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オトメクオリア  作者: invitro
第二章 壊れる魔法
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04 シスターと宝石とシスター

「ここかー?」

「みぎだけもうちょっとあげるといいかもー」


 マグナの返事に合わせて、大木の上でラウラがロープの結び目を直していた。

 大人の腕ほどの太さがあるとはいえ、枝が折れないか不安そうに双子が見守っている。これでもかと力を入れ両脚で枝にしがみついているラウラを見て、危ないお願いをしまったかもしれないと少し後悔している顔だ。


「何をしとるんじゃ、もう出発の時間じゃぞ」

「ん? もうそんな時間?」


 最後の調整を終えたラウラが子猿のようにするすると滑り降りる。


「おちび達がブランコ直して欲しいって」

「帰ってからでよかろう」


 今日はラウラたち三人が聖都で行われる新年を祝う祭のため出発する日だ。

 聖都で祭の始まる日までかなり余裕はあるが、周辺の町村にリットンが調合した薬を届けたり、村人からのおつかいで鍛冶師のいる村に注文を出したりと忙しいため、早めに出発することになった。


「足が震えておるぞ、病気ではあるまいな?」

「……実は高いとこ苦手なん」

「ふっはっは、なんじゃ、ラウラにもおなごらしいところがあったんじゃのう」

「おい撫でるな! わたしを愛でようとするなジジイ!」

「ふむ……やはりかわい気はないのう」


 リットンもラウラの負けず嫌いには慣れたもので、「村の男に頼まないのか?」とは聞かなかった。

 便乗させてもらう行商が村を出る時間と聞き、二人一緒にブランコを漕いでいたシェリルとマグナを呼び寄せる。


「「ラウラよ、たいぎであった」」

「だからなんでお前たちまで上からだよ、ちびっこは敬語使え」

「お主も儂に使わんじゃろう」

「よーし、もう馬車が出るから急いで荷物取ってこようか」


 敬語を使えない少女は年配者の言葉に聞こえないふりをして、そそくさと教会へ入っていった。

 特別なお出かけ用に、いつも着ているヨレヨレの修道服から汚れのない綺麗なものに着替えて村の入り口に行く。数日前から滞在していた行商がすでに旅支度を終えて待っていた。ラウラは双子を持ち上げると馬車に乗せてやる。


「では三人とも気をつけてな」

「みやげに欲しいもんある?」

「いらんよ、無事に帰ってこい」


 リットンが目配せすると行商が手綱を引いた。ゆっくりと車輪が回り出す。


「「ジージ、いってきまーす」」


 速度が上がる乗り物でもないのに、双子はいつまでも手を振り続けるので、ラウラが強引に腕を下ろさせる。近頃では長く肩を上げるのがツラくなっていたようで、双子に合わせて腕を下ろしたリットンが息を吐いている。ぶうたれる双子をよそにラウラは小さく笑った。


 ゆったりとした馬の歩みに合わせて、のどかな風景が流れる。

 リットンの紹介で神聖ミラルベル教国から迎えの者が来る町まで、途中三つほど村に寄り道をしたが双子はずっとしゃべりっ放しだった。町の入り口で付き合ってもらった礼を言うと、行商からは「むしろ退屈しないで済んだ」とお菓子をもらってしまう。


 神の威光を着るミラルベル教のシスターを乗せていることで旅の安全が上がることが本当の理由だったのだが、自分まで小さい子供扱いされているようでラウラは複雑な気分だった。


「んんー! さてと、こんな大きい町に来ることなんて滅多にないし、軽く観光でもするか?」

「おしりごわごわー」

「あるけないー」


 過剰なまでのトレーニングが日課のラウラと違い、シェリルとマグナは町に着いた時点で体力の限界が来ていた。数日馬車の荷台に座っているだけでも、舗装もされていない道におんぼろ馬車では子供の体に負担が大きい。


「でも祭やってるぞ、いいのか?」


 神聖ミラルベル教国との国境に近い町や都市では祈年祭を聖都で迎えようとする人が多い。この町も例にもれなく、そうした人々のために早めの祈年祭を始めていた。


「もっと大きいおまつりにいくからいいもーん」

「ラウラはしらないけど、せいとのおまつりはすっごいんだよぉ。ラウラはしらないけどねっ」

「はいはい、そうだね」


 昨年リットンに連れられ、聖都での祈年祭を経験している双子の目には魅力的に映らなかったようだ。おしりをさする双子の手を引いて教会に向かう。

 宿泊する教会で挨拶をして、迎えに来ているはずのシスターを探す。しかし、司祭が言うにはまだ来ていないらしい。


「せっかくだ、子供は無理せず祭で遊んできなさい」


 ラウラは祭で忙しくしている教会の手伝いを申し出ていたが、客人の手を借りるほどではないと断られてしまう。


「ラウラー、もっとたのしそうにできないの?」

「わたしは大人なのに……」


 小さなシェリルとマグナだけを放置できないとはいえ、まだ10歳にも満たない幼女と一括りにされ、頭まで撫でられてはラウラのプライドが傷つかないはずもなく。小さな女の子に間違われる体になってしまったことに慣れていない様子で、その表情は少し暗い。


「ほら、シェリルのくしやきあげるからゲンキだして!」

「……タマゴ使ってるからムリ」

「すききらいはいけないんだぞー」

「アレルギー……ってもわからないか。タマゴ食べると倒れる病気なんだよ」

「そんなびょーきあるわけないじゃん! うそつきー!」


 本命である聖都の祈年祭まで“ワクワク”はとっておく、と言っていた双子も、いざ町の祭を巡りはじめれば、元気いっぱいに走り回る。普段、村では見ない食べ物や大道芸人を前にして、ラウラから小遣いをせびっていく。


(……そういや、俺は豆とプロテインで生活してたから食事の味は気にしないでいられるけど、アイツらこっちでやっていけてるのか? 食文化が進んでる国に居つく可能性が高いだろうから聖都で誰かと鉢合わせるかもな)


 ラウラが物思いに耽っていると先を走る双子から声がかかる。


「ラウラー、はやくはやくー!」

「つぎはマンゴー買ってー!」

「って待った! もう予算オーバーしてるじゃねえか!」


 食べ物の少ない寒村から出てきた反動だろう、双子は胃袋に底がないのかと思わせる勢いで屋台を端から食い荒らそうとしていた。両手からは常に食べ物を切らさないようにしつつ、演奏家や吟遊詩人、珍しい商品を売ろうと声をあげる出店の間を行ったり来たりと大忙しだ。そのため、自由に使える予備のサイフはあっという間に空っぽになってしまった。


「「ぶーぶー、ラウラのかいしょうなしー」」

「身の丈を超えた浪費は女神様も禁じてるだろ、シスターとして節度を知れ」


 ミラルベル教において、欲を抱くことは有徳であっても、欲念に囚われてしまうことは不徳となる。

 だがラウラも形式だけ聖書に倣った説教をしようと真面目に語る気はないようだ。リットンが村人に説法をする時のような厳格さは感じられない。


「ラウラもジジがみてないところで“おしえ”やぶってるじゃん」

「ふふん、わたしは自分の限界を知っている。君らのようなお子ちゃまとは違うのだよ」


 シェリルとマグナがほっぺたを膨らめる。

 ふてくされたところで、逆さにされた財布からは埃しか落ちてこないが。


「あ、待てよ。もう話がついてるかも」


 ラウラがぽんっと手を叩いた。一緒に町まで来た行商に頼んでおいた案件を思い出したからだ。

 ポケットに手を入れると財布とは別の巾着袋があった。中には形見分けと言い訳して担任教師の遺体から回収してきた宝石が入っている。ブレスレットを切ってバラバラにされたツヤのある宝玉を指の腹で転がす。


 宝石などの高価な商品を扱う店だと身なりの汚い庶民は入店拒否されることも多い。そうなるとやはり事件性を嫌って入れてもらえないことに変わりはない。だからツテを頼りに自分が出向くと話を通しておく必要があった。


「金がある時の浪費は禁じられてないんだよなぁ。貯蓄も安定した未来への投資と考えれば欲の一種から生まれてるものだけど……この宗教、説教しようとすると自由度が高すぎてボロが出るな。別の道を選んだ方がよかったか……」

「ラウラがまたむずかしそうなこといってるよ」

「かしこいふりするのやめてほしいよね」


 シェリルとマグナが困った顔で見上げていることに気づくと、ラウラはすぐに思索を中断した。


「お金入ったらまた好きなだけ食わせてやるからな」

「やったー!」




――――――――――




 ごとり、重そうな鉱石用のルーペが置かれる。

 静寂が支配する宝石店、目頭を押さえる商人に少女たちの緊張が注がれていた。


「では……こちらの黄水晶が一粒銀貨80枚、タイガーアイが銀貨60枚、金の珠は130枚で買い取らせていただきます」


 目をマッサージする店の主から、バラバラにされた開運ブレスレットのパワーストーンの買い取り価格を告げられた。


「「おほーっ」」


 シェリルとマグナは聞いたこともない大金に感嘆の声を上げた。

 もっとも、正確にどの程度の価値かはわかっていないらしい。「ぜんぶでなんまい?」と二人の指を合わせて仲良く計算している。

 その隣で速やかに暗算を終えたラウラは、二人の幼女とは真逆で険しい表情をし、


「ちょっと待てよ! この水晶、表面の傷じゃなくてルチルだぞ、ほら見ろってこの透明度! 太陽の光を刻んだ美しい黄金の輝きも! 一粒銀貨400枚はしてもおかしくないだろ!」


 店主の査定に待ったがかけられた。旅の途中、行商から聞いた宝石の相場と共に考えた売り文句を並べてもっと高く買い取るよう要望する。

 ラウラ自身がこれから必要にするであろう資金や自分を拾ってくれた貧しい村への恩返しも考えれば、金銭はいくら求めても足りない。


「でも何か穴開いてますし」

「だからブレスレットかネックレスだったものがバラけたんだって! 宝石商なら視りゃわかんだろ!」

「なら全部揃っていないと。ブレスレットにしても数が足りないと思いますが」

「そこはアンタが適当な宝石で代用すればいいんじゃねえの!?」


 交渉がヒートアップする内に、ラウラの口調がいつもより荒々しくなっていく。

 しかし、最初からラウラに宝石を全て売るつもりはなかった。いざという時のため、いくつかの宝石は抜いてある。宝石商からはそこを突かれてしまう。


 売りにきた物は元々高貴な謂れがある宝石ではない。著名な職人の名が刻まれているわけでも、どこかの王侯貴族が保有していたなどの歴史もない、異世界から持ち込まれたものだ。完成品として付加価値を見い出せる装飾品でないなら、新しいアクセサリーの材料にすれば済む話だとラウラも言い返す。


「もっと個々の質を評価してくれよ! 質を!」


 黄水晶を掴んで宝石商に突きつけた。

 ラウラは召喚された異世界の技術力について、地域差がとても激しいものだと理解していた。当然、宝石のカッティングや研磨技術もそうだ。

 水晶はサイズを揃えた上にほぼ完全な真球。歪みも傷もない。さらに放射線処理によって透明感を維持しつつ色味は鮮やかに増している――であれば、この世界で出回っている宝石の中では上質な物だと言えるに違いない、と決めつけていた。


「ラウラがこわいぃ……」

「アアッ!? おチビどもはちっと黙っとけ!」

「「ひょぇぇっ」」


 双子が手を取り合って声を上げるがラウラは無視した。

 この交渉はラウラにとってもはやケンカだ。

 なんであろうと無駄な敗北は許さないラウラにとって久しぶりのケンカ、どうしようもなく血が騒いで抑えが利かなくなっていた。


「相場の五分の一とかよ、ガキのお使いだと思ってナメてると痛い目みるぜ」

「宝石が立派と言ってもこの都市では買い手も少ないもので」

「近い内に豪農の娘が伯爵家の第二婦人に入るから箔付けに結婚式で着ける装飾品を求めてる、ってのは聞いてんだよ」

「うぬぬ、田舎者のシスターのくせに耳聡い……」


 予想外だったラウラの猛攻に、つい宝石商の本音が漏れる。どうやらラウラ達を子供かつ田舎者だと見て騙すつもりだったようだ。

 かわいらしい少女のようでありながら不思議な威圧感を放つラウラの眼光を受けて、ギリギリと歯を食いしばっている。


「取引の予定があることは認めましょう。ですがこちらも商品に困っているわけではありません」

「いい加減にしないとマジでバチ当てんぞ。神罰怖くねぇのかテメェは」

「はて? 黒服のシスターにそんなことができるとは存じませんでしたな」


 ラウラ達の着ている黒い修道服に注目が当てられる。

 ミラルベル教は階位が上がるごとに服装の色が漆黒から純白へ近づいていく。

 リットンのように高い階位の者が日常で黒い服を着る場合はあっても、逆は許されない。

 そのため、日頃から高位の僧侶と付き合いのある貴族や豪商には黒い修道服を軽んじる者がいた。信仰心は薄く、世間体や権力者との駆け引きのためだけに多額の喜捨をしている者にそうした特徴が見られる。


「そうですねぇ。条件次第では考えないこともないですが……」

「条件?」


 宝石商がラウラの後ろを見た。

 舐めるような視線を受けた双子はラウラの服を掴んで身を隠す。


「ゆっくりお菓子でも食べながらおじさんとお話でもしないかな?」

「ペド野郎がよ、さすがに小さすぎんだろ」

「……ああ、君は帰っていいですよ」


 顔から目線が30センチほど下がり、幼い双子と違い膨らみのある胸を見て宝石商が溜め息を吐いた。

 ラウラは自分が小児性愛者の対象から外れていたことに若干の安心を得ながら、後ろで震える双子を連れてきたことを後悔する。


「シスターにイタズラしようとはいい度胸だ」

「そのようなことは一言も申してませんが」

「クズは眼を見ればわかんだよッ」


 ラウラが握った拳を振り上げる。

 宝石商はガタリと椅子を鳴らしてバランスを崩した。

 ちなみに、ラウラは田舎の見習いシスターでしかない。教会から正式に与えられた階位など持っていないし、他人を背教者として一方的に打擲して許されるような権限もない。


「ろりこんは“じぇのさいど”していいってジジも言ってた!」

「やっちゃえラウラー!」

「おう、神罰執行だオラ!! ンッ!?」


 椅子から落ちかけている宝石商は避けられる体勢でなかったが、向けられた小さな拳が顔面にめり込むことはなかった。


「すごい子ですねぇ。いきなり殴ろうとするなんても~びっくり」

「それは置いておいて、先程の発言の意図はわたくしも聞いてみたいものですわ」


 後ろからラウラの手首を掴む者がいたからだ。

 店の用心棒でもいたのかと思い、咄嗟に後ろを睨む――だが万力が如き手首の締めつけと、自身を掴む者の容姿を見てラウラが目を丸くする。


「…………どちらさん?」


 見慣れぬ白い服の美少女が二人、少女たちの背後に立っていた。

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