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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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16 パーティーに呼ばれない子

「皆、今宵はよくぞ集まってくれた。帝国と教国の栄えある未来を祝して――」


 ルパ帝国皇帝ヌルンクス八世がラウラ達の紹介を終えて杯を持ち上げると、皇宮で華やかなパーティーが始まった。



 鮫島輪島コンビがライガル湖へ出発した後、帝国は本格的な雪の季節へ移った。

 ルパ帝国の冬は気の滅入りそうな曇り空がどこまでも広がる。肌が裂けるような寒さと暗い空、雪と混ざった泥が靴を汚し、厚く重いコートを着なければ外を歩くこともできない。誰もが暇を持て余し、家族と団欒してすごす。


 しかし、それは庶民の話。

 雪で道が閉ざされようと、かじかんだ手足がどれだけ痛みを訴えようと、貴族達の足が止まることはない。社交界の活発になる冬こそ、帝都で暮らす貴族が最も熱くなる戦場なのだ。


「では聖女殿、この一時は聖務を忘れ、我が帝国の贅を尽くした歓待を受けてくれたまえ。フハハハ」


 ヌルンクスが離れる。途端に貴族達がギラリと目を光らせた。


「ラウラさん、三つの約束……覚えてますわよね?」

「見下さない、手をださない、バカにしない、でしょ」

「笑顔を絶やさず、口は開かず、お辞儀は優雅に、です」

「おっとそうでした」


 やや緊張を含む声にラウラは愛らしく舌を出して応えた。本当にわかっているのかと両サイドに立つポーネットとバンデーンが不安げに眉を寄せる。


 不良高校のボスであったラウラの認識では外交もケンカと同じである。

 ナメられてはいけない。初手から下手に出るなど下策。自分よりも態度のデカい相手を許すな。相手が拳を振り上げるより先に、鼻っ柱にチョーパンを叩きこみ戦意を折るのだ。

 散々注意していたにも関わらず、その結果が皇帝ヌルンクスに対する初対面での無礼な自己紹介であったため、ポーネット達の心配もひとしおだろう。


 周囲を牽制しつつ我先にと近寄ってくる高位貴族達。目を合わせたポーネットとバンデーンは派閥の壁を超えて協力体勢を確認する。聖女を隠すかのように足を一歩前に踏み出した――






「驚くほど何も起きんな」


 皇帝主催のパーティーを終えてから二週間、ラウラ達は教会所有の屋敷にずっと引き籠もっていた。毎日これと言って仕事もなく、窓の外の雪を見ながら同じような会話を繰り返している。


「ところで今日は何を作るのだ」

「わたしの新兵器」

「また武器か、組み立て式の槍は昨日完成しただろう」

「お次は飛び道具になりまーす」


 三人の手には、それぞれラウラが教会に調達させた彫刻刀とハンマー、木材や鉄板があり、テーブルには武器の設計図が広げられている。暇潰しも兼ねて、三人はだべりながら工作に勤しんでいた。


「いやー、帝国はいろんな工房があって助かりますね」

「そも、ロリスケに武器が必要とは思えんのだが」

「備えあれば患いなしってやつですよ。つかロリスケ言うなハゲ」

「そっちこそハゲ言うな」

「でもこれ、人殺す道具なんだよねぇ」

「帝国棄民の行動次第で内戦になるかもしれないんだし、おまえらだって殺られるくらいなら殺る側に回りたいでしょ」

「そりゃそうだけどさあ……」

「嫌な質問だ」


 ラウラが敵として何を想定しているかは不明だったが、金剛寺も玄間も深入りすると逃げられなくなる気がして口をつぐんだ。雪が外の音を遮断するため、しゅりしゅりと木材を削る音だけが室内に響く。



「だあーもう、休憩休憩っ。なんか面白い話題ねえの」


 一時間もしない内に玄間が彫刻刀を投げ出した。人形作りが趣味の金剛寺や努力の鬼であるラウラと違い、玄間には単純作業を続けるこらえ性がない。


「……実際、今の状況はあまりよくないですね」

「だろだろ。退屈で死んじまうよー」

「このままパーティーにお呼ばれしないと帝国の内情を探れないっつったの」


 ラウラの懸念は、何故か聖女である自分が貴族達のパーティーに招待されないことだ。当初の予定では毎日パーティーに参加して贅沢三昧のはずだったのに、皇帝主催のパーティー以降、誰からも声がかからない。


「そんなにパーチー行きたいなら偽の招待状でも作るか。拙僧が貴族の印鑑を偽造してやるぞ」

「じゃあ自分が筆跡をコピーして文章を書こう」

「アホか、聖女が文書偽造なんてしたら大問題になるわ」


 自分が散々やらかしてきた事件は棚に上げて二人を叱る。


「でも、おかしくないです? 聖女とか立場関係なく、わたしレベルのスーパー美少女がいたらもっと声かけますよね。バンデーンとジャビスのおっさんが幽村を利用するために政治工作とかしてるんでしょうか」

「聖女様は自信過剰であります!」

「なんだとこら、わたしは最高にかわいいだろうが」


 ラウラは座ったまま適度に膨らんだ胸を張った。


「くっそぉ、わかってるのに! わかってるのにぃぃ!」


 ラウラが勝ち誇ると、玄間は悔いるようにテーブルへ頭を打ちつけた。おでこが腫れ上がるまで何度も何度も。元が男だとわかっていても、ついラウラの胸を見てしまう自分が許せないらしい。


 だが巨大なたんこぶをこさえた相方とは対照的に、年上にしか興味のなき男、金剛寺はひどく冷めた眼をしていた。一体なぜそんな物を持っているのか、四角い片眼鏡をかけてラウラをフレームに収める。


「カチッ、ぴぴぴぴぴ……女子力5か……ゴミめ」

「最近反抗的だなハゲ、筋肉魔法のせいで調子乗ってんのか」

「拙僧は剃毛しているだけだ、間違えるなクソロリ」

「そのケンカ買ってやりますよ、おらぁ!」


 ラウラは金剛寺に向けて彫刻刀を投げつけた。

 金剛寺が前腕で刃を受ける。彫刻刀はキンッと甲高い音を響かせて床へ落ちた。

 さらにテーブルを跳び越えてきた側頭蹴りもあっさりと防ぐ。

 すり傷すらできていない金剛寺を見てラウラが固まった。


「もはやロリの攻撃など効かぬわ」

「ウソだろ、詠唱してなかったのに……それって魔法が無意識に反応して強化してんですか」

「カンちゃん、マジでバケモノじみてきたな。よっ、筋肉モンスター」

「ガハハ、カッチカチやぞ」


 金剛寺はラウラの攻撃を無傷で防いだ筋肉を自慢げに見せつけてくる。まるで今なら以前の多々良双一だろうが敵でないと言いたそうだ。


「侵食が進んでるじゃん……筋肉魔法の場合、精神呑まれたら最後どうなるんだ」

「ガハハえ、そんなやばい状況? 拙僧どうかなっちゃうの?」


 調子に乗って筋肉芸人のモノマネをしていた金剛寺だったが、ラウラは深刻な顔でなにやら考え込む。その呟きを聞いて一変、顔を青くさせた。

 筋肉魔法は、詠唱により強度な強化ができる呪文とは別に、低度な肉体強化が自動かつ継続して施される。輪島の幸運魔法と同じで制御の利かない面があった。


くろがねの願いが基になったとして、あいつの性格は……筋肉フェチ、ちょいナルシストでヒーロー願望入ってる……空手の技は自力で極めるとか言ってたな……」

「そう言えばカンちゃん、風呂上りに鏡と見つめ合ってるぞ」

「自己愛が強めか……ポージング決めたまま永遠に硬直とかになりそう」

「うわー」

「普通にイヤなのだが、拙僧はどうしたらいいのだ」

「ここはメジャーなダブルバイセップスで」

「肉体美を魅せるならミュロンの円盤投げのポーズがいいと思います」

「おすすめのポージングなど聞いとらん! 真面目に考えてくれ!」


 ラウラの中では既に、金剛寺は元の世界へ帰る前に筋肉の彫像となり途中リタイアすることが決定しているようだ。憐れみの視線と共に合掌を捧げる。



 三人がバカ騒ぎを続ける中、廊下の物音に気づいたラウラが人差し指を立てた。ドア越しに、わずかに声を押し殺した騒がしさが伝わってくる。

 三次元の美女を苦手とする奥手のオタクコンビを置いて音を立てず廊下に出る。ポーネットの部屋の前では、シスター達が神妙な面持ちで中に入れず様子を窺っていた。


「聖女様っ!?」


 先頭にいたシスターは無音で背後まで近づいていたラウラに驚くと同時に、手に持っていた何かを慌てて背中に隠す。


「どうしました。ポーさん、調子悪いんですか」

「いえ、帝国へ来てから難しい顔で考え事をしていることが多くて、声をかけづらいと言いますか……今も何度ノックしても返事がなくて」

「ふーん……ところで今隠したのなに? 見せなさい」

「い、いや、これは別に何でもありませんよ」

「見せなさい」

「あ、あわわ、あのですから、これは……」

「出せぃ」


 聖女の強権で隠した物を提出させる。シスターの手には三通の手紙が握られていた。いずれも良い紙に装飾が施されており、封蝋には貴族の紋章が押されていた。

 待ちわびたパーティーの招待状がやっと来たか。ラウラはシスター達の制止を無視してびりびりと封筒を破く。しかし、手紙に書かれていた内容は招待状ではなかった。


「なになに……先日は当家のパーティーに参加して頂きありがとうございました……ポーネット様とは今後改めて深い関係を築けていければ……ん? 聖女様は体調を崩しておられるらしくご尊顔を……んんん? なんですこれ」

「いえ、ああああの、これはですね……」

「これパーティーに参加したポーさん宛の感謝状じゃないですか。しかもわたしが体調不良で欠席したってなってますよ。どういうことなんです」


 ラウラがシスター達をにらみつける。しかし、彼女達は説明する言葉を持たなかった。このままでは埒が明かないと、ノックしても返事のない推定首謀者の部屋を勝手に開ける。

 しかし、くしゃくしゃに握り潰された手紙を見て、ポーネットは悪びれもせず微笑んだ。シスター達が心配していたように、心ここにあらずといった様子で。

 ポーネットが人払いをして、ラウラと二人きりになる。



「まさかあなたが最初に裏切るとは思いませんでしたよ」

「それについては謝罪しますわ、申し訳ありません」

「ほう、素直に謝れたことは褒めてあげましょう。しかし――」

「ところで、ラスランティス地下賭博場の後にした取り引きは覚えてらして?」

「……ここでそれ持ち出します?」


 強気で詰め寄っていたラウラだったが、弱みを握られていることを思い出して一歩下がった。大人しく勧められた椅子に腰をかける。


「まず……ラウラさんは、わたくしが“愛の教会”で何と噂されているか知っていますか」

「怪力巫女、夢見る乙女、潔癖処女」

「違いますぅ! どう見ても今真面目な話をする雰囲気だったでしょう! どうしていつもそうやってふざけるんですか、もうっ!」


 テーブルを叩きながらぷりぷりと怒る。しかし、溜め息をひとつ挟むと緊張感が抜けたようにポーネットはいつもの雰囲気に戻った。


「ごほん、わたくしの陰口を叩いていた犯人は後ほど問い詰めるとして」

「メイアです」

「……話を戻しますが、五代前“愛の教会”の巫女サリエラ。わたくしはその方の妹なのではないかと噂されています」

「妹なんですか」

「わかりません」

「なんでやねん」


 姉妹なのかわからない、という返事にすぐさまツッコミが入る。


「わたくしは幼い頃、里子に出されたらしく貧しい農村で育ちました。だから親の顔も知らないし、兄姉がいるかもわからないのです」

「ポーさん、お嬢様じゃなかったの!? だまされた!」

「そこ? 言葉遣いは、訳あってリットン様に拾われた後で覚えたのですわ」


 完全に流された気もするが、珍しくポーネットが憂いを帯びた眼差しをしていたため、ラウラも茶々を入れるのをやめた。そして、どうして今回の件とそのサリエラという女の話が関係してくるのかを聞く。


「サリエラはある日突然、失踪したそうです。“愛の教会”の方ですので駆け落ちでもしたのだろうと諦められていたのですが……ルパ帝国の皇宮で皇帝の愛人と第二皇子の乳母を務めていた女がサリエラなのではないか、と噂を聞いて……」

「愛人? ……あっ、以前皇帝の横にいた目隠しの女?」

「おそらく」

「でもそれで、どうしてわたしを除け者にして自分だけパーティーに参加してたんですか」

「サリエラと話をしてみたいのですが……彼女は名と身分を変え、過去を隠している様でして、シラを切られぬよう、先に彼女が本物かどうか情報を集めようとしたものの……これを」


 ポーネットが机の引き出しから紙の束を取り出した。ラウラと視線を合わせないように目を伏せてテーブルを滑らせてくる。差し出された書類は、ポーネットが部下の報告を受けてルパ帝国を分析したものだった。






《現在、ルパ帝国は帝国棄民とは別の大きな問題を抱えている。

 一年ほど前から突然過激になりはじめた、第一皇子デモクリスと第二皇子エピクロスの継承者争いである。

 第一皇子、第二皇子と呼んでいるが、二人よりも継承権が上だった皇子達が死亡しているために呼び方が変わっているだけで、どちらもまだ14歳とかなり若い。


 しかし、二人の皇子は陰で“強欲の七王”の生まれ変わりと言われる程に奸悪である。

 これまでも皇位継承者争いは水面下で行われていたが、今年はこれに関係して暗殺されたとされる貴族が15人を超えている。それらの指示を出した者も、上位の皇子暗殺を指示した者も、全てどちらかの皇子だと噂される。

 そのせいで、昨年まで様子見をしていた貴族も今は皇子達に取り入ろうと必死になっている。皇子に処分されぬよう貢ぎ物を集めるため、領民への重課税だけでなく不当な財産の没収や鉱山奴隷を確保するための冤罪増加など簡単に調べただけでも悪事が尽きない。》


「悪意の遺伝と恐怖を媒介にして感染する悪意、か……皇帝のパーティーで皇子は見なかったけど、こんな厄ネタが潜んでいたとは……」

「皇子達の性格までは調べきれていないので、どれほどの脅威かはまだ測りかねてますわ」

「しかし、この国のお偉いさんには、やっぱり過去に大罪を犯した転移者の血が入ってるんでしょうか」

「ええ、それもかなり濃いのではないかと」


 ラウラは再び意識を書類へと落とす。


《現皇帝ヌルンクスも、次代の皇帝は強き者がなるべきとして皇子達の凶行を黙認。貴族達の政治工作は徐々にタガが外れ、行き過ぎた悪意に染まりつつある。

 そして、ここで問題になるのが聖女ラウラの持つ聖遺物の特性である。》


「んん? あのオッサン、何してくれてんの」


《聖女ラウラの特級聖遺物は、人の悪しき心を浄化するとされる。だが、帝国の教徒はジャビス枢機卿司教を筆頭に、これらの情報を多額の喜捨と引き換えにして譲り渡してしまったことが確認されている。

 現在の過激化した政争において、高位貴族ほど悪事に手を染めていない者はおらず、聖女ラウラの力を恐れているのだろう。彼女と関われば悪事を暴かれる。よって、バンデーン枢機卿司教やカスムラ助祭とは交際を深めたいが、聖女ラウラとは距離を取りたいと考えているようだ。》


「という訳で、まだラウラさん宛の招待状は一通も届いておりません。わたくしもカスムラ様の同行者として強引にパーティーへ参加させていただいただけなのです」

「なんてこったい……つまり、帝国は油小路を保護するという使徒座の目的を支援するつもりがないどころか妨害している。わたしの耳に入って来なかったということは、バンデーン派閥も知っていてこちらに情報を流していないと理解していいんですね」

「はい」


 通りでパーティーどころか軽いお茶会やサロンにすら呼ばれない訳だと頷く。


「ですので、一人の方がわたくしの目的だけでなく、アブラコウジという方の情報も集めやすいかと思いまして」

「んー……わかりました。能力が警戒されているのでは仕方ありません」

「そうですか、よかった……」


 ラウラがあっさり了承したため、ポーネットもほぅと息を吐いた。

 帝国側の思惑はともかく、バンデーンは使徒座から見て明確な裏切りを働いており、ラウラが知れば必ずひと暴れするかと不安だったが杞憂で済んだようだ。


「それからポーさん」

「えっ、はい、なんですの」

「隠し事や取り引きをしなくても、ポーさんはかわいい妹分ですから、本気で困ったらどんな事でもわたしは力になりますよ。次からはちゃんと事前に相談してください」

「ラウラさん……でしたら普段から信用できる行動を心がけてくださいませ」

「わははっ、これは一本取られました。それじゃ」


 去り際、子供扱いされたポーネットの頬は少し赤く染まっていた。


「ほんっとにこの方は、頼りにして良いのか悪いのか……」

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