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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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14 舎弟たちの冒険③

「アーッ! 貴志とヌーディストビーチ満喫してぇえええー!」


ー ♡ここより愛の教会専用ビーチ♡ ー


 鮫島はピンク色の看板の前で叫んだ。

 高い塀をよじ登って向こう側を覗けば、裸の男女がくんずほぐれつ。ヌーディストビーチというよりも次々と相手を入れ替えるただれたフリーセックス会場が広がっている。しかし、どれだけ叫ぼうと一般人の鮫島が中に入る事は許されない。


「貴志君は……いえ、あの人も何を考えているか分からない人種でしたな」


 そもそも貴志は鮫島に興味すら抱いていない。貴志は退屈を紛らわしてくれる珍しいモノを愛するが、同性愛程度のマイノリティには興味を示さないだろう――そう言いかけるも無駄な議論だと言葉を止めた。


「ここはいっちょ変身して……」

「ところで、行動を読まれていたとはいえ、多々良君は君が貴志君に会いに行ったことに怒ってませんでしたか」

「普通に爆笑してたけど」

「ふむ、多々良君は野蛮人に見えて他人の心を読むことに長けている……カリギュラ効果を狙った生け贄か……? しかし、このバカにはまだ使い道がある」

「なになに、なんか言った?」


 カリギュラ効果とは、禁止されたことを逆にやりたがってしまうという人間の持つ反抗精神の一種である。

 ラウラは貴志の存在を今でも最も警戒している。生存と居場所を確認するだけでも、もっと必要のない捨て駒を使うだろうと頭を振った。


「鮫島君……ひとつ忠告しておきましょう。人に騙されないコツは、偶然自分に美味い話が転がってくるなんてありえない、という考えを念頭に置くことです。たとえそれが自分で集めた情報であっても」

「は? 乳頭にオーク? 急になに言ってんだ博士」

「ぐぬぬ、脳だけでなく耳にも欠陥が……」


 なぜ緋龍高校なんて底辺高校にいるのか分からないと言われる天才児輪島も、2-Aのアホ集団に分類される鮫島にはお手上げだった。とてもいい笑顔でエロマンガに出てくるオークの魅力を語る鮫島には溜め息しかでない。


 特定禁止区域であるヌーディストビーチを抜ける。今度は海の家や屋台の並ぶ、日本の海水浴場によく似た景色に変わった。子供連れの家族が遊ぶ姿になつかしさを覚える。

 同時に日本に似すぎている。そんな違和感も輪島の頭には引っかかっていた。


「とりあえず飯にしよっぜ!」


 近くの屋台まで走った提橋が戻ってくる。

 お椀に入ったものを見て、輪島は不思議そうな顔で顎に手を当てた。


「なんでおでんと焼きそばが?」

「むしろなんで驚いてんの。海の家におでんと焼きそばはあるだろ」

「まあ麺を焼く料理はどこにでもありますけど、おでんは日本ならではの……」


 この世界にはいろいろな世界からの転移者がそれぞれの文化を運んできたため、地域や都市ごとに異色な発明品や料理があることも珍しくない。輪島が活動していた自由都市同盟の中には日本料理に似たものもあったわけだが、鮫島が渡してきたものは間違いなく日本のおでんだった。


「ああそうか、提橋君が近くにいる証明になりましたか」

「提橋……? いやおでんに提橋は関係ないだろ」


 自分の推測を鮫島に否定されて輪島が微妙な顔になった。


「ふふふ、博士もご当地グルメの知識はないらしい。……突然やけど博士は提橋の出身地って知っとる?」

「雪国……東北か北海道でしたかな」

「じゃあこれは?」


 鮫島が濃い色のつゆから箸で持ち上げた物体を見て輪島は首を捻った。

 練り物であることは分かるが自分の知るおでんの具とこれだけが違った。


「これはな、はんぺんや」

「黒いですよ」

「せやで、静岡の名産品。こんなん作っておでんに入れるのは静岡人だけですわ」

「くっ、雑学とはいえ鮫島君からものを教わるとは一生の不覚」

「博士はオレのことナメすぎやと思うで」


 天を仰ぐ輪島の口に黒はんぺんが突っ込まれる。

 あつあつの練り物で火傷しないように、はふはふと熱い息を吐く。


「ふむ、普通の物より少し歯ごたえがある。青魚の風味も悪くない。チーズやマヨネーズ焼き、フライも合いそうですな。塩湖で海水魚の養殖もやっているのでしょうか」

「オレとしちゃ暑い日はワサビ醤油にあんぺいでもええんやけど、ビールとは言わんからどこかに清酒くらいないんかな、ってはんぺん談義したいわけちゃう。提橋の他に静岡出身の奴がおるって話!」

「なるほど、してその人物は?」

「そこまでは知らん」


 鮫島を見る輪島の目が細くなる。

 一部を除いた2-A問題児達の共通点。地元で問題を起こしたせいで進学先がなくなり全国から集まった彼らだが、お互いに親しくないためクラスメイトの出身地までは知らないことが多い。

 それでも鮫島のおかげで最低でも提橋以外にもう一人の存在が浮かび上がった。二人は異世界で静岡おでんを布教している人物を警戒しながらビーチを散策する。




「のっののーん! 知ってる匂いなのー!」


 どすんっ、と空から降ってきて砂塵を巻き上げたのは白く巨大な毛玉だった。

 白き毛玉こと聖獣ヨンロンは鮫島に顔を近づけて鼻をすんすんと鳴らす。


「か、かか怪獣ですよ鮫島君ッ!?」

「やめろ博士、声を出すな。目も合わせるな」

「の? あれれ、知らない人? 髪の色が似てただけだったの、ごめんなの」


 大ジャンプでどこからか跳んできたヨンロン。

 動物好きな人間の瞳には非常に愛らしい外見に映るだろうが、いろいろと裏にやましさを抱えた二人には冷や汗ものだ。大地を揺らす巨体とクマ程度なら一撃で殴り殺せそうな太い腕。特に、初対面の輪島にとっては人語を解す奇怪な怪物である。緊張で硬直してしまう。


「ぼく聖獣なんて呼ばれてるけど硬くならなくていいの。それとここのおすすめはカレーとおでんとたこ焼きと焼きそばを食べてからシメにかき氷がマストなのー」


 ヨンロンはおすすめの屋台をいくつか指さしてから、巨大な手でふたりの頭をぽんぽんして海へ潜っていった。


「巨大あざらし? しかし多々良君は猫だと……あの生物は何なのでしょうか」

「ぶへーっ。変身してる時に一回会っただけなのにバレたかと思ったわ」


 息まで止めていた鮫島が大きく深呼吸を繰り返す。呼吸を整えながら波打つ湖を見つめていると湖に浮かぶ孤島にヨンロンが上陸した。腕には大きな貝を抱えて火を起こしている。すぐにこちらへ戻ってくる心配はなさそうだ。


 ヨンロンはこの世界にはなかった提橋の料理を目当てに新婚旅行をつけ回していた。それなら、ヨンロンのお気に入りの店には提橋も関わっている可能性がある。

 厄介者がいない隙に、とヨンロンに勧められた屋台をひとつずつ覗いていく。カレーにおでんに焼きそばに……しかし、店員はみな異世界人だった。


「まあ、一番可能性が高いのはここでしょうな」


 呟いた輪島が立ち止まる。

 異世界の文字でシンプルに“氷”とだけ書かれた看板の店だ。


「なんでここ?」

「異世界の物流とこの気候を考えてください。氷はどこから」

「あっ、魔法か」


 鮫島は店の一番奥で氷を削る巨漢に目をやる。

 デカい。身長2mはありそうな大男がのこぎりで切り出しているのは、自身が隠れてしまいそうなほどのサイズの氷の塊だった。

 他の可能性もなくはないが、聖遺物でかき氷を作ろうとすれば、神聖な道具で何をしているのかと教国に取り締まられるだろう。氷を作り出せる魔導具はまだ性能が安定しておらず、恐ろしく高価な上に一般人へは流通していない。



「…………え、てかあれもしかして提橋か? 番長よりゴリラになってんじゃん」

「言われてみれば顔にいくつか共通点がありますな」


 しばらく店の様子を窺ってから、ようやく氷を削っている男が提橋本人だと気づく。

 ラウラから悪食魔法で外見が成長しているとは聞いていたが、高校生だった頃とはもはや別人だった。ボディビルの世界大会に出られそうなマッチョマンになっている。


 しかし、鮫島の興味はすぐ別のところへ移る。

 提橋は新婚旅行中という話だ。

 旅先で働いている理由が途中で路銀が尽きたせいなのかは定かでないが、恐らくウェイトレスをしている中で最も育ちの良さそうな美少女が提橋の嫁カロリーナであろう。


「ぐひひ、親友の嫁……不倫……かきごおり背徳味……」

「舌なめずりをやめなさい、この性倒錯者。だいたい君と提橋君は親友と呼べるほど親しくなかったでしょう」

「そうでした、てへぺろ」


 二人は接客に忙しくしているカロリーナを避けて店の裏口へ回った。


「もう補充の時間か、あお――」

「よっす、新婚さん。ひさしぶりやな」


 背後から話しかけられた提橋の動きが凍ったようにピタリと止まる。

 他の転移者に見つかった。魔法で攻撃するべきか。先手は取られている。話かけてくるということは、すぐに攻撃をされる心配はないかもしれない――力んだ背中からそんな葛藤が見えるようだった。


「慌てなくていいですよ。聖女様がお呼びなので急ぎにはなりますが」

「その声!? 博士もいるのか!」


 提橋が振り返える。

 最後に顔を合わせてから一年半以上経つか。旧友との再会を喜ぶ――ことなどせず、事態に予測をつけて盛大に舌打ちをした。


「ちっ、やっぱりもう別働隊がいたんじゃないか」


 金剛寺と玄間が神殿荒らしとして捕縛された後、ラウラの目的を聞いてから提橋なりにずっと頭を悩ませていたようだ。

 ラウラが話していない部分には、もっと壮大で自分には関われない目的がある。そのためには他にも側近と呼べる仲間を作ろうとしているはずだ。


 そして更に気づく。ラウラはその気になれば教国の権力を利用して金剛寺と玄間を使うことができる。目の前にいる二人……鮫島と輪島。鮫島はともかくとして、輪島に関して言うなら、魔法という力を抜きにしても非常に能力の高い危険人物だ。それだけのメンバーが揃っていながら、自分に手札を晒してまで招集をかける危機とはどれほどのものか。

 提橋はハンマーで巨大な氷を砕くと、ウェイトレスの一人にかき氷作りを任せて店の外へ輪島達を連れ出した。


「そんなやべー状況なのか」

「今想定している敵に要注意なのが一人いましてね」

「聖都に現れたっていう幽村か。それとも別のやつか」

「幽村君は行動目的も不明なのでまだなんとも……他は御影さんがコンクリドラム缶の刑で確定していますが……今回は油小路君です」

「油小路っ!?」


 途中のコンクリドラム缶発言にも引っかかったがまずは油小路だ。

 提橋と油小路は緋龍農業高校非公認クラブ・裏料理部の部員であり、異世界に来てからしばらく共に生活していた関係である。クラスでも特別仲の良い仲間と言っていい。その油小路の状況を聞いて提橋は奥歯を噛みしめた。


「くっ……そういうことな」

「話は聞かせてもらったぜぇー! それならオレの出番だろ!」


 まったく足音を立てずに隣の屋台から現れた男の声で鮫島輪島コンビが振り向く――と同時に、南国風の花柄シャツの男が割り込んできた。


「きみは……青木、君? おや、なにか様子が……」

「ひさしぶりだな博士! ン? なんだよサメもいるじゃん。生きてたのかよ、また会えてうれしいぜーオイ!」

「お、おう……?」


 ハイテンションな男、青木草太が特大の笑顔で肩を叩いてくる。

 あまり親しい間柄でもなかったため、異世界に来て以来の再会を大げさに喜ぶ青木の態度に鮫島は面を喰らっていた。


「しかし、オレの出番とはどういうことですかな」

「ああ、オレも陸上部と裏料理部をかけ持ちしてたから油小路とはダチ……ってのもあるけど、オレの魔法は“冷却魔法”つって、暑苦しいデブからさわやかデブに生まれ変わりたいっていう油小路の願いから生まれた魔法だからさ。オレほど適任もいないだろってわけよ」


 青木は呪文を唱えて手の上に氷の塊を創造して見せた。魔法を隠すつもりもない様子に更に動揺してしまう。

 油小路は過度な汗っかきが原因で幼稚園の頃からいじめに遭ってきた――という話はクラスでも有名だった。油小路と付き合いの深い提橋も頷いている状況から、青木の言っていることはあながち間違いではないだろう。


「よしんば油小路の願いがその通りだったとして、言い方ってかナンか噓くせー。お前、ダチがピンチだからって命懸けられるお人好しでも、番長みたいな命知らずでもなかったろ」

「おいおい、人助けに理由が必要かよー? もっと友達を信じようぜ、へーい、ラブ&ピース!」

「……お前と友達になった記憶ないし」

「Oh~、クールだね鮫島」


 青木は以前とは違う軽いノリで鮫島の言葉をさらりと流した。


「なあ博士、コレさわやかって言っていいのか。暑苦しいんだけど」

「青木君、どれだけ魔法を使ったんですか。性格とか口調とか変わってますよ」

「魔法……とりあえず……毎日? だって魔法でほとんど原価いらないのにかき氷バカ売れなんだもん」


 人格の変化は魔法への依存と侵食の深さを示す。その事が輪島には引っかかった。

 いじめ経験のトラウマから生まれた魔法。普通に考えれば、いじめっ子に“報復したい”という負の感情が含まれるだろう。

 しかし、油小路の優しい人間性を考えれば、“他人に見苦しいと思われない爽やかな人間になりたい”、“冷静沈着でクールな人間になりたい”といういじめの原因を克服しようとする願いも納得できる話だ。


 輪島はしばらく頭を悩ませた後、油小路の影響を受けた今の青木はむしろ以前より利用しやすい人間になっているだろうと判断した。

 提橋に余計なことまで話していないかアイコンタクトで確認を取ってから、青木には聖女=番長であるという事実は伏せて、ルパ帝国で起きている事件に改めて協力を要請する。



「そうと決まれば! って言いたいだけど、長くここを離れるなら最後にキリのいいとこまでプロジェクトを進めたいな」

「そう言えば、二人は何故こんなところで屋台を?」


 この屋台群には後から加わったであろう提橋が青木に目配せする。


「数ヵ月前までライガル湖には“誰か”がいたらしいんだよな。そいつが実験がてら使ったっぽい呪文の影響と調子に乗った“愛の教会”とやらが暴走して、ちっといかがわしい勢力がビーチを占拠しようとして困ってる人がたくさんいたんだよ」

「なるほどね」


 鮫島は自分が捕まった理由を風紀取り締まり強化の一環として頷いた。


「もともとどこかで一発旗揚げしようとしていたオレは事態を何となく察して、ライガル湖を健全な保養地として復活させるべく立ち上がったわけだ。……でも、オレ一人じゃ商売するにしてもいろいろ厳しいし、聖都で噂になってた提橋に手紙で救援を求めたってわけ。……だよなっ?」

「あ、ああ」


 青木は自分がライガル湖に流れ着いてからどう観光事業を拡大しようとしてきたか説明しながら、少し離れた巨大な宿泊施設まで輪島達を案内した。

 青木が我が物顔で歩く建物の厨房は特産品と思わしき果物と料理器具で溢れている。青木の言うプロジェクトとは、ライガル湖の名物となる新商品の開発だった。

 少しアイデアを出すくらいで協力を取りつけられるなら、と鮫島と輪島は青木の頼みを聞くことにする。


「でもオレが考えた商品ってなぜか人気でないんだよなぁー」


 青木はさっそく鉄板の上で今考えているという創作料理を作りはじめた。


「どうだっ。これがライガル湖オリジナル・スイーツもんじゃだ! 美味そうだろ!」


 もんじゃ焼き。先に生地を絡めた具で輪を作るように焼き、それが固まったところで液状の生地を輪の中に落として焼き固めながらかき混ぜる、お好み焼きに似た料理だ。

 しかし完成した料理を見て鮫島と輪島、提橋までが言葉を失う。


 基本的に粉物とフルーツの相性は悪くない。生地の甘さとフルーツの甘さは相乗効果により互いを引き立ててくれる。逆に甘さや風味の強すぎるフルーツでも、生地の味付けを無くしたり、少し塩を加えれば味のクッションとしてフルーツのおいしさを際立たせるはずなのだが、


「脱柵した罰で梅田に牛舎の掃除やらされたの思い出したわ……」

「排泄物はひどいですよ。せいぜい雨の日のグラウンドです」

「なんでチョコとクリームかけてから最後にかき混ぜたよ」

「もんじゃってそういうもんだら?」


 青木は料理に必要な視覚的センスが致命的だった。

 出来上がった料理は料理とは呼べず、ぐちゃぐちゃになった泥でしかなった。


「てかもう料理関係はぜんぶ提橋にまかせたらどうなん」

「……オレはさぁ鮫島……魔法とか神器とかどうでもよくて。みんなそういうの忘れて。魔法の力で楽してこっちで面白おかしくやれたらいいと思うわけよ。だから誰かにおんぶにだっこではいかんと思うわけ」

「青木のクセにまともなこと言うやん」

「オレの目標はクラスみんなでこの世界のホテル王になることだかんな」

「やっぱちょっとズレてるわ」

「それに……ここって教国の偉い人とかも来るから聞いちまったんだけど」


 それまで爽やかな笑顔で料理をしていた青木の顔が僅かに陰る。


「……貴志は、もう死んだんだろ?」


 鮫島は一瞬言葉を失った。輪島も提橋の顔を一瞥しただけで答えない。

 転移者向けに広めている情報では、貴志は行方不明となっている。

 教国向けには、聖女の精神浄化の力で正気に戻った後、自身の行為を後悔して自死したとしている。

 提橋にも真実を隠していた理由は考えてあるが、青木のクチから伝えられたのは少し不信感を抱かせたかもしれない。


「だからよーほら、これからはみんなで協力して楽しくいこうぜ? 油小路も助けてさ。でも今は最後にあと一つだけ新商品の開発に付き合ってくれよ」

「まぁそんなことで良いのなら」


 輪島達は青木の後についてライガル湖の特産品を保存してあるという場所へ向かう。

 青木が所有する建物は、国でも有数の豪商しか持てないであろう巨大宿泊施設だった。多くの客室は外からでも広く清潔に管理されているのが分かる、充実したアメニティ、ビーチとは別に宿泊客専用のプールまで用意されていた。


「マジでまともに商売で成り上がろうとしてんのかよ」

「この世界は宗教、神聖ミラルベル教国が絶大な力を持っていますからな、他国の貴族や王族まで数年置きに聖地巡礼するのも珍しくないと聞きます。宿泊業に目をつけたのは良いと思いますよ」

「魔法のおかげもあるけど、短期間でここまでやるには苦労したんだぜ」


 宿泊施設には地下まであるらしい。青木の魔法で造り出した氷や、魔法で冷凍保存された青果や海産物の部屋が並んでいた。


 いくつかの部屋を通り過ぎて一番奥の部屋に輪島と鮫島が入ると――ガチャン、分厚い鉄の扉が閉じた。振り向くと青木と提橋の姿がない。


「……あれ? もしかして閉じ込められた?」


 鮫島が部屋の中を見渡す。壁につけられた伝声管から青木の笑い声が響いてくる。


「ハッハッハー! かかったな、お二人さん!」

「ハメやがったなテメェ」

「バカかよ。オレら別に「みんなと再会できてうれしいよ」なんて、よろこぶ関係じゃなかっただろうが!」

「それはたしかに」

「私としたことがギャグみたいなゴミ料理にほだされましたか」

「バカヤロー! あれは本気で考えたんだよ!」


 青木の悪辣な笑い声が金属の管から響き、鮫島がぶっ殺すと息巻く。

 しかし、輪島は半信半疑な様子だった。

 輪島の幸運魔法は、自分に都合の悪いことをしようとしている相手を不幸にすることで自動的に妨害する。有効距離はそれほど広くないにしろ、その妨害された反応が青木には一切見られなかった。目の前にいて輪島に害を為せるとは想定外の事態である。


「これは博士のミスだぜ」

「私の?」

「博士の幸運魔法はさぁ、他人が感情を動かさずに判断すること、不確定性が高い思考に基づいた行動には反応しないんだってよ。だから冷却魔法で感情を抑えて最適な行動を取れる、内心じゃ無機質に行動できるオレを不幸で殺すことはできないってわけよ」

「へえ……その入れ知恵は誰からですか」


 輪島は自分ですら気づいていなかった幸運魔法の特性を知る青木に、その情報源を聞き出そうとする。しかし、輪島の望む返事は返ってこなかった。


「うるせぇ! オレはオレを騙す奴を許さねぇ! お前らはここで死ね!!!」


 伝声管の蓋を閉じる音を最後に、青木からの返答はなくなった。

 冷凍室の上部にあった小さな通気口から冷気が流れ出てくる。もともと涼しかった室温がより冷たく急速に下がっていく。このままでは凍死してしまうのも時間の問題だった。


 火竜に変身して扉を破壊しようとする鮫島を輪島が止める。この広くもない倉庫で火竜に変身して暴れようものなら、輪島が押しつぶされるだけだ。それに扉の外は青木の氷で塞がれているだろう。火竜の力や炎では女神の魔法による氷には勝てない。


「まったく、やってくれますなぁ」

「どうすんの博士」

「とりあえず……服を脱ぎましょうか」

「え、博士は好みじゃないし人肌で温め合うとかイヤなんですけど」


 凍てつきそうな地下の密室で、輪島は青木を屈服させるべく頭を回しはじめた。

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