22 魔人達の遺産
「絶景絶景! 冬なら一度は御来光を見ないとですよね」
オークは“約束の地”と呼ぶ場所に聖女を案内するつもりだった。しかし、肝心の場所を誰も覚えていない。そこでひとまず、カーディン山脈の中にその場所があることは間違いないだろうから、とラウラ達は山の頂まで来ていた。
「うむ、よい眺めだ」
「だけど、こんな悠長にしてていいのか」
「帝国の中央一帯を見渡せるのはいい機会なので。ここらの土地は聖騎士団の調査も許可されてないから、自分の目で見ておきたかったですし……それより玄間も転がってる石集めてきて!」
日程を大幅に消化していることに確認を取る。しかし、楽しそうに山の頂に教会の旗を立てる聖女を止めることはできなかった。
「昔の冒険家はこうやって自分の証を残したんですよ」
「山のゴミになるからやめようぜ」
「“ラウラ様参上!”とかやってること学校の不良と変わらんぞ。……否、おぬし不良のボスだったな」
「おまえらってほんと無粋な現代っ子ですよね」
「ぶひぶひ」
後ろからラウラの帽子が突かれる。
「なんですか、豚も山の環境を守れって言うんですか」
「場所、見ツケタ……カモ? 見テミテ」
オークの集団は聖女を連れて行くべく“約束の地”という場所を探していた。
双眼鏡で丸い指の先を辿る。麓近くまで下りた渓谷の中に、洞窟を囲むようにして人工物があるように見えた。魔鉱石の坑道かもしれないが、帝国棄民の里で貰ったカーディン山脈の地図に一致する情報がないため、隠された施設かもしれない。
「違ウ、モットモット、ウエ」
「豚の指が太くてどこ指してるかわからない~」
「確かに何かのモニュメントが見えるな」
「どこどこ、全然見えないですってば」
視力強化されている金剛寺が双眼鏡を覗くラウラの向きを修正する。
最初に目をつけた場所から上の方へ視界を移す。雪で埋もれた山面に3m級のオベリスクが立っていた。雪崩や落石に巻き込まれにくい場所であること、積もった雪の重さで壊れない様に尖った美しい四角錘の形になっていることから、人の手による建造物だと遠目にも判断できる。
「模様がある……否、あれは文字か」
「イガグリスゴイ、目イイ! ソレキット、昔ノ聖女様、残シタ言葉!」
雪山生活で剃毛できずに伸びた坊主頭がなで回される。
「なんて書いてあるか読めますか」
「むむ……この距離では無理だ」
「つーか、自分らだと相当綺麗で癖のない字じゃないと読めないぞ。古い言い回しとかも無理だ」
「それもそうか」
オベリスクは石碑のようで、表面に文字が彫ってあるらしい。
急かすオークに引っ張られるようにして尾根を移動する。あとはオベリスクのある所まで下っていくだけ――だったが、途中でオーク達が槍を構えた。
「ニオウ、小鬼ノ臭イ、ブヒ」
岩陰に向けて威嚇するかのように大きな鼻を鳴らす。
「ギギギッ、ブタ、我ラノ縄張リ、何シニ来タ」
「ブタ、大昔、縄張リ争イ負ケタ」
「コッチノ山、近ヅカナイ約束。去レ」
待ち構えていたのは赤黒い肌の小さな角を生やした小人だった。
「……なんですこいつら?」
「ラウラ様っ、ゴブリンだよゴブリン!!」
「なんか最近急に異世界キターって気分になってきたな!!」
「ゴブリンて緑の人じゃないっけ?」
「今はいろいろカラーリングがあるんだよ! ゴブリンも多様性の時代なんだよ! 角生えたチビなんてみんなゴブリンでいいんだよ!!」
「暴論やん」
テンション高めではしゃぐ玄間達を余所に、ゴブリンはラウラの頭を悩ませる。
ひとつはカーディン山脈の異常性と関係する。
提橋や輪島らが半年近く魔の森で魔獣を狩りながら過ごしたという話と神聖ミラルベル教国の図書館から得た情報では、人型の魔獣はかなり珍しい。しかも人語を解すほどの魔獣となれば、信憑性の乏しい伝説のようなものにしか出てこない。
魔導具の材料となる魔鉱石という不思議な存在もある。カーディン山脈は過去の転移者が意図的に何かを施した可能性が高くなった。
ふたつめにゴブリンの装備だ。
ゴブリンもオークと同じく、明らかに人が作った武器と防寒具を装備している。新品同様とまでは言い難いものの、汚れや傷はほとんど見当たらない。サイズからしても小柄なゴブリンにあわせてこしらえた物だ。オークの様に人間と交渉して貰ったのだろう。
ラウラは話を引き出そうと適当に嘘を並べる。
「わたし達はあなた方と取り引きしている人間の仲間です。この先にある物の調査に来ました。話は聞いているでしょう」
「ン……? ドウシテ人間イル?」
ゴブリン達は小声で相談をはじめた。
「誰カ、聞イテルカ」
「知ラナイ」
「下ノ人間達、オークト取リ引キシナイ。我ラト敵対シテル、知ッテル」
「我ラヲ、ダマソウトシテル?」
「ソウダッ! アイツ、ワルイ人間ダッ!」
ゴブリンは小柄で弱い分、知能ではオークを上回るようだった。警戒態勢から明確に攻撃をする意思をみせる。
「オーク共! 話聞き出すから最低でも一匹は残しておけよ!」
「ちょっ! ラウラ様、なにいきなり敵対してはるんですか」
「だって連中どう見ても人間の依頼受けてこの辺り警備してるじゃん? こっちはもう皇帝の許可無視して活動してんだから味方じゃない人間はみんな敵じゃん? 捕まえて確認しなきゃ」
「せっかく言葉が通じるのだ、第一に話し合いで解決しようと考えられんのか! まったく……ここは拙僧に任せよ。前々からファンタジー世界で理由もなく迫害されるゴブリンにはシンパシーを感じていたのだ」
手を上げて敵意はないと示しながら、金剛寺が交渉に着こうとする。だが、その行く手をオーク達が遮った。ゴブリンに槍の穂先を突きつける。
「小鬼、殺シテイイ、昔カラ決マッテル! 聖女様モ言ッテル!」
「オマエラ先祖、我ラニ負ケテ逃ゲタ、忘レタカ!」
「ブタハ殺セ! 女ハ犯セ!」
「人間ハ?」
「連レテク! ケド、息シテレバイイ! 手足、切リ落トス!」
オークの言葉に反応するようにゴブリンが叫んだ。
ほれ見た事かとラウラが肩をすくめる。
「くっ、今回はたまたま悪いゴブリンだったようだ」
「クッソ野蛮なこと言ってますけど?」
「人間だって善人と悪人がいるだろう。ゴブリンであるという一つの属性を挙げて差別の対象にするのはいけないことだ。これぞ不垢不浄の教えなり」
「さすがに人とモンスターの区別はつけろって」
しゃべりながらラウラは金剛寺の背中に隠れた。
ゴブリンの投擲した槍が、よそ見をしていた金剛寺の頭に当たりカツンと弾かれる。ゴブリンの力で金剛寺の頭蓋骨は貫けない。だが、帝都で頭を刺された時と同様に、頭を触った手にはべったりと血がついていた。
隙を見せれば問答無用で殺しにくる。筋肉魔法が効いてなければ、魔獣のルールを学ぶ前に死んでいたな、とラウラの目が馬鹿にしている。
「ほら、二人も戦うんですよ。……指揮官っぽいやつは生け捕りだオラァ!」
久しぶりに暴力のスイッチを入れたラウラがゴブリンとオークの乱戦に飛び込んだ。
ラウラに統率されたオークによりゴブリンは瞬く間に殲滅された。戦闘に入ると思いの外、狂暴だったオークによってラウラが倒した指揮官以外は全て死んだ。
「オークもゴブリンもこわい……」
「先にあれを見てたら対話しようなどと思わんかったな……」
玄間と金剛寺も認識を入れ替えたようだ。ラウラがゴブリンを尋問する間、ふたりはオーク達から距離を取っていた。
オークは火を起こすと、殺したゴブリンをバラバラにして焼きはじめたのだ。戦いで出来た傷を癒すには肉を食べるのが一番だと美味そうに食べる。人間に近い、それも言葉を話す生物を殺して食べる姿に忌避感を覚えずにはいられない。
「人間、モルゼフ、工房長、呼バレテタ。モット偉ソウナ、女モ、一度見タ」
「女の方は貴族かな……他には何か聞いてますか」
「山登ル人間殺ス、契約、食ベ物モラエル。何人カ、仲間モ売ッタ」
「ゴブリンを買ってる? 鉱山で使役しているんでしょうか」
「仲間、ドウナッタカ知ラナイ。知ッテルコト、全部話シタ。命ダケハ、タスケテ」
「ダメブヒッ!」
ラウラの隣に控えていたオークがゴブリンの胸に槍を突き刺した。ギギギと悲鳴を上げて動かなくなった。ついでに玄間達も小さな悲鳴を上げる。しかし、ゴブリンは手に暗器を隠し持っていたのでラウラは責めなかった。
「コノ紋様、聞イテタ通リ!」
「槍ノ峰! 約束ノ地! 救世主様ノオ墓!」
オベリスクの前まで来るとオーク達が騒ぎ出した。
先代聖女はオークにとって恩人らしく、オベリスクを囲うようにして雪の上で感謝の舞を踊っている。
「そんな大事な場所なら忘れるな、ってかゴブリンに縄張り取られてんじゃねっつの」
小声で独り言を漏らしたつもりだったが、耳の良いオーク達は反応する。
「昔、小鬼ダケジャナイ、大鬼イタ。勝ツノ無理ダッタ、聞イテル」
「イツカマタ、救世主クル。ミンナ待ッテタ」
「救世主来ル、ミンナ解決! 約束ノ地モ、救世主ナラ見ツケラレル!」
「そこまで他力本願なメッセンジャー見たことねえですよ」
知能の低いオークの話では、五百年の間にかなりの情報が失伝している様子だった。
オーク達の間に伝わっている事は、聖女はオークの恩人である、聖女はこの地で何かを見張っていた、聖女の意志を継ぐ者が再びこの地に現れる、といった程度だ。
欠けた情報を補完するため、オベリスクに彫られた文字を調べる。
「おう……これは……」
「どうした、何か皇帝を脅せるネタでもあったか」
「…………豚達の知能が低い理由が書いてありました」
真面目な顔をしてオークを見渡すラウラの変化に異変を感じた金剛寺は思わず息を呑んだ。
「聞いてもよいのか」
オークに聞かれない様に、ラウラは日本語で説明する。
「五百年前の転移者の中に、生命の再創造というか、生物の合成を可能にする聖遺物の所持者がいたようで……人型の魔獣はどれも、強くて扱いやすい奴隷を求めて人間と何かを掛け合わせたキメラなんだそうです」
「え? じゃあオレが勝手にオークとかゴブリンとか呼んでるアレも、元人間てこと?」
「まあ、元というか半分というか……そういえば、あれも共喰いってことになっちゃいますかねぇ……」
金剛寺と玄間は、ゴブリンの死体を齧っていたオークへ視線を戻して、吐いた。
二人とも自分の都合を優先するためなら規則や法律も平気で破る問題児ではあるが、緋龍高校の中でも生命倫理は真っ当な部類だ。むしろ、そうした分野では善人と言える。
人間の尊厳をなんとも思わぬ悪行の結果である改造人間の存在を知って正気ではいられなかった。物見遊山でしゃべる豚程度に見ていたオークが、知性を奪われた人間の子孫だと思うと何度も吐き気と涙が込み上げてくる。
「もういやだ、日本に帰るかメルヘンな異世界に行きたい」
「ちょい前までオークだゴブリンだって喜んでたじゃん」
「なんで番長はこんなん知ってもいつも通りなんだよ」
「いやいや、これでもかなりというか久しぶりにマジでムカついてますよ。……わたしが五百年前にいたら全員殺してやったのに」
ラウラはオベリスクの四面に彫られた文字を読んでいく。
他の地域にもいるような魔獣の量産から、オークのようなヒトキメラの生産へ移ったのは戦争末期。他国にいた先代聖女の一族が介入した直後だったため、この事は最後まで知らなかった。先代聖女は転移者の同士討ちを仕向け、最後の転移者をこのカーディン山脈に封印してから、生き残ったヒトキメラ達を発見したのだ。
彼らはもう人には戻れない。人間社会には適応できない。受け入れられることもないだろう。ヒトキメラ同士の子供は、合成された“第一世代”よりも知能が低く、いづれ普通の魔獣と同じ様になるだろうと考えられた。
聖女は彼らのささやかな安息を願った。魔人の持っていた熱を司る聖遺物を破壊し、山脈の中でも生きていけるようにホットスポットを作った。ヒトキメラにこの山脈を出ないこと、人間と接触しないことを約束させて彼らの存在を隠した。
「……でも結局、約束も忘れられたと」
「中途半端に知能が下がるとかむなしいな」
「まあ500年も隠れて生き延びれてるんだからそう言わない。あとは……先代のお願いが記されていますね。……最後の魔王の聖遺物だけは破壊できなかった。可能な限り力を奪いこの地に封印する。この地を訪れた私の後を継ぐ一族の者よ、どうか彼の兵器を壊して欲しい。……ですって。オークにはこれを言いつけられてたのかな?」
「ふむ、一族の者ではないが、その願い聞き届けよう」
「……だな。日本に帰る前にゴミ掃除くらいしてやるか」
珍しく異世界のためにやる気を出している金剛寺達を見て、ラウラは笑った。
オーク達の手も借りて雪を掻き分ける。周辺の地面はオベリスクと同じ不思議な金属で覆われていた。その一角に、地下へ続く階段が隠されていた。
入り口がゴブリンやその契約者に閉じられないよう、オーク達に見張りを頼んで地下へと降りていく。
松明の火だけを頼りに進む道は不安をあおる。自然の中に隠された人工の道。異世界へ転移した時のことを思い出し、金剛寺と玄間の背中を冷たい汗が伝う。小さな歩幅でずかずかと進むラウラに置いていかれないよう少し早足になる。
「ようやく来たか、待ちくたびれたぞ。早く対価を差し出せ」
「あん? いま何か言いました?」
ラウラが振り向いて問う。すると、金剛寺と玄間は揃って勢い良く首を横へ振った。驚きに声が出ないようで、呆然と口を半開きにさせて奥を指さす。
身体を正面に向き直せば、宙に赤い人魂を思わせる光が浮かんでいた。
「異世界って亡霊も出るんですねー」
赤い人魂が左右を確認するかのごとく機敏に揺れる。
広い正方形の部屋のようになっていた洞窟に明かりが灯る。
「どうした、対価を届けにきたので……いや、使いの者ではないな。貴様らは何者だ」
洞窟の奥に鎮座していた巨大な物体が再度声を発した。
金属の体と赤く光る眼を持った巨人。
知性を携えた鋼鉄の怪物が、威圧的な視線で見降ろしていた。
「完全自律型聖遺物が存在してるなんて聞いてないんですけど」




