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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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25 あの人を探して

「うおおっ、戸波が死んでるぅ!?」

「死んでねー……」

「あ、生きてるか」

「ほら、止まらずきびきび歩きなさい」


 金剛寺の耳に聞き覚えのある男の声が響いた。

 手早く調査を終えて戻ったラウラの前を男が歩いている。

 ちなみに戸波は高校時代に買った恨みが祟ったらしい。たった数分の間にボロ雑巾にされていた。


「むむ? ラウラ様……そやつ、高見ではないか?」

「金剛寺と玄間じゃん、やほー。魔の森以来だね、みんなの友達タカミーだよ」

「いや別に友達じゃないし、そんな慣れ慣れしくされても困る」

「オタク君らはノリ悪いなぁ」


 軽い調子で挨拶をしてきたのは、元2-Aクラスメイトの高見駿たかみしゅん

 別の牢屋で捕まっていたところをラウラに救出されてきた。


「ところで二人に聞きたいんだけどさぁ……この女の子なんなの? いきなりピッキングで牢屋開けたと思ったら、腕ひねり上げて放してくれないんですけど」

「呪文を唱えようとしたら手首を折る」

「しかもめっちゃ怖い」


 高見は鮫島や姫川といった女遊びの好きなグループと仲が良かった。そのため、戸波と同様にラウラはあまり接点を持っていない。つまり情報のない相手。上位の警戒対象となっている。

 ずたぼろになった戸波の横に正座させられ、高見は恐々としてラウラを筆頭とした三人組を見上げる。


「まずは二人の魔法について教えてくれますか」

「戸波も高見も、このお方が丁寧な態度取ってる内に素直になった方がいいぞ」

「毎晩悪夢にうなされたくなければ逆らわない事をおすすめする」


 ラウラはミラルベル教の聖女であり、転移者救出の任務にあたっていることを伝える。そして、初めの質問は二人の持つ魔法についてだ。

 戸波も高見も、異世界に来た直後は貴志達と共に行動していた一員だ。しかし、戦闘やサバイバルには役に立たない能力だとして、魔法名すら正しく申告していなかった者達である。


「チッ……オレのは治癒魔法だよ。ただし女限定な。男には何の効果もねえけど、女こますにはかなり便利だぜ」

「オレも治癒魔法だよー。ただしこっちは心の治療限定ね」

「なにその微妙な制限」

「幽村の治癒魔法は体も心も癒せたけど、大きな傷は癒せなかった。願いが重複して色んな魔法に分散されたのかも? でも同一の魔法は存在しないはずでは……」

「ラウラ様、少し待ってくれ」


 2-Aの生徒なら、しょうもない魔法が生まれても仕方ないか、と呆れ気味のラウラに金剛寺は待ったをかける。


 戸波の魔法は女性限定の治癒魔法。

 高見の魔法は精神限定の治癒魔法。

 二人の自己申告は、半分正しくて半分ウソが混じっている――金剛寺の魔法は他人の筋肉の動きを読み取る。確実とまでは言えないが、相手がウソをつく時特有の不自然な筋肉の緊張を感じていた。


「治癒系統の呪文を持つようだが、魔法名は偽物だな」

「そうなんですか、女神の代弁者である聖女の前でウソをつくとは嘆かわしい……。よし、わたしがウソをつけないように、不良のシメ方の手本を見せてあげましょう」


 ラウラが言うと、ついさっきまで腕を捻られていた高見が慌て出した。

 しかし、戸波の方はラウラを権力者の娘程度にしか見ておらず、強気な姿勢を崩さない。


「ペッ! オメーみたいなおチビちゃんにエラそうにされる理由ねーんですけどォ? 金剛寺も魔法で強くなったからって調子くれてっと後で痛い目みるぜぼはぁ」


 予告もなく戸波の鼻っ面につま先蹴りが入った。

 鼻血を吹き出す戸波に対して、容赦のないストンピングが続く。


「おらおら、ついでに聞いてやる、油小路はどこだ! おまえ達は何をしたせいでここに捕まっていた! とっとと吐けおらぁ!」

「おっ、おい金剛寺、玄間も、この子止めろよ。戸波死ぬぞっ」

「そ、そうだな。ラウラ様、その辺で……」

「まだですよ。こいつからは強い反抗心と悪意を感じます」


 顔面を踏まれながらも、戸波はにやりと笑みを浮かべた。


「わかっ、てんじゃねえか。なんも答えねーよ、バーカ……」


 金剛寺達に殴られていたこともあり、戸波はそのまま気を失った。

 最後に残したのは、ラウラの言う様に悪意に満ちた笑みだった。


「ムダに根性見せやがる。魔法による侵食を受けてるんでしょうか」

「戸波は一応名前が通った不良だったし、根性入ってるのも性格最悪なのも素だろ」

「そうなんですか。脅威レベルが低くて尋問しようにもわたしの力は使う気になれないし時間もない……こいつ、捕まえても管理するの面倒そうだから鎖につないでここに放置しちゃってもいい?」

「雪山に置き去りとか殺人と変わらんぞ」

「さっきカンちゃんに言った言葉を思い出せよ」

「じゃあコレは一旦置いといて、次の尋問に行きます」


 ラウラ達三人に囲まれて高見は両手を上げる。


「降参降参っ! なんでも答えるから、暴力はやめよ? ね?」


 情けないほどあっけなく白旗が振られた。

 それでも、ラウラは高見の頭を掴んで放さない。


「悪意ではありませんが、おまえからも何か強い決意を感じます。それに……心を癒す魔法の影響か、さっきまで抱いていた恐怖と痛みが消えてますね。もしかして罪悪感とかも消せます? ウソが上手い。自己欺瞞が得意な人間でしょうか」


 まっすぐに瞳を覗いて視線を逸らさせない。

 そして、高見の怯えは演技ではないかと問いかける。

 高見も戸波も、ただ転移者だとバレて拉致されたのではなく、帝国内で悪事を働いていた、もしくは悪事の準備していたせいで捕まったと見てよさそうだ。


「……あのさ、ラウラ様の“ソレ”なんなの? まほ、聖遺物の能力?」

「ん? 高い共感能力のことなら単にわたしが生まれ持った性質ですよ」

「ええ、共感とか無縁な人間のくせに何言ってんの」

「隠すなら隠すでもっとマシなウソをつけ」


 金剛寺と玄間は疑いの眼を向けたままだが、高見はラウラの言葉を信じたようだ。上げていた両手を下げ、へらへらと胡散臭い笑みを返してくる。


「マジ鋭いね、おチビちゃん。ミラルベル教ってのも侮れないなー」

「で、質問に答えるつもりは?」

「ハハハ、もちろんないよー。能力を他人に教えるつもりはない。魔法はオレの生命線だから。……まあ助けてもらったし、ここで得た情報なら答えるよ。まず油小路の行方は知らない。少なくともここにはいないはずだ。それと、戸波はまだここに連れて来られてから日が浅い」

「なら油小路は一体どこに……? この施設は、転移者を洗脳する実験場では……あっいえ、なんでもありません」


 魔法で奇跡を起こすには、強い願望が必要となる。

 薬で朦朧とした状態や廃人になってしまっては魔法は使えない。

 魔法を使える状態で操るには、特殊な方法で洗脳しなければならない。

 途中まで言ってから、そもそもこの世界の住人は魔法を使うための精神状態など知らないことに気づいた。


「オレや戸波が捕まる前から洗脳の研究はされてたみたいよ」

「続けてください」

「もっと? オレも来たのは最近だし牢にいたからなぁ。そんじゃ最後に……そこで死んだふりしてる女がここの責任者だよ。あははっ、貴族ってのは生き汚いね」


 全員の視線が後方へ。自害した死体のふりをしていた女性に集まる。

 山奥にいながら化粧で顔を飾った女性が固まった。

 言われてから観察してみれば、仕立ての良いコートを着た男はサイズもデザインも似合っていない。何より雰囲気が貴族らしくない。こちらはゴブリンがモルゼフ工房長と呼んでいた男で、死を偽装するために部下と入れ替わったのだろう。


「くふふ、帝都へ戻る前に良いお土産ができました」

「だからその顔」


 童顔聖女から笑顔を向けられた女性は声にならない悲鳴を上げた。




――――――――――




「本日午後の分の報告になります」

「うそっ、まだこんなに!?」


 テーブルの上では、白い紙束が山脈を築いている。

 ラウラが秘かに帝都を旅立ってから、帝国各地で情報収集に当たっていた聖騎士団が詳細な報告を寄越すようになっていた。

 雪で移動も困難な中、使命感を以って迅速に任務をこなしてくれたことはありがたいが、大量の情報はポーネットの処理能力を超えていた。


「ぐで~、もうむり~。強引にでもメイアを連れてくればよかった~」


 手から零れ落ちたペンが転がっていく。仕事をしてくれたシスターや聖騎士には申し訳ないと感じつつ、報告書を投げてテーブルに突っ伏す。

 ポーネットはこうした重度の頭脳労働に向いていない。何をするにも要領のいい相棒が珍しく恋しくなる。

 もっとも、巫女になってからずっと相棒を組んでいるメイアは、魔の森の調査という名目で危険な魔獣狩りに連れて行かれた。今頃はポーネットよりも悲痛な叫びを上げているだろう。


「だらしのない声を出さないでくださいませ。ラウラ様みたいになりますよ」

「堕落の対象に聖女の名が使われるってどうなの?」

「あの方はご自分でどう言おうと女を捨てていますから。まるで生まれてこの方、一度も性別というものを意識した事がない野生児ですよ。ポーネット様も、女を捨てるなら貴女似の美しい子供を10人ほど産んでからにしてください」

「……あなた、結構言うわね」

「ポーネット様の美貌は世界の宝ですから!」

「そういう意味ではないのだけど」


 シスターはポーネットの肩を掴んで、ぐっと背筋を伸ばさせた。意識を入れ替えるためにも、部屋の窓を開け放ち、空になったカップに熱々の紅茶を淹れ直す。

 外から極寒の空気が流れ込んでくる。シスターはポーネットがやる気を見せるまで微動だにしない。ポーネット自身は聖遺物“波乙女の杖”の力でほとんど寒さを感じないがシスターは違う。生真面目なポーネットは、部下に不条理を課すことを嫌うと知った上での行為なのがいやらしい。

 ポーネットは一度だけ大きく息を吐いてから、再び書類の整理に戻る。




 いろいろと新しく得た情報を精査して判明した事実。

 現在の悪い状況を帝国へ招いたであろう発端は、皇帝ヌルンクスの思惑により生まれた可能性が高いということだ。


 以前、ルパ帝国には皇太子の地位に着いた皇子がいた。

 ヌルンクスの一人目の息子。

 能力、人格ともに優れ、誰もが認める皇子だったという。

 彼は大勢いる弟妹からも認められていた。

 デモクリスやエピクロスも、この年の離れた兄を大層慕っていた。

 彼の下で若い弟妹達はみな結束できていた。

 当代の皇族は大きな諍いもなく、帝位は皇太子に引き継がれる予定だった。


 しかしどういう訳か、ヌルンクスは第一皇子を皇太子にしておきながら、突如当時の第二皇子をかわいがりはじめた。

 第二皇子は次第に自分こそが皇太子に相応しいと増長した。そして皇太子と揉め事が増えはじめた頃、皇太子が謎の死を遂げた。

 暗殺の証拠は出なかったが、皇太子を慕っていた弟妹達はこぞって第二皇子の仕業だと責めた。そして第二皇子も謎の死を遂げる。

 その後、皇族内は疑心暗鬼となり、今回もルパ帝国が繰り返してきた血で血を洗う歴史をなぞりはじめた。


 加えて、現在の後宮の状況も怪しかった。

 ヌルンクスの側室の人数は、貴族の間で広まっている噂よりも数倍に膨れ上がっていた。子供も増やし続けている。後宮へ運ばれている物資から推測したところ、妊娠中の女性が少なくとも50人近くいる。

 これではデモクリスかエピクロスが皇太子になれても、新しい火種がいつ延焼するか分かったものではない。


 つまり、苛烈な皇位継承争いは皇帝ヌルンクスが仕組んだ結果だ。

 資料はそう答えを示している。




(なんでしょう、何か思い当たる……確か以前に、ラウラさんからこういう話を聞いたことがありますわね……元ネタは蟲毒といったかしら? でも自分のこどもに殺し合いをさせる? そんなの、あの女よりもひどい……)


 蟲毒の話は夏頃、自由都市同盟へ入る前の旅の途中で聞いた。

 ラウラが小生意気なピリカを怖がらせてやろうとはじめた肝試し。その中で行われた百物語というものに含まれていた。

 百物語はラウラが図書館で読んだ故事に、ホラーテイストを加えた作り話だと言っていたが――もしもミラルベル教国が把握していないだけで、ルパ帝国にも似た話が伝わっており、皇族を強くするために何百年もかけて徐々に呪いを深めるような儀式に手を染めていたとしたら。そう考えると報告書を持つ手に力が入る。


 使徒座の巫女は、過去の転移者が持ち込んだ呪いの話や御伽噺を基にして儀式めいた犯罪を行った者を捕まえることもある。その者が聖遺物の所持者でなくとも、転移者が絡んでいる悪辣な事件の収拾は使徒座の任務となるのだ。


(ただのスケベ親父じゃなくて狂人なのかしら。本国へ連絡するために確実な証拠を集めないと)


 此度の転移者拉致事件には、まだ教会が知らない裏がある。皇帝ヌルンクスについてもっと詳細に調べなければならない。

 しかし、慎重さも必要だ。教会の中にも後宮の情報を探りに近づいたまま戻ってこない者が出ていた。

 ポーネットはシスター達への指示を変えるためにテーブルを離れる。だが自分の手で扉を開けることはなかった。廊下側から慌てた様子のシスターが飛び込んできた。


「あら、危ないわよ」

「あ、あわわわ、すいません巫女様!」


 ポーネットの胸に飛び込んでしまった小柄なシスターが頭を下げる。

 “力の教会”でポーネットを補佐するシスターは、もれなくポーネットの熱狂的ファンである。普段なら偶然に甘えてポーネットの胸に抱きとめられたまま、最低でも一分間はその感触を楽しむシスターだが、今回は瞬時にポーネットから離れた。


「例の女性が訪ねてきました!」

「ッ!? 早くお通しして」


 例の女性。

 そう呼ばれて通じる相手は一人。現在ポーネットの探し人として最有力候補に挙がっている帝国の重要人物メナス=メレスだけだ。

 しかし、メナスはずっと、接触しようにも叶わず、どこにいるのか情報すら掴めなかった。今になって向こうからやってくる理由をポーネットは持たない。何の企みがあっての事かと部屋で身構える。



 ポーネットが冷静さを装うことができたタイミングで、メナスが部屋に案内された。

 これまで二度会った時と同じく目隠しで顔半分を隠している。

 それでも、こうして近くで見れば、ポーネットは自分の近親者だと疑わずにはいられない。


「あなたの方から来てくれるとは思いませんでしたわ」

「私も本当はまだ会いたくなかったのだけど、どうしてもあなたしか頼れなくて……」


 メナスの口からもポーネットをよく知っているかの様な言葉が放たれた。

 美しくも親しみのある切れ長の瞳から柔和な雰囲気が消えて、部屋が一触即発な空気に飲み込まれる。シスター達は視線だけで人払いを命じられ、ポーネットとメナスは二人きりになった。


「ラウラさんなら、お会いになれませんわよ」

「知っているわ。あなたしか頼れない、と言ったでしょう。ジャビス司教の死を受けて聖女様は傷つき一人教会で祈りを捧げている。……表向きはそうなっているけど、本当は今帝都にいないのですし」

「何を言っているのか分かりませんわ。彼女は今も女神様へ祈りを捧げています」

「……愚かな男達は彼女を清いだけの少女だと思っているけど、“聖剣のイネス”を押しのけて聖女の位についた少女がそんな平凡な訳ないわよね。姿をくらましたということは確実に裏で動いている。でもね、完全に姿を消して動けるほど帝都の目は少なくない。見えないという事はいないという事」


 確信を持った揺るぎのない声で問われ、ポーネットは返す言葉を失った。


「私ね、人を見る眼には自信があるのよ」


 メナスの隠された眼が妖しい光を放ったような錯覚に陥る。


「あれほど強い魂を持った人間はいない。あの子は人の範疇すら超えている。どんな聖遺物を持っているかなんて関係ない。時には、あの真っ黒な瞳に覗かれるだけで恐怖が生まれるほど。あなたも同じ様に感じたことがあるのではなくて?」

「そ、そんなことありません。彼女はただ真っすぐな少女ですわ」

「ふふっ、ウソが下手ね」


 ポーネットの隠し事をできない素直な性格を好ましいとほめるように微笑む。

 その仕草がポーネットをまた不機嫌にさせる。


「聖女様のことは今はいいわ。……取り引きをしましょう」


 散々ポーネットを翻弄した後だが、メナスは対面に座る相手の内面には敢えて触れぬよう抑揚のない声で切り出した。


「人を探しているの、一緒に探してもらえないかしら」

「あなたの立場なら皇帝陛下にでもエピクロス殿下にでも頼めるのではなくて?」


 教会を頼る理由がわからないとまずは拒絶。


「実は、あの人をさらった相手も囚われている場所も見当はついているの。ただそれって、デモクリスなのよねぇ」

「ぶっ」


 色気のある声で唐突に爆弾を投下され、お茶を吹いた。


「ほぼ間違いない、とは思うのよ? けれど陛下やエピクロスの力を借りて、犯人が違っていたら洒落にならないでしょう。それにあの子は私をひどく嫌っているの」

「でも第一皇子が人攫いなんて……」

「あら、教会もされたはずよ。陛下へ挨拶をしに来た時に一緒にいた、カスムラ様と言ったかしら」

「カスムラ様!? え、つまり……あなたの探し人も転移者?」

「ええ、私を治してくれた恩人なの」


 その声から汲み取れる感情は心酔か。絶対にその恩人を助けるという確固たる決意が伝わってくる。メナスの恩人も幽村同様に人を癒す奇跡を使えるのなら、そうした感情にも納得ができる。


 幽村拉致監禁の件だが――聖女であるラウラがどういう理由からか、助祭幽村へ非常に強い疑いを抱いていたこと。また、直属上司であるバンデーン司教が、宮殿に入り浸り連絡がつかないせいもあって教会内では半分放置されている。

 皇帝は継承権争いをしているどちらの皇子の陣営も責めるつもりはなく、勢力的に不利なエピクロスは軽々に動かない。


 短い旅の中で信仰について語り合った幽村は、とても勤勉で優しい男だった。これまでに出会った転移者の中で、誰よりもまともで善良である。ポーネットとしては、可能ならずっと助けに行きたかった。


(皇子だからとミラルベル教の助祭を拉致して許される道理なんてありませんわ!)


 幸いなことにラウラは帝都を留守にしている。 

 ミラルベル教の総本山たる教国の代表、聖女の強権と助祭救出の名目があれば、皇子の所有する屋敷へ強引に乗り込んでも問題はそれほど大きくならないだろう。

 ポーネットは女神に仕える同士を救うべく立ち上がった。


「……それで、取り引きの条件は?」

「あなたの言う事を何でもひとつだけ聞いてあげる」

「約束は絶対守ってもらうわよ」


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