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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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23 VS ゴーレム

「ロボ?」

「この世界の文化にあわせるならゴーレムだろう」

「まぁどっちでもいいですけど、クソみたいな主の命令で五百年も動いてる人工知能とか哀れですね。とっととスクラップにしてやりましょう」


 ゴブリンから奪っていた槍をゴーレムへ向ける。


「いいの? なんか情報持ってそうだったよ」

「AIなら人間と違って拷問しても何も吐かないだろうし、時間の無駄でしょ」

「案外そうでもなさそうだが……」


 既に頭の中でゴーレムを破壊するシミュレーションを始めていたラウラを玄間達が止めた。

 見上げた先には、質問をやめて沈黙を続けるゴーレム。あまりにも微動だにしないのでフリーズや故障を疑うが、赤い光を発する単眼の奥に小さな動きが見える。玄間と金剛寺が動いても何の反応もしない。ラウラの動きだけを追っていた。


「こいつ、意思が宿っている気がする」

「ついにわたしの女子力が無機物すらも魅了してしまったか」

「冗談言ってる場合でなく。異世界だし霊とか妖精が動かしてる可能性もあるぞ」

「……照合完了。色彩が赤から金になっているが意匠が一致している。貴様、ミラルベル教から派遣された聖女だな!」


 再びゴーレムの発声装置から質問が響く。

 玄間の言うように、その声には強い意思が宿っているようだった。論理回路から出力される無機質な反応とは違い、声にわずかな震えと抑揚があった。人間に例えるなら、怒りをかみ殺しながら喋っている風に聞こえる。


 ゴブリンの時と同じように適当な嘘で情報を引き出せるか――しかし、その疑問を試す暇もなくゴーレムは鋼鉄の腕を振り上げた。ラウラ達の方へ突進してくる。


「聖女はッ、ミラルベル教徒はッ、殺す!!! 我が積年の恨みィィィ!」


 鉄拳が振り下ろされた。地面に大穴が開く。

 しかし、三人は難なくゴーレムの攻撃をかわしていた。

 生物と違いゴーレムを構成するパーツは柔軟な変化ができない。人間のように腰や肩の関節を回して、隙のない打撃を放つことができないのだ。大きな動きをするには巨体の重量を支える姿勢を前もって作る必要があるため、どういった攻撃をしようとしているのか見え見えだった。ラウラに至っては、すれ違い際にゴーレムの膝裏へ槍を一突きしている。


「……ウスノロでも防御力は一級品ですね」


 欠けた穂先を見て呟く。

 余裕を持って回避はできる。だが、ラウラの腕力では武器を使ってもかすり傷すらつけられない。

 刺さっている槍の欠片を見て、関節部に砂利でも詰めて動けなくしてやろうかと企むが――槍の穂先はゴーレムの脚の中に溶けるようにして消えた。


「不味い。質の悪い鉄だ」

「金属を吸収して自己修復した? これって動力を破壊しないとダメなタイプ?」

「うむ、メンテナンスフリーは基本だな」

「なんでハゲが偉そうに答えんですか! ってマジでコレどう攻めよう。……金剛寺、殴って壊せそうですか」

「ふんっ!」


 ゴーレムが振り向き様に、二発目の拳を放った。

 今度は避けずに巨大な鉄拳を金剛寺の拳が打ち返す。

 重厚な金属同士がぶつかった様な硬質な音が地下洞に響く。

 結果、吹き飛ばされたのは金剛寺の方だった。

 骨折まではいかなかったが、だらりと下がった腕からは血が滴っている。


「フハハ! 弱い! 脆い! できれば早く連中の血を吸った魔鉱石を喰らいたいところだが、この体が未完成だろうと、もはや人間になぞ敗けぬ!」

「うぐっ……レベル1の常時強化状態では敵わんようだ」


 金剛寺の怪我が癒えるまで、玄間が入れ替わってゴーレムの攻撃を引きつける。


「いやいや、呪文使いなさいよ」

「すまん。実はもう……新しく高位呪文は唱えられないのだ」

「なんで? 神気切れ?」

「だからその……この前、おぬしに言われただろう。筋肉魔法の侵食が進んでいると。それが怖いのだ。拙僧はだいぶ前からもう拙僧ではなくなっている……」


 そう言って、金剛寺はうつむいてしまう。



 少し前に帝都でした馬鹿話。


『そう言えばカンちゃん、風呂上りに鏡と見つめ合ってるぞ』

『自己愛が強めか……ポージング決めたまま永遠に硬直とかになりそう』


 ラウラと玄間にとっては単なる笑い話でしかなかったが、筋肉魔法による侵食とその結末について聞いたことで、金剛寺の心には強い自覚と恐怖が生まれていた。


 まだ日本にいた頃、金剛寺は不良を前にしてケンカ腰でいられるような、肝の据わった男ではなかった。

 そして、無自覚トラウマ製造機として学校中から恐れられていた暴力男、多々良双一の存在は金剛寺にとってもトラウマだった。

 金剛寺が顔を下げ目を逸らして避けていた二三年の不良達を、双一は一人残さず返り討ちにした。相手が刃物を持っていようと、十数人に囲まれようと、ケンカを売ってきた不良を笑いながら半殺しにしていた姿は今も忘れていない。

 

 筋肉魔法を生んだであろう、鉄哲也くろがねてつやという“正義の下の暴力”を愛した異常者の影響がなければ、本来ラウラに逆らったり暴言を吐き返したりする気概など持ち合わせていないのだ。



「ヘタレるなら事前に言って欲しかったですね」

「すまぬ……」

「まぁ、しゃーねーです。でもどうしよ……アレが聖遺物なら過去に込められた神気かマナで動いてる。燃料切れまで長期戦で押し切れるかな」


 玄間を襲っているゴーレムを見て、あごに手をあてる。


「おーい、ラウラ様。自分がコイツ倒しちゃってもいいんだよね?」


 今まさに戦っている最中の玄間が聞いてきた。


「覚醒魔法で何ができるってんですか」

「コイツがゴーレムなら楽勝だって。まあ見てな!」


 自信満々に答えた玄間にやってみろと任せる。

 玄間の魔法は己の内に眠る才能を目覚めさせる、未来で得るはずの技能を身に着ける魔法だ。そんな力に圧倒的な防御を誇るゴーレムを攻め落とす方法があるのか、ラウラにも思いつかない。自分の代わりに親友を信じてやってくれと言う金剛寺の隣で静かに戦いを見守る。


 雪山で使っている玄間の武器は弓矢だ。

 覚醒魔法により古今東西の武器術を会得しているが、今は弓しか持っていない。

 玄間は広い地下を縦横無尽に走り回り、ゴーレムを翻弄する。大振りの攻撃を避けつつ、ゴーレムの頭部へ向けて矢を放つ。


 カーン……。鋼鉄の体に矢尻が刺さるはずもなく、跳ね返される。

 玄間はゴーレムの動きと跳ね返った矢の軌道を予測して地面に落ちる前に回収する。そしてまた矢をつがえては、何度も繰り返しゴーレムの頭めがけて矢を放つ。

 玄間により行われている戦闘は恐ろしく高度な技術だ。しかし、ゴーレムの頭部を穿つなど何千何万の矢を当てようと不可能である。次第にゴーレムは玄間を追うのをやめ、聖女へ話しかけてきた。


「貴様の従者は何をしたいのだ。莫迦なのか」

「ぜぇ、ぜぇ……おかしい、もう死んでもいいはずなのに」


 ラウラの立てた作戦と同じ、ゴーレムの燃料切れを狙った様子もない。息も絶え絶えにラウラと金剛寺の下へ合流する。


「わたしも聞きたいですね、何がしたかったんです?」

「ゴーレムってのはな、おでこに“エロス”って文字があって“E”を削り取ると“ロス”になって自壊するんだよ」


 先程同様に自信満々で答える。

 その瞬間、強烈なビンタが玄間の横っ面を張り倒した。

 さらに玄間を足蹴にしようとするラウラを金剛寺が抱えて止める。


「それを言うならエロスじゃなくてエメスだ! ヘブライ語で真理エメスメスになんだよ! なんだエロスって、微妙に意味通じるところがまたムカつくわ! つーかユダヤ教の伝承が異世界のゴーレムに通じるわけねぇだろ! 過去の転移者は全員、わたし達とは別の世界から来てんだぞ!」

「許してくれ! ゲンゲンは至って真面目だ。ただバカなだけなのだ!」

「ようやくおまえらにも、人のために働く精神が芽生えたかと思えば、ふざけてんのかウラァ!」

「ひぃっ、ごめんなさい!」


 そんなやり取りを見て、ゴーレムは盛大に笑い声を響かせた。

 それまで金剛寺や玄間には、攻撃こそ仕掛けても何の感情も向けていなかったものが、はじめて二人に興味を示していた。


「ククク、フハハハ。そこな下男共、貴様ら、我と同じ異世界人であろう」

「だったらなんだ」

「なぜ異界の神に仕える。世界を侵略しに来たのではないのか。もし力足りず、そこな女に従わされているというなら、今回だけ裏切る機会をやろう。我に従うなら世界の半分をやるぞ」


 ゴーレムは玄間と金剛寺が特殊な力を持つと勘づいたようだ。

 このままではジリ貧であるとも気づいている。

 ゴーレムの巨体ではこの地下洞を出ることができない。ラウラ達が外へ逃げたり洞窟を埋めようとすれば、破壊されることはなくとも、身動きの取れない闇の中へ残されてしまう。そのことを恐れたのか、玄間達へ部下になるよう造反を持ち掛けてきた。


「ぶふっ、やべぇ、ゴーレムが突然小物ムーブはじめたった」

「竜王さま現るっ」


 しかし、最後のセリフがいけなかったか、玄間と金剛寺はゴーレムを指さして笑いはじめた。洞窟の中にげらげらといつまでも響く声がゴーレムの怒りを触発する。


「また目覚めた世に転移者がいるとは思わなかったが、期待外れだったな。死ねッ!」

「キレさすなバカ」

「いやだって」

「争ってる場合じゃないか。倒す方法もないし、ここは一旦、撤退しま――」


 ラウラ達は入り口へ戻るべく転進しようとする。

 そこで、ゴーレムはがむしゃらに暴れはじめたように見せかけ、入り口の真上に岩石を投げた。天井が崩れて狭い通路は封鎖される。ゴーレムの動きは遅くとも、攻撃を回避しながら入り口の岩を除ける余裕まではない。



「彼奴らはまだ我の知識を必要としている。通路がなくなってもまた掘り起こしにくるだろう。さて、こうなると暇だな。我は貴様らが餓死する様子をゆっくりと楽しむとするか。いや、呼吸ができなくなって死ぬのが先かな。んんー、やはり人間は手の中で捻り潰してミンチにするのが一番楽しいかなぁ」

「……このゴーレム、意外と頭良いんじゃね?」

「わたし達がバカだっただけです。こいつが動いた時点で、破壊は諦めて埋めてやればよかったです」


 ラウラが聖遺物の破壊にこだわったことを反省する言葉を吐くと、玄間と金剛寺が悲鳴を上げた。


 地下の密室。空気の流れは感じるもののごく僅かだ。時間が経てば酸欠で徐々に動けなくなり、死は免れない。現状だと互いに危害を加えることはできないが、時間はゴーレムに味方する。


「さて、金剛寺くん」

「なんだっ」

「なぶり殺されるか、魔法でわたし達を救ってカッコ良く死ぬ、どっちにする?」

「オイやめろ! みんなで助かる道を諦めるな!」

「ラウラ様はベクトルっつか物理エネルギーを反転させたりできねーの? ゴーレムの力をぶつけ返せば破壊できそうじゃん」

「解釈違いですね。反転魔法で操れるのは精神と概念です」


 ラウラがゴーレムのテレフォンパンチをひょいと避ける。

 しかしこれまでと違い、攻撃を避けられてもゴーレムの声には戦いを楽しんでいる気配が感じられた。このまま続ければ自分が勝つと理解しているからだ。


「だけどアレおかしくないか!?」


 玄間が叫ぶ。


「聖遺物って自分らの魔法と同じで、願望を叶えるために近い道具をアザナエルか本人が創造したものなんだよな」


 神聖ミラルベル教国に残された書物から、ラウラはその様に予測を立てていた。


「ゲンゲン、なにが言いたい」

「カンちゃんよ、疲れない壊れない消耗しない優秀な従者を願ったとして、こんなダセェゴーレム欲しいと思うか。ふつう望むなら、かわいくてセックスできるエッチなメイドロボだろ!」

「……ふむ、百理ある。それで?」

「この外見でさっきから言うことがいちいち人間的すぎるし、『我らと同じ異世界人』って言ったよな。こいつ本当に聖遺物か」


 途中までシラけた顔で玄間をバカにしていたラウラだったが、ハッとしてゴーレムを見上げる。


「おまえ……もしかして、五百年前に聖女に敗けた転移者なのか」

「気づいたか。我はミラルベル教に、異界の神に服従する愚かな異世界人に復讐するため、聖遺物と融合し人の体を捨てた。あらゆる現象を鎮めて止めてしまう、あの悪魔のような女も、金属となった我の命を止めることはできなかったのだ。そう我こそが――」

「ぷっ、はははははっ。なんだおまえ、魂とか持っちゃってる生物枠だったのか」


 ゴーレムが自身の正体を五百年前に世界を荒らした当人だと認める。


「真面目に戦ってバカみたいだわ」

「なんだ、我が悪徳の魔王だと知っておかしくなったか。我と戦う力を持たぬ無能な当代の聖女よ」

「殺意反転」


 ラウラの手が黒い光に包まれる。

 光でありながら光を呑み込む昏い光。

 直視するのも耐えがたい混沌の証明。

 物質世界には存在しない歪な闇。

 肉の身体を捨てたはずのゴーレムから、緊張で喉を鳴らすような声が響く。


「その光はなんだ。貴様、聖女では……“凪の神具”の後継者ではないのか!?」

「さすが悪徳の魔王、見ただけでこの魔法がこの世に許してはいけない力だと分かりますか。……あっ、ちなみにわたしは先代とは無関係です。聖遺物を受け継いでいないどころか名前すら知りませんよ」

「やめっ、やめろ! その光を近づけるな! 我に近づくな!!」


 ゴーレムがまるで人間のように怯えて後ずさる。

 人として生きていた頃に悪行の限りを尽くした経験からだろう。ラウラの手にある光が、自分達の行ってきた非道外道を遥かに上回る不吉な未来をもたらす可能性を秘めていることを直感が訴えている。

 反転魔法は全てをひっくり返す。悪人も善人も関係ない。この力の前には、誰も抗うことができず、あらゆる尊厳が否定される。この昏い光を見た者は、何を捨ててもそこから逃げ出さなくてはならないのだ。


 しかし、ゴーレムもまた太古の王だ。

 怯えたまま殺されるなど許されぬ。

 どれだけ危険な力を相手にしても、怯えたまま受け入れることなどできない。


「どんな神具の力も、所持者が死ねば無力と化す。死ねぇ、聖女!」


 両手を組んで叩きつける。

 ラウラは紙一重で避け、鋼鉄の手にちいさな手を重ねる。

 殺意を返す光がゴーレムへと吸い込まれていく。


「なん、だ、これは……逆らえ、な、い……」


 ゴーレムは両手で頭部を掴む。

 バキバキと金属の砕ける音がする。

 首の付け根から頭部が引き抜かれた、そこに核と呼べる物があるのだろう。

 ゴーレムは自らの頭部を踏みつぶすと、単眼から赤い光が失われ完全に機能を停止した。


「五百年の恩讐は断ち切った。これで先代聖女も成仏できるだろう」


 格好つけて横目でちらりと様子を窺う。

 しかし、背後で最後の経緯を見ていた二人の視線はひどく冷たい。

 ノリや勢いでは誤魔化されない。ラウラに対して多大に思うところがある、と顔に書いてあった。


「みんなで伝説を作ってしまいましたね。チームワークの勝利です。うぇーい!」

「ざっけんな! お前ひとりで済んだだろ!」

「最初から魔法使っとけ、クソロリめ!」


 玄間と金剛寺はハイタッチを求めて駆け寄ってきたラウラを華麗にスルーして、その頭にげんこつを落とした。


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