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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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26 入れ違い

「んっ、ふぅ……ねぇ、黒って地味だしやぼったいと思わない? サイズも合わないし、あなたの法衣を貸してくれない?」


 デモクリスの屋敷へ向かう馬車の中――シスター用の黒い修道服に着替えたメナスは、きつい腰回りと胸元を直しながら不満げだった。だが言うまでもなく、神聖な法衣を貸す訳にはいかない。

 服に手を入れては、ぐいぐいと何度も位置を調整するメナスを見て頭を抱える。胸辺りが特に窮屈らしく、動く度に艶のある声を漏らすせいで周囲の目を引いて仕方がない。同性のシスターですらメナスの一挙手一投足に頬を赤らめていた。


「はぁ、この方と行動するのは見られたがりの聖女様より大変かもしれないわ」

「なぁに、あの子そんな癖があるの?」

「なんでも常に人目を意識することで肌と筋肉が美しく磨かれるそうで」


 服装において機能美しか考慮するセンスのない聖女はやたらと薄着を好む。


『ラウラのラは裸族のラ~♪』


 と歌っていたのは聖女と仲の良い料理屋の店主だったか。室内では基本的に全裸か下着姿。ポーネットとメイアの教育によって、スカートを膝上まで持ち上げたり、胸元を開いてぱたぱた扇ぐといった行為はしなくなかったが、今日までの道のりはかなり険しかった。

 思い返せば、メイアも“愛の教会”の巫女らしく素行が良いとは言えなかった。どうして自分の周りには面倒な女性ばかりが集まるのか、女神に一度問うてみたくなる。


「こどもなのに分かってるじゃない、その通りよ。“波乙女の杖”なんて女にとって垂涎物の聖遺物を持ってる人には分からないでしょうけど」

「わたくしの聖遺物を知っているの?」

「……だって前適合者のリットン様は有名でしょう。何十年も宣教師を続けられるのは、聖遺物が老化を遅らせ肉体を万全に保つからだと本人もおっしゃっていたわ。あっそうそうリットン様と言えば、聖女様ってリットン様が魔の森から拾ってきたって本当? あなたとはどこで知り合ったの?」

「教会としては答えづらい質問ですわね」

「えー、おしえてよぉ」

「距離が近い」


 まるで十年来の友人のように距離を詰めてくるメナスに対して、ポーネットは態度を決めかねていた。

 取り引きによってメナスにさせることは決まっている。自分の質問に全て正直に答えさせることだ。


 メナス=メレスとは偽名ではないのか。

 本当は行方不明になった“愛の教会”の巫女サリエラではないのか。

 そして最も聞きたい事――巫女になる前はどこで何をしていたか。

 しかし、求めている情報を知ってしまう事を同時に恐れてもいる。答え如何では、自分がどうなってしまうのか予想できなかったからだ。胸の内では、まだ整理のつかない不安と怒りが渦巻いている。


 メナスの質問を適当にあしらいながら躱している間に、デモクリスが管理する地区へ入った。


「ちょっ、それ、ふざけてるの」


 馬車を降りようというところで、目隠しのヴェールを外したメナスの顔面にぶ厚い瓶底眼鏡がかかっていて、つい笑ってしまう。


「もう失礼ねっ、変装は必要でしょ。デモクリスの部下に近づけないんだから」

「だからってなんで瓶底」

「このヴェールは光を減衰をさせる魔導具なの。見えすぎる私のために陛下が用意してくれた逸品なのよ」

「ではついでに、一度素顔を見せてくださいません?」

「それが取り引きならいいわ」


 ならばいい、とポーネットは不機嫌に顔を背けた。

 素顔を視るために取り引きを使うのでは安すぎる。



 幽村の監禁場所は思いのほか警備が薄かった。だが、過剰に兵力を配置すれば、重要なものがここにあると主張しているも同じ。美貌の魔女の情報網がなければ誰も辿り着けなかったのだから、デモクリスの失策とは言えない。


 行く手を阻む衛兵を前にして気持ちを急くメナスを下がらせる。

 ここまでの道中で少し話して分かったが、メナスの情報収集能力と人心掌握術は彼女の色香に由来する。老若男女問わず篭絡する手際は見事としか言いようがない。未だに女子力底辺をさ迷っているラウラから見れば、魔法にすら見えそうな特異技術だ。

 しかし、そのメナスも屋敷の中から自分達とのやり取りを見守っている別の衛兵まで操ることはできない。彼女のしていることは魔法ではない、あくまで技術だ。強引に進めば、目的を達する前にデモクリスを呼ばれてしまう。


 ポーネットは代わりに、ラウラの紋章を入れた使徒座の聖務証明書を掲げて堂々と屋敷を調べる権利を主張した。

 聖務証明書の力は強い。ルパ帝国には貴族でも拒めない裁判所の発行した逮捕状があるが、この書状が持つ権威は同等だろう。

 如何に皇族に仕える者であっても、この世界ほぼ全ての人間がミラルベル教の信者なのだ。聖務を妨害して背教者の誹りを受ければ、人生を破滅させる要因となる。余程の権力がなければ逆らえない。

 この聖務証明書と共に、使徒座の巫女から「お前の顔は覚えたぞ」と言わんばかりに詰め寄られれば、一介の衛兵程度など黙って置物になるしかなかった。


「おはげとゲンマの遊びが役に立つ日が来るなんてね」


 使徒座の聖務証明書を発行できる者は、教皇、精霊アヴィ、聖女のみ。

 聖女は帝都を離れているので、新しく作られた書状は当然の如く偽造である。


「昔の巫女はそこまで型破りじゃなかったと思うのだけど……。噂の聖女様の影響なの? ねぇポー、お友達は選んだ方がいいわよ?」

「あなたにポーなんて慣れ慣れしく呼ばれる筋合いありません!」

「ご、ごめんなさい。少し……気を許してくれたのかと思ってしまって」



 広い屋敷だ。何時こっそりデモクリスへ連絡されるかもわからない。しょんぼりと背中を丸めるメナスを置いて、ポーネットは次々に屋敷の扉を開けていく。

 客間のある二階、三階と順に調べ、最後の部屋でようやく幽村を見つけた。しかし、呼びかけても反応がない。

 幽村は凛とした姿勢で独房のような殺風景な部屋の中心に座っていた。よく金剛寺が部屋でしている座禅というポーズだ。瞑想の時に行うのだという。様子のおかしい幽村に再度呼びかける。


「………………ずっと、考えていました」


 ようやく幽村が目を開いた。

 戒座の神官から聞かされた報告では、デモクリスに連行された時の幽村は動揺し、怯えていた様子だったとされていたが全く違う。その瞳からは、強い決意が炎の如く揺らめいていた。


「今の私は足りないのです」

「……足りない、とは?」

「オレは……私は、唯一無二の親友である油小路を助けにも行けず、こんな所にいる。このままでは昔と何も変わらない。これからも変えられない。今はここで気持ちの整頓を行い、自分の眼を曇らせている邪念を振り払わなければならない時なのです」


 伸ばしたポーネットの手が見えない壁に弾かれる。

 魔法による拒絶だ。


「ぶっちゃけ何をおっしゃっているのか分からないのですけど」

「聖女様にお伝えください、私はここで魔法の修練に励むと。そしてバンデーン様には、必ず私が貴方を解放してみせると」

「ええー……」


 ポーネットは幽村の過去を知らない。油小路が唯一無二の親友だという話も初耳だ。彼がここに連れて来られてから、何を聞かされどんな心情の変化があったのかも理解できない。だからこういう時、どうするべきか悩む。


 傍若無人な聖女なら「うるさい黙れ」と問答無用で縛り上げて連れ帰るだろうか。なんだかんだでラウラとポーネットの思考は似ている。しかし、彼女と同じように行動して上手くやれるのは彼女だけだ。

 相棒のメイアならどうするか。きっと「意味がわからなくても男の決意は立ててあげるのがイイ女ですよ」とでも答えるだろうか。



「――よしっ、それではカスムラ様のご無事をお祈りしていますわ」


 更にいくつか質問を重ねる。そして幽村からデモクリスが誘拐した目的を聞き出したポーネットは、要領の良い方の友人の脳内ボイスを採用した。


 デモクリスは魔法を強要するでもなく、異世界の知識を求めるでもなく、ただ監禁しているだけだった。部屋に閉じ込められている以外に不便はない。家具や食事の質は教会の質素な物よりも上等だ。本人が無事で、客人としてここに残るというなら否やはない。


「じゃあ皇子が飛んでくる前に帰りましょうか」

「ちょっと!? 私の探し人を忘れて帰ろうとしないで!」


 部屋から出て行こうとするポーネットをメナスが掴んだ。

 幽村は見つかったが、メナスの探している人物は影も形もない。


「カスムラ様、どうか教えてくださいませ。この屋敷の他でもデモクリスが転移者を捕らえているか聞いていませんか」

「残念ですがデモクリス殿下はかかわっていないと思われます」

「そんな……なにか、なにか隠し事などをしている様子は……」

「彼は何度か顔を見せに来ていて、その際、私はいくつか質問をしました。彼は態度こそ暴君ですが答えは誠実でした。私が探している油小路という男についても、見つければ会わせてくれると約束してくださいました」


 床に膝をつき必死に訴える姿に、幽村も同情して手を差し伸べる。


「その者の名前は何というのですか。私も情報を集めるようにしますが」

「それは、その……言えません」


 ちらりとポーネットの顔を窺う。

 探し人の名前を明かせない理由があるということは察していた。

 教会には玄間、金剛寺という協力者。自由都市同盟シルブロンドで捕らえられた転移者がいる。名前を出すだけで警戒されるような人物なのだろう。


「いえ、後は自分でどうにかします。でもここにもいないだなんて……ああ、あの方は一体いずこへ……」


 メナスは礼を伝え、ふらふらとしたまま背を向けた。




 再びポーネットの駐留している屋敷へ戻る頃には、疲弊した様子もなく、メナスは飄々とした態度に戻っていた。きついと文句を言っていた修道服から元のゆったりとしたドレスに着替えて悠然とお茶を飲んでいる。


「さて、取り引きの件だけど……私の探し人は見つけられなかったのだから、何でも言うことを聞くっていうのはナシでいいわよね」


 白々しくそんなことを言ってくる。恩人と呼ぶ相手を探す健気で儚げな姿は仮で、図々しくて自分勝手な姿が彼女の本性に近い。


「あなたもまだ、覚悟ができていないみたいだし」

「そ、それはっ……」


 丸一日、行動を共にした。

 仕草や声、体つき、目以外の顔の造詣をじっくり観察できた。

 自分の知りたかった事実は確信に変わりつつある。

 しかし、肝心な相手を前にしたら、核心へ手を伸ばす覚悟がまだ自分の中で固まっていないと気がついた。


 ややムッツリとしていたポーネットは、見抜かれているような居心地の悪さを受けて無言にまま、メナスにもう帰っていいと促した。


「いいえ、何も返さず帰ったのでは私の格が下がるわ。あなた達の知りたがってることを少しだけ教えてあげる」


 とメナスはティーカップを離さなかった。

 口調からプライドの高さが覗く。ただ若干、頬に浮かべた微笑からは、まだポーネットと話をしていたいだけのようにも見えた。


「いくら精力的な陛下でも、公務をしながら毎日子作りに励むなんて無理。肉体的にも精神的にもね。だけど半年以上前から陛下が後宮に通わなかった日は一日もない」


 メナスの情報は皇帝ヌルンクスについてだった。教会のシスターが皇帝の後宮を調べていることもメナスの情報網に引っかかっていたのだ。


「以前の陛下はもっと情熱的な方だった。確かに気は多かったけど、一度にそんなに多くの女を愛せる方ではなかったはずなの」

「……何か吹き込んでいる者がいる?」

「正解、いるわ。後宮に出入りすることを許された唯一の男が」

「その方の名前も教えてくれるのかしら」

「セックスコンシェルジュ・フジヌマ、と名乗っていたわね」

「セッ――!?」


 椅子から転げ落ちそうになる。

 セックスコンシェルジュ、聞いた事もない職業だった。

 この帝国にはいくつ頭痛の種が植えられているのか。頭の悪そうな名前から、金剛寺・玄間の同郷の者が悪事を働いているのは明白だった。


「異世界人ってなんでこうバカと狂気が混在してるんですの……」

「“愛の教会”にもそういう仕事してる人いるけど?」

「聞きたくない」


 最後にポーネットを困らせたことで、メナスはいたずらっ子のように満足して帰っていった。




――――――――――




 幽村と再会してからしばらくして、ポーネットはバンデーンから呼び出しを受けた。

 何者かがデモクリスの屋敷に強引に押し入ったという話だ。もちろんポーネットとメナスのことである。


「もう十日以上も前のことですのに、わざわざ時間を置いてからなんて……」


 帝都についてから視線にねっとりしたいやらしさを含むようになったバンデーンには苦手意識を抱いている。だが屋敷を訪ねたことは知られている。無視するわけにもいかなかった。

 ただ――先日すでに聖女帰還の先触れも来ている。早ければ今日にも戻ってくるかもしれない。聖務証明書を偽造したことはもう蒸し返さないで欲しい、と気が重くなる。



「サトルの無事を確認してくれたらしいな。私の部下であるのに、使徒座には無理をさせてしまった。そなたに感謝と謝罪を」

「バ、バンデーン様、どうなさいましたの!?」


 ポーネットは思わず声を荒げた。

 強引な手法を使ったことを責められるでもなく、巫女よりも位階の高い枢機卿司教が丁寧に頭を下げたから――というのもあるが、バンデーンがシラフだったせいだ。まともに会話が成立するのも二ヵ月ぶりだった。


「なんだね、私が頭を下げるのはそんなに珍しいかね」

「い、いえー、そういうわけではー……」


 まじまじとバンデーンの顔色を確かめる。

 紅潮もなく目線もぶれない。呂律も回っている。シラフだ、間違いない。


「この際ですので忠言させてもらいます。お酒は控えた方がよろしいかと」

「……調子が戻ってから部下にも同じことを言われたが一体何の話だ。私がいつ泥酔するほど飲んだというのだ」

「記憶がないんですの……?」


 酒を飲み過ぎて記憶が飛ぶことは間々ある。しかし、酒を飲んだ記憶ごと飛ぶことはまずない。ポーネットはバンデーンに帝都へ着いてからの記憶を確認する。

 すると、バンデーンはほとんどの記憶を失っていた。しかも記憶を失っている部分をぼんやりとしか意識できないようになっていた。


「お酒でも薬物でもない……酒を盛ったのは転移者の魔法を誤魔化すための偽装? でもどうして急に元に戻ったのかしら」

「実は十日前にひどく風邪をこじらせて死にかけていたらしい。帝国の冬はツラいな、そなたの聖遺物が羨ましいよ。……それで昨日目覚めてから、どうにも記憶があいまいで。そうか……私は魔法を受けていたか……これが魔法……」


 バンデーンは顔を隠すように手で覆う。指の隙間から、その鋭い視線が一瞬宮殿の方角へ向けられたことをポーネットは見逃さなかった。


「陛下に問わねばならんなぁ」

「バンデーン様、軽挙妄動は慎まれますよう」

「ふっ、使徒座の巫女がそれを言うか」

「我々には女神様より授かった強い力がありますもの。宮殿へ行くのならせめて幽村様をお連れになった方が」


 目的が不明でも皇帝の罠にかけられたと理解している。そしてそれは相手にもバレる。もう一度無警戒に登城すれば、次に無事で済む保証はない。

 バンデーンが正気になったのなら、その政治力を果敢に発揮し、幽村を正面から連れ帰ることも可能だ。魔法には魔法。護衛として連れて行くべきである。


「サトルは自らの道を見い出したのだろう。彼はずっと迷いを抱えていた。若者が己の道を歩もうという時に年寄りが水を差す訳にもいかん」

「ですけど」

「分かっている。今、聖女様とコンゴウジ達はいないと聞いた。一度意見を聞くまで宮殿には行かんよ。転移者とまともにやり合えるのは教会で彼女しかいないことぐらい理解している」


 バンデーンが風邪で死にかけていた事は本当だ。今も少しツラそうにしている。皇帝からお呼びがかかろうとまだしばらくは無視できる。


「すまん、少し眠らせてくれ。次会うまでに風邪は治しておく」

「ええ、どうかご自愛くださいませ」



 バンデーンの風邪がぶり返さない内に屋敷を出る。

 街の様子が騒がしい。シスター達がポーネットを守るように取り囲んだ。


「ポーネット様、急いで馬車へ」

「何かあったの?」

「第一皇子の騎兵が走り回っております」


 路上では市民が隅っこで身体を丸め、馬に乗った兵士が険しい顔で家を出ないように呼びかけている。騎兵の目的地は貴族街のようだ。


「今日はもう出歩かない方がよさそうね」


 おそらく問題が起きている場所で、先日無茶をしたばかりですし、と帰路につく。

 ポーネットが屋敷に着くと今朝までなかった馬車が増えていた。聖女が隠れて移動するために用意した装飾の慎ましい小さな馬車。入れ違いでラウラが戻っている。



「あいつら置いてきて本当によかったの?」

「寝首かかれてもたまらないですし仕方ねーです。魔法は先手必勝というか初見殺しなとこがありますからね。殺していいならそれでもよかったんですけど」

「する気もないのに怖いこと言うなって。……ないよな?」

「無暗な殺生は認めんぞ」


 ラウラの部屋から会話が漏れていた。

 部屋に入る前に髪を整えながら会話の続きを盗み聞きする。


「それに、信用ない魔法を身近に置き続けるとカプグラ症候群に陥りかねない」

「なんだそれは」

「知人の中身が他人と入れ替わっていると錯覚する精神疾患です。転移者同士、誰かと再会しても魔法の侵食を疑いソレが以前と同じ人物だと断言できない。まぁ異世界で二年近くも過ごせば性格くらい変わって当然な部分もありますが――」

「あなた達、また何かしでかしたんですのッ!!」


 バンっ、わざと大きな音を立てて入室した。

 驚いたラウラ達が椅子から飛び跳ねた。どうして気がつかなかったとラウラが金剛寺を睨んでいる。

 ちなみに、金剛寺とポーネットの聴力強化ではポーネットの方が優秀だ。“波乙女の杖”は身体能力の向上に加えて、周囲の水分子に干渉する。不要な振動を制限して適合者が求める音をクリアにするフィルターの役目も持つ。


 それで、ラウラに何をしたのか問いただすと、


「デモクリスの館に転移者を二人ほど捨てて来ました!」


 屈託のない笑顔でそう答えた。

 先触れの返しで迎えに出したシスターから幽村の話を聞いたらしい。


 ラウラは今回の旅で新たに二名の転移者、戸波と高見を助けたが、彼らは信用が置けず管理すら難しいと判断した。

 幸いなことに、彼らが簡易な牢に繋がれていた事から、大規模な魔法は使えない、神気と呼ばれる魔法の源も多く所有していないと予想された。

 それに事件を起こされるのなら、転移者に懐疑的で皇族の権限とマンパワーを行使できるデモクリスに任せてしまった方が良いと考えたのだ。


「一言相談して欲しかったですわ」

「戸波の口が悪くてねー。ラウラ様が一秒でも同じ空気を吸いたくないって」

「結局、高見もラウラ様を挑発して半殺しにされてたしな……」

「あれはセクハラです。それにおまえ達も殴ってたじゃないですか」

「つまり三人でやらかしたと」


 ポーネットに順番に睨まれ、慌てて話題を逸らそうとする。

 自分が一やらかす間にラウラは十やらかす。ポーネットが内心では自分のミスが小さなものに思えて安堵していることに三人は気づけない。


「と、ところで、幽村と油小路って友達だったん?」

「作り話だろう。仲良くしてた覚えはないぞ」

「そんなことよりポーさん、教国へ帰ったら自伝を執筆するので、しばらく聖女稼業はお休みしますね」

「……あなた方、悪い転移者を捕らえてきただけじゃないんですの?」

「ふふふ聞いてください。わたしはついに、魔王を討伐しました!」


 ラウラが声高らかに今回の冒険譚を語りはじめた。


 時の政権に迫害されながらも自然と共に生きる帝国棄民との出会い。

 生物としての在り方すら歪められた悲しき一族ブタにんげんとの遭遇。

 オベリスクが語る歴史の闇に隠された真実と先代聖女の想い。

 人の肉体を捨ててまで生き続けていた悪徳の魔王との決戦。

 そして、魔王の悪意を引き継ぐ現代の戦いへと戦場は変わる。

 五百年前から続く聖女という英雄の物語だ。


「大したことしてないのに、こうやって聞かされると壮大なスペクタクルを経験してきた気がするな!」

「でも確実に焚書されるだろ、その自伝」

「書けないとこは適当に脚色するからダイジョブダイジョブー!」

「捏造した手記なんて検閲で出版差し止めですわよ」

「わたし聖女なのに検閲されるの!?」


(ともあれ、置いてきたというどちらかがあの女の探し人でしょう。まさか転移者を管理する教会が、逆に皇子の屋敷へ放り込んでくるとは思いませんわよね)


 ここ数日、メナスの姿を思い返しては苦々しい表情をしていたポーネットだが、ラウラの得意げな語り顔を見てにこりと笑った。


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