヴェストル陛下に薬が違法薬物の媚薬だった事を告げ、診断書と薬を手渡してから
「お大事に」
と言って礼をしてから部屋を出ていった。
診断書を見たシルヴェストル陛下は、眉間にシワを寄せてリーンを見た。
「これはかなり薬物濃度が高い媚薬ではないか! これを飲まされたと言うのか?!」
「え……はい……」
「しかし、今は何ともないように見える。これはどうした事か……」
「それは……また後程お伝えます」
「うむ。分かった。しかし、これは由々しき事態だ。こんな物を持ち込んだ者はこの国に戦争を仕掛けているとも考えられるぞ?!」
「えぇっ?!」
「この薬……媚薬が違法薬物となったのには、もちろん理由がある。かなり昔になるが、この媚薬が流行った時期があったのだ。媚薬を飲んだ者は誰彼構わずに襲いかかる。襲われた者が無理に抵抗しようものなら、暴力も辞さないのだ。そしてこれは依存性が高い。依存症となった者は常に性欲に溢れ、理性を失う。そして幻覚症状も表れる。脳がヤられていくのだ」
「そんなに酷い薬だったの……?」
「この薬を密輸し、流行らせ、治安を著しく低下させてから戦争を仕掛けた国があった。その国がフェルテナヴァル国だ」
「フェルテナヴァル国?!」
「我が国ヴァルカテノ国からは遠く、伝え聞くのみだったが、フェルテナヴァル国がこの媚薬の原料の栽培地だったのだ。全く、ロクでもない国だ」
「えぇ、本当に……」
「もしかして、それを飲ませてきたのはヴィヴィとやらか?」
「…………」
「そのようだな」
「あの、父上……もしそうなら、ヴィヴィはどうなりますか?」
「ジュディスの頼みとあって、ヴィヴィを客人扱いにはした。だが、違法薬物をこの国に持ち込んだ者として取り調べねばならぬ。客人としては扱えなくなる」
「そう、ですか……」
「これも仕方のない事だと思ってくれぬか?」
「……はい……」
ヴィヴィの持ち込んだ媚薬はこの国では違法薬物だった。そんな物をリーンに飲ませただなんて……
無事だったから良かったものの、リーンの理性がなくなっちゃってたらどうなっていたんだろう……って考えると怖くなってくる。
今度こそヴィヴィは、只では済まされないのかも知れない……




