12 舎弟たちの冒険①
「聖女様ならもう旅立ちましたよ」
「早くご息女にお会いになれるといいですね」
「そうでしたか、ありがとうございます」
聖都ラポルタより少し北西へ進んだ場所に位置する宿場町。そこにはエキゾチックな褐色の肌にアクション映画俳優のようなたくましい肉体美を誇る旅の男が宿泊していた。
宿場町には数日前に枢機卿と聖女の一団が滞在していたらしく、町民はまだその話題で賑わっていた。だが男が現れてからは、瞬く間にその美貌で話を奪ってしまった。
「ふと思ったんだけどさ……」
その男が自分の泊まっている部屋――の隣の扉を無断で開ける。そして部屋の借り主に向けて疲れた顔で呟きはじめた。
「将来、自分の娘があんなんになったらどうしよう。ねぇ、どうしよう博士ぇ」
かつてイケメンすぎる罪で国を追われた俳優と同じ顔をした男。正体は聖女ラウラの過去を捏造するために行方不明の娘を探す父親役をしていた鮫島だ。
役になりきる内に自分が将来父親になった時、ラウラのような暴虐無人な娘が生まれてしまったらどうなるのか心配になったらしい。
「オレ、あんな娘できても愛せる自信ないよ!」
「あほくさ……あんなバグキャラみたいな人間がほいほい生まれるわけないでしょうに。アレは善性と高いコミュニケーション能力を持ってますが生粋のサイコパスですよ」
「アーッ、今あほくさって言ったぁ! 人が真剣に悩んでるのに!」
説明するだけ無駄か、そう思うだけにして輪島は近づいてくる鮫島から視線を外した。
「そもそも君はホモセクシュアルだったのでは?」
「ソモでもホモでもなくてバイだよ! だから将来、子供を作る可能性はある! っていうか今もオレが認知してない子供が日本のどこかにいるかもしれない!」
「はいはい、ヤリチンはせいぜい養育費に怯えるとよいですぞ。そんなことより暇ならコーヒーを淹れてくれませんかな」
ラウラの残した暗号文に目線を落としながら答える輪島の返事はおざなりだ。鬱陶しくも背中にしがみつく鮫島を冷たく突きはなす。
多々良双一の姿で勝手に子作りまでしておいて何を言うのか――自分勝手な後悔に悩む鮫島を見下す輪島が救いの手を差し伸べることはない。
「……マズい」
輪島は唇を湿らせただけでコーヒーカップから口を放した。
「えーっ、今回はけっこう上手く淹れられたと思ったのに」
「君の淹れてくれたコーヒーがクソほど不味いのもそうですが、私は状況がマズいと言ったのです」
鮫島の淹れたコーヒーの味にもしっかりと不満を指摘しつつ、ラウラからの手紙を伝える。
「追加された任務はふたつ。ひとつは可能なら神器と巫女の第一位イネス・ゴルドーの持つ聖剣を盗み出すこと」
「犯罪やんけ」
「今更どの口で言いますか」
そう返されると鮫島は自分のしてきたことを思い出して固まった。そしてすぐに話の続きを促した。
「もうひとつは……油小路君の魔法に対抗できる人物の確保ですな」
「なんででぶちん?」
鮫島は不吉な雰囲気を感じながら聞き返す。
油小路はクラスのいじられキャラだった。しかしそれは、いつも食料を持ち歩きタオルを首にかけた典型的なデブキャラ――という理由に加えて、彼が穏やかで怒らない性格だからだ。
魔法を得たところで欲望に染まるような性格には見えない。油小路が持つ魔法は火炎魔法だが、そんな物に支配されるほど強力な呪文を何度も使う機会はないだろう。
「帝国棄民なる集団が戦闘用魔導具の研究資料として拉致したようです。何をされているかは不明」
「この世界にも悪の秘密結社的モノがあったんか、イーッ」
「これは……それなりに正当性を持った反政府組織による内紛みたいですね」
「あっそうなん? にしても提橋め、あぶねぇ魔法生み出しやがって」
火炎魔法の生みの親の名前が呟かれる。
「まぁ心の底の願望なんてコントロールできるものでもありませんし、それがトラウマの裏返しとなれば尚更ですよ」
「そうだけどさぁ……あーくっそ」
誰もが冷たく汚らしい社会に絶望していた幼い提橋が、光と温もりを放火の中に見い出した、という情報はラウラから聞かされている。
火炎魔法が暴走した場合ラウラにとって――いや、恐らくどの転移者にとっても強敵に成り得る魔法だと言える。魔法名が判明している(自己申告も含め)中では、貴志の破壊魔法に次いで物理的に危険な力だ。容易に許容できる話ではない。
二人は夜を待つと、人目につかない山間からドラゴンの姿になり空へ飛んだ。
「しかし細かい事は適宜処理してくれとは……信頼と丸投げは違うのですぞぉおおお」
冷たく空気の薄い空の世界で、鮫島の背で毛布にくるまった輪島が叫ぶ。
だが、過労死しそうな輪島の叫びはラウラに届かない。
ラウラの要求は体の軟弱な輪島には耐えがたい強行軍だった。
――――――――――
「よいせっ」
「ほいせっ」
「どっこいせっ」
神聖ミラルベル教国の中央に位置する聖都ラポルタに、深夜にも関わらず、大神殿からどこかへ向かってリズムよく声をあげる幼女達がいた。
朔の夜であるため月明りすらない暗闇の中だったが、幼女達は足元を確認することもせず、信じられないような速さで石畳を駆けていく。
「絶対おとすなよー、姉様に傷をつけてはいかんのじゃー」
「貴様に言われんでもわかっている」
「ごちゃごちゃ言ってないで息を合わせるのよ」
頭より高くに上げた幼女達の手には、美しき彫像があった。
その姿はまるで時を止めた天使そのもの。
自由都市同盟で持ち主不明の屋敷から回収された神器である。
御影と小山内による輪島襲撃が予想外のタイミングで起きたため、ラウラの情報工作も間に合わず、各務が手に入れた神器は教会に回収されていた。
「おーい博士、あの精霊とかいうロリーズめちゃくちゃ怪力なんですけど」
鮫島と輪島のコンビはまず聖都へ戻っていた。
「この暗闇では私の眼だと見えませんが、細胞単位でヒトとは構造が違うか、魔法や聖遺物とは違う女神の加護を与えられているのでしょうな。……鮫島君としては手を出すのはやめた方がよさそうですかな?」
「ああ、なんか危険な予感がする」
人のいない深夜、精霊達は外出禁止令を出して回収した神器の保管場所を移動させていた。
元々聖都にも神器は保管されていたが、聖遺物の力で厳重に封印されており、同じ場所に保管するために一度封印を解くよりも別々に保管した方が良いとしたのだった。
鮫島と輪島は聖都中心の聖地へ潜入し、そんな精霊達の動向を観察していた。
「それで他には何か感じますかな」
輪島は身体能力の高い多々良双一に変化していた鮫島へ問う。
「手紙にあったイネスとキスキルってお姉たま達がどこかから見張ってるっぽいね。番長に変化してると、なんか空気にピリピリしたもんを感じるというか、野生の勘が働くというか」
輪島は罠を警戒していた。
転移者の一部が神器を狙っている件は教会上層部も把握している。
「でもケモミミちゃん達はメイアちゃんと魔の森に魔獣退治でしばらくいないらしいし、他は戦闘向きの聖遺物は持ってないと思うって話だけど……実行する?」
「ふむ……いや、鮫島君ではその巫女達には敵わないそうですし、死の危険があるほど追い詰められたら幸運魔法の自動迎撃で殺してしまいますから」
「あいよ、そんじゃ中止で」
聖都に潜伏して一週間ほど寝ずに神器の行方と使徒座の動向を調査してきたが、鮫島と輪島はあっさりと任務を放棄した。
鮫島と輪島がコンビを組んで活動していることはまだ誰にも知られていない。ラウラに影で動くことを指示されているからだ。隠密性を優先して行動しようとすれば、聖遺物を多く持つ教会だけでなく、他の転移者の目からも逃れるために消極的な行動が増える。
それに神器と聖剣の奪取は可能であればという話だ。無理を押して実行する任務ではないと判断した。二人は誰にも悟られぬ内に聖都を発った。
まずは手紙を受け取った町から距離的に近かった聖都に向かったが、調査にはそれなりに日数を要した。何か新しい情報はないかと今度はラウラのいる帝都へ移る。
幸い、火竜へ変身できる鮫島がいるため、移動力という意味でラウラの陣営は他の誰よりも強い。もっとも上空を高速移動することで毎回輪島がダウンすることは除いての話だが。
コーヒーを飲みながら震えている輪島を宿に置いて、聖女が逗留しているという屋敷へは鮫島一人で向かった。ミラルベル教でも特殊な地位にある戒座の神官に変身すれば、怪しまれることも誰かから気さくに話しかけられることもなく、教会の保有する土地を闊歩できる。
鮫島が聖女の屋敷に着くと何やら焦げ臭いにおいが鼻を刺激してきた。
「おいおいおい、まさかもうなんか事件が起こってんじゃねえだろうなァ」
鮫島は急いで臭いの元だろう屋敷の裏へ走る。しかしそこでは、
「おいも~ おいも~ おいもだよっと」
聖女がひとりで焚火をしていた。
「ほっふほっふ、あちち」
「テメコラァ! こっちにはさんざ無茶押しつけといて自分は優雅に焼き芋か!」
集められた枯れ葉の山からは細い煙が上り、ちょうどリスのようにふくらんだ口に突っ込まれたのは、ほかほかの甘藷だった。
きっと誰にもバレない内にと隠れて焼き芋を作った挙句に急いで食べてようとしたのだろう。突然背後から怒鳴りつけられてビクリを背筋を伸ばしている。
「おみゃ……ヒャメふぁ? ん゙んっ、ちょいまち、今10時のおやつタイム」
「おやつタイム!じゃねえよ、オレにも一つ寄越せ!」
「お断りします」
睡眠や食事を削りさんざんコキ使われている身としては当然の要求だったが、ラウラは首を横へ振った。
「サメは焼き芋の花言葉を知っていますか、乙女の純情です。つまりこれはわたしのような可憐な乙女にだけ許された聖なる食べ物なのです」
「百歩譲ってサツマイモの花言葉が乙女の純情だとしても焼き芋に花言葉はねぇよ! ちょっとかわいいからって調子くれてるとぶち犯すぞこのクソロリがぁ!」
「ええ……お芋くらいでそこまでキレなくても……」
ラウラがしぶしぶ焼き芋を差し出し、鮫島は悪態をついてからかぶりついた。
少女になっても才能は超人であり、精神的にも肉体的にも疲れを知らないラウラには、他人の疲労というものが想像できないようだった。鮫島は「食い意地張ってんなぁ」と眺めてくるラウラに「お前と一緒にするな」と更なる怒りを覚える。
しかし、鮫島はまだ多々良双一の姿でこの世界の女を抱きまくっていた件を許されていない。本気でラウラに逆らう事はできなかった。
「活動資金は十分渡してるんだから贅沢すればいいのに」
「忙しすぎて使うヒマがないの!」
「で、ここまで追いかけてきたということは手紙は見つけられなかったのですか」
「いや、中間報告と油小路の件でどう動くか一度直接話しとこうと思って」
「まあそれもそうか」
鮫島は、巡回しているシスターの眼を盗みこっそりとラウラの私室にまで案内される。
「火炎魔法は下手すると総力集めても負けるかもしれないんだよなぁ……わたしは自由に動けなくなりそうし、かと言って貴志を復活させる手立ては……あ、そう言えば貴志には会えました?」
「……空飛んでったらクソでかい大型弩砲で撃たれて死にかけた」
「わはははっ、それはわたしの責任じゃないでしょ」
ナルキ村を出発してから一度も顔を見に行っていないラウラは、順調に魔の森を開拓している貴志の様子を聞いて爆笑していた。
好きな人の無事を確認しようとしたら殺されかけた上に、ラウラから自分が罪人でひとりで森で生きなければならないと言いつけられていた貴志は取りつく島もなく、会話すらままならなかった。鮫島にとってあまり良い思い出にならず、脱線しかけた話をすぐに戻す。
ラウラから見ても、暴走した火炎魔法の脅威度は輪島が考えていたものと同意見なようだ。頼るべきは教会の力でなく同じ転移者の魔法だと。
しかもそこで火炎魔法に対抗できそうな力と言えば、
「新婚旅行中の提橋を探してルパ帝国へ連れてこい……って、ハァ!? アイツこっちで結婚してんの!? 初耳だって、聞いてないッ!」
「まあまあ、幸せにやってるならいいじゃありませんか」
ラウラも一度は敗北しかけた相手、提橋だ。
火炎魔法の攻略に、基となった願望を持っていたことは関係ない。提橋は悪食魔法によって周囲一帯を無酸素状態にできるという理由から確保を求めている。
「でも博士は魔法による燃焼は酸化反応とは無関係に起こせるかもって」
「そこはわたしも有効か疑っていますが、提橋には聖都でずっと情報を集めさせていましたし、実は言っていない他のクラス連中の話もあるかなと」
「じゃあ提橋を連れてくるとして……いくらこの世界じゃ馬車の旅しかないっても新婚旅行に一ヵ月以上もかけてんの? 長くない?」
「それも怪しいとこなんですよ。料理修行と新しい食材ルートの発掘とか言ってたらしいけど、誰かとコンタクトを取ろうとしている疑いがあります」
「なるほどね」
そこで突然、ラウラが人差し指を立てた。続いて扉の外をにらむ。どうやら誰かが部屋の外に来ているようだ。慌てて部屋を追い出される。
「んで提橋くーんのいる次なる目的地は……ライガル湖? 温泉とビーチのある教国のリゾート? なんだよ、オレらもついでに遊んでこいってことかこりゃ」
別れ際に次の目的地となる地名を書かれた紙を受け取り、提橋は軽くなった足で輪島の待つ宿までスキップで向かった。




