27 お次は北へ
「こいつら、魔法とかいう不思議な力を使えるんじゃなかったのか」
「弱いくせにムダに抵抗しやがって、おとなしくしてろ」
「オイ油断するな! 転移者だぞ。一年前に魔の森の防衛部隊が交戦した時、何人死んだと思っているんだ!」
戸波と高見はデモクリスの兵に槍を突きつけられていた。金剛寺の怪力によって、文字通り屋敷の中へ放り投げられたせいで侵入者として戦う羽目になったのだ。今ではしっかりと縛り上げられ、内側に棘のついた首輪を嵌められている。
「ンで高見、今は誰と組んでんだよ」
「組む? 俺はいつでも自分の心に従うだけだよ?」
「嘘つけ、御影のオッサンと比嘉はどこにいるよ。まだシルブロンドか? 金と神器奪い損ねて焦ってんだろ」
二人共、顔は腫れ上がり体中あざだらけだが、怪我には慣れたもの。兵に凄まれながらも緊張感のない会話を続けている。もっとも、殺されはしないと高を括っているからの余裕かもしれないが。
「まー今は情報漏らせねぇか。オレらの魔法はハマれば強すぎるしな」
「そうやって自慢するじゃん。調子乗ってるとアッサリ死ぬよ?」
戸波は呆れた様子の高見にガンを飛ばす。
「金剛寺と玄間は楽勝だろ。アイツら殺し合いの覚悟できてねぇし。頭ン中お花畑で、どうせまだ平和な話し合いで日本に帰れると思ってんだろ。いつ世界が変わってもおかしくねーってのに」
「俺が言ってるのは聖女ちゃんの方。金剛寺達に気を遣ってたみたいだけど、いなかったら本気で殺しに来てたでしょ。あの子に何かしたの?」
「……さあな、聖女ってくらいだし、オレの魔法に勘づいてたのかも」
「フフッ、戸波の魔法って女の敵だもんね」
「藤沼のほどじゃねぇけどな、誰の願いからこんな魔法が生まれたんだか。……てかラウラってガキは何モンだありゃ、ミラルベル教の聖女は腕っぷしで決めんのかよ」
「それねー……ひとつ考えてる仮説があるんだけど聞く?」
どちらも今最も気になるのは自分の立場より聖女ラウラだ。
帝都に着くまで、脱走しようとして何度もボコボコにされた。呪文を唱える隙すら与えられず、夜に聖女が寝るときは縛られて猿ぐつわを噛まされた。
それと同時に、身長140cmしかない少女に暴力で恐怖を植えつけられたことが、どうしよもなくプライドを傷つけていた。戸波も高見も不良としてツッパってきた誇りがある。小さな子供相手に、魔法を使えば勝てるなんてダサい言葉は吐けない。
「あの凶悪な笑い方とかさ、この世界じゃほとんどいない純粋に浅黒い肌とか、理不尽なケンカの強さ。誰かに似てると思わない?」
「ア? 似てる……? 似てるっておい、まさか」
「うん、あの子たぶん…………魔法で未来から来た番長の娘だ」
「マジか!? そいつは予想してなかったぜ!」
兵が二人に口を閉じるように警告し、扉が開かれる。
しかし、戸波と高見は命令を聞かない。部屋にしゃべりながら入ってきたことで、主であるデモクリスが不機嫌な声で迎える。
「まったく愚弟は計画にない事をしてくれるな。盟約を違えるなら連絡の一つも寄越せというのだ」
突然、転移者が自分の陣地へ二人もやってくるとは予想だにしていなかっただろう。デモクリスは几帳面な性格をしている。想定外の無礼な客人には幽村の時より対応が冷たい。
「なんだこのガキ? てかもうガキってだけでイラつくわ」
「黙れ。先の話の続きだけ話せ。お前達の中には時を操る者がいるのか」
ミラルベル教の助祭として礼儀を弁えていた幽村と違い、デモクリスはすぐにでも生意気な二人の首を刎ねたくなる。だが、高見の唱えた説はどうしても無視できなかった。合図を受けた兵達が穂先を向けると、ようやく降参とばかりに両手を上げた。
「さあ、どこかにいるんじゃねーのー」
「たぶんの話だよ。まだ時間系の魔法は確認されてない」
「だが貴様らは警戒しているのだろう」
「まーな、つーかどんな魔法よりヤベーのは多々良双一っつうクソ野郎だけど」
「戸波、番長とケンカしたことあったの?」
「昔、カツアゲしてるとこ邪魔されたんだよ。しかもあの野郎、人の鼻折っといて二年で同じクラスになった時、オレの顔すら覚えてなかった。そんで殴ってやろうとしたら、また鼻折られた」
「あっはははっ、自業自得でしょ」
「バカ野郎! オレは多々良のローキックに一発耐えたんだぞ!」
「そんなん自慢してるから相手にされなかったんだよ?」
デモクリスを無視して話が逸れていく戸波と高見。
その敬意の欠けた姿に、周囲の兵が二人を氷のような眼で見ていた。
「ふむ……礼儀を弁えさせる教育からしないと会話もままならんか」
そして、第一皇子がこの声を聞きたくないとばかりに目を瞑ると、二人は猿ぐつわを噛まされて教育部屋へと連行されていった。
「時すら操る可能性があるとは……聖女ラウラもどんな力を隠しているか。もう一度エピクロスに警告しておく必要があるな」
――――――――――
元クラスメイトが荒唐無稽な妄想話をフカシていた頃、ラウラは坑道で捕虜にした女貴族を取り囲んでいた。
女貴族の名前はティエンナ・バールトン。
皇帝直轄領を預かる貴族の一人、爵位は伯爵という大物だ。秘かに第二皇子エピクロスの派閥へ協力していたと判明している。
そして、戸波と高見に余計な情報を与えないように、ラウラとは別の馬車で輸送されてきた彼女だが、
「嫌やめて嫌やめて嫌やめてぇ! 豚の赤ちゃんなんて産みたくないのぉぉ! 私に触らないでぇえええ!! いやああああぁ!」
悲鳴で窓ガラスが割れそうなほど錯乱していた。わんわんと泣きじゃくり、意味のわからない言葉を喚いている。
一体どんな拷問をすれば、女性ながらに剣を習い男ばかりの帝国社会で伯爵の地位を守ってきた女傑が、こんな風になってしまうのか。ティエンナを連れてきたラウラに非難の視線が浴びせられる。
「わたしは女神様に誓って何もしていません」
聖書を胸に抱いて宣誓を唱える姿が白々しい。
「わたしはずっと戸波達を見張ってたので、捕まえた時に少し話しただけです」
だが、ラウラもこの世界で女神の名を使う事の危険性は承知している。今回は真実を述べていた。むしろ、ラウラもティエンナの様子を見て戸惑っていた。そうなると次に疑うべきは、オタクコンビとなるが。
「異世界人はメンタルが弱いよね」
「うむ、なさけない」
「……わたしが見てない隙に雪山で何したんですか」
「大した事はしてないよ。ただせっかくゴブリンとオークっぽい生物と会ったじゃん。だから異世界のお約束を聞かせてあげただけで、ね?」
「拙僧達はただ彼女に『くっ、殺せ!』と言わせたかっただけだ。具体的に説明すると、ゴブリンとオークというのは拙僧達の世界では――」
「だー! もういい、わかった、わかりました!」
「今のでなにがわかったんですの?」
途中でラウラが強引に黙らせた。ポーネットやシスターは意味がわからずポカンとしている。しかし絶対に説明させるわけにはいかない。
異世界ファンタジーのお約束。ゴブリンやオークと言えば、女を攫い、犯し、繁殖用の孕み袋として人間を襲う、とんでもなく凶悪で醜悪なモンスターだ。純粋なシスター達にそんな話はとても聞かせられない。
「ちぇ……。ラウラ様ってポーネット様に過保護だよね、やっぱ好きなん?」
「拙僧、不純異性交遊は断じて許さぬが百合ならば歓迎しよう」
「セクハラで逮捕しますよ」
金剛寺と玄間の功績とは認められなかったが、ティエンナはエピクロスから預かっていた密命をすんなりと吐いた。
「本当に帝国へ引き渡さないんですよね。教国へ亡命させてくれるんですよね。教国に行ったら、その二人は二度と私に近づけないと約束してくれますよねッ!」
裏取引よりも、逃げ場のない雪山で、金髪男装の令嬢をいやらしい眼で見る金剛寺達と半裸のオークに囲まれた事が完全にトラウマとなっている。
ヒトキメラを飼い慣らす――それは、これまでの継承権争いで亡くなった皇子の遺産を探していたエピクロスの部下が見つけた研究だった。
十数年前、オベリスクの地下で偶然過去の魔王と邂逅したとある皇子は、魔王に自分の子孫だと認められ、知識を与えられた。都合よく過去に掘られた隠し鉱山が近くにあったので、そこで研究をはじめたようだ。
その皇子はヒトキメラを純粋な労働力として考えていたが、エピクロスはそれを軍事利用する計画に変えてしまったのだ。
「いけません! 第二皇子の計画を止めて豚さんを助けないといけませんわ!」
「豚人間は牧場のかわいい子豚と違ってグロいですよ」
「かわいい物好きのポーネット様もトラウマになりかねんぞ」
「そういう問題ではありませんん!」
ポーネットがこぶしを握り立ちあがる。
ラウラの自慢風冒険譚によりヒトキメラが元は人間だった事実と、知能は低下しているが、個々の意思がしっかりとある事は報告されている。そんな哀れな存在を、今また生物兵器として利用しようなどと、ミラルベル教の巫女として看過できない。
「そこで次の問題……本命の研究所がどこにあるのか分からないぞっと」
ラウラの視線にティエンナがコクコクと頷く。
エピクロスは五百前の転移者である魔王を信じていなかった。ヒトキメラを従える方法を教えたのは、魔王が復活した暁には、研究結果を奪い魔王の軍勢を作るためだと疑っていたのだ。
そのため、最も進んだ研究をしている場所は他に用意されていた。最初に作られた研究所がまだ生きていた理由も、魔王の復活を見張る役目が強かったという。
話を聞いたポーネットはシスター達へ呼びかけた。シスター達は聖騎士達が調べた帝国各地の情報をまとめる。
ゴブリンが檻に入れられていたのは研究のためだけではない。外部の研究所へ出荷する分だった。その情報から、国へ登録されている牧場の規模、出荷・消費されている家畜の数・家畜の飼料などを辿り、不自然な地域がないか推理していく。
「食欲旺盛。じっとしているのが苦手。人語を話す。室内や狭い土地で管理できるような生き物ではない。失敗した場合には、殺処分して埋葬する土地も必要……それから陛下へも報告できないなら施設の大規模な偽装は必須で~」
「シスターさんマジすごいな」
「私達ではありませんよ。聖騎士様が優秀なのです」
玄間は次々に情報が書き込まれていく帝国地図を見て感嘆する。
「聖騎士って信仰・教養・武芸・人格の全てを認められた神聖ミラルベル教国の最上位国家資格みたいなもんですからね」
「超エリートじゃん。今度から敬語使うわ」
「ふふふ、まあ資格の頂点に立つのが聖女ですが」
「巫女を選抜する修道院を出ているわたくしと違って、ラウラさんは裏口入学みたいなものでは?」
ラウラが裏切りに遭ったような顔をポーネットへ向ける。
そうこうしている内に、不思議な領地が見つかった。大地の恵みの少ない帝国においても極寒極貧で知られる北の地。役人も調査に行きたがらないような地域だ。
作物も飼料も育ちにくい場所ではあるが、それを考慮しても食料関係の輸入量が異常だった。特に、維持する理由がないほどの赤字を出し続けていそうな大牧場が目立つ。この状態が何年も続いているのなら、投入されている資金は領主である貴族の資産をとうに超えているはずだ。
「次の目的地が決まったな!」
「ですね。それで最後にティエンナに聞きたいんですけど、戸波と高見はどうしてあそこにいたんですか?」
「それは……エピクロス様から預かっておけとしか……殿下は別に、異世界人を洗脳して従えようなどとは考えていないと思います」
「え? そうか、その二人って第二皇子が捕まえたことになるんですのね……」
ポーネットの頭に新しい疑問が生まれる。
坑道の主がエピクロスだったというなら、転移者を捕らえていた者もエピクロスということになる。しかし、戸波か高見のどちらかはメナスの探し人だろう。
メナスとエピクロスは必ずしも協力関係にあるわけではないのか、と確認しようとするも、エピクロスが派閥の貴族にも秘匿していた情報らしくティエンナは何も知らなかった。
「身内でも裏のかき合い騙し合いじゃ、外にいるこっちは余計わかんねーな」
「誰も信用できなくなりそうだ」
「ポーさんの話の中でもうひとつ気になったんですけど、戸波と高見のどっちかはエピクロスとは無関係の位置から捕まえられたんでしょうか」
「話した印象では、メナスの身近にいた転移者は一人だったみたいですわ」
「へー……」
ラウラの留守を狙うように接触してきたメナスの行動や、ポーネットととの“本当の関係”も聞きたそうにしていたが、今は元の話題を優先させる。
「ふむふむ……。デモクリスは転移者を排したい。戸波も高見も個人で動いているように見えなかった。皇帝は教会に嘘をつき、セックスコンシェルジュ藤沼を含めた転移者を複数囲っている可能性ありと……」
ラウラが暗に、油小路を拉致している犯人も皇帝ヌルンクスの可能性が最も高いと疑っていた。
第一皇子デモクリスは転移者をこの世界に関わらせたくない。
彼の管理する南の部隊が魔の森から出たばかりの転移者と戦ったことがあるとの情報。前々からジャビスを通してバンデーンとそうした協議を持っていたという情報も入っている。この点に関しては信憑性がある。
第二皇子エピクロスが戸波と高見を隔離していた場所に油小路はいなかった。ならば、ヒトキメラと転移者の研究――派閥争いで劣勢にあるエピクロスに、ふたつを同時に研究する余裕があるとは考えにくい。
「やはり一番くさいのは皇帝ですか……。大人しくしてろと言うつもりでしたが、司教にも働いてもらいましょう!」
――――――――――
バンデーンが全快したとの報せも待たず、ラウラは屋敷を訪ねた。
「――そういう訳で、わたしが北でエピクロスの企みを潰してくる間、帝都の調査をお願いします。主に皇帝近辺の」
まだ顔色がやや青く時折咳き込んでいるバンデーン。それでも、必要とあらば信仰の下に己を捧げるのが枢機卿司教の役目だと言われたら逃げ道は残されていない。ここで聖女が好からぬ噂を流せば、教皇選挙での勝ち目はなくなる。頼み事をする聖女の笑みの裏に、有無を言わさぬ脅しが見えた。
「もう少し回復を待って差し上げても……」
「バンデーン司教が正気に戻れたのは、風邪で死にかけただけでなく、司教に魔法をかけていた人物をエピクロスが秘密裏に引き離したからだと思います。なら、皇帝の眼がエピクロスへ移っている間に仕掛けたいです。たとえ幽村抜きでも強行してもらいます」
「でも第二皇子はマジで何をしたいわけ? パパ上様に反抗期?」
「まだよくわかりません」
ラウラはバッグから三枚の紙を取り出す。玄間に描かせた戸波と高見、ついでに藤沼の似顔絵だ。記憶にある人物がいないか聞いてみる。
「申し訳ない。ここ最近、親しい誰かと過ごしていたような、ずっと心地好い夢を見ていたような、そんな想いが残っているだけなのです。あとはぽっかりと記憶に穴が開いたようで何も覚えておらず……」
バンデーンは悔しそうに項垂れた。
しかし、精神系魔法の副作用で記憶があやふやになるっている可能性を考えるとバンデーンを責められなかった。
「こっちも何をしたかったんでしょうか。最終的に司教を傀儡にしたかったのかな。強制的に親しくなる魔法で“友達魔法”とか“友情魔法”とかある?」
「あのクラスの連中が友達欲しいなんてカワイイ願い持つかよ」
「下僕が欲しいという願いはあったがな」
「じゃー他にどんな可能性がありますかね」
ラウラの挙げた例は、貴志が暴走する切っ掛けとなった八幡の“王様魔法”に比べたら、まだ優しい魔法だろうと笑いが起こる。
バンデーンが皇帝の罠にみすみす嵌まったことなど何でもないかの様に笑う三人組に囲まれ、バンデーンにも野心に燃えていた時の調子が戻ってきた。
「ごほんっ。しかしですよ。せっかく捕らえ――うん゙ん゙っ、保護した転移者をデモクリス殿下に渡してしまったのは些かやりすぎでしょう。私に一言相談してもらいたかった。私が交渉し引き渡していれば、何か恩を売れたかもしれません」
「それはわたくしも言いましたわ」
「ちなみに拙僧とゲンゲンも一応止めた」
四方から白い眼を向けられようと、ラウラは自身の正当性を疑わない。
「戸波は冗談抜きに何か狂気じみたものを感じたんです」
「戸波はゴミカスうんこ野郎だけど、そこまでヤバいやつじゃなくね」
「調子コイてるだけの不良だぞ」
「そこはまあ……戸波というより、嫌な感じがするのは戸波の魔法ですね、たぶん」
「たぶんって。そんな曖昧な理由で捨ててきたんですの」
「ラウラ様、だんだんイタい感じのオカルト少女になってない?」
「エスパー少女ラウラ」
「なってない! その呼び方もやめい!」
周囲の反応は半信半疑といったところ。
それでも人間の無意識は侮れない。拭えない違和感、理由なき忌避感、そうした物を強く感じた時に、大きな問題が潜んでいる事は往々にしてある。特に争いの最中にある時のラウラはそうした勘を外さない。
ここはラウラが押し切り、戸波と高見に関しては幽村と同様に、デモクリスへ預けたままとする方針が継続された。
多くの危険人物達を帝都へ残し、今度は北へと旅立つ。




